皇王家での晩餐会と会議が終わったのは二の空の刻も半ばを過ぎた頃だった。
向こうの世界感覚でいうと9時過ぎ?
「明日から三日間は城に上がらなくても良い。ゆっくりと休むがいい」
「ありがとうございます。ゲシュマック商会に寄った後、郷里でゆっくりする予定です」
「あまり仕事のことは考えず、体調を整えるように。
後で様子を見にいくやもしれぬ」
皇王陛下。遊びに来る気満々ですか?
青ざめた所でさらに、追いうち。
「マリカの育った山、というのはどこにあるのだ?
マリカや、リオン、フェイなどを輩出するそこでの教育に少し興味があるが……」
「や、山奥ですので。人見知りの子もおりますので、その辺はまたいずれ……」
「父上は場所を知っていて、ソレルティアの術で行くのだろう? 私にも今度紹介してほしいものだ」
ケントニス皇子が興味津々と言った顔で私を見ている。
うーん、今のケントニス皇子ならいずれお見せしてもいいかも、だけれど。
まだ、ちょっとね。
第三皇子家に戻り、一緒に魔王城に戻るカマラ、セリーナ以外の随員達にはボーナスを渡して三日間お休みをあげることにする。
「カマラもエクトール荘領の方に戻ります?」
「いえ、魔王城の方に行かせて下さい。あちらももはや私の故郷ですから」
「ミュールズさんは?」
この二年の間にミュールズさんにも魔王城のことは告げてあった。
何度か魔王城の島にも行って、子ども達にも慕われている。
やっぱり歳を重ねた女性の安心感は特別なものなのかもしれない。
「今回、私はアルケディウスに残らせて頂きます。孤児院などに行き色々と勉強などもしたいので」
「解りました。何かあったら王宮のソレルティア様か第三皇子家に。
孤児院には第三皇子家に繋がる通信鏡がある筈ですから」
「ありがとうございます」
「アンヌティーレ様や孤児院の皆さんによろしく伝えて下さい」
ミュールズさんは大神殿の孤児院長も務めている関係で、アルケディウスの孤児院長リタさんと仲がいい。色々と私の前ではできないつもる話や愚痴もあろう。
色々手配して二階に上がると。
「おかえりー」「おかえりーー」
見計らったように廊下を走り、私を出迎えるフォル君とレヴィーナちゃんの姿があった。
廊下を走って私の足に突進。ぎゅう。
「貴方達。まだ起きていたの?」
「マリカおねえさまといっしょにねる~」
「そんで、あした、いっしょにまおうじょうにいく~」
「あらあら」
私の足にしがみついて離れない二人を見て、困った顔をするお母様。
「どうします? マリカ?」
「今夜、一緒に寝るのはいいですよ。
魔王城に行くかどうかは、お父様とお母様にちゃんとお願いして聞いてから」
私が二人に目線を合わせて言い聞かせると、双子ちゃんは紅葉のような可愛い手をお祈りに組んでうるうるとお二人を見上げる。
「おとーさま。まおうじょういこう?」
「おかーさま。リグがつぎにきたときは、ピアンいっしょにたべよーって」
「二人とも魔王城が好きだからな。解った。
明日、午前中の会議が終わったら連れて行ってやる」
「やだー。まりかねえさまといっしょがいい!」
「やだ~~。リグといっぱいあそぶ!!」
「おねがい。おとーさま。ちゃんとおかたずけするから」
「おねがい。おかあさま。キャロもパータトもちゃんとたべるから」
お願いストレートからの、ヤダヤダキックそして、おねだりタックルのフルコンボ。
うーん。かわいい。
「仕方ありませんわ。あなた。会議が終わったらソレルティアに頼んで合流して下さいませ。明日、私は特にお茶会なども無いので、朝食が終わったら先に連れて行きますから」
「まあ、仕方ないか。明日の会議は通信鏡を使った諸国王との話し合いだから、ユン殿も同席する。終わり次第、二人で追いかけよう。
それまで頼むぞ。ティラトリーツェ。マリカ」
「わーい!」「やたーー!」
結局お父様もお母様も双子ちゃんには甘いんだよね。
勿論私も。
「じゃあ、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、明日一緒にご飯食べて魔王城に行こうね」
「「はーい!」」
こうして、私はその夜双子ちゃんと一緒に私のベッドで寝た。
お話をいろいろしているうちに寝ちゃった二人に毛布をかけながら、魔王城に来た頃。
大広間に布団を持ってきて雑魚寝していた頃のことを思い出す。
あの頃のジャックとリュウもこれくらいの歳だったよね。
時が経つのは本当に早いものだ。そう思う。
そして翌朝。
「まあ、マリカ様。お二人を着替えさせて下さったんですか?」
入ってきた乳母さんが目を丸くして声を上げた。
私と一緒に早起きした二人は、昨晩の内に用意して頂いた服を身に着け、寝間着も畳んでいる。貴族なら着替えは手伝って貰うのも当たり前かもしれないけれど、自分でできることはやれるようになっておいた方がいい。
そうでないと手伝って貰えることがありがたいと気付けないもんね。
「ええ、二人ともとっても上手でしたよ。靴下も自分で上手に履けて頑張ったね」
「できた!」「がんばった!」
「いつもは、特にフォルトフィーグ様は私達が着せようとしても暴れて逃げ出してしまいますのに」
「あっ! ばあや!」
フォル君がしまった。という顔をしている。レヴィーナちゃんは素知らぬ顔。
まあ、三歳の男の子だもん。そういうのはよくあることだ。
魔王城の子ども達だってそうだった。
「フォル君はじっとしているのが苦手?」
「……だってはやくあそびたいんだもん」
「そうだね。早く遊びたいから、待っているのってヤダよね」
「うん」
いつもの悪ふざけを怒られる、と思っているからちょっとしょんぼり風味のフォル君に私は視線を合せた。
「でも、遊んだり逃げ回ったりしてると、もっと遊ぶ時間が減っちゃうし、風邪をひいちゃうかもしれない。できれば、着替えてから遊んだほうがいいと思うよ」
「う、うん」
「待っているのが嫌だったら、今日みたいに自分でやればいいんだよ。
そうすれば待たずに終わったらすぐ遊べるよ」
「! そっか!」
ぱあっと、嬉しそうに花開いたフォル君の笑顔に私は頷いて見せる。
「さあ、ご飯を食べて一緒にお出かけしましょう。あんまり遅くなると、遊ぶ時間、ホントに少なくなっちゃうからね」
「はーい」「はーい!」
右手にフォル君、左手にレヴィーナちゃん。二人の手を繋いで、私は食堂に向かう。
私達の様子を見ていたらしいお母様に、軽くウインクして。
魔王城の島に行く秘密の転移陣はゲシュマック商会の貴族街店舗。
その店長室にある。開店前にそっと馬車で乗り付けて私達は奥の部屋に向かう。
事前にリオンが連絡して人払いもしてくれている。
「お久しぶりです。ラールさん。お元気そうで良かった」
「マリカ皇女。いや、マリカちゃんも変わらないね」
ゲシュマック商会貴族街店舗 一号店の店長兼司厨長 ラールさんが出迎えてくれる。
今この部屋の鍵を持っているのはラールさんだけだからね。
「魔王城に行くならミソをまた少し持ってきてもらえないか?
今年の冬は僕も自分で作ろうと思うのだけれど」
「解りました。あと、お土産を厨房に置いてきたので使って下さい。プラーミァの夏フルーツいっぱいですよ」
「それは楽しみだ」
ラールさんは、私をマリカちゃんと呼んでくれる唯一の人。
気軽な言葉遣いと合わせ、本当は不敬と言われるかもしれないけれど、私は気にしないし、むしろ嬉しいからノープロブレムなのだ。
皇王家やゲシュマック商会は、私を皇女として扱いつつも子どもとして接しようとしてくれる。それが本当にありがたい。
「いつも世話をかけます」
「お待ちしておりました。ティラトリーツェ様」
私達の後ろからはお母様とミーティラ様。
こちらにはラールさん、スッと膝を付き平伏する。
「帰りは店の営業が終わるころを見計らうので二の空の刻の終わりくらいかしら。
遅くまで待たせてしまって悪いのだけれども」
「かしこまりました。それまでには店の者達を帰しておきます」
「頼みます」
船も通わぬ孤島にある魔王城に行く為にはここと、ガルフの家の転移陣を使うか、もう一つの方法を使うか。
もしくはフェイ、ソレルティア様、ニムルの誰かとの転移術しか方法はない。
ちょっと独特の感覚だけれど赤ちゃんの頃から何度も魔王城の島に行き来してる双子ちゃんは、もう慣れたものだ。自分からスタスタと進んで
「いこー」「はやくーー」
私の手を引っ張る。
「先に行っていいですか? お母様」
「構いません。子ども達を頼みます」
私の手を握って離さないので、言葉に甘えカマラやセリーナと一緒に転移陣に入り術式を起動させる。
リオンはお母様達とお土産の箱をもって後から来てくれるって。
目を閉じて、術式起動。
方陣に精霊の力を奔らせる。
「ちゃんと掴まっていてね」
「「はーい」」
見えない空間を跳んでいるような、身体が浮き上がる一瞬の後。
「わーい」「ついたー」
「お帰りなさい! マリカ姉」「おかえりー」
「フォル! レヴィーナ!!」
「リーグー!」
子ども達の歓声が弾ける。
私達は魔王城に戻ってきた。
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