【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 残されていたもの

公開日時: 2021年5月28日(金) 07:44
文字数:5,656

 今日は空の日。ティラトリーツェ様の勉強会はご都合でお休みだ。

 明日は夜の日で安息日。

 でも、休み明けまでの宿題を出されたので、店の一室を借りて勉強している。


 宿題とは、大貴族十八人とその奥方の名前を覚える事。


 保育士は人の顔と名前を覚えるのが仕事だ。

 子どもの名前、保護者の名前、家族の名前。

 間違えれば当然相手も嫌な気持ちになるなら、間違えず、そしてなるべくなら忘れないのが望ましい。

 買い物をしていて卒園生の保護者に名前を呼ばれる、なんてしょっちゅうだから。



 そんなこんなで私も顔の記憶力には自信があったつもりだったが、ティラトリーツェ様から宿題を出された時には頭を抱えた。

 中世貴族の名前は本当に、ややこしくてかなわない。


「正式に言うなら細かい姓名もあるけれど、そこまではまだ、覚えなくてもいいわ。

 とにかく大貴族達の大よその順位と領地名と名前、そして夫人の名前くらいは覚えなさい」


 くらい、と貴族年間を手渡したティラトリーツェ様は、簡単におっしゃるけれど、顔の解らない十八名×二を覚えるのは本当に大変。


 だって例えて言うならロンバルディア侯爵と言われたら、ロンバルディア、というのは姓名ではなく領地名なのだ。

 御領主である侯爵の名前はヴェッヒントリル様、奥方がスティーリア様。

 そんな感じで覚え無ければならない単語は十八名×三(それ以上)

 加えて、どの皇子の派閥かも覚えておく必要がある。



 現在、王宮は皇王陛下が主となる政務から退いておられるので、第一王位継承者である第一皇子ケントニス様と、王宮を離れて独立しているけれど事実上の政務を担当するライオット皇子に派閥は二分割されている。

 第二皇子はやや影が薄くて第一皇子寄りなのでほぼ同じ派閥ということになる。

 王宮殆どが敵かあ。

 

 ティラトリーツェ様は、さぞかし大変だった事だろう。




 領地持ちの貴族が大貴族、その配下が普通の貴族と以前ライオット皇子がおっしゃっていように、普通の貴族は大貴族程、はっきりと解りやすい貴族、ではない。

 国家公務員や官僚、というところだろうか。

 税金も高くなるけれども、国を動かす仕事に付けるし給料も比較して高額になる。

 貴族を任命できるのは基本的には皇王様のみ。


 でも、明らかに悪事を働いた時には大貴族でも領地没収や貴族位のはく奪もあるというから、油断はできない。

 故に守って貰う為に国を動かす皇子にすり寄る、ということらしい。



 少し前までは十二対六くらいで第一皇子派が強かった。

 でも、最近は十対八くらいまでになっているらしい。

 美容品や食などの影響、加えて魔王復活の噂が流れ、生きた伝説、ライオット皇子を頼りにする者が増えてきているという話。

 少しはお役に立っているのならいいけれど。


 ちなみに貴族年間を調べているうちにアルの元の主、ドルガスタ伯爵と、ティーナの元主スィンドラー侯爵の名前も見つけた。

 ドルガスタ伯爵もスィンドラー侯爵も第一皇子派閥の大貴族。


「うわっ、気を付けておかないと。

 見つかって返せ、なんて言われたら大変だ」


 絶対に気付かれないように注意しよう。

 みんなにも共通理解を、と木札に書き止めておく




 貴族年間と一緒にアルケディウスの地図もお借りした。

 雛菊の花びら、その最初の一枚のように縦に細長いアルケディウスは北より中央に皇族の直轄領。

 そしてそれを取り巻くように十八の貴族が大小の領地を持っている。

 最大領地にして大貴族一位は皇王妃様のご実家、パウエルンホーフ侯爵領、最下位が今はドルガスタ伯爵か、アイネ―デ伯爵かということらしい。


 今の所、王都の直ぐ南に位置するロンバルディア候が新しい味を領地に持ち帰り、取り入れた貴族第一号になった。

 王都の南、ロンバルディア候領は比較的肥沃で麦や果物などが良く採れるという。

 今まで役にたたなくなっていたそれらが、再び現金化できるとなってかなり張り切っていると聞く。


 貴族年間と、領地の地図をお借りできるのは休み明けまでだからしっかり写しておかないと。




 トントン。

 軽いノックの音が部屋に響く。


「マリカ様? ちょっとよろしいでしょうか?」 

「はい、なんでしょうか?」

「ライオット皇子が、急な話だが店に客を連れて来る。と。

 食事のご注文とマリカ様とフェイに相談がある、と仰せです」


 ノックの主はリードさん。

 私がドアを開けるとお辞儀をしながらそう教えてくれた。


「私と、フェイ、ですか? リオン、ではなく」

「はい、そう仰せです。

 加えて我々を呼ぶのではなく、向こうからおいでになるというのは何か理由があるのではないかと旦那様が。

 今日は空の日なので早く城に戻りたいと思いますが、お力をお借りできませんか?」


 なんだろう? と素直に思う。

 昨日まで毎日皇子の家に行ってたのに。


「解りました。

 とにかくお迎えして、お話を聞きましょう。エリセはアルとミルカにお願いして先に戻して貰います。

 ラールさんと一緒に、午餐のメニュー考えてきますね」

「かしこまりました。よろしくお願いします」

  

 お借りした大事な本を布に包んで箱にしまって、部屋を出た。

 まだ覚えきっていないから、後で頑張らないと。



 夕刻、ガルフの店の貴賓室。

 皇子が連れて来た客はとんでもない人物だった。


「紹介しよう。ロンバルディア侯爵ヴェッヒントリルだ」

「お初にお目にかかる。王都に名高き『新しき味』の開発者たちよ」


 跪き、出迎えた私達に、ロンバルディア候と紹介された人物は明るい笑顔を見せる。

 鉛のようなシルバーグレイの髪に青い瞳の彼は、外見からすればライオット皇子よりも若く思えた。

 とはいえ、四十代くらいだろうかやせぎすだが、目には柔らかい人懐っこさがあって好感が持てそうだ。


「先日は急な頼みに応じて貰ったこと、礼を言おう。

 おかげで領地の麦を自領で粉にする事ができるようになった。雑草扱いだった麦が美味になると、領地の者達は大喜びだ」

「ロンバルディア候のお役に立てたのであれば、我らにとってこれ以上の喜びはありません」


 代表して応えたガルフに、うむ、とロンバルディア候は相好を崩す。


「かつて、遠い昔、我がロンバルディア候領はアルケディウスの穀物庫と呼ばれていた。

 祝福の後、食の習慣が無くなって主産業であった食料生産が必要なくなり、厳しい立場に追いやられていたが、まさか五百年の時を経て復活できるとは思わなかった。

 ぜひにこれからも、食の発展に励んでほしい。

 そして、その知識を我が領地に分けて頂きたい」

「それはこちらこそお願いしたいことでございます。ロンバルディア領から豊かな小麦が届けば、より多くの者に新しい食を伝える事が出来るでしょう。

 今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 そんな貴族と商人の会話の後、貴賓室に招かれた二人はガルフの店、本店の最新料理を振舞われ満面の笑顔を浮かべる。


「パスタ、は何度か食べたがこれもまた新しい味、だな」

「カルボナーラ、とでも申しましょうか。卵とチーズと牛乳を使ったソースでございます」

「うむ、美味い。皇家では御用牧場から新鮮な卵、牛乳が得られると聞く。我が領地でも作ってみるか?」


 鶏ガラのコンソメスープにデザートはアイスを添えたミニパンケーキ。

 まだロンバルディア侯爵の料理人さんに料理を教えたのは最初を含めて二回だけなのでこの料理は食べていないのだろう。

 満面の笑顔が食事中、まったく消えないのはとても嬉しい。


「うむ、美味であった。流石ライオット皇子自慢の『新しい味』の始まりの店。

 このような立場で無ければぜひ、通いたいほどだ」

「ぜひ、またのお越しを」


 嬉しそうに躊躇いなく平らげた侯爵はガルフの言葉に頷くと


「さて、順序が逆になったが其方ら、食の専門家に質問と相談がある」


 私達に向け、真剣な視線を合わせて来た。

 今回は侯爵の相談が、メインなのだろう。

 皇子は場の主を侯爵に譲るように沈黙した。


「なんでございましょうか?」

「先の麦の納品の時、大麦と小麦、と麦が分けられていたな?

 麦には二種があり、大麦は小麦より低価格、半額であった、と聞くがその差は何だ?」


 くいっと「こちら側」の視線が全て私をむく。

 そう指示を出したのは私だから、私が説明しないといけないな。

 これは。


「怖れながら、私からご説明させて頂くことをお許し頂けますでしょうか?」


 子どもだから。と侮られるならガルフに譲らないといけないけれど幸い、ティラトリーツェ様が貴族対応のチュートリアルとしてくれたロンバルディア侯爵家。

 効く耳も理解も豊かなようだ。


「無論。皇子妃どころか皇王妃様も気に入りの少女料理人と聞く。

 詳しい説明を頼む」

「解りました」


 深く頭を下げてから前に進み出た。

 説明開始、だ。


「先ほど、侯爵が仰せの通り、麦には大まかに分けて二種類あります。

 小麦と呼ばれる種はパンや料理に適しております。大麦、と呼ばれる種は小麦のような麺やパンに適した物質が含まれていないのです。

 別の成分は豊富に含まれていますが、パンやパスタを作る事を主とする我々の店には、小麦の方が重要、というわけです」


 グルテンとホルデインの違いを今は説明する時ではない。

 とりあえず性質の違いを理解して貰えれば上等だ。


「大麦は何に使うもの、なのだ?」

「その実を剥いて食べたり、お茶の代わりを作ったり、あと古くは麦酒などを作るのに使われていたと思います」

「麦酒?」 

「かつて、五百年前はきっとあったかと思うのですが、御記憶にありませんか?」


 人間が作り出した錬金術。

 水よりも安全で栄養のある飲み物と言われる麦酒はメソポタミア時代には在ったはずだ。

 この世界にも絶滅前はきっと在ったと思う。


「言われてみれば…在った、な。なるほど」

「?」

「小さき料理人。其方に少し相談に乗って欲しい事がある」

「なんでございましょうか?」



 侯爵の目が真剣な光を帯びる。

 ここからが本題、ということなのだろう。


「我が領地の外れに小さな荘園がある。王都から徒歩と馬車で三日、というところだろうか?

 貴族、ではないのだが今は亡きわが父、前領主から許可証を預かる一族が管理している土地だ。

 一族と言っても今は両手に余るくらいの人数しか住んでいない筈だが。

 その地には大麦が今も大量に植えられ、手入れされ、収穫されている」

「小麦では無く、大麦…? ですか?」


 そうだ。と侯爵は頷いて見せる。

「今度の件の為に領地内の耕地を再確認し、明らかになったことだ。

 納税は為されていたので、今まで不思議にも気にも留めなかったのだが。

 何の為にまだ栽培しているか、と聞いても前領主からの管理許可を盾に拒否されてしまった。

 かの地には魔術師もいてな。畑と領地を守っているという」

「そちらの荘園には石造りの蔵、貯蔵庫、のようなものはございますか?」

「ある。大きな蔵がいくつも」


 なるほど、と思う。


「侯爵様は私に何をお求めですか?」

「我が領地に来て、エクトール、その荘園の長と話して貰いたい。

 そして、その知恵で彼らの助けになってやってほしいのだ」

 

 私の質問に侯爵はそう言って寂しげに笑う。

 自分だと警戒されてしまうだろうから、と。


「何を作っているのか? 今も作っているのか?

 どの程度の出来なのか。売れるレベルに至っているのか。

 商人の目で見て、世に出せるなら出してやって欲しい」

「それはいいのですが、もしモノが私の思う通りでしたら、私一人では知恵は出せても確認はできません。

 大人が必要です。ガルフか、できればリードさんを…」

「私が行きましょう」


 私の言葉にリードさんが頷いて進み出てくれた。


「私は微かにですが、五百年前の食料品の記憶が残っています。

 多少の判断はできるかと」


「あとは、可能なら魔術師と護衛を連れて行く事をお許し下さい。

 私は今、それほど長く王都を開けられません。魔術師がいれば行きに時間がかかっても帰りは転移術で戻って来ることが可能なので。

 それに生きた畑の判断には魔術師の知識が必要です」

「許可する。必要な人数を連れて来るがいい。女子供の旅は不安であろう?」


 私はリオンとフェイを見る。

 見知らぬ地に行くのであれば、二人には力を貸してほしい。何が起きるか解らないから。


「かまわない」「任せて下さい」

 振り返れば二人は頷いてくれた。

 ありがたい。


「ガルフ様…」

「解りました。侯爵様、店の従業員、しかも主力たる者達の貸し出しでございます。

 経費は要求してもよろしいですね?」

「無論。案内役も付けるし、途中までは馬車も出そう」

 

 そこからはガルフとリードさんの交渉で、旅費や出張代はきっちりと出して貰えることになった。

  

 出張は木の日の調理実習が終わった足で。

 なるべく、風の日までには戻ってくるように。

 フェイがいれば帰りは魔術で戻って来れる。

 片道三日かかるというのなら、本当にとんぼ返りだけれども最近は貴族対応も色々複雑になってきているから、私達の誰も店をあまり長くは開けられないから仕方がない。


「…遠い昔」

 侯爵は顔を上げ、静かに呟く。


「数多の日常に埋もれ、もう思い出そうとして微かに思い出せるレベルの昔の事だが、奴と言い争った覚えがある。

 無駄だ。不要だ、と。

 その後、奴とは袂を別ってもう何百年と会ってはおらぬ。

 会う気が湧いてこなかったというのもあるが不思議な話だ。奴は確かに友人で在ったはずなのに。それさえ、疑問に思わなかった」


 何か、ここにないものを仰ぎ見るような眼差しは切ないまでに優しい。


「『新しい食』に触れて以降、何故か昔のことを思い出す様になった。

 エクトールとその一族は、かつて確かに我が領地に貢献する技術と知恵を持つ者であった。

 もし、奴らが五百年に渡り、それを守り続けてきたのなら再び、日の目を見せてやりたい」


「俺からも頼む。

 それが俺達の、そしてお前達の思う通りのものであるなら、きっと今後の大きな武器になる筈だ」

「解りました」



 

 侯爵ではないけれど、もし適うなら私も彼らと会って、話をしてみたいと思った。


 五百年。

 口で言うのは簡単だが、想像を絶する長い日々。


 彼らはきっと守り続けてきたのだ。

 自分達のプライドを。 


 それを見てみたいと、そしてできるなら光を当ててあげたいと心から、思っている。


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