結論から言うと、真理香先生の最期の受精卵に魂は宿っていた。
なので、私は生まれつき二つの魂をもっていた、ということになる。
今の私が、地球人、北村真理香の娘の意識なのか、アースガイア人 皇子ライオットとティラトリーツェの娘なのかは解らないけれど。
「受精卵の育成を始めた後、成長し始めた魂に、私は徹底的な教育と加工を施したの。
真理香先生の人格データと『精霊の貴人』の記憶データを刷り込んでね。
同時にクラージュに日本の剣道を知らせる為に海斗先生の人格データをインストールしたから記憶が混じり合って、転生って思われたのかもしれないけれど」
「実際は北村真理香と、片桐海斗がこちらの世界に転生したのではなく、この世界に生まれる魂に向こうの記憶が植え付けられていた……」
「そういうこと。向こうの世界の記憶を的確に運用できる精霊を作りたかったから。
向こうの世界が魅力的だと知る人間がいないと、知識を伝えよう、という気持ちにならないでしょ? 『神』の子ども達もいるにはいるけれど、彼らはみんな子どもで、教えられるレベルで向こうの知識を所持し、運用できた子はいなかったのよ。
何より、真理香先生の子どもには、真理香先生の思いを知って受け継いで欲しかったし」
少し言い訳じみた顔でステラ様は語る。
アル救出の時から、おおよそ感じてはいたけれど、はっきり突き付けられるとやっぱり少し苦しいな。
私は北村真理香本人ではなく、その娘。精神的コピー、だったんだ。
「ただ、勘違いしないで。
私は真里香先生をこの世界に呼び戻したかったわけじゃないの。
貴女に『真理香先生』になって欲しいと望んでいた訳でもない。
だから、貴女を人間社会に送る時、その記憶や知識は封じたわ。
普通の子どもとして、愛を受けて育てば真理香先生の娘だもの。転生した記憶があっても、無くても優しくて素敵な女の子に育ってくれると思ったから。
そうして人の世に送ったのよ」
当時、魔王城の島には人間がいなかった。
エルフィリーネに育てさせる、という手もあったけれども、人間と触れあうことができずに育つのは可哀相。
そう考えてステラ様は、私をお父様とお母様の家の側へと送った。
お二人なら、捨て子でも慈しんでくれるだろう。
二人の子どもの魂を勝手に使った負い目も込みで。
まさか、その私がほんの僅かの隙に、身元確認といずれ覚醒の為に必要になるからといれてあったアイテム目当てに誘拐されると思いもせずに。
そして満を持してリオンもアルケディウスに転生させた。
結果予想と違う形ではあったけれど、私達は出会い、魔王城に戻ってきたのだ。
「私は貴女達の親だ、と胸を張る資格がないことは理解しているわ。
親だとしても毒親もいいところ。
あまりにも長い間、孤独でありすぎて、心まで星を動かす機構になり果てて。
貴方達のことも、我が子であるアルフィリーガのことも最初は、可愛いけれど、自分達の願いを叶える道具だと思っていたのだから」
「過去形。でも、今は違うと思って頂けてるんですね」
「ええ。だって、貴女は、真里香先生と違うのに、本当にその根幹はそっくりだったんですもの」
うっすらと微笑みながらもステラ様は、今にも泣きだしそうな眼差しで私を見ている。
「輝かしくて、優しくて、豪快で、一直線で。
私は真里香先生を先生としてしか知らなかったし、見ていなかったけれど、きっと彼女が子ども時代を幸せに生きたら、こうだったんだろうな。
こういう風に育ったから、きっとあんな真理香先生に育ったんだろうな、ってとっても幸せな気持ちになったの」
「それは、ちょっとほめ過ぎでは……?」
「アルフィリーガ、私達の息子もね。王子として見守られ、甘やかされていた時とは違う強さをもって育ってくれたわ。守るべきものを手に入れて、本当の意味で強く優しく育ってくれた。
それが、とても嬉しかったの。
多分精霊神となった皆さんも同じ。
貴女を、貴方達を今度こそ、守って幸せにしたい。そう思っておられた筈よ」
精霊神様達は、私を本当に慈しんで、守って下さった。
その根底に地球に置いてきてしまった真理香先生への引け目があったとしても。
私に真理香先生を見ていたとしても。
私を大切にしたいという、思いは、行動は、きっと嘘偽りのない真実だったのだろう。
ありがたいことだ。
「レルギディオスの暴走を止められたから、今後、暫くはアースガイアを揺るがすような大きな脅威は無いと思うわ。
だから、貴女達は当面、不老不死を失い混乱する世界を纏めながら人々を導き、生きなさい」
「いいんですか? ステラ様の後継者として私は、ナノマシンウイルス精製の役割につかなければいけないのでは?」
皆の所に戻っていい、というステラ様の優しさは嬉しいけれど話を聞きながら、システムの一部になる覚悟を決めていた私に彼女は笑って首を横に振る。
「いつか、の話よ?
私達が地球を離れて地球時間で千年近い時が流れたわ。
無から有は生まれない。物事に永遠は存在しない。
私達のバイオコンピューターとしての能力もいつまで続くか解らないの。
そして、いつか機能停止する時が来るとしたら、多分、それは私が一番早い。
そんな予感はあるわ。一番長く力を使い続けてきたし、肉体も酷使し続けてきたから」
「ステラ様」
「私が機能停止すれば、新しいナノマシンウイルスは作られなくなり、この星の『精霊の力』も失われる。だから、この星を精霊の力無しで生きられる世界にシフトさせていきたい。その為に貴女達を生み出し、科学技術の発展を促してもらっているの。
勿論。間に合わず、私が機能停止してしまったら、貴女には私に代わって、ナノマシンウイルス精製の役目をお願いしなければならないのだけれど、その時までは自由にしてもらっていいのよ」
「へ? 私は今まで通りに生きていいんですか?」
「ええ。勿論、地球の記憶を持つ精霊、能力者として子ども達を守り導いて欲しいけれど、それは貴女ならもう言われなくてもやってくれるでしょ?
あげられる自由時間は先が見えなくて、十年先になるか百年先に成るか。もしかしたら一年後かもしれなくて、先が見えないのは申し訳ないのだけれど。
その時までは私がしっかりと努めます」
少し、拍子抜けした気持ち半分、嬉しい気持ち半分、という感じだ。
私は、まだ、皆と一緒にいていいのは、とても嬉しい。
「できれば、リオンと結ばれて子を成して欲しい、という思いもあるかな。
我が子を作れないかもしれないと言ったけれど、それは星に繋がれて、ナノマシンウイルス精製システムになってからのことで、今ならまだ大丈夫だと思うし」
「本当に? リオンと結婚してもいいんですか?」
「ええ。
純血の第一世代と第二世代。
そして第三世代に進化したと思われる貴方達の間に子どもが生まれたら、その子はまた新しい希望を見せてくれるかもれないと期待しているの。
貴方の身体は、私との同期がもう完了しているので完全に人の理から外れてナノマシンウイルスを操る能力者になってしまっているけれど、子どもを作ることができるのは私と先生が証明しているから」
今度こそ嬉しい。純粋に嬉しい。
完璧に諦めていた私の夢。
母親になること。血を分けた我が子を腕に抱く事。
それがもしかしたら叶えられるかもしれないなんて。
「レルギディオスの暴走で、貴方達を含む星の子ども達には迷惑をかけてしまったけれど、これからは、人知を超えた存在が生み出す大きな害は起きないと思うわ。
だから、幸せに生きて、大事で愛しい貴女」
「……娘、っては呼んで頂けないんですか?」
「私には、そんな資格はないもの」
ステラ様は、リオンに対して、あくまで精霊の母と精霊として接している。血を分け、愛によって宿った本当の我が子であることを話していない。
それはリオンを愛しながらも、星を維持し、子ども達を守る道具として使ってきた引け目からのものなのだろう。
同じように、私の事も恩師の娘として大事に守り、育みながらも娘とは呼ばない。
最高傑作と誇っては下さるけれど、その命を道具として扱っている。そしていつか自由を奪うと罪悪感を抱いているのだ。
だから、夢の空間の中だけれど。
「マリカ?」
私は、ぺたっと、ステラ様に抱き着いた。
「私は、ステラ様の事を、もう一人のお母様だと思っていますよ。私には、三人、いいえ四人もお母さんがいるなんて嬉しいです」
「マリカ」
私には母親に愛された記憶が二つある。
北村真理香のお母さんの記憶と、この世界でのティラトリーツェお母様。
それに加えて私という命を繋いでくれた北村真理香と母神ステラ様。
たくさんの愛があったからこそ、私は私として生まれ、今、ここにいるのだ。
私の生まれがどうであってももう、構わない。
例え、そのスタートが道具として望まれ、デザインされたものであっても。
人として愛され、望まれて生まれ、自分のやりたいことをできる自分として生きることができたのだから。
「親が毒親かそうでないか、決めるのは子どもです。
ステラ様は、毒親なんかじゃありません。私の、大切で、大好きなお母様ですから」
「マリカ」
「だから、長生きして下さい。そして、孫をその目で見てあげて欲しいと思います。
私、頑張りますから。それまでも、その後も」
「そうね。私が長生きすればするほど、貴女は自由でいられるものね」
「はい。
その時が来たら、ちゃんとお手伝いはします。でも、まだこの世界でやりたいことはいっぱいあるので、もう少し頑張って頂けると嬉しいです」
ここにあるのは、精神だけで本当のステラ様の身体は、今も培養槽の中に在って。
私の身体は手術台の上で、きっと接続処置を終えている。
目覚めたら、人間としての私は終わり。
『星』と『精霊神』のと人の仲介者として子ども達を導く仕事が待っている。
でも、愛する人たちと一緒に、皆の幸せを助けて生きることができるのなら。
そして、私自身も幸せになってもいいのなら。
きっととても恵まれている。
地球人、北村真理香の娘としても、アルケディウス皇女としてもやりたいと思える誇らしい仕事だ。
敷かれたレールの上の、毒の人生などでは決してない。
「そうね。頑張るわ。娘と息子の結婚式や、孫の顔は確かに見たいもの」
ステラ様も、私を抱きしめ返して下さった。
身体ではなく、心の温度が伝わってくる。
ああ、私は本当に愛されて生まれてきたのだと。
「さあ、もう帰りなさい。
そして、私とエルフィリーネに見せて頂戴。
真理香先生が、私が得られなかった幸せを掴み、輝く姿を」
「はい。ありがとうございます」
そうして、私は目覚めた。
長い、子ども時代の夢から。
この瞬間から、新しい人生が始まる。
人型精霊 マリカ。
人々を導き、守る使命を与えられた、星と、精霊神のインターフェースとして。
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