衣装合わせが終わった翌日、私は外出前の打ち合わせ、と称してゲシュマック商会との面会を強引に押し入れた。
ガルフも礼大祭に行くのなら、忙しい事は承知しているけれど、どうしても話が聞きたかったのだ。
私の呼び出しに、ガルフも直ぐにやってきてくれた。
リオンにフェイ、ガルフにアル。
カマラにラールさん。
私の秘密を知る者だけが集まったゲシュマック商会、貴族街実習店舗、店長室での会話。
「『聖なる乙女』マリカ様にはご機嫌麗しゅう」
「あまり麗しくは無いのですが。急に呼び出してごめんなさい。
ちょっと話を聞きたくて」
「話、というのは?」
「大聖都での『礼大祭』の事です。ガルフも行く予定だと聞いたものですからビックリして……」
「ああ。お知らせしておりませんでしたね。
はい。参拝を予定して計画しております。
リードは留守中を任せる為に残しますが、アルは連れて行く予定でした」
私の思いを知ってか知らずか、ガルフはすんなりと頷いて私の問いを肯定した。
「やはり、本当なのですね」
「はい。きっかけはギルド長の自慢話と嫌味でしたが」
そして苦笑しながら話してくれる。
商業ギルドでの会議とその内容について。
「『礼大祭』は本当に美しく、神の奇跡をこの目で感じられる祭りだ。
あれを知らぬモノが『聖なる乙女』を語って欲しくないものだな」
「皆、その言葉カチンとは来たもののまあその通りでもある、と納得もしまして。
マリカ様のおかげでアルケディウスの商業店舗は、ほぼ例外なく業績が上がっておりますので、マリカ様の大神殿での初祭儀。
感謝の意味を込めて、参加しようと大店が意見と予定を合わせた次第です」
ギルド長の、アホンダラ!
なんで余計な事を言ってくれてるんだ!
ガルフの話を聞いた、私が第一に思った事はそれだった。
「我らアルケディウス商業主達からしてみれば、大恩あるマリカ様の晴れ舞台。
応援というのには烏滸がましくも、感謝の意を表したいという思いからの計画だったのですが……。
まさか御不興を?」
「不興……、という訳ではないのですが。
どうやら、私は儀式に自分で思っていた以上に恐怖感をもっていたようですね。
今、気が付きました」
話を聞きながら、私は自分の手を見る。
微かな震えが、全身を揺らすのを止められない。
「失礼ながら礼大祭というものは、そこまで姫君に緊張を強いるモノなのですか?」
「『聖なる乙女』の舞が参列者の力を集め、神に送るのだそうです。
ただ、普通通りに舞え、と言われていて、詳しい儀式の内容は知らされていないので。何が起こるのか解りません」
今迄の事前教習で何も言われていないことからして多分、大神殿に入り、面会謝絶になってから教えられるのだと思う。
皇族は立ち入り禁止だから、詳しい儀式の内容は殆ど私の周辺は知らなかった。
大神殿は、私が儀式について知っているとは思っていないのかもしれない。
後戻りできない状況になってから?
もしくは全く予備知識を与えられず、やらされるのか?
どちらにしてもきっと大神殿は、確信犯だ。
実行してしまえば、共犯者になる。
怖い。
今まで、考える事を無意識に拒否していたことに気付いたけれど、今までの『精霊神』にだけ力を送れば良かっただけではないのだ。
力が足りなくで、身を削るにしても自分だけで済んでいた復活や、力を捧げる儀式とは違う。
やり過ぎたり、力が暴走すれば、無関係な人、大切な人を傷つけてしまうかもしれない。
「マリカ! どうしたんだ?」
「マリカ様?」「どうしたんです?」
一気に震えがきて、がくん、と膝が崩れたのをリオンが支えてくれる。
その暖かい手に、そしてみんなが気遣ってくれる優しさに、心の中で貯めていたものが堰をきって溢れて来るのを私は感じていた。
「怖い。怖いの。リオン!
私の中の、解らない力が!
もし、私が配分を間違えて、皆を、ガルフを傷づけてしまったらどうしよう!」
それは、不安。
今まで見ないふり、気付かないふりをしていた『精霊の貴人』という存在への疑問。
私は、どうしてそんな力を持っているのか。
物の容を変える、とだけ思っていたけれど、そうではない。
『精霊神』様達に力を送り『神』さえも手を伸ばす力は何なのか。
そしてその力は、人々を傷つけたりしないのか?
怖くて震えがくる。
不安に押しつぶされそうになった私を。
「落ちつけ、マリカ。
大丈夫。お前は、大丈夫だ」
リオンは、しっかりと抱しめて支えてくれた。
「お前は、力を暴走させたりしない。
力は、お前の意思にちゃんと従ってくれる。
大丈夫だ。絶対に、大丈夫だから」
繰り返し、そう囁いて。
根拠なんて何もない。
けれど、繰り返し繰り返し囁かれ、背中を叩かれる度、不安がスーッと大地に吸い込まれる水のように引いていく。
「あ……リオン」
私は自分がリオンの胸に縋りついて泣いていた事に気が付いた。
「落ち着いたか?」
「う、うん。ありがとう」
慌ててちょっと、後ろに下がる。
ここにいるのはほぼ身内だけだけど、だからこそちょっと恥ずかしい。
「マリカ様」
「ガルフ……ごめんなさい。見苦しい所を見せました」
私が少し落ち着いたのを見計らって、ガルフがスッと私の前に膝をついてくれた。
「礼大祭は、皆の力を『聖なる乙女』が集め、神に送る儀式なのだそうです。
自分一人の力を送るならともかく、他の人を巻き込む事になる。
ガルフが参加すると聞いて、ちゃんとできるかどうか、急に不安になってしまって……」
ガルフが参加すると聞かなかったら、私はそこまで考えずに舞を舞っていたかもしれない。
我が儘、というか傲慢な話だ。
知らない人間なら良くて、身内は嫌だ、なんて。
「いえ、心から嬉しく思います。
俺を、身内と思い、失う事を怖れて頂けたなんて」
「ガルフは私の家族です。私の右腕であり、もう一人の父だと心から思っています」
「であれば、むしろ遠慮なく使って下さい。姫君に力を捧げるのなら本望です」
ドン、と強く胸を叩くガルフは頼もしい。
そして、うん、だからこそ。頭も冷えた。
「私、もう一度改めて、儀式のことを調べ直してみます。
同時に今まで、何も考えずに使っていた自分の力も、検証して……少なくとも、皆に危害が及ぶことの無いように万全の準備をして望むつもりです。
ですから……」
私はガルフの手をとって立たせ、そのまま強く握りしめた。
「安心して、見に来て下さい。
今の私にできる最高の舞を舞って見せますから」
「楽しみに参ります」
心の中で指切りげんまん。
強く誓う。約束する。
この誠実で優しい人の前に、恥ずかしい姿は絶対に見せない。
見せられない。
絶対に、今できる最高の舞を見せよう。
と。
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