礼大祭前 最後の夜の日。
二の火の刻。
アルケディウスの王宮、大広間では煌びやかな舞踏会が開かれていた。
魔術で灯された煌びやかなシャンデリア。
楽し気に笑いさざめく人々。
少し離れた所から見ている分には舞踏会っていうのは、華やかで美しいなと思う。
中に入ると、そんなことを考えている余裕も無いのだけれど。
で、私はというと、今日はその輪の中に入ることはできないでいた。
一段高い壇の上から、彼等を見下ろしているのだ。
お父様多分も、お母様も、壇の下。
並んで座っているのは恐れ多くも、皇王陛下と皇王妃様。
お二人の間に、私の席があるので正直、お誕生会席のようで居心地が悪い。
悪いけれども、仕方がない。
お母様曰く
「今日の主役は貴女。
大神殿で礼大祭に望む、アルケディウスが生んだ『聖なる乙女』たるマリカ皇女、なのですから」
だそうだから。
午前中の神殿での礼拝に勝るとも劣らない人々の好奇の眼差しを感じながら、私は一生懸命笑顔を作って浮かべていた。
明日が大神殿への出発の日。
旅行の準備は側近達に任せて、私はこの舞踏会への参加を命じられていた。
国を代表する大貴族達が、式典に臨む私に挨拶をする為のもの、なのだそうだ。
その為、私の衣装も『聖なる乙女』モードというか、神殿長モード。
法衣を着せられて、ヴェールのついたティアラを頭から被せられている。
舞に使う衣装一式は『聖別』とやらの為に既に大聖都に送られているけれどそれに勝るとも劣らない豪奢な作りだ。
皇王陛下と並んで座っているので、側近は側に付けない。
護衛のリオンも壇の上にはいるけれども、少し離れたところで待機。
少し、寂しくて私は無意識に、服の上から心臓の真上を掴んだ。
この下にはシュウが作ってくれた、香油の入ったペンダントがあるのだ。
柔らかな香りがふわり、と漂うと少しホッとする。
「其方は壇上に在り、微笑んでおればいい。
舞台の半ば頃、合図されたら、順番にやってくる大貴族達の挨拶を受けて、祝福をしてやれ」
とおっしゃったのは皇王陛下だ。
要するにやることは午前中の礼拝と同じ。
祝福、という名で精霊を呼んで、光を輝かせればいいんだよね。
そう言う訳で、今回は私は最初から舞踏会の輪に入らず、ずっと高い所から皆の様子を見ているのだ。
壇上から見ていると全体の様子がよく解るんだけど、皆、楽し気に会話やお酒お菓子などを楽しんでいるように見えて皆、牽制しあっている感じだ。
そして、視線の先には、多分、私がいる。
お母様が言っていたんだけれど、大貴族達は私に、もっと国内での社交をしてほしいんだって。
「貴方の様々な知識を退屈している自分達に分けて欲しいのです」
最初、新しい皇女として私が迎えられると聞いても、大貴族の婦人達は割と余裕の表情だった。
何せほんの少し前まで私は、使用人として給仕役をしてたんだもんね。
皇女、とはいえ隠し子。
下々の存在と甘く見ていたんだと思う。
ところがそこから、一気に事態は急変。
大聖都が認める『聖なる乙女』。
しかも、諸国から求められて一年の半分、国外を巡る。
なんてことになって、思ったように情報が入らず焦り始めたのだろう。きっと。
しかも国内だけじゃなくって『大神殿』に仕える事になり、精霊神を蘇らせ。
帰って来ても全然、社交界に顔を出さないしね。
顔を繋ぎ、好を得る機会を、と懇願されて断れなかったというのが今回のパーティの開催理由だと聞く。
面倒だとは思うけれど、仕方がない。
「そろそろ来るぞ。シャンとして顔をあげておれ」
「はい。皇王陛下」
曲と歓談の合間を縫って、大貴族達が動き出した。
「皇王陛下。下からのご挨拶を、どうぞお許し下さい。
アルケディウスの宵闇を照らす星にどうか祝福を」
「許す。今年の麦の様子はどうだ? カウルトゥス?」
最初に壇の前に立ち、跪いたのは大貴族、第一位。
皇王妃様の弟君 パウエルンホーフ侯爵 カウルトゥス様だった。
「本格的な生産を始めたのは久々の事ですが、かなり良い手ごたえだそうです。
収穫を始め、大麦は既に麦酒蔵での醸造に着手致しました」
大貴族達が焦っている、と言ってもカウルトゥス様には割とゆったりとした余裕が見える。
特にカウルトゥス様のパウエルンホーフ領は肥沃だし、皇王妃様の伝手で色々と優遇されているしね。
今日は奥方もお連れだ。
視線が合うと笑顔を返して下さった。
「今後とも、良き関係を続けさせて頂ければ幸いです」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いいたします。
皆様の上に、精霊と『精霊神』様の祝福がありますように」
私も挨拶に返す様に、祝福を送る。
精霊達にお願いして、来てもらう形だ。
光の鱗粉が自分の上に舞うのを見て、カウルトゥス様は嬉しそうに微笑んで下さった。
その後は、順番に大貴族達が挨拶に来る。
ロンバルディア侯爵 ヴェッヒントリル様、トランスヴァール伯爵 ストゥディウム様などは領地の事業がかなりいい調子のようだ。
「エクトール荘領は今年、新しい釜が増設され生産量を大幅に増やせる見込みだそうです。
秋の戦の後、新酒のお披露目をご期待下さい」
「姫君の指導で研究をしていた『カツオブシ』が上手くいきそうな気配です。
完成したらいち早くお届けに参ります」
嬉しい報告をして下さった。
余裕のある上位貴族と違って下に行くほど、焦りが見える。
「姫君。どうか一度、我が領地に足をお運び下さい。
食を支える一翼を賜りたく」
「我が領地の料理人を、実習施設に受け入れて頂けるのはいつでしょうか?」
そんな必死の願いを何度か耳にした。
私の激励の為の舞踏会には似つかわしくない懇願だとは思うけれど、大貴族の間で差が付き始めているのだと思う。
気持ちは解るけれど今はまだ。
「時間が出来ましたら」
「もうすぐ新施設が出来る予定ですので、そうすれば受け入れられると思います」
程度にしか答えられない。
本格的に相談に乗るのには時間が足りないのだ。
祝福を送っても、苦い表情が崩れない彼等には、改めての対応が必要だと感じながら、私は下位領地達の挨拶を受けたのだった。
ドルガスタ伯爵家は奥方が挨拶をしただけ。
本当は一番助けを求めているだろうけれど、今日は挨拶以外に何も言わず戻ってしまった。
だから話を聞く事も出来ない。
タシュケント伯爵家も同様。
顔を顰めたまま、最低限の挨拶で下がってしまった。
彼らに手を伸ばしてあげられるのはいつになるだろうか?
そして、最後。
意外な領地が進み出る。
改めて気が付いた。どうしてこの方が一番最後にやってきたのだろう。
「アルケディウスを照らす宵闇の明星に祝福を」
「ダルピエーザ。随分と遅い挨拶だが、どうかしたか?」
「いえ、伯父上。
単にゆっくりとお話したい儀がありました故、順番を変わってもらっただけにございます。
それから、姫君に贈り物を」
第一皇子派閥第一位。
全体でも二位に付けるプレンティヒ侯爵 ダルピエーザ様は、ご夫人と養子待遇で可愛がっているというクレスト少年を引き連れ、私達の前に膝を折った。
「話? 贈り物、とな?」
「はい。姫君の護衛計画の見直しと、増強案について」
「護衛計画の見直し?」
「姫君の護衛を増やすべきかと存じます。
具体的には、クレストを献じますので、お側に置いて頂きたく」
「ええ?」
突然の提案に驚く私達の前。
ダルピエーザ様とクレスト君は涼しい笑みを浮かべていた。
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