大聖都で待つこと暫し。
フェイは、思ったよりも早く戻ってきた。
リオンと、アルも一緒だ。
「フェイ……」
「色々と、ご迷惑をおかけしました……。ソレルティア」
「……答えを、貰えると期待してもいいのですか?」
フェイの執務室に居座って、妊娠についてや子育てについての話をしていた私とソレルティア様の前。リオンに背を押されるように立ったフェイははい、と静かに頷いて私達の方、正確にはソレルティア様の前に進み出る。
私はお邪魔。
慌ててカマラと一緒に後ろ、リオン達の側に下がる。
「ソレルティア。杖を持ってきていますよね?」
「え? ええ。ここにあります」
突然の問いに戸惑いながらもソレルティア様はテーブルに立てかけてあった彼女の魔術師の杖を取って見せた。
フェイも自分の杖、風の王の杖を出すと、目を閉じ、何かを唱え始めた。
「自由なる風。星を巡るわが友よ」
主の呼びかけに応えるように水晶が薄青い光を帯びる。
「偉大なる『精霊神』に仕える『風の王』。
ここに『精霊神』の血を継ぐ魔術師として命じる。
祈りと力をここに。
我が妻、我が伴侶たる者に、母から授けられし力と守りを分け与えたまえ」
「え?」
と、同時、フェイの杖から虹の橋がかかる。ソレルティア様の杖に向かって。
「こ、これは?」
「僕の力の半分です」
私達も何が起きたのかよく解らないけれど、当の本人。
ソレルティア様が、一番きょとんとしている。
虹を受け止めた彼女の杖の根元に、不思議な色合いの星水晶が生えたのだ。
フェイの杖の飾りとよく似た……。
「貴方の力の半分? まさか話に聞く、シュトルムスルフトの聖なる乙女の……」
「はい。シュルーストラムの力は分けられませんが、それは母から授けられた僕自身の力。全属性に働きかける『星』の力ですから。
僕の大切な……妻に」
「え?」
「僕は、まだ子どもです。貴方に、ドレスや指輪を贈る甲斐性もない」
術を終えたフェイは大きく息を吐きだすと、ソレルティア様と目を合わせた。
ソレルティア様は身長155cmくらい。
フェイは今、170cm近くあるからかなりの身長差だ。
……いつの間に、こんなに大きくなったのかな?
昔、ソレルティア様と始めて会った時、凄く大人に見えたのに。
フェイとの決闘の時は、明らかにフェイの方が小さかったのに。
「大人ぶって、策士のような気になって、人々の上に立とうとも、まだ未熟な子どもであることは、一番よく知っています。
貴方の事も、ずっと最初から気になっていて。
でも、男女の付き合い方も解らず、二人を口実に肉体関係を狙って、貴方の面倒見の良さに付け込んで、溺れた。甘えた。逃げた。
でも、現実を突きつけられてそんな僕が、父親になって、子どもを持っていい筈は無いと、逃げ出してしまいました」
「そんな、気にする必要は無いのですよ。貴方の事が気になっていて、教えるを口実に肉体関係を求めたのは、私も同じなのですから」
「そう、ですか。やはり、僕達はどうしようもない、似たモノ同士なのかもしれません」
くすり、と笑ったフェイは一度だけ首を横に向ける。
自分を見守ってくれているリオンとアルに。
男同士の会話が、本当に彼を変えたようだ。
「でも、教えられたんです。
僕が父親になっていいか、どうか。決めるのは僕ではなく、貴女と、僕の子どもなのだと。
親というのは、特に、血肉を分け、命を生み出す母親と違い、父親は。
子どもができたから自動的に親になるのではなく、親になろうと心に決め、子どもに親と認められ、そう呼ばれることで初めて親になるのだと」
スッと、フェイは身を下げ、膝をソレルティア様の前について視線を合せる。
「僕にとって、今、一番大事なのはやはりまだ、リオンとマリカです。
でも、逃げたくない。と思っています。
成人式も上げていない、どうしようもなく、愚かで未熟な子どもだけれども、貴方の為に、僕は本当の大人になりたい。
親になりたいと心から思っています。あなたと一緒に。
僕という存在を命がけで守ってくれた父母のように」
そして、杖を持つ手と反対の手をとり慈しむようにそっと口づけたのだ。
強がっていても、やはり緊張で強張り、白くなっていたソレルティア様の顔が、朱を帯びる。
「僕の妻になって頂けませんか? ソレルティア。
今は、まだ貴女とリオンやマリカを選べと言われたら、迷いながらも二人を選んでしまうかもしれない、未熟で愚かな子どもですが、直ぐに、必ず、本当の大人になります。
リオンとマリカ、貴女と子ども、大切なものを全て守ることができる大人になれるように。ですから、どうか……」
目を閉じて希う、真摯なフェイのプロポーズ。
答えを待つフェイの頭上に降りたのは、どこか、呆れを含んだようなため息だった。
「貴方は、本当に人の気持ちが解っていませんね。フェイ」
「え?」
「初めて会った時から、ずっと。
王宮に勤めて、色々叩き込んで、少しはましになったと思っていましたが、本当に、まだまだです」
「それでは……僕は……え?」
「そんなに、焦って大人にならなくてもいいのですよ。
私が愛したのは、無垢で真摯で、自らの思いを何があろうと貫き通す。
不器用で、天才で、でもどこか、危うくて放っておけない。精霊の愛し子。
子どもでありながら、大切なモノの為に大人であろうとする貴方、なのですから……」
泣き出しそうな顔で目を伏せるフェイを、ふわりと、優しく柔らかいソレルティア様の腕が包み込む。
「そもそも勘違いしないで下さい。
私は、貴方に自分を曲げて欲しい、とは思っていませんから。
むしろ私は、貴方を助け支える存在でありたいと思ったから、愛し、受け入れたのですから。
最初に言ったでしょう? 負担をかけるつもりなどありません。結婚を強要するつもりはないと。私は一人でも、子どもを育て上げる自信はあったのですよ」
強気で、逞しくソレルティア様は笑う。
この方は、本当に不老不死が失われても変わらない。ブレないな。
母親としての強さはあるかもしれないけれど、揺るぎなく人々を魅了する大人。
私に零した出産への不安や、子育てへの悩み、弱みを人に、夫には見せない強気で魅力的な人。
アルケディウスに咲く大輪の薔薇だ。
フェイが惹かれるのも無理はない。
「でも、貴方が、私を妻、と呼んでくれるのであれば、その地位を譲るつもりはありません。
私は、きっと、最初に出会ったあの日から、貴方に恋していたのですから」
「それでは!」
「時間がある時は一緒に子育てをして欲しいですけれどね。魔王城を経由すれば、ちょっと大変ですがマリカ様がおっしゃった遠距離タンシンフニンも不可能ではないと思いますし」
「勿論! 毎日通いますよ。貴女と、我が子の所へ」
「なら、何も問題ありませんね。後は、私達の問題だけ。
ねえ、フェイ?」
そう言うと、ソレルティア様は杖を置き、膝を付いたフェイを経たせると唇を奪った。
私は顔を手で覆い、カマラは顔を後ろに向けるけど、なんとなく目が離せない。
他人のキスシーンなんて、この中世異世界でそんなに見る機会無いもの。
好奇心が止められず、指の間から覗き見るとフェイはその細い肩を躊躇いながらも強く抱きしめ、キスに応じておいた。
ただのバードキスじゃない。互いを愛し、貪り合う激しいディープキスだ。
そして、唇を離したソレルティア様は、フェイの頬に手を添えた。
「子どもは、私が責任を持って育てます。貴方は、貴方のやるべきことを貫きなさい。
そして、我が子に、国と、精霊……いいえ、星を守る父親の姿を見せてあげて」
「ソレルティア!」
震える手で、フェイは彼女を抱きしめる。
自分の全力で、思いを伝えるように。
「……愛しています。ソレルティア」
「私もです。フェイ」
パチパチパチ。
音が、聞こえた。
誰かと音の方を見てみれば、リオンが優しい笑みと共に祝福の拍手を贈っていたのだ。
私も、手の音と心を重ねる。
リオンも、カマラも。
星の精霊の祝福を受け、この日。
新しい夫婦が生まれたのだった。
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