フリュッスカイト 王都近くのオリーヴァ農園で、私達はオリーヴァの採取体験をさせて貰っていた。
「最上質のオイル用は手で丁寧に摘み取ります。木と実を繋ぐじくを親指と人差し指で摘んで、そっと握りしめるように採って下さい」
農園主のカージュさん、自らが丁寧にやり方を教えてくれる。
遠くから見ると、銀に見えたオリーヴァの木。
葉っぱの表面は光沢のある、綺麗な緑だけど側でよく見てみると、葉の裏側の葉脈が白いことが解る。白い産毛が生えているような感じ?
最初に見た時感じた、銀の輝きはこの葉っぱの裏側、白い葉脈が輝いていたんだと気付いた。
本当にキレイ。
言われた通り細い軸を摘んで指先で力を入れるとプチン。
かすかな音がして手の中にコロンと、可愛い実が転がって来る。親指の先よりも少し小さいオリーヴァの実は、やっぱり向こうの世界のオリーブの実とほぼ同じな気がする。
私が知っているのは塩漬けとか、スタッフオリーブとかだけど。
生の実を見たのはこれが生まれて初めて。
「とても可愛らしい実ですね」
一緒に来た随員達もやってみたい人はやってもいいと言って貰ったから周囲を護衛として警戒するカマラとミーティラ様以外、子どもは全員でワイワイと木の実の摘み取りを楽しんでいた。
セリーナやノアールは勿論、アーサーやクリスも真剣な眼差しだ。
あと、ソレイル様も
「こんな体験初めてです」
と目を輝かせている。
ビックリしたのはこの農園にけっこうな数の子どもが雇われていた事だ。
「摘み取りや採油などの作業助手に雇っています。
真面目で良く働くので……。この農園にも魔術師の杖が伝わっていて、今も術士がいます」
と言っていた。ちょっと嬉しい。
大人の中ではシュライフェ商会のプリーツィエも
「この緑の実から、あの透き通るような油ができるのですか?」
と興味津々の様子だ。
「オリーヴァの実も色々と種類があって、油分が多いもの、少ないもの様々です。
油の質にも差があるので、混合したりしながら使っています」
「この実は食べられないのですか?」
「ええ、とても苦くて生は勿論、火を通しても食べられません」
「可愛い実なのに勿体ないですね」
セリーナが摘み取ったオリーヴァの実を掌の中で転がしている。
ちょっと残念そう。
……ふふふ、我に策有り。
「この集めた実を洗い、手回しの機械で押しつぶして汁を絞り取り、最終的に出て来た果汁を分離させて脂分だけを取り除くのです」
搾り取っただけの液体も見せて貰ったけれど緑色のジュース、というか青汁?
それを遠心分離のような方法で油と果汁を分けるという。
「我が商会はこのような農園を複数預かって、オリーヴァの栽培、収穫、加工までを行っています」
機械化の進んでいない中世だからなお手間がかかっているんだろうなあ、と頭が下がる。
「一番上質の油で化粧品やクリームを作り、二番、三番絞りで石鹸などを作り売り出しています。獣脂を使ったものよりも泡立ちや匂いがいいと、上流階級で人気の品です。
ただ、それだけに高価で量産はできず、また粗悪乱造は厳重に禁止されているので油が残り気味なのです」
「余っているのであればアルケディウスが全面的に引き取るので回して下さい。
今回は食材を預かるゲシュマック商会と、美容品を扱うシュライフェ商会、両方の代表を連れてきていますから、話し合って納得が行く様に話し合って下さると嬉しいです」
「ありがとうございます」
実際に実物を見て、採取を行った事でより興味が沸いた様子。
アルもプリーツィエも正式な契約の準備をはじめるとのことだった。
「そういえば……」
私は、ふと思い出した。
この場にいない人達。
魔性の襲撃にあたり、現場検証と事後処理にあたっていたリオン達のこと。
「カージュ様」
「カージュ、と呼んでください。皇女に様付けにされるのはどうにも居心地がよくありませんので……」
私としては年上を呼捨てにはしたくないのだけれど、仕方ない。
「では、カージュ。さっきの魔性の襲撃のような事はよくあるのですか?」
「よくある、訳ではありませんがまったくなくはない、というのが現状ですね。
特に魔王復活の知らせが来てからはたまに……。
人間が襲われることは稀なのですが、魔術師が良く狙われます。さっき襲われたのも魔術師で……」
「魔性は精霊を喰らうもの、なのだそうです。
ただ、魔性の中には精霊を喰らう時、副次的に人間を襲う者もいるそうですし、魔術師たる人間は精霊の祝福を得ていると聞いています」
魔性からしてみれば、精霊の力を食べるのに人間が邪魔で襲ったり、傷つけたりするのかもしれないな、と思う。
特に、危険なのは『精霊神』の子孫たる『王族』。
魔術師の才能を持つ子ども、とか。
「大聖都でも葡萄畑などで目撃、襲撃事例が多いと聞きますので気を付けて下さいね」
「ありがとうございます。
今、ルイヴィル様と、姫君の少年騎士が魔術師として対策を考えて下さっているようです。何分畑なので壁で覆うとかは難しい話ですからね」
見回りを増やすとかで対処するしか無いと思う。
王家の直轄畑ならその辺の融通も利くかな?
「じゃあ、搾りたてのオリーヴァの油を分けて頂けますか?
ステキな経験をさせて頂いたお礼に、美味しい料理などを作ってみたいと思います」
「ぜひ!」
最高品質、エクストラバージンオイルクラスの良い品物を分けて貰えたので、アヒージョを作って見せる。
アヒージョはオリーブオイル煮。大抵のものが美味しくなる。
今回は手軽に手に入りやすいパータトとベーコンのアヒージョにしてみた。
ホクホクとしたパータトにベーコンの旨みが染み出した油がコクを与えて最高に美味しい。
特別な調理道具が無くてもアヒージョなら浅手の鍋があればできるしね。
で、余ったオイルをパンに浸して食べると、また最高で……。
「これは、良いですね。純粋な油とパンの相性も良かったですが、ベーコンや野菜の味が残る油のコクはまた格別です」
「どうして今まで、この味を教えて頂けなかったのでしょうか?」
夢中になって食べている農園の人達と違って、フェリーチェ様の声には淡い恨み節が籠る。確かにアヒージョは教えたけど……。
「パンのレシピは今回初めてお知らせしたので。固焼きパンに油を染み込ませるのも美味しいと思いますけど、天然酵母で作ったパンは柔らかいので、より食べやすいかもしれませんね。この油で絡めたパスタも美味しいんですよ」
「それは……小麦の量産も指示しないといけませんね。
カージュ。油の方は質を落とさないようにしつつ、できるだけ量産をお願いね」
「解っている。
元々、オリーヴァは『精霊神の恵み』油の精製には無駄を出さないようにしていたが、今後はより大事に作っていくさ」
オリーヴァの油を搾り取った粕はまた畑に撒いて栄養にしたりしているんだって。
本当に大事にしているんだね。
「あ、そうだ。カージュさ……カージュ。お願いがあるんですが」
「なんでしょうか?」
「生のオリーヴァの実を分けて頂きたいんです」
「生の実を? 油がご入用なのではなく?」
「はい。生の実を。ちょっと思う事があって。
もしうまくいけば、オリーヴァの実に新しい使い方が増えるかもしれません」
「生の実は食べられませんよ」
「承知しています。でも灰汁抜きをすれば食べられるかもしれないので」
「あくぬき?」
「特別な薬品で、野菜などが持つ臭みや苦みの成分を取り除く事です」
「そのような事が可能でしたか?」
「公主家に伝わる特別な薬品があれば可能かと……」
私の言葉に少し考えるような仕草を見せたカージュさんは
「姫君。良ければこちらに来ていただけませんか?」
返事より先にそう言って私達を再び外に連れ出した。
さっき摘み取りをした入り口から入ってかなり奥まで歩くと、
「うわー」「でっかーい」
ビックリ。見上げるような巨木が聳えていた。銀緑に煌めく、これもオリーヴァの木だ。
「大きいですね」
「樹齢千年とも二千年とも。
フリュッスカイトの開国時とほぼ時を同じくして王家の始祖。
『精霊神』自らが種を植えたと言われている木です。これを公主家から預かったのが我が家のオリーヴァ栽培の始まりです」
「『精霊神』が種を?」
「はい。そう伝えられています。あくまで伝説かもしれませんが。
オリーヴァは平和を齎す。この木がある限りフリュッスカイトは栄えるだろう、と言い伝えたとされています」
そう伝えられても不思議はない位の威厳と迫力のある木だ。
しかも木に老いたところはなく、今も大きくその枝に銀葉を輝かせ、たわわな実を実らせている。
「この木と私はずっと共に育って参りました。
今は、オリーヴァの実からは油しか採っていませんが、不老不死前はもっといろいろな活用ができていた気がします。
姫君のお言葉でそれを思い出しました。
不老不死直前に死んだ父ですが、危険だから決して入ってはならないと伝えた部屋の中で何か作業をしていたのを覚えています。それから暫くの後、何か嬉しい、楽しい事が起こったことも……。それが何だったのかは、もどかしい事に思い出せないのですが……」
そう告げたカージュさんは私の前に跪き頭を下げた。
「どうかこの実をお使いになって新しいオリーヴァの可能性をお知らせ下さい。
我が一族は全身全霊をもって姫君にご協力致します。」
私を見つめるカージュさんの目には真摯なものが浮かんでいる。
アーヴェントルクの農場でも言ってたけど不老不死前は今よりも確かに食の活用はされていたのだろう。
いつしか忘れ去られてしまったけれど、それを大事に守り続けて来た人がいるから細くとも希望の糸が繋がって来た。
だったらそれを未来に繋ぐのも私の役目だと思う。
何よりオリーブの塩漬け、私も食べたい。
「解りました。大事に使います。豊かなるフリュッスカイトの恵みに賭けて」
木にはしごをかけ実を摘み取る様子を、私も、だけれどもソレイル様はじっと、身動きもせずに見つめていた。
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