【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 消えた少年

公開日時: 2022年3月13日(日) 09:02
文字数:4,232

 宴の前の厨房は戦場だ。


「会議、終わりました!

 国王様が、御婦人方を迎えに別室に向かわれたようです」

「解った。

 皆、前菜の盛り付けに入れ。見本を真似て美しく。

 なるべく同じに盛り付けるのだ。各王達に差をつけるな?」


 会議場からの伝令を受けてザーフトラク様が助手たちに指示を出す。

 仮にも大神殿の厨房を預かる人達。

 手際は悪くない。


「グスターティオ様、主菜の準備をお願いします。

 私はグラタンをオーブンに入れますので」

「待て。力仕事は私がやる。姫は盛り付けの確認を。火仕事は男手にまかせておけ」

「助かります」

「うむ、竈の火口の都合もある、主菜はどちらを先に作る?」

「まずは鶏のから揚げを。

 その後、ハンバーグを焼いて下さい。ハンバーグにはチーズが入っているのでなるべく暖かいままお出ししたいのです。

 唐揚げはマヨネーズで下味をつけていますから、普通のものより柔らかく仕上がる筈ですし、酸味のソースをかけることで少し冷めるので、温かみが残り、柔らかいくらいが丁度いい筈ですから。

 ザーフトラク様、グラタンの準備が終わったらグスターティオ様に、二度揚げを教えて下さい」

「了解した。姫君」


 私が不在の夜の間、コンソメスープの仕込みをするザーフトラク様とすっかり意気投合したらしい大神殿の料理長、グスターティオ様が全面協力を申し出てくれたので忙しくはあっても進行はスムーズに行っている。


「…!」

「姫?」

「大丈夫です。ちょっと欠伸が出ただけ」


 時折襲ってくる、眠気以外には。


「やっぱり休んだ方がいいのではないか?

 昨夜は徹夜であったのだろう? 戦場から戻りほぼ直接厨房に戻ってきたのではないか?」

「お風呂には入って身を清めましたし、着替えもしました。

 大丈夫です。一度引き受けた以上責任を持ちたいんです」


 心配してくれるザーフトラク様に私は首を横に振る。

 いつもの食事程度ならザーフトラク様にお任せできるけれど、今回は国王会議終了の宴。

 各国王と王配の食する最高ランクの宴席。


 しかも醤油とお酒を使ったいつもとは違うメニューだ。

 責任を取る意味でも私がちゃんと手伝わないと。

 今回は大神殿が主催なので麦酒は出さない。だから私の給仕は必要ない。

 神官長が私に命じた責任から毒見役を行い、王族方々への給仕は専門家にお任せ。

 私は厨房で料理の指示と確認に専念する。


「ならば、時々は休憩しながら差配してくれ」

「うむ『聖なる乙女』に倒れられては国中どころか、大陸中の恨みを買う事になる」

「違います! 私は『聖なる乙女』なんかじゃないですから」

「マリカ姫?」「姫君?」


 ドキッパリ、言い切った私にザーフトラク様とグスターティオ様が目を瞬かせるけれど、ここは否定しておかないといけない。

 絶対。

 でないと私は本当に『聖なる乙女』にされてしまう。

 私はサーシュラとサラダチキンのサラダを盛り付けながら、昨晩の事を思い出していた。

 まさか、料理の為に頼んだ鶏肉があんな騒動を齎すとは思っていなかったから。




 ことの起こりは、宴席の料理の為に鶏肉の追加を大神殿に頼んだことから始まった。

 私からの注文に、小姓とエリクスは深夜にも関わらず城下町の牧場に向かってくれたらしかった。

 何を思ってエリクスが、お使いに出てくれたのかは解らないけれど。

 そこに魔性が襲撃してきた。牧場の生き物達に爪と牙を向け、さらには牧場の人間達にも襲い掛かる。

 伝令の小姓は息を切らせながら語る。

 町の住民は幸い、深夜だったのでほぼ全員家にいたけれど、みるみる増えていく魔性達は精霊を、人間を、命を探しているようだった、と。


 エリクスは小姓の一人を伝令に出し、残りの者と牧場の人達を頑丈な小屋に押し込めると、入り口を守るように戦ったのだという。

 何故突然、あんな数の魔性が現れたのかはまったく理由が分からない。

 もしかしたら大聖都に王族が集まっているのを知った『魔王』が襲撃を仕掛けたのかもしれない、と戦士や騎士の何人かは言っていたけれど信憑性は地を這う程に低い。


(だって私じゃないもん)


 最高速で大聖都の主戦力に加え、各国からの有志が救出に向かった。

 彼らにとっても、魔王の復活とそれに伴う魔性の増加は気になるところで、様子を見たかったのだろう。


 そこに私が連れ出された。



 神官長には『予言』の能力があり神殿騎士に告げたのそうだ。


「『聖なる乙女』に協力を仰ぐべし。

『聖なる乙女』がいれば無傷で戦いに勝利できる。しかし『乙女』の祝福が無ければ大切なものを失うだろう」


 とか。迷惑な話。

 まあ、私が行ったことで出血性ショックで死を待つしかなかったエリクスを助ける事ができた。

 そういう意味でなら私が行って正解だったとは思う。

 ただ、そのせいで話がとんでもない事になってしまった。


 魔性との戦いの終盤、多くの戦士、騎士が見てしまったから。

 私の止血と心臓マッサージ。

 それから人工呼吸によって、心臓が止まって死んだと思われていたエリクスが生き返ったのを。


「信じられない。てっきり死んだと思ったのに」

「姫君の祝福が与えられたと同時、勇者の転生が息を吹き返したんだ!」


 と大騒ぎ。

 あれはただの知識だ、技術だと言っても誰も信じてくれなかった。

 特に大聖都の騎士や小姓達が熱を上げて言いふらしたせいで、私はすっかり勇者を救った『聖なる乙女』という事にされてしまった。


 お祖父様達は既に会議に入っていたし、戻ってきて直ぐ料理を理由に私は厨房に籠ってしまったけれど…正直、外に出るのが怖い。

 なんで、こんな騒ぎになってしまったのだろう?

 私は本当に『聖なる乙女』が何なのか、どういう風な意味を持つのかまったく解らないというのに…。


 大聖都に来ることで精霊の力や能力が怪しまれて、魔王とバレる、覚悟は一応していた。

 でも『聖なる乙女』なんて言われてまるで聖女かなにかのように崇められる事はまったく予想してなかった。



 それに、リオンの呟きも気になる。

 

「やられた」


 って言っていたけれど、どういう事なんだろう。

 


 帰りはリオンの馬に乗せて貰って帰って来たけれど、リオンは何も教えてはくれなかった。

 ただ、真剣な眼で何事かを考えるような目をエリクス達と大聖都に向け


「お前は、心配しなくていい。俺が…なんとかする」


 微笑んでくれただけで。



 心配だ、気がかりだ。

 あの時のリオンの切ない瞳には覚えがある。


 例えば、魔王城の最上階で死んだ精霊石を見た時、例えば、転生者であることを告白した時。

 例えば、勇者の『むかしばなし』を物語り、自分が勇者の転生だと語る直前。

 例えば…私がティラトリーツェ様を母親に皇女として生きると決めた時。 

 

 何か、言わなければならない事があるのに、私達を思いやって言う事が出来ず、一人胸の中に背負い込んでいる。

 そんな時の目だ。あれは。

 魔王城での二年と、アルケディウスの一年でようやく一人で抱えていた荷物を降ろして、前向きに笑えるようになってくれたと思ったのに。

 もどかしくてならない。

 本当なら直ぐにでもリオンの側に行って問い詰めたいところだけれど、リオンは絶対に教えてくれないという確信もあった。





「これから、どうなるんだろう…」

「姫君?」

「ごめんなさい独り言です。そろそろグラタンを運んで下さい。熱いので気を付けて」

「はい」


 口から零れ落ちた呟きは大急ぎで踏み潰して私は顔を上げる。

 どちらにしても今は、考えても仕方がない。

 終ったら、教えてくれなくてもいい。

 リオンと話そう。

 彼の重荷を一人で抱え込ませはしない。

 約束したのだから、一緒に分け合う、彼を助けると。



「メインディッシュ、終わります」

「デザートはできております。急いで持って行ってください」

「急いで運べ! 氷菓だ。ぐずぐずしていると溶けるぞ」

「はい!」



 最後の皿が、厨房から運び出されたのを確認して


「お、終わったあ~~!」


 私はその場にへたり込んでしまう。


 とりあえず、役目は果たした。

 やるべき事は終わったのだ。

 私は全力を出した。後の結果は味わった人が決める事。


 早く、リオンの所へ行こう。 


 そう思った瞬間、気が緩んだのだろうか。私の意識は闇に溶ける。

 立ち上がろうとした瞬間襲う、目眩に足元がぐらつき棒のように私はパタン、と倒れてしまった。

 崩れた身体は、多分ザーフトラク様が支えて下さったのだと思う。

 衝撃は来なかった。

 でも、指一本動かせない。


「! 姫? おい、しっかりしろ!」

「大丈夫なのか? ザーフトラク殿?」

「多分、心労と徹夜からくるお疲れだろう。誰か! 外に待機している護衛騎士を早く!」


 そんな声が、遠くに聞きながら私は猛烈に襲い掛かる睡魔に抗ず、意識を手放したのだった。





 気が付いた時、周囲は真っ暗だった。

 眠っている寝台の感覚には覚えがあるから、自分のベッドにいるのだろう、と思う。

 ただ、身体は動かない。全身が鉛でできたように重い。

 意識は覚醒しているけれど、目も開けられない。


 同時、私は手首に感じる『熱さ』に気が付いた。

 違う、熱い、じゃない。痛い、だ。

 痛熱い。何かが手首から流れていく。

 その痛みで、私は目覚めたのだ。


 暫くして、優しくて暖かい何かが、手首に触れる。

 固く細い、でも優しい少年の指先が私の手首をそっと撫でると痛みは嘘のように消えて行った。


 私にはそれがリオンだという事だけは解る。

 手首に触れた唇の感触を、私達を守ってくれる指先を間違う筈はない。


 私の目が動いたことに気付いたのだろうか。

 スッと身体が引かれ、リオンの気配が遠ざかる。


「ゴメンな…」

(待って! リオン!!)


 声を上げて、名前を呼びたいのに声も出ない。


 纏わりつく闇に抗い、戦ううちにリオンが消えた。

 見えてなくても解る。感じる。

 気配も、何もかももう、ここには無い。

 まるで、闇に溶けるようにどこかに『行ってしまった』と感じるのだ。


 

 ダメだ。

 このまま行かせてはダメだ。

 リオンを一人で行かせてはダメだ。絶対。


 全身がそう訴えている。

 早く、連れ戻さないと!


 でも、身体は動かない。

 まるで石になったように、闇に縛られているように。


 涙が出て来た。



 どうして、この身体は動かないのだろう。

 どうして、この身体は小さいのだろう。

 どうして、私はリオンを助けられないのだろう…。



 誰か!

 誰かお願い! 私の声を聴いて!


 …腕が熱を帯びる。


 誰か、誰か!!!


 …胸が、とてつもなく熱い…。


 誰か、リオンを助けて!!!


 私はその熱を、全てを放出させた。



 耳の奥に何かが響く。

 何かが割れて、砕けた音だと気付くより早く。

 自分の変わった姿に、気付くよりも早く。

 嘘のように軽くなった身体で、心で。

 

 私は跳んだ。


 リオンを助ける為に…。

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