【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 腕の中の少女

公開日時: 2021年7月15日(木) 09:03
文字数:3,989

 私はトランスヴァール伯爵家の当主ストゥディウム。

 第一皇子派閥の大貴族の大貴族、という事になっている。

 なっている、というのは私個人としては派閥の移動。

 それを真剣に考えているところだからである。


 皇国 アルケディウスの大貴族は一枚岩ではない。

 相争う、という程ではないが二つの派閥に別れている。

 皇位継承権、第一位のケントニス皇子と、第三皇子でありこの国の英雄と呼び名の高いライオット皇子の派閥に。




 不老不死の世界になる前は、派閥はもっと複雑だった。

 自らの娘を皇族に嫁がせたり、あるいは自らも皇族を目指していたり、と大貴族達も真剣だったからだ。

 特にプレンティヒ侯爵家は第一皇子の第二夫人として自らの娘を嫁がせて、次代の皇妃を目指すつもりだったらしい。


 けれど…世界が不老不死となって以降、我々の居場所は固定された。

 皇族は皇族、貴族は貴族、平民は平民と。

 無理にそれを壊して高い位置を目指しても意味はないと、誰もが気付いてしまったからだ。

 

「恨みも永遠、そねみも永遠、だからな」


 永遠の日常を居心地良く過ごす為に最低限のことをしておけば十分。

 どうせ、世界は何も変わらないのだから。


 

 元は大貴族も派閥というものは無かった。

 第一皇子ケントニス様がはっきりとした皇位継承兼第一位であり、第三皇子ライオット様は臣下に降り完全に皇位継承から降りていた。

 ライオット様が一時不老不死を得ず、そのまま死を選ぶさえと思われていた事で、第一皇子ケントニス様が『永遠に皇位を継ぐことのない第一皇子』であったとしても、この国の中枢を担う者だと思われていたのだ。

 それが二分されたのは、皇子が不老不死を得、皇子妃ティラトリーツェ様が、積極的に味方を集め出した事に端を発する。


 城を出て、独立したライオット皇子は国の実務を実質的に担う事になった。

 そしてその補佐に興味を持つ者、あるいは単純に人格としてケントニス皇子やアドラクィーレ様を厭う者がお二人の元に集っている。

 何せ永遠に近い時間を共に生きるのだ。

 合わない人間との時間は苦痛でしかない…。

 




「今日は皆に、昼餐を用意した。秋の戦の後、正式に皇国に、全世界に広める本格的な『新しい食』のフルコースを存分に味わっていくといいだろう」



 自慢げにライオット皇子が胸を張ると、サロンの中の大貴族達が騒めく。

 皇国の新しい主力産業にして、人々を魅惑する『新しい味』『食』

 だが、大貴族にはそれを味わう機会はまだ殆どない。

 穀物が実る肥沃な地が領地に有り、それをガルフの店に納めた南部の僅かな大貴族がいくつかのレシピを手に入れただけ。

 改めて調べ、探して解ったことだが皇国は麦、小麦の栽培にはあまり適していない地だったのだ。


 特に、我がトランスヴァール領は皇国の最北端。

 アルケディウスで海を持つ唯一の領地で、不老不死以前から全くと言って良い程、穀物栽培に向いていなかった。

 かつては海産物や塩で収入を賄っていたのだが、不老不死以降はそれも途絶えている。

 真珠や僅かな貝殻の加工品しか、他領地に勝るもののない貧しい我が領地。

 故に私は、情報を集め慎重に見定めるべきだと思っている。

   

 新しい何かが動き始めたこの国で、我が領地が生き延びるにはどうしたら良いか、を。



 用意された『料理』が供され始まると、大貴族達からも声にならない声が上がる。

「これは…!」「なんと…」

 最初に出された前菜、と呼ばれるものから既にそれは今までのものとは違っていた。

 皿に載せられているのは小さく焼かれた小麦のパン。

 色とりどりの食材が乗せられて、まるで花のようだ。


「前菜はカナッペです。どうぞよろしければ手で掴んで召し上がって下さいませ」

 

 ケントニス皇子の横で、青い服を纏った少女が促す様に微笑んだ。

 あれが、ゲシュマック商会の料理人で皇族の気に入り。マリカという娘であろう。

 やっと、手に入れたと随分嬉しそうに皇子が語っていたことを思い出す。


 私達は言われるままに出された料理に手を伸ばした。

 物を手づかみで、しかもこんなにワクワクとした気持ちで食べるのはどのくらいぶり、だろうか?

 

 さくっ、と。


 歯に当たった音が快感だった。

 身体の全てが何かに目覚めるようにさえ感じた。

 

「こ、これは!」

 

 誰もが声にならない声を上げる。

 何をどういったらいいか、見つからない。

 硬めに焼かれた小麦のパンに乗せられた肉の味。甘やかな卵、爽やかなエナの風味と絡み合う濃厚な何か。

 どれをとっても驚愕するしかない。


「もし、お気に召されたら、美味しい、と評して頂ければ料理人達も喜ぶと存じます」


「美味しい…」

 零れた声に少女は微笑む。

 ああ、これを美味しいと評するのか。

 私はやっとその言葉の意味を本当の意味で理解できたような気がした。


「薄切りにしたパンに、バターを塗り、ハム、スクランブルエッグ、チーズとエナを乗せました」


 少女の説明を私は一言も聞き逃すまいと思った。

 この少女と料理が世界を変える。

 それが、はっきりと確信できたのから。


「次はパータトのサラダです。お好みで胡椒をかけてみてください」


 回された不思議な道具から粗びきの胡椒が落ちて来る。

 言われるままにかけて口に運んだそれは濃厚な味わいのソースに絡められた柔らかく甘みのある感触の食材と驚くほどによく合う。

 ぴりりとした刺激が食材の甘さを惹き立てるのだ。

 パータト、であればいくらか我が領地にもあると報告を得ている。

 この味ならもしかしたら再現可能ではないだろうか?


「続いてはコンソメスープです。鶏の骨と野菜を煮詰めて作ったものです」


 口に含んでその味わいに驚いた。

 今まで宴席で出されるスープと言えば野菜や肉をただ煮たものだったがこれは、丁寧に手間をかけられ調理されたものだということが解る。

 油なども殆ど浮いていない。

 純粋な素材の旨みが味わえる。


「メインディッシュはハンバーグになりますが、今回は少し工夫を凝らしてみました」


 肉をそのまま焼くステーキだけではない。

 手間をかけて味を引き出すのが調理の神髄と知らしめるという、ハンバーグとベーコン焼きはゲシュマック商会の人気商品。

 特にハンバーグは皇子のみならず皇王様も気に入りであるという。

 私は見るのも、食べるのも初めてだ。

 分厚い肉の塊が鉄板の上で音を立てている。じゅうじゅうと油を焼く音を聞くと、ごくりと飲み込んだ唾の音がやたらと大きく聞こえた。

 この胸の高鳴る期待感が、食欲と言うものなのだろうか?


「どうぞ。真ん中にナイフを入れて切ってみてください」


 鉄製の使い心地の良さそうなナイフを手に取り言われるままに、真ん中を切り開く。

 と、どうだろうか?

 茶色の肉の塊だと思っていたものの中から、白と黄色の美しい色合いが現れた。とろりと黄色の液体が皿の上に零れ出る。


「これは?」


「ハンバーグの中にクロトリの半熟卵を入れました。

 中の黄身を肉やソースにまぶして食べてみてください」


 ソースはエナの実を煮詰めて作ったものだそうだ。口の中に広がる濃厚な肉の旨み。

 爽やかなソースに黄身が絡まると何とも言えない味わいが加わる。

 今まで、料理というものは無駄を楽しむステータスでしか無かったが、ことここにきて考えを変えさせられる。

 味わうという事はこれほどまでに人に感動と、力を与えるものであったのだ、と思い知らされた気分だった。


「最後にデザートです。パウンドケーキに、甘みの少ないクッキーなどをご用意しました。

 暑い季節ですので、氷菓などいかがでしょうか? こちらはビールとワインのシャーベットでございます」

「ビール! あのビールか?」

「はい。ゲシュマック商会に与えられた分を特別に使いました。こちらは大聖都のワインです。

 対比をお楽しみいただければ…」


 酒を凍らせる、などと考えた事も無かったが、汗ばむ陽気。

 シャーベットの味は正しく天にも上るとしか言いようのない味だった。

 一口、口に含むごとに幸せな甘さが口の中に広がる。

 微かな酒精にほのかな甘さ、爽やかな酸味も広がってなんとも幸せな気分だ。


 パウンドケーキやクッキーも美味。

 これが『新しい味』か…。


「皇子、今日の食事は本当に素晴らしいものでございました! 『新しい味』の素晴らしさを改めて実感いたしましたぞ」

「そうであろう。私もなかなかに驚いた」

「これは、ぜひ恒例にして頂きたい。

 そして叶うなら冬になるまでに、我が領地の料理人にもぜひ作り方を!」



 食事が終わると、昼食の会場からサロンに移動になった。

 茶が出され、つまみ用の糖菓を置いて給仕の娘は去って行く。

 大貴族達は皆、目を輝かせて皇子に話しかけ始める。

『新しい味』に夢中になって、なんとか皇子に好を繋ごうと必死の様子が見て取れた。

 だがその喧噪に紛れ、私はこっそりとその場を離れることにした。


 扉を守る護衛士を言いくるめ、私は部屋の外に出た。

「どうなさったのですか?」

 私の側近がついてくる。

 皇子のサロンであるので本来、大貴族以外は入るを許されていない。

 今回は給仕役として一名のみ同行を許された。


「あの娘を追うぞ」


『新しい味』は素晴らしい。

 けれどそれを本気で手に入れようと思うなら、好を求める先は皇子では無い…。

 あの娘だ。

 皇子は労いの言葉の一つも無いまま下がらせたが、今ならまだ追える。

 大貴族が簡単に平民の店の、しかも子どもに近付く事はできない。

 今がチャンスなのだ。


 おそらく、厨房に向かっただろう。

 廊下に出て、厨房への道を辿るその途中で、私はカシャン、と不思議な音を聞いた。

 慌てて駆け出し、音がした廊下の向こうを見る。

 そして、想いもしないものを見つけることになった。

 倒れたカート、散らばった茶器。

 そして…、倒れ伏した青い服の少女。


「おい! どうした? しっかりしろ!!」


「ご主人様?」

「グライヒ! …皇子…いや、厨房に行って人を呼んで来い」


 抱き支えながら、ごくり、と喉が鳴ったのを感じていた。

 腕の中に青白い顔の娘がいる。


 ゲシュマック商会の、世界を変えるあの娘が…。



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