私が他国に行くと必ず騒動が起こり、国を動かす何かが起こる。
皇王陛下はそう言っていたっけ。
でも、言い訳させて貰うのなら、私のせいではなく、各国ともギリギリだったのだ。
きっと。
世界が不老不死という歪みの中。
多分、いっぱいに水を張ったコップのように。
一枚一枚問題という名のコインを入れられて、溢れて、張り詰めて。
それでも表面張力でなんとかしていた各国は大きなコインが入った瞬間に、表面を取り繕うこともできず、弾けてしまったのだ。
でも、それは悪い事では無いと思う。
コインを取り去り、水を入れ替えた各国はこれから、余裕をもって新しいことに取り組んでいける筈。助けてくれる『精霊神』様も戻ってきたしね。
『重ねていうが俺が言葉を解する事は口にしてくれるなよ』
「ジャハール様」
とはいえ王太子様との謁見の後、アルケディウスの離宮にやってきた風の『精霊神』ジャハールこと、ハジャルヤハール様は私達にそう念を押す。正確には端末の精霊獣だけれど。
精霊神復活の舞儀式の後、ジャハール様にも頼まれて外界での行動用の端末を作った。
外見は本人の御希望で黒フクロウ。
『精霊神』様の端末はここで6体目だけれど、兎三匹に、猫二匹、フクロウ一匹になった。
後になるにつれてだんだん『精霊神』様もフリーダムになってきてる気がする。
最後のヒンメルヴェルエクトは何になるのかな?
アメリカっぽいから犬とか?
『俺から力を借りれる、などと思うとまた調子にのって力に溺れることになりかねん。
故に俺はいざという時以外は、ただの獣として側にあるつもりだ。
本当に必要な時は力を貸してやるのもやぶさかではないし、逆に調子に乗った時などは『精霊神』としてにらみを利かせることもあろうが』
ジャハール様の危惧はよく解る。
ましてシュトルムスルフトは『精霊神』に『精霊の力』を取られてきたからね。
敬愛以上に畏怖の気持ちも強いだろう。
下手に口出ししない方がいいかもしれない。
でも……
「王太子様の後ろ盾にはなって差し上げて下さいね」
私はジャハール様にお願いする。
彼女は昨日の『精霊神』復活の報告会の時、国中の貴族、大貴族達に自分が女であることを明かした。明日の晩餐会で、正式に告知する予定だという。
男尊女卑のシュトルムスルフトに二人目の女王。
破滅の女王の前例があるからとんでもない騒動になっているけれど、『女王』が立つことで男尊女卑を繰り返しかねない貴族、大貴族達の手綱をとって防止できる。
彼女はシュトラーシェ女王と違って、王になる者として育てられているし、正式な王太子として任じられている。五百年の間に有能さもバッチリ示してきた。
加えて破滅の女王の冤罪も晴れたし、フェイが
「『精霊神』の書物は『精霊神』様がご自身の心構えとして残されたものであり、國民に強制するつもりは無かったとおっしゃられています。
そのお考えを敬意と共に取り入れるのは良いと思いますが、自己優位性を高める為に利用されるのはどうかと思います」
と大貴族達に釘を刺したこともある。
…ちなみに『精霊神』の書物はフェイに簡単に翻訳して貰ったらコーランであることが判明した。ご本人の心の支えにしていたみたいだけれど『精霊神』の教え、として残すには誤解を招きやすいから表立っては残さなかったんだって。
予想通り、曲解されてしまったけれど。
トドメに『精霊神』の加護という目に見える後ろ盾があれば、大貴族達も表向き文句は言えない筈だ。
精霊獣は解ったと頷いて下さった。後は、王太子様の実力次第かな。
大変だとは思うけれど。
明日の宴席では美味しいものをたくさん用意して励まして差し上げよう。
「シュルーストラムとフェイはこの国に残らずともいいですよね」
『ああ。いずれこの国に戻って欲しいという気持ちはあるが強制するつもりはない。
『精霊の貴人』と『精霊の獣』の守護は『精霊』にとって最重要事項だしな』
「ありがとうございます」
とジャハール様の承認も得たので大手を振って戻れる。
何かの時の為に通信鏡の売り込みもしておけば、困った時に助けに行く、という約束を守ることもできただろう。
シュトラーシェ女王だった精霊石、エルシュトラーシェは今、精霊術師エリセを助けている。
これも、国に戻すのはかえって良くないとのことから、現状維持。
魔王城で預かることになった。
女王として得られなかった普通の女の子としての喜びをエリセと一緒に感じて貰えたらいいな、と思っている。
「そうだ。フェイ」
「なんですか? マリカ」
儀式の後、私はフェイに聞いてみた。
「国同士を超える転移魔方陣。持ち運びできるタイプ。
作れる?」
「作れますね。多分。時間と材料さえあれば」
やっぱり。
数百年前の女王が一度開発し、完成した技術なら、長い時間をかけてパワーアップしたシュルーストラムとフェイなら再現できるんじゃないかって思ったんだ。
「魔王城でカレドナイトを採掘し、時間をかけて作れば再現は可能です。
ですが……」
「うん、軽々しく作るのは拙いよね。
特に国と国との間を超えるものは、防衛の問題もあるから」
例えばプラーミァとアルケディウスを転移魔方陣で繋げれば、プラーミァでも奉納舞を踊ることができる。食品輸入にも言葉で言えないくらい便利になる。
でも、一歩間違えばプラーミアとシュトルムスルフトの歴史が語る通り戦争の火種にもなってしまう。
代わりに通信鏡の事は知らせる予定。
今はカレドナイトもないし、国に戻ってから相談だね。
「了解しました。
マリカ。…話が終わりなら、今日はこれからまた書庫に行ってもいいですか?」
「え? 今から? もう二の風の刻だよ」
「明日は送別の晩餐会、明後日は帰国です。
前にも言った通り、この国の『精霊古語』の書物に一通りの目鼻を付けてきたいのです」
「解った。でも、無理はしないでね」
「ありがとうございます。行ってきます」
シュルーストラムを連れて、いそいそと出かけていくフェイの背中を見送り『精霊神』様が苦笑する。
『一つの事に集中すると、他のものが見えなくなる。
大切なものを守る為には他の事はどうでもいいと思う性格。
あれは、本当に俺に似たな』
「『精霊神』様……」
『子ども達には苦労をかける』
ふと、何の脈絡もなしにADHDという言葉が脳裏をよぎった。
高機能自閉症、向こうの世界で発達障害と呼ばれる性質を。
ギフテッドと言われる場合もある。ADHDと完全同一ではないけれど。
神から特別な才能を与えられたとされる彼らは天性の頭脳を持つ代わりに人間との関りを苦手とする人が多い。
生まれた時からのもので、治療しても完全な完治はできず、対処療法で生き易くするのが精いっぱい。
原因は遺伝的要因とか色々言われているけれど、正確なところは向こうの世界でさえ、何も解っていなかった。
もしかしたら、国王陛下やファイルーズ様などもそんな性質をもっていたのかもしれないと思う。
なんの根拠も無いけれど。
でも
「謝るようなことは無いですよ。むしろ、良い才能を貰ったって喜んでいい事案だと思います」
『マリカ……』
私は『精霊神』様に笑いかける。
色々と生き辛さはあるかもしれないけれど、そういう性質は決して人を不幸にするだけじゃない。ちゃんと理解して認めて、伸ばしていければむしろ、人よりも優れた才能として咲かせることができる。
「安心して下さい。フェイはちゃんとやっていけます。
私達がついてますから」
フッ、と
『精霊神』様の周囲の空気が弛緩したのが解った。
フクロウの姿なのに。
『お前はやっぱり、似ているな』
「? 誰にです?」
『乱暴者と遠巻きに見られていた俺に、真っすぐに向き合ってくれたあの人に……』
「あの人?」
『いや、こちらの話だ。気にするな。
フェイをよろしく頼む』
時々、ジャハール様だけじゃなく、もしかしたら他の『精霊神』様達も。
私の上に、私じゃない誰かを見ているのかな。と感じる時がある。
それが誰かは解らないけれど。
でも、それでも『精霊神』様達が私達を大事に思って愛して下さっているのは解るから
「はい。お任せ下さい」
私は頷いた。その気持ちに、優しさに応える為に。
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