私達がアルケディウスの王都、プランテーリアに帰り着いたのは明後日から風の二月に入るという日だった。
「まったく、貴方はどこに行っても騒動を巻き起こすのですから」
帰った途端にお母様に怒られた。
お城に挨拶に行く前に、館で身支度を整えるように言われたから、リオン達と別れて戻って来たんだけど。
「公爵相手にワザと交渉問答をしかけて負けたりとか、嵐の中に飛び出して行ったりとか皇王陛下はため息をつかれていましたよ」
私のせいではないと何度も言っているが聞き入れては貰えないので、反論は諦める。
多分、心配はかけたのだと思うし。
「明後日、二の風の月から騎士試験が始まります。
これ以上遅れたら、貴女不在で始める事も検討しなければならなかった所です」
「ありがとうございます。待っていて下さって!」
お母様の言葉に私は青ざめる。
去年は確か、風の一月の終わりに騎士試験が始まった。
今年一週間遅れたのは、私の帰国を待って下さっての事だけれども、参加者の予定や、会場の準備もあるから日程変更は難しかっただろうと、とおっしゃるのだ。
申し込みそのものは事前に終わっているけれど。
危ない、危ない。
万が一、間に合わなかったらカマラが大変なことになるとこだった。
「今日の夜はフリュッスカイトの報告会を兼ねた皇族のみの晩餐会です。メニューは貴女が提出したレシピで準備してありますからしっかりと報告するように」
「解りました」
国境を越えた後、いつものように転移術が使えるフェイは事前報告に呼び出されていた。
事情説明は大よそしてくれている筈だ。
どうしたって怒られるだろうけれど。
「その代わり、明日の夜の日は一日自由にして構いません。向こうでカマラの試験準備をしてあげるのがいいのではないかしら?」
「そうですね。今回はミーティラ様も参加なさるのですよね」
「ええ、優勝できるかどうかは難しいけれど、最低でも本選出場は目指すそうよ」
私はミーティラ様が実際に戦っているのを見たことが無いから、ちょっと楽しみではある。
「ただ、今回はライバルが多そうなので予選の当たりが心配ね」
「そうですね。カマラだけでなく、ヴァルやピオさんも参加予定ですし」
「今年の騎士試験は荒れるわよ。ミーティラやカマラ以外に、とんでもない実力者が参加するから」
「とんでもない、実力者?」
「ええ、紹介するのが遅れたわね。入って下さい」
首を傾げる私に含み笑うと、お母様は別室に声を送った。
入って来た人を見て私は目を丸くする。
「失礼いたします。お久しぶりです。マリカ様」
「ク……ユン君!」
膝をつき笑顔を向けてくれる人物を私はもちろん知っている。
エルディランドの騎士貴族、ユン君。
その正体は星の転生者。
リオン=アルフィリーガの勇者時代の師匠、精霊国騎士団長クラージュさんだ。
「ようこそいらっしゃいました。すみません。出かけていて」
「いえ、元は姫君の帰国に合せて訪問する予定でしたが、ライオット皇子より、今年の騎士試験に参加し資格を得ておいた方が今後、色々と便利だろう。とお誘いを賜り、今月の半ばよりこちらにお世話になっています」
静かに微笑む彼は風月から、確かに来るということになっていた。
アルケディウスに婿入り待遇で入り、骨を埋めるつもりだと言って下さっているのでしっかり、ちゃんと出迎えるつもりで心の準備をしていたのにこれは不意打ちだ。
「そういうことでしたら、通信鏡とかで教えて下さればいいのに」
まだバクバクしている心臓を必死で押さえてお母様に文句を言ってみるけど
「貴方達の出発後に決まった事ですし、どうせなら驚かせようと皇子が」
「お父様酷い」
「いつも、貴女の相談なしの行動に驚かされ、死にそうな思いをしている私達の気持ちが解りましたか?」
「はい。すみません」
逆に反撃を食らってノックアウト。
私が悪うございました。
「あ、リオン達には伝えたんですか?」
「まだよ。彼も色々と準備が忙しくて、皇王陛下にはご挨拶したけれど、まだ第一皇子達には正式にお会いする機会は無かったの。今日の晩餐会で貴方から紹介なさい」
「解りました」
きっとお父様はリオンが驚く顔を想像してほくそ笑んでる。
悪趣味だと思うけれどお父様なりの意趣返しなのだろう。きっと。
「明日は、ゲシュマック商会の書庫を開放して頂けるそうです。
名高い『新しい味』の本拠地を見せて頂けると聞き、少し興奮しております」
本当に嬉しそうなクラージュさん。
お母様と視線を躱しアイコンタクトする。
クラージュさんを魔王城に連れて行っていいって事ですね。
了解です。
「アルケディウスは、とても良い国ですね。
故郷と同じ空気と『星』の祝福に溢れていると感じます。
どうか、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
で、その日の夜の晩餐会。
料理は勿論、ザーフトラク様の力作。オリーヴァの塩漬けと、オリーヴァのオイルを使ったイタリアンは最高に美味で、私は思う存分満喫した。
勿論、それで終わりでは無く、皇王陛下のお説教はあったのだけれども
「全く、其方は……。
まあ、良い。私からの説教は既に出しつくした。
フリュッスカイトに借りを作り、当面カエラ糖の入手に心配も無くなったし、こうして新しい美味も手に入れた。
他国からの客人を前に改めて言う必要もなかろう」
クラージュさんのおかげでやや控えめで済んだのはありがたい。
「今は、客分待遇ではありますが、私はマリカ様とこの国に忠誠を誓い、故国との友好の橋渡しになりたいと願っています。
その証として今年の騎士試験に参加させて頂く事になりました」
「お祖父様。彼は不老不死を得ていませんが、エルディランドで一団を任される有能な騎士なのです」
「ほう、それは楽しみだ」
「はい、エルディランドと後見下さったライオット皇子の顔に泥を塗らない様に、全力を尽くします」
ちなみに、お父様はリオンに、本当にこの場に立つまでクラージュさんのことを言わなかったらしい。
皇子の護衛として晩餐会会場に入ったリオンは、だから、もう、真剣に驚いていた。
驚愕、驚嘆、唖然、吃驚。
驚きを意味する言葉をオンパレードで使ってもまだ足りない位。
クラージュさんを紹介する時には、本当に血の気が引いたという言葉を絵に描いたように顔面が蒼白になり、そのままお父様を詰問するように睨んだ後、困ったような顔で微笑んでクラージュさんを見つめる。
露に濡れたような闇色の瞳に、優しい憧憬を宿して。
「昨年の騎士試験は、近年稀に見る名試合であったが、今年も期待できそうだな」
「席は早々に完売。要望で立ち見も出るそうです」
どんな戦いが繰り広げられるか、私も本当に楽しみだ。
能天気に料理と、久々のアルケディウスと家族との会話。
そしてリオンの嬉しそうな顔を楽しんでいた私はだから、気付かなかった。
私の背後。
カマラが剣に手を当てながら見せた、決意の眼差しを。
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