星の月は一年の締めくくり。
向こうの世界でいうと12月。
年の瀬、一年間の総決算のような月であるという。
大神を表す月でもあり、この月に決算の総まとめや次年度の用意をするという。
数百年ぶりに新しい皇族の誕生で賑わった冬のアルケディウスは、もう一つ。
前代未聞の求人広告に話題が集まっている。
『泊まり込み、国境の森にて約四十日の作業が可能な者。秘密厳守。
衣食住完全支給。
給料 四十日間で高額銀貨 五枚」
依頼主はゲシュマック商会。
一週間少額銀貨二枚貰えればかなり高給の部類に入るアルケディウスで泊まり込みとはいえかなりの破格と言えた。
しかも『新しい食』が一日一回支給される。
募集人員男性十名があっという間に埋まったらしい。
私がティラトリーツェ様の出産でバタバタしていた間の事だったので知らなかったのだけれども。
「何の仕事、だったっけ?」
首を傾げた私にフェイが困ったように笑う。
「マリカ、そろそろカエラ糖の収穫シーズンですよ」
「あ、忘れてた」
本気で忘れていた私は色々ヤバイ。
プラーミァからこの世界の砂糖を手に入れられるようになっていたから油断してたけれど、カエラ糖、所謂メイプルシロップは冬のこの時期でないと入手できないのだ。
砂糖は多くあるに越したことはないし、アルケディウス今後にとって重要な産業になる。
「皇王陛下達にご相談して来る!」
で、お話をしたら
「カエラの木から砂糖ができる? 本当か?」
「プラーミァの砂糖は、特殊な植物から採取されると言うが…見てみたいものだな」
という事で第一皇子ケントニス様となんと皇王陛下が、採取風景を御覧になることになったのだ。
皇王陛下のご出座ということは付き添いで、文官長タートザッヘ様や、ソレルティア様もおいでになるという事。
…普段は滅多な事でないと奥の院から出てこなかったという皇王陛下。
最近はフェイとソレルティア様の転移術が使えるから、随分とアクティブになってるな~。
で、アルケディウス近郊にライオット皇子の許可を得て採取を始めたシュガーシャックにご招待する事になった。
…ライオット皇子とティラトリーツェ様のご指示でやらなくてはならないこともできたので。
ちょっと責任重大だ。
シュガーシャック、というのはメイプルシロップ本場のカナダにあるシロップの加工工場のこと。
国境の方は遠いから泊まり込みになっているけれど、アルケディウス近郊のカエラの木については既にガルフが最初期から手を尽くして、買い取りや借用の手はずを整え冬に向けて作業所を二軒作っておいてくれていた。
そのうちの一か所は早めに運用を開始したのでご案内する。
「これがカエラの木。この木の樹液から砂糖が採取できます」
「木から砂糖が出来るのか?」
「このように樹液が並々と出て来るとは…」
事前に話をした通り、防寒をしっかり整え、護衛騎士と一緒にやってきたお二人は、バケツのついた木と溢れるばかりの樹液を興味深そうに眺めている。
ライオット皇子も実際に見るのは初めての筈だ。
「このバケツを回収し、加工小屋に運びます。
そして一日以上かけて水分を飛ばし煮詰めるのです」
それから作業小屋へご案内。
「ふむ、甘い良い香りがするな?」
作業所で働く人達には今日、皇王陛下達の視察が入ることは伝えてある。
半信半疑の様子だったけれど、実際にやってきたのを見て、完璧に青ざめていた。
「気にせず作業を続けるがいい」
と言われても多分、無理。
天皇陛下に作業を見られるようなものだもんね。
震える手で、でも一生懸命仕事をしてくれている彼らを
「皇王陛下、ケントニス様。
加工小屋での仕事は、重労働かつ夜も昼も無い大変な仕事です。
誠実さと手を抜かない真面目さが求められます」
お二人の前で労いつつ、作業工程を説明していく。
「集めた樹液を約一昼夜に詰めると、水分が飛び、色が濃くなって糖分が濃縮されていくのです。
適度な水分を残したのがシロップ、完全に水分を取り去ったものがこちらの砂糖になります」
「ふむ、目が覚めるような甘さだな」
「この砂糖があればプラーミァの砂糖独占のシェアを奪えるのでは?」
見本のシロップと砂糖を舐めながら興味津々のお二人だけれど、
「木から、しかも期間限定でしか取れないのでシェアを奪う、までは難しいかもしれません。
あくまで選択肢を増やす、くらいですね。
独特の風味があるので、プラーミァからの砂糖が入手できるようになってきた今は料理やお菓子で使い分けています」
術を使わないと煮詰める火の手間も一日がかりだし、作業員の監視もしなければならない。
何せ砂糖はお金の塊だ。
採取する樹液から、採れる砂糖の量を逆算して、誤差以上に減る事の無いように本店から派遣した職員が見張っている。
期間限定だし、結構人件費や設備投資がかかるから、魔王城で採っていたものをこっちに持ってきた時と違って目を見張るほど安くはならない。
今の所、プラーミァの砂糖とほぼ同じか、少し安い、くらいだろうか。
魔王城でも採取が始まっているけれど、今年は人手が少ないので無理はしなくていいと言ってある。
今年は向こうで採れた分は、向こうで使う予定だ。
「成程。プラーミァの砂糖より、風味、味わいが濃いな。料理に使うのが確かに良さそうだ」
「パンケーキなどに使うと最高ですね。後はこのように直に食べるとか…」
せっかくシュガーシャックができたのでメイプルシロップならぬカエラ糖のタフィーも作ってお見せする。
外の雪を取ってきて、メイプルシロップを垂らして味わうカナダの名物。
工場で出来立て、作業工程から直接回収してきたシロップ、お付きの護衛騎士さん達も毒見とか煩い事はおっしゃらないようだ。
でも、みんな興味津々の顔をしているので、味見と毒見代わりに護衛騎士さんに、それからソレルティア様とタートザッヘ様にもお渡しする。
「これは…凄い」「なんという甘さだ」
「でも、ただ甘いだけではありませんわ。森の木々を思わせる優しい風味と滋味を感じさせます。
加えて、雪のシャリシャリとした食感が甘さと相まって夢を見ているような味…」
「これは、国の重要な資金源の一つとなるでしょう。早急に予算を取って…」
「ええい! 早く寄越さぬか!」
気難しいタートザッヘ様まで絶賛し始めたのを見て、不機嫌な顔でケントニス様が私を睨む。
「はい。ただ今。
ですが、かなり甘いものですが大丈夫でございますか? ケントニス様?」
一通りお付きの人達に渡ったので最後に皇王陛下とケントニス皇子、そしてライオット皇子にもお渡しする。
確かケントニス様は、甘いものが苦手であったと聞いていたけれど…
「マリカ。兄上はお前の作る『新しい味』の甘いものは、大丈夫らしい。
最近は自分の抱えの料理人に菓子を研究させるほどの凝りようだ」
「黙れ、ライオット! 国の基幹産業である食を指揮する私がいつまでも好き嫌いなど言ってはおれぬであろう?」
タフィーを舐めながら揶揄う様に笑うライオット皇子にケントニス皇子は肩を怒らせて反論するけれど。
…まあ、色々と解りやすくはある。
昔の砂糖の塊のようなお菓子であるなら、苦手な人もいるだろう。
新しい味を気に入ってくれているのなら何より。
私は心もち大きめにタフィーを作って差し上げた。
「期間限定で在るというのなら、採取できるうちにできる限り作っておくがいい。
国から多少補助も出してやろうと思うが、どうだ? ケントニス? タートザッヘ」
「異議はございません。年度も終わりです。多めに回すよう手配しましょう」
「次年度には新しい食の予算も多めに組んでございます」
「初期投資などでゲシュマック商会の負担は大きいので、国の事業として今後買い取るのであれば利益配分にも気を配って下さいね」
「承知しております。皇女様」
今年も後二カ月余り。
新年が来ると同時に、私は皇女として国に入る。
食の産業と子ども達の保護を国に浸透させていく為にいくつかの事業は、ゲシュマック商会から預かる事にもなるだろう。
ゲシュマック商会の利益と立場はキッチリ守って行かないと。
「この砂糖製作の作業所はいま、何か所あるのだ? 今年、どのくらいの収穫が見込める?」
「王都近辺に二か所。それから国境に一か所。
今年の秋の戦の戦地がカエラの木の群生地であった為、国境の方がかなり大きな収益を見込めそうだ、という話です。
全体的な収量としてはプラーミァから輸入する砂糖の総量の半分ほど、でしょうか?」
皇子はどうやら、秋の戦に勝利した時点でカエラ糖の採取を視野に入れて、戦に使った本陣をそのままシュガーシャックに流用するなど準備をしていたそうだ。
魔王城の森で子ども達だけが作っても大体100kgくらいまでは行けた。
大人が本格的に設備を作って仕事に取り組めばかなりの量を作れるだろう。
「ほう、秋の戦の勝利はこのようなところでも我が国に貢献していたか」
「随分、手回しが良いな」
「最年少の騎士貴族が、皇女の為にと頑張ってくれましたが故」
にやりと、私の方を見てライオット皇子がイタズラっぽく笑う。
うー、皇子イジワルだ。
秋の戦の前、フェイが
『リオンには秋の戦に勝ちたい理由がある』
『お土産を期待していてくれ』
と言った意味を私が理解したのは、カエラ糖収穫シーズンが始まってから。
世界有数のカエラの群生林が、大量の砂糖を生み出すと気付いてからの事。
金貨を生み出す本当に、凄いお土産だった。
優しい気遣いに、頬が紅くなる。
後の話になるけれど、今年は試験的な運用だったにも関わらずトンに迫る勢いでカエラ糖の収穫ができたという。
一本の木から実に1kg以上の砂糖が採れた計算だ。
特に秋の戦の戦地からの収穫が、後発だったにも関わらず半分近く500ルーク(ルーク≒kg)以上になった。
プラーミァの砂糖と同じ1ルーク少額銀貨二枚ということで換算すると金貨二十枚以上になる。
あればあるだけ使ってしまうのが砂糖というものだけれど、間違いなく私達の大きな武器になるだろう。
…リオン、ありがとう。
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