それは、あまりにも禍々しい光景だった。
「何だよ。あれ?」
「こんな真昼間に、流れ星なんて……」
雲一つない青空に、焼け付く染みのようにどす黒く、紅く。
焦がし溢れる箒星の群れ。
「何これ? 雪?」
「まさか? 9月だぜ?」
周囲にはちらりちらと、銀の粉が舞っている。
夜の、流星群と呼ばれるものだってこんなに、一度に宙に流れたことはない。
あれが、コスモプランダーの攻撃だと。
俯瞰する私には解ったけれど、地上の人は誰も解っていないだろう。
子ども園の三人だけではなく、その日、外に出ていた者達はあっけにとられた顔で空を仰いでいる。
確か、アーレリオス様は最初に落下した隕石はランダムに数百、とおっしゃっていたけれど、これはそんなものではきっと、すまない。
千とか二千とかそんなもしかしたら、きっともっと多いかもしれない。
そのうちのいくつかは大気圏で燃え尽きたりしたのかもしれないけれど。
DOOONN!!!
いくつかは確実に地上に落下した。
この近くにも、墜ちたのかもしれない、
大気を震わせる爆発音が、響いた。
ガス爆発をさらに数倍にしたような、ミサイルが落ちたかのような轟音。
破裂する光。押し寄せる熱波。
と、同時。
「星子ちゃん! 神矢君!」
真理香先生は二人を爆発から庇うように、覆いかぶさって身体を丸めていた。
「「先生!」」
「大丈夫? 二人ともケガはない?」
「真理香先生! 今のは何ですか? まさかミサイルとか? Jアラートなんて鳴ってないですよね?」
「海斗先生!」「真理香先生が!!」
室内にいた海斗先生が異常を察して外に飛び出してくる。
縋り寄る二人。
周囲には、建物の破片や石の欠片などが飛び散って、窓ガラスも割れて、酷い有様だった。
「真理香先生? 酷いケガだ。ホントに何があったんです?」
「……多分、隕石です。直ぐ近くの小学校に、落下したのかも?」
「小学校に? わっ! ホントだ。えぐれてる!」
園の近くにあった、小学校はまるで爆撃を受けたかのように一角が崩れて崩壊しそうだ。
「真理香先生。今、手当てを!」
「私は、大丈夫です。でも……今日は日曜日だから、児童はいないかもですが、クラブとかで子どもがいたり、先生が出勤したりなさっているかも。
学校の様子を……見に行ってもらえませんか?」
真理香先生は意識もしっかりしているけれど、背中にガラスの破片とかがたくさん刺さってじんわりと血がにじみ出ている。
二人の子ども達が必死に破片を取っているけれど、かなりの重症っぽい。
先生の手を借りて、立ち上がるのがやっと、といった風だ。海斗先生の手も血でベットリ汚れている。
「でも、真理香先生や子ども達だけを残して……」
「向こうの子どもの方が心配です。私は……大丈夫」
心配そうな海斗先生に真理香先生は気丈な様子で首を横に振る。
「後、周囲の様子も見て来て貰えると。直ぐ近くに……交番も在る筈、ですし。
こっちは、神矢君と星子ちゃんもいますから」
「……解りました。直ぐ戻ってきます! 神矢! 二人を守るんだぞ」
「解った」
そういうと海斗先生は一旦園に戻り、救急箱を持ち出してきた。
後は、護身用のつもりか、竹刀袋。
仕事が終わったら剣道の道場に行くって言ってたっけ。
「とりあえず、気休めでも消毒を。後は、動かずにいて下さい」
「ありがとうございます」
「海斗先生。真理香先生の手当は私がしておきます」
「頼んだ。じゃあ、行ってきます」
消毒液と包帯などを少し、置いて海斗先生は小学校に向かって走って行った。
「真理香先生。救急車を呼んだ方が……」
「そうね。二人はスマホもってる?」
ぶるぶると首を横に振る二人。
真理香先生はさっきまで見ていたスマホを取り出しロックを解除すると、神矢君に手渡した。腕から画面に血がしたたり落ちる。
「救急車を呼んで。119番。できる?」
「は、はい!」
神矢君は、血を指で拭きながら、番号を間違いなく押して、発信。
でも……
「先生。出ません! というか、うんともすんともいいません!」
「え? ホント?」
真理香先生がスマホを確認すると、満充電にはなっているのに圏外、アンテナが消えて×になっている。内部にインストールされているアプリとかは動くみたいだけれど、ネット接続が必要なものはまったく反応していなかったのだ。
「え? 圏外? どうして?」
「まさか、今の隕石でアンテナが折れたとか?」
「お父さんや、お母さんは? 無事かな?」
「大丈夫さ、きっと。母さんのいるのは病院だし、父さんの会社は最新鋭のビルだったし。
どっちも無事でいるよ。きっと」
心配そうな表情を浮かべる星子ちゃんを、神矢君はお兄ちゃんらしく、慰めている。
でもやっぱり子どもの二人は自分の事でいっぱいいっぱいの様子。
だから、それに気づいたのは真理香先生がやはり先だった。
「そうね。とりあえず、二人ともご家族に連絡がとれるまではここに……!」
二人の前に、両手を広げ、迫りくるナニカから近寄らせない、というように手を伸ばして仁王立つ。
「先生?」「どうした……って、いいっ!!」
二人は彼女の背中からその向こうを伺い、悲鳴じみた声を上げた。
厳重に閉ざされた、こども園門扉の向こうから、それが現れたからだ。
形を失った、奇妙な化け物、としか形容できないスライムもどき。
ファンタジー小説のような人型に翼の生えた、妙な服を着たガーゴイル?
動物園か、どこかから逃げ出してきたのかと思われるような狼めいた獣。
それらが、彼女達を狙うように迫ってくるのだ。
「な、なんだよ? これゲーム? それとも怪獣映画かよ!」
「そんな冗談言っている場合じゃないよ。逃げなきゃ! 早く!!」
「逃げるって、どこへ?」
「二人とも、とりあえず園舎の中に! 鍵をかければ、少しは……」
「先生!!」
スライムや獣には、いくらかの抑止力になったかもしれない門扉も翼を持つガーゴイルもどきには意味が無い。身軽に門扉を超えた怪物は、まるで狙いを定めたかのように一直線に三人に襲い掛かってくる。
「くそっ! こっちくんな!」
「バカ神矢!」「神矢君! 危ない!!」
神矢君は、手近な箒を構えてガーゴイルに向かっていく。
でもそんなものが。そして武術も何もやっていない子どもの攻撃がゲームのように敵に通じる程、現実は甘くは無かった。
あっさり箒を弾き飛ばされ、地面に転がされた神矢君。
ガーゴイルが、爪を大きく振り上げた次の瞬間!
真紅の血潮が、彼と星子ちゃんの上に降り注いだ。
「えっ!」「先生!」
彼を守るように立ち塞がった、真理香先生の胸をガーゴイルの爪が貫いている。
貫通した爪が神矢君の眼前数センチで止まっていた。
追撃にと引き抜かれた腕、大きく穴の開いた真理香先生の胸からはさらに大量の血が噴き出し二人と周囲を濡らす。
「先生!!!」
「早く、逃げて……。絶対に、守る……から」
「先生!!!」
先生に言われようと、この状況下で逃げ出すのは、心理的にも物理的にも不可能だろう。
二人は逃げ出すこともできず、真理香先生の身体を抱きしめ、叫び続けている。
そんな彼らに無慈悲に降ろされる追撃の爪。
だが、その瞬間、状況が変わった。奇跡が起きた。
「え?」「な、なに?」
真理香先生の傷が、みるみると塞がっていく。
そして、吹き出た血が、まるでドームのように広がって、自分の身体と二人を包むように不思議な空間を作っていた。
意識の無い真理香先生は気付いていないようだけれど、神矢君と星子ちゃんは呆然と自分を守る薄紅色のシャボン玉を見上げている。
驚いたのは怪物も同じようで、一瞬呆けた後、再び追撃しようと腕を振り上げるが
ぐぎゃあああああ!!
悲鳴を上げたのは怪物の方。
爪先がドームに触れた瞬間、溶け消えた。
浸食はさらに身体全体にまで及び、断末魔の絶叫と共にガーゴイルは消え失せる。
まるで硫酸毒をかけられたかのように。跡形もなく。
残ったのは衣服と、かしゃんと音を立てて落ちた手錠と拳銃……。
「な、なんだよ? 一体……って、どうした星子!」
「神矢……。私、なんだか、おかしい……。身体、熱い……息が、できない!」
「星子……しっかり、って。俺も……かよ。
こ、こんな時に……」
苦し気な息を吐きながら、二人はドームの中で意識を失う。
怪物達がその場を立ち去り、防護服に身を固めた救出部隊が、三人の生存者を発見し保護したのは、それから実に三日後の事だった。
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