『精霊神』様に舞を捧げる儀式をした後、私はそのまま、神殿の礼拝の儀式に引っ張り出された。
今までしてきた儀式と何が変わるわけでもなく、聖典を読み、讃美歌を歌い、集まってきた人達に祝福を授ける流れ。
すでに大祭開始の鐘は鳴り、お祭りが始まっている筈だからそんなに人はいない筈、と思っていたら結構な人が集まっていた。通常の礼拝より明らかに多め。かつ熱気が凄い。
「おおっ!」「本当に『聖なる乙女』がいらっしゃった!」
まるでアイドルのコンサートのようなノリだ。
まあ、儀式の後
「どうか、その衣装のままでおいで下さいませ。
本来、舞衣装の『聖なる乙女』の御姿を見ることが叶うのは馬車から降りた姫君が神殿に入るまでの間だけ。
ですが、せっかくですので『神』と『乙女』の熱心な信者達に応え、その麗しき顔と順美なるお姿を拝する余栄を賜れないものでしょうか?」
と言われて舞の衣装のままで来ている、というのもあるだろうけれど。
シュライフェ商会が総力を挙げた舞衣装に、プラーミァの国宝のサークレット。
化粧水に少し白粉、香水、口紅までつけた完全体の『聖なる乙女』モードだからね。
子どもを見慣れていない事もあって、特別な存在に見えるのかもしれない。
「アルケディウスに輝く宵闇の星 『聖なる乙女』にはご機嫌麗しゅう」
「アインカウフ! こちらに来ていたのですか?」
「はい。『聖なる乙女』が特別に礼拝を取り仕切ると聞き参りました」
「今日は大祭ですよ。商売を行う者達にとっては忙しい日なのではありませんか?」
「確かに忙しくはありますが『聖なる乙女』の御姿を拝する機会と比べましたら、どちらが大事か明白にございますれば」
そう言ってアルケディウスの商業ギルド長、ガルナシア商会のアインカウフは私の前にそのつややかな頭を下げる。
店よりも『聖なる乙女』が大事ってか。
余裕があると見るべき? それとも怖いと思うべきなのかもしれない。
「その舞衣装、とても美しくお似合いでございます。ですが、残念ながら指輪やアクセサリーとの相性が今一つ。
我がガルナシア商会にお任せ下されば、より姫君に似合った衣装をご用意してご覧にいれますれば」
「このサークレットをすることになったのは急な話なのです。シュライフェ商会は頑張ってくれていますし、そう毎回衣装を仕立て直すつもりもないんですよ」
「流石、マリカ様。優れた経済感覚をお持ちでいらっしゃいますが、身分や立場のある方にはそれに相応しい装いをする事が求められるのは、私などが言うまでもなく御存じの筈。
ぜひご一考の上ご用命の際にはぜひ」
あまり長話をしては後ろに恨まれると思ったのだろう。
私が言うよりも先に話を切り上げてアインカウフは戻っていった。
シュライフェ商会やゲシュマック商会は当然ながら来ていなかったので、アインカウフの『聖なる乙女』熱はやっぱり相当なのだろう。
注意しないといけないな、と思った。
礼拝が終わり、拘束時間約三刻。
私はようやく神殿での仕事から解放された。
館に戻り、舞衣装から着替えて、皇王陛下にご機嫌伺いに行く。
と、いう設定で大祭に遊びに行くのだけれど。
「気を付けて行くのですよ」
準備を終えて部屋を出ると、リオン達と一緒に一階ホールで待っていて下さったらしいお母様が私を見て心配そうに言った。
側にミュールズさんがいるから、あんまり詳しいことは話せないのだけれど
「大丈夫です。リオンもいますし、フェイもついてますし、危険な事なんてないですから」
「そういう意味ではありません。
確かに物理的な危険は無いでしょうけれど、何が起きるか解らないのが世の中というもの。
貴女はすぐに調子に乗るから色々と心配なのです。
何かする度、事を大きくして。今回は皇王陛下直々のお声かけですから仕方ないですが」
ひたり、と私の前に膝をつき両手で私の頬を挟むお母様。
瞳の奥には確かに心配と不安の色が宿っている。
「いいですか? くれぐれもよく考えて、注意深く行動するのですよ」
「はい。解りました。心します」
お母様の心労少しでも晴らそうと笑ってみたけれど、多分消えていないのだろうな、と思う。
「初めて王宮にちゃんと泊まられるのですから皇子妃様もご心配なのでしょう」
「そうですね。失礼のないようにしないと」
馬車の中でミュールズさんが微笑むけど、カマラはどこか苦笑をかみ殺すような顔をしていた。流石に変身して大祭に遊びに行きますなんては言えない。
ちなみにリオンや、フェイは当然だけど、セリーナとノアールも別の馬車だ。
国内では私がいくらいい、って言っても身分差がうるさいんだな。これが。
「皇王陛下。
奉納舞と礼拝を終えて参りました」
「うむ、ご苦労。其方の奉納舞は『精霊神』に随分とご満足頂けたようだ。
王勺にまさか、あれほどの力を注いで頂けるとは」
頷くと皇王陛下は勺を振り回すように動かした。
随分と楽しそう、いや嬉しそうだ。
「何か変わった感じですか?」
「ああ、後で見せてやろう。
私は、涙が出るほどに嬉しく、幸せな経験をすることができたからな。
とりあえず、今日は奥の院に泊まっていくがいい。
その辺の話もしたいし、明日は皇王妃主催の茶会がある。
妃もたまには自分も孫とゆっくりしたいと煩いのでな」
「あら。私だっていつもマリカのことを心配していますのに、陛下ばかりいい顔をして。
たまには私も孫娘とゆっくりとした時間を過ごしたいのですよ」
首を竦めて見せる皇王陛下に皇王妃様が恨みがましい視線を向ける。
これは演技じゃないかも。
前の時、皇王妃様も私の変化を見たいって言ってた、と皇王陛下お話してたし。
「そういう訳なので、今夜は私の部屋の隣に泊まりなさい。
子どもの頃、ライオットも使った部屋よ。
調度も貴女に合わせて入れ替えてあります」
「そうなんですか?」
「ええ。そうして、色々と話を聞かせて欲しいの。既に必要なものは運ばせてありますからね」
「ありがとうございます」
「ミュールズ。ミリアソリス。
マリカの面倒はこちらで見る。お前も偶には家族の元に帰ってやるがいい」
「ですが……」
「マリカがね、貴女に負担をかけてばかりは心苦しい、というの。一晩だけなのだけれどゆっくりしてきて」
「今夜はレイネストにも夕刻から休みを与えた。ゲシュマック商会の貴族店舗に席を予約してある。一緒に食事でもして明日の朝、共に戻ってくるがいい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。
明日の朝には戻りますので、暫しお側を離れることをお許し下さい」
私の夜遊びの為の最難関。
忠臣ミュールズさんは、お二人に勧められて下がっていった。
ミリアソリスも、今日は侯爵のところに戻るって。
残るのは、本当に身内だけ。
「では、行くか。奥の院へ」
皇王陛下と皇王妃様、そしてタートザッヘ様と護衛騎士さん達とけっこう歩いて、辿り着いた場所は小さな離れだった。
小さい、と言っても日本の建売住宅よりもずっと大きい。
厨房もお風呂もその他ばっちり完備の立派な館。私の向こうの実家より大きいな。
「今夜はは、側近達にも殆ど休みをあげたの。
ザーフトラクが食事を用意してくれているけれど、夜の身支度が終わったら殆んどの者が外させる予定です。だから、ゆっくりできるわ」
「ありがとうございます」
その言葉通り、食事を終えて入浴を済ませ、夜の寝支度を整えると皇王妃様の側近達は館を出ていった。
私の身支度も終わったのでカマラ、セリーナ、ノアールにも下がって貰う。
「せっかくの大祭ですから、楽しんできて下さいね」
「ありがとうございます。マリカ様もお気をつけて」
側近達を祭りに送り出す私を皇王陛下が見る目は暖かいものではないけれど。
「王宮に仕える者達は当然だが、貴族や大貴族でさえ、大祭を見たことが無いものは少なからずいるのだぞ。
まったく、其方は側近に甘い」
「お祖父様やお祖母様は大祭に行かれたことは無いのですか?」
「無いな。即位前に収穫祭などに行ったことはあるが、祭りを見たことはない」
「私は、市街に降りたことも殆どありませんから。陛下が皇位を譲られたら少しは自由に動けるかしら、と楽しみではありますよ」
騎士の姿になって街に降り、私を護衛してくれたことがあるお母様の姿が頭を過るけれど、あれはやはり例外中の例外ということなのだろう。
「まあ、良い。其方らも速く準備をして行くがいい。
のんびりしていては祭りを楽しむ時間が減るだろう」
館のカギを内側からかけて、周囲に人がいないことを確認した皇王陛下は、私達にそう告げる。
今、館に残っているのは、女は私とお祖母様だけ、男性は皇王陛下に文官長タートザッヘ様。司厨長ザーフトラク様。どちらも皇王陛下の皇子時代から小姓のような形で仕えていたから、側近としての仕事もできるんだって。後は、リオンとフェイと
『ご苦労様。マリカ。いい舞だったよ。
何百年ぶりか解らないくらいに、凄く元気が出た!』
『マリカ。年に一度でいいからプラーミァに来ないか? 私も其方の力が欲しい。
フィリアトゥリスに文句をいう訳ではないが、力の質が違いすぎる故にな』
「ありがとうございます。まあ、その辺の話はおいおい」
いつの間にかやってきて、嬉しそうに身を擦り付ける精霊獣様達。
良かった。舞は無事、気に入っていただけたようで。
『シュヴェールヴァッフェ。それは目覚めただろう?
話はできたかい?』
「私の力不足で、『話』は残念ながら。ですが、意思の疎通はできていると感じます。
お力をお借りできるようです」
皇王陛下の手の中。
淡く、碧の光を放つ水晶が王勺の先で煌めいている。
『あれ? まだ力が足りなかった?
いや、違うな。久しぶりだから照れているんだ』
皇王陛下の肩にととん、と身軽に飛び乗った精霊獣が
『出ておいで。起きているのだろう?』
黒い鼻をちょんと石に付ける。
「わあっ!」
と同時、石からまるで吹き出し花火のように光が沸き上がり周囲に弾けた。
あまりの眩しさに目を閉じた私達の前で
『お久しぶりでございます。我が神。愛し子達。そして……』
柔らかく、静かな声が降る。おそるおそる目を開くとそこには
『麗しの『精霊の貴人』。私はアーベルストラム。木々と緑を司る者。『星』の手足にございます』
輝かしくも美しい、碧の貴婦人が立っていたのだった。
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