【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 新しいドレスと承認欲求

公開日時: 2021年5月26日(水) 08:14
文字数:5,271

 真っ直ぐに立つ。

 顔を上げて、首はしっかり前に向けて。

 自分ではシャンと立ったつもりでも、まだ曲がっていたのだろう。

 

「背筋をしっかりと伸ばして!」

 

 真横に立つティラトリーツェ様は、私の背中をぐい、と押して肩を後ろに引く。

 胸襟が開かれ、背骨も真っ直ぐに伸びる。

 

「俯いてはいけません。

 例え迷いがあったとしても、それを周囲に悟られる程顔に出すことは敗北とほぼ同意です」

「はい」

 

 視線は少し斜め上。

 両手はお腹の上で組んで優雅に、私は微笑む。

 ニッコリと、出来る限り美しい笑顔で。

 

 

「まあ、いいでしょう。まだ少しぎこちなさと、引きつりが見えますが徐々に直していきなさい」

「ありがとうございます」

 

 安堵の息を吐き出す私に

 

「気を抜かない! いつ、どこで誰が見ているかも解らないのですよ!」

 

 ティラトリーツェ様はぽこん、とグーのげんこつを頭に落としてくる。

 

「すみません」

 

 本当に一瞬たりとも気が抜けない。

 私は緩んだ意識に気合を入れ直し背筋に力を入れ直した。

 

 

 

 皇王妃様との謁見から約一週間。

 私の日常は大きく変化した。

 街対応のガルフの店の業務からはほぼ離れ、現在、毎日貴族区画、正確には第三皇子家に通っている。

 

 週二回は調理実習で皇族の料理人さん達に調理を指導する為。

 残りの三日は、ティラトリーツェ様の指導を受ける為、だ。

 

 夏のこのシーズンは社交の時期で忙しいとのことで週三日の調理実習は二日に減ったのだけれども、ティラトリーツェ様の指導は週五日ペースでみっちりとある。

 調理実習の後も、片付けの後にはザーフトラク様の指導があって、朝から夕方まで、本当にみっちりのスケジュールに頭が本当にオーバーヒートしそうだ。

 

「ふむ、其方はなかなか覚えが早いな。

 計算も早くて正確だし、見通しもしっかりとしている。

 流石商人というところか?」

 

 試算や、予算の立て方、財務管理などを指導して下さるザーフトラク様は、私が仕上げた食材の使用試算や、孤児院の年度予算の概略を認めて下さるけれど、ティラトリーツェ様からはなかなか褒め言葉は出てこない。

 実際の所、算数や、計画の立て方は確かに向こうでの知識経験での応用が効く。

 保育士は実務が主だけれど毎月の保護者会費や、給食費などで計算も多かったし、保育計画などは毎月立てさせられていたし。

 

「もっと指先にまで意識を払って。

 気を抜いているところが浮き上がって、人の悪い目を引くのですよ」

 

 けれど、礼儀作法や人間関係などはそうはいかない。

 多少は保護者対応などが応用できるけれど、それでも生活環境の違いとかも多い。

 完全に一からのスタートなので、身に着くまで完全な反復練習と丸暗記あるのみなのだ。

 

 館で覚えたことを城に戻って書き止めて、ティーナに見て貰いながら練習を繰り返す。

 

 ティラトリーツェ様はこれで良い、とは言って下さらないので本当に試行錯誤、五里霧中だ。

 

 

「本当に最上級の方のご指導は違うと実感しますわ。

 ここ数日でマリカ様の動きが洗練されていくのが目に見えますもの」

 

 ティーナは褒めてくれるけれども、自分ではどこがどう変わっているのか解らない。

 合格点がどこかも解らない。

 正直、苦しい。

 凄く。

 

 

「おれ達じゃあ今の貴族の礼儀作法が正しいか、正しくないか解らないからな」

「でも、頑張っていると思いますよ。マリカは。本当に所作が美しくなっています」

「ありがとう」

 

 慰めてくれるリオンとフェイ、アルが心の支え。

 子ども達やガルフ、ティーナには弱音は吐けないし。

 

「明日は調理実習だろう? 皇王妃や他の皇子妃も来る。

 ライオに頼んで休みを貰うか?」

 

 私の顔色に気を遣ってくれたのだろう。

 リオンが声をかけてくれるけれどここで甘えちゃいけないことは解ってる。

 

「大丈夫。私の為に貴重な時間をとって下さっているんだし、甘えてられないよね」

 

 何よりこれは私の夢を叶える為の勉強であり、指導なのだ。

 やるしかない。

 

「皆に弱音吐いて少し楽になったし、頑張るよ。

 明日が終われば、授業は一日休みだし、安息日も近いし」

 

 気合を入れ直す。

 よしっ! やるぞ!!

 

 

 

 今日の調理実習のメニューはピッツァ。

 パン程の熟成とかの手間がかからないので、小麦メニューの入門編としては最適だ。

 と思う。

 マルガリータ風。

 エナ、トマトソース、手作りのモッツァレラチーズを使えばビックリするほどに美味しくなる。

 マルガリータには邪道だけれど、少しベーコンも乗せてある。

 魔王城の島でも実験済みだし、店でも出し始めて大好評を博した人気メニューだ。

 

 それにサラダに、デザート。

 と大よその準備が出来た頃

 

「マリカ、ちょっと来なさい」

「? ティラトリーツェ様?」

 

 厨房にティラトリーツェ様がやってきた。

 珍しい。近頃は来客対応で厨房にやってくることなど殆どなかったのに。

 

「なんでございましょうか?」

 

 私の質問はスルーして、ティラトリーツェ様の視線は料理人さん達へと。

 

「お前達。先に聞いているレシピによると、後はタイミングを見計らって焼くだけでしょう?

 マリカがいなくてもなんとかなりますね?」

「はい。それは…勿論」

「では、少しマリカを連れ出します。完成したら予定通りに品物を応接室に持ってなさい」

「解りました」

 

「あの、だから、ティラトリーツェ様? 何がどうして?」

 

 ぐい、っと黙って私の手を強く引いたティラトリーツェ様は、応接室近くの小部屋に私を連れ込んだ。

 そこには侍女さん数人と…

 

「あ、シュライフェ商会の?」

「お待たせしました。

 マリカさん。ドレスが仕上がったので持ってきましたお納めさせて頂けますか?」

 

 以前、シャンプーの契約の時に来てくれたプリーツィエ様だ。

「ドレス…って、あ?」

 

 そう言えば、ティラトリーツェ様が、貴族の前に上がってもおかしくない礼装を仕立てて下さるとおっしゃっていて…。

 

「丁度、皇王妃様や皇子妃様達がお揃いなのでお披露目なさる、とティラトリーツェ様が。

 着てみて下さいませ」

 

 蒼くキレイに染められたサラファンを掲げながら、私にプリーツィエ様が微笑む。

 

「ティラトリーツェ様?」

 

 私がティラトリーツェ様の方を見る間もなく、

 

「始めなさい。皇王妃様達の給仕をさせるのです。急いで」

「わっ!」

 

 命令の声と共に、私は数人の侍女さんに囲まれて、あっという間に服を脱がされてしまった。

 代わりに

「こちらの方に右手を」「少し足を上げて下さい」

 

 指示を出されるままに身体を動かしているうちに、服が身に付けられていく。

 精緻で真っ白なレース編みの袖の着いたブラウス。

 ハイウエストのジャンスカ風ドレスは、確かサラファンというのだと前に聞いた。

 深い、海の色のような爽やかな青色。

 ウエストのベルトと、前に流れる飾りにも裾にも驚くくらい細やかな刺繍とレース編みが施されている。

 しかもただのジャンスカではなく、肩の所まで装飾の効いた袖が付いていて、ブラウスと重ね着るとビックリするくらい華やかだ。

 足にはドレスと同じ青に染められた革靴。

「これはね、ココシュカっていうの」

 髪を梳かされ、シンプルではあるけれども、やはり白い刺繍で飾られたヘッドドレスを付けて貰う。

 ポニテが結び直され、頭後ろで縛った結び紐がココシュカのリボンと一緒に流されると…

 

「うわあ~、凄い…」

 

 自分でもビックリのキレイなお姫様装束になった。

 

「とても良くお似合いですよ。

 こんな可愛らしい子供服を作らせていただいたのは何百年ぶりで、萌え、いえ燃えました」

 

 姿見を見せて下さったプリーツィエ様が微笑んでくれるのに合わせて侍女さん達も

「本当にお似合いです」「まるで花の精霊のようですわ」

 口々に褒めてくれる。

 

「いかがでしょう? ティラトリーツェ様」

 

 プリーツィエ様が振り向いた先には、腕組をしたままのティラトリーツェ様。

 真剣で、射るように向けていた眼差しは

 

「いいでしょう。よく出来ています。マリカに良く似合っていますね」

 

 フッ、と溶けるように弛緩した。

 

「ありがとうございます」

「このような感じで、もう少し他の服も進めておいて頂戴。

 この先、公式の場に出ることが多くなるので、一着では心もとないですからね」

「かしこまりました」

「え、他の服?」

 

 首を傾げた私を気にも留めず、

 

「来なさい。マリカ。

 今日の料理は複雑なものではないと聞いています。皇王妃様や兄皇子妃様達に其方が給仕するのです」

 

 ティラトリーツェ様は、私の手を引き部屋から連れ出してしまった。

 

「給仕、ですか?」

「できるでしょう? 私が教えた立ち居振る舞いと、貴女が習い覚えている上位者への動きを合わせればいいことです」

 

 確かにティーナから教わった上位者への動きの中に貴族への給仕もあった。

 四号店の富豪や、お忍びの下級貴族、ライオット皇子相手に給仕したこともある。

 

「でも、無理です。

 相手は皇王妃様です。練習も無しになど…」

 

 いきなり練習も無しに国第一の女性に、というのは…怖すぎる。

 ましてこの間無礼をやらかし、課題を与えた相手。

 私の一挙手一投足をきっと見ている。

 

「臆する必要はありません。自信を持ってやりなさい。貴女にはできるのですから」

「え?」

 

 貴女には、できる?

 はっきりと、贈られた言葉に私はティラトリーツェ様を見上げた。

 私を見つめる厳しい目は変わらないけれど、その眼差しには確かな信頼が浮かんでいる。

 

「貴女は良くやっています。

 毎日、努力する事で、確かに成長しているのです。

 その成果を皇子妃様達に見て頂きなさい」

「…私、ちゃんとできていますか? 成長できていますか? 

 ティラトリーツェ様の、ご期待を裏切っていませんか?」

 

 ずっと心配だった。

 怒られて、手間をかけさせて、失望させたのではないか。

 いつか見捨てられるのではないか、と。

 そんな私の心を見透かす様に、ポンと優しい手が私の背に触れる。

 

「甘くて危うい思考はまだまだ治っていませんが、それ以外の点は十二分に成長していると思いますよ。

 その辺の下級貴族などには勝るとも劣らない位には。

 まだまだ目は離せませんが、それも子育ての醍醐味というものなのでしょう」

「ティラトリーツェ様!」。

「こら! 今、泣いてはなりません。泣いて目を腫らせた顔で皇子妃様達の前になど出られないでしょう!」

 

 ピタッ。私は動きを止めると涙が、うれし涙が零れそうになる目元を私は慌てて手で拭った。確かに、これからが本番なのだ。まだ気を抜いてはいけない。

 でも…

 

「私、頂いたドレスに相応しい仕草ができるように、全力で努めます。

だから、無事、皇王妃様達の対応が終わったら、少しだけ甘えさせて頂けますか?

 ティラトリーツェ様」

「ちゃんとできたら、考えましょう。しっかりおやりなさい。マリカ」

 

 ティラトリーツェ様に、認めて貰えた。

 それだけで、私は妙に自分のテンションが爆上げされているのを感じる。

 今まで悩んでいたのが嘘のよう。

 承認欲求が満たされたからかなあ、と自己分析してみるのは保育士の宿命だろうか。

 今なら、ホント。なんでもできそうな気がする。

 

 人間って、単純だ。

 大切なたった一人に認めて貰えただけで幸せになれるのだから。

 前に進むことができるのだから。

 

 

 その日、新しいドレスで貴婦人方々の給仕役を受け持った私は、勿体なくも皆様からお褒めの言葉を頂いた。

 

「随分と動きや言葉遣い、仕草が洗練されてきましたね。一週間やそこらで凄いこと」

「可愛い服を着た子ども、というのはなかなかに良いですね。

 私も側に置きたくなってしまうわ」

「ティラトリーツェ、この子の髪色ならもう少し華やかで明るい色の方が良いのではなくって? 良く似合ってはいますが」

 

 厨房の料理人さん達も

「凄い。可愛いね!」

「うむ、このまま王宮に上がり、皇女として立っても不自然とは思わぬ位だ」

「ああ、とても良く似合っている。厨房に入れるのは勿体ないくらいだな」

「ドレスもステキだが、改めてみると君は顔立ちも整っているし将来美人になると思う」

 

 べた褒めしてくれたし

 

 店に戻れば

「…シュライフェ商会のセンスは素晴らしいですね。

 城でのドレス姿も素晴らしかったですが、マリカ様の為に、似合う様に仕立てられたものというのが解ります。心からお似合いです

「あまり女性を褒めるというのは慣れておりませんが、とてもステキですよ。マリカ」

 ガルフにリードさんまで称賛してくれた上

 

「うわあー! マリカ姉。ステキ。本当にお姫様みたい」

「マリカ。城に戻りませんか?

 この服を着たマリカを城の皆に見せたい気持ちでいっぱいです」

「同感! 皆大騒ぎだぜ」

 

 エリセや、フェイ、アルも喜んでくれた。

 

 

 人間にとって褒められるって、やっぱり大事だと思う。

 今まで悩んでたのが嘘みたいに、キレイさっぱり無くなって心も身体も凄く楽になった。

 昨日までの「頑張ろう」と今日からの「頑張ろう!」は全然違うものだ。

 間違いなく。

 

 

 ちなみにリオンの反応は皆とは逆で

「…今夜、一晩は帰らないで予定通り、明日にしないか?」

 

 でも、それは不満ではなかったりする。


「リオン。素直に言ったらどうです? 

 みんなに見せる前に、キレイなマリカ姫をもう少しだけ独占したいって」

「うるさい! 違う!!」

 

 その真っ赤な顔は、私の承認欲求を満タンに満たしてくれたから。

 

 ホントに元気全開!

 明日から、また頑張ろう!!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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