風の一月、最終週、木の曜日
騎士試験の予選が始まった、らしい。
らしい、というのは、私は王宮での仕事で見る事はできなかったからだ。
予選には百名以上の人が集まったと聞く。
完全ランダムのくじ引きで二~三回勝ったら本戦出場、と言った感じ。
「一応、予選は抜けたぞ」
帰ってきたリオンはそう言って、いつもと変わらない。そう嬉しそうでもない。
でも、どこかホッとしたような顔で微笑んだ。
首には銀色のメダルがかけられている。
「良かったね。おめでとう!」
予選を突破した、という事は最低でも合格、準貴族。
皇子の課題は本戦出場、優勝だけれども、とりあえずの最低ラインは突破したことになる。
「…トーナメントのあたりも良かったんだな。そんなやっかいな敵でなくて助かった」
ポリポリと照れながら鼻を掻くリオンから、予選がどんな感じだった、とかどんな敵だったのか?
という話は出てこない。
まあ、自分の手柄を吹聴するタイプではないけど。
リオンは。
「えー、報告それで終わり?
どんな敵と戦ったの? どんな風にやっつけた?」
あんまりにもシンプル過ぎる報告に、アーサーは明らかに不満そうだった。
私も、できればもう少しリオンの活躍を詳しく知りたい。
「なかなか、見物でしたよ。
子どもと侮って油断した相手を、リオンが一気に沈めていく様子は。
彼が勝ち進んでいくたびに周囲の空気が面白い程に変わっていくのが解りました」
王宮魔術師の勉強として試験の見学に行ったらしいフェイが楽し気に報告してくれなかったら、聴衆は満足できなかったと思う。
ちなみに、皇国騎士団と王宮魔術師は仕事も近いから後学の為に見に行きたい、とソレルティア様にフェイは頼み込んだらしい。
なんだかんだで聞いてあげるあたり、ソレルティア様もフェイにけっこう甘いな。
で、第一回戦は、いかにもなパワーファイター。
鎖帷子を着た斧の使い手だったそうだ。
全体的に見て弓の使い手は殆どおらずメイスや斧などのパワーで敵を押すタイプが多かったとのこと。
確かに武術大会では弓使いは難しいよね。
身体に矢が刺さらない不老不死世界。衝撃も軽いし。
だから、身体に傷が入らなくても衝撃が身体に通るメイスや斧。
格闘家などが多いらしい。
後は定番の剣、間合いを取れる槍、相手の拘束も可能な鞭など。
リオンのような短剣使いの軽戦士、インファイターも殆どいなかったっぽい。
弓程絶滅危惧種ではなかったらしいけれど。
リオンの身長は今140cmくらいだろうか?
身体はできているけれども、中学一年生男子としては小柄だ。
対して相手は頭一つ分以上違っていたというから180cmクラスの巨漢。
「なんだ? ちっこいな?
俺の斧でふきとばされるんじゃねえぞ!」
豪快に笑っていた男は、でも開始の合図とほぼ同時。
「な、なんだ? ど、どこに行った?」
速攻で動いたリオンを見失った。
リオン曰く
「上半身に、武器防具を固めていたから、足が疎かだったんだ。重装備で動きも鈍かったしな」
後ろにまわりこんだ、大人から比べれば小柄なリオンを見つけるより早く、リオンが勢いを乗せた回し蹴りで足を払う。
「ぐっ!」
想像以上に重いそれに膝を折られた形になった戦士はそのまま崩れ、リオンの背中への追撃の蹴りで地面に口づける事になる。
「それまで!」
頭か背中が自分の意志以外で地面についたらその時点で勝負あり。
一回戦はリオンの快勝に終わった。
本来なら予選になと顔を見せないライオット皇子が今年は予選を巡回に来ていて、リオンの一回戦を見ていたらしい。
顔を上げたリオンと『偶然』目が合い嬉しそうに頷いていたと、フェイは我が事のような笑顔で教えてくれた。
第二回戦は王都の護民兵の一人、とのこと。
槍の使い手。
間合いを取り、敵を自分の攻撃範囲内に入れず、入ってきた者を槍の遠心力と勢い、そして力で薙ぎ払うこちらもパワーファイタータイプ。
「槍は確かに万能武器で使い方によってはやりにくいんだが、そこまで熟達してたって感じじゃなかった。
動かし方も荒くて、後方に回り込まれることを想定していない」
「凄かったですよ。振り回される槍の旋風、その死角である足元を滑り込む様にして躱し、足元から背後に回り込み、がら空きの後ろに手刀一閃」
まだ身体が成長しきってないリオンだからこそできる動きだな、と思う。
フェイの説明に精一杯、頭の中で、リオンのバトルを想像してみる。
さぞ、鮮やかな勝利であったろう。
去年いい成績を上げた相手などはシードがあったりして二回戦で終わりの人もいたけれど、リオンは三回戦まで戦ったらしい。
リオンと当たった人はお気の毒。
三回戦は、去年の試験で本戦まで行った準貴族の地方領地の騎士団長さん。
剣を使う、堅実な騎士だったそうな。
「的確で確実な訓練を受けた、正しい剣士って感じだったな」
リオンは褒めるけれど、それは褒める余裕がある、という事で。
「間合いを詰められないように注意しながら、打ち合い彼の動きの癖を掴んでいったようです。
一方対戦相手は、自分より小さい敵と戦ったことが無かったのでしょう。
動きがやり辛そうで、相手が不老不死では無いのだからという気遣いも少し見られて剣の動きが鈍めで…」
で、敵が打ち合いに集中できず、意識がずれたその瞬間を見計らってリオンは剣の切っ先を狙って威力を乗せた攻撃を打ち込んだ。
攻撃を殺され、剣の切っ先が天井を向く。
相手も歴戦の戦士。想像しなかった動きにも剣を取り落すようなことは無かったけれど、そこまでだった。
フットワーク軽く、がら空きの懐に潜ると短剣を握り込んで顎を狙ってパンチを一閃。
アッパーカットかな?
脳を揺らされた剣士は地面に倒れ、試合終了。
この時点でリオンの試合会場には、既に負けたり勝ったりした試験参加者達がかなり集まっていたようだ。
最年少の騎士試験合格、準貴族に驚愕と羨望、そしてはっきりとした警戒の眼差しが浮かんでいたという。
「試合が終わった後、合格者は集められて、ライオから合格のメダルを貰った。
本戦は三日後の火の曜日。地の刻から始まるって」
翌日、直ぐにじゃないんだ。
まあ、予選で疲れている人もいるだろうし。
トーナメントのくじ引きも当日だそうで、誰が誰と当たるかはまだ分からない。
「僕がざっと見た感じですが、まったくの平民から今回本戦を突破したのはリオンと、あともう二人、くらいでしょうか。
大半は既に準貴族で、貴族の地位、もしくはさらに上位を目指して参加した者、と見ました」
十人位は受かる試験と聞いていたけれど事実上は一桁か。
上に行けば行くほど、有利になるしやっぱり厳しい世界だね
「斧やメイス使いのパワーファイターが四人、剣士が五人、槍使いが四人、徒手空拳の戦士が一人、鞭の使い手が一人、後はリオンですね。
当然のことながらリオン以外は不老不死者です」
「他の連中の試合を見る余裕は無かったけど、鞭の使い手と剣士の二人、槍使い一人、それから素手の戦士が手強そうだと感じた」
「そういうのって解るもの?」
「解る。自分より強いか、弱いか、くらいはなんとなく感じる」
リオンは頷くと目を閉じる。
自分の頭の中で、対戦相手の行動とかを予測、シュミレートしているのかもしれない。
「他の連中は、まあ普通に戦えば負けない、鞭の使い手と剣士二人は戦い方次第。
槍の戦士はスピードファイターだったから、同じくスピードで翻弄すればなんとか。
相手と同じくらいか、それより少し早いくらいならいいんだよな。って思ってる。
…素手の戦士は似たような戦い方になると思うけれど、身体の能力があっちの方が高いんだ。
だからスピードは同格でも、それにパワーを乗せられると長期戦は厳しいな」
私は見てないからなんとも言えないけど多分、向こうのゲームとかのイメージで言うと武闘家風の人、なんだと思う。
リオンと同じタイプの接近戦パワーファイター。
スピードとパワーを併せ持つ感じだと、確かに辛い所もあるかも。
「短期決戦、相手が油断してくれているところを一気にいければ楽になる。
その為には早めに当たれるとありがたいんだけどな」
「こればっかりは当日のくじ運ですからね」
制限がかけられているとはいえ、リオンでさえ厳しいと思える相手がいるのか。
本当に世界は広いな。
どんな強い人がいるんだろう。
「オレ達も応援に行きたいな…」
アルのつぶやきに
「チケットは完売。合格者枠で一枚だけ、預かってるけど…」
「一枚?」
「ああ、あと従者扱いで一人だけ控室に入れて良い事になってる」
話を聞いていた皆の目がギラリと輝いた。
皆、気持ちは同じ、応援には行きたい。…でも
「じゃあ、チケットはガルフ。
ガルフは保護者枠だからどうしたっていかないと行けないでしょ。
兄弟の代表として側に付いて助けるならやっぱりアルだと思う」
ここはきっぱり線を引こう。
長姉、保育士特権を発動させて頂く。
「オレ? 行って良いのか?」
「うん。お願い。
アルならもしかしたら、注意した方がいい点とかアドバイスしてくれるでしょう?」
じゃんけんとかくじ引きとかだと収拾がつかないし不満が残る。
助手として、セコンドとしての有能性を比べるならアーサーやエリセも納得してくれると思う。
「マリカ姉とフェイ兄は? いいのか?」
「皇家が主催のイベントです。王宮魔術師も観戦しますからその従者枠で潜りこみますよ」
「私もティラトリーツェ様かライオット皇子にお願いして飲み物の給仕係か、側仕えとして入れて貰うから」
応援に行かないという選択肢はない。
何とかしてお願いして、泣き落としてでも入れて貰う。
絶対見に行く。
そして直接応援するのだ。
「それなら、我慢するか…。おれ達は店で待ってるよ」
「リオン兄。頑張ってね」
アーサーやエリセも素直に引いて言葉で激励する。
リオンの顔が、照れと喜びと、決意を宿す。
「これは、恥ずかしい戦いはできないな」
「ああ、もし負けたら恥ずかしい負けっぷりまでオレは全部、皆に話すからな。
しっかり優勝してくれよ」
アルが差し出した拳に
「ああ、絶対に優勝して見せる」
顔を上げたリオンはこつん、と自分の拳を当てた。
その顔に不安も迷いもない。
約束も、自分へ入れた気合いにも思える。
心配はしていないけれど、リオンの勝利を信じて、できる限りの事をしてサポートしよう。
と私は思ったのだった。
動きやすい衣服や靴を選び、元気が出る食事を作って。
飲み物や食べ物の準備もして。
私達はいよいよ、騎士試験本戦の日を迎えたのだった。
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