盗賊と魔性?
インタレーリ男爵の言葉に周囲が騒めいた。
盗賊はともかく、魔性?
「本当に魔性が出るのか? ツーファル。適当な事を言ってマリカを呼び寄せたいだけではないのか?」
とんでもない、と慌てて手を振る男爵だけれども、その視線にはなんとなく怯えが見えるような……。
お父様にツッコまれたからか。それとも……
「マリカ皇女のおかげをもちまして、我が領地は貧しいながらも少しずつ財政も上向いております。しかし、それを狙って盗賊達が出没するようになったのです。
我が領地は専従の騎士や護衛兵が少なく、地方の集落を狙われるとなかなか助けに行くことが難しく……」
「確かに野盗の数は増えてきていると、報告は上がっているが、奴らの狙いは金だろう?
言っては悪いが、何故お前の領地を狙う? 魔性も、盗賊も大抵は実入りの大きな大領地や街道沿いを狙うものだ」
「解りませんが、おそらく、大貴族領などは警戒が厳しくなっているので、実入りは少なくとも安全な地方を狙って来ているのかも……。奴らは収穫期を狙って村を襲い、ソーハやパータトをそれこそ根こそぎ奪っていくのです。奴らが荒らした後はせっかく整えた土壌も台無しになると領民が嘆いておりました」
話の筋は一応通っている。
内容も詳しいし、盗賊関連の話は本当だろう。
でも……
「盗賊が出るのは解った。だが、魔性は本当に出るのか?
いつ、どこに、どのように出た? 目撃証言はどうなっている?」
「それは……獣型の魔性と、鳥型の魔性を引き連れた黒衣の男が……。その後、作物を植えても発育が悪く……」
魔性の件についてはどうもしどろもどろ。
……こっちはもしかしたら嘘かもしれない。
真王復活をいいことに、被害を上乗せしているとか?
「と、とにかく夏が終わり、秋の収穫を前にいくつもの町や村が、努力の成果を得られずに終わりそうなのです。
かつて、ロンバルディア領で、マリカ様がお力をお与え下さった時、奇跡が起きたと伺いました。精霊を失った大地は再び息を吹き返し、枯れた麦穂も立ち上がって実りが戻るったと……」
「それは……」
以前、収穫間際に魔性に精霊を食われ、収穫目前の麦畑が踏み荒らされ、しおれてしまったコトがあった。エクトール様の弟子が開いた、新しいビール蔵の今後に差し支えると言われ、そこで祈りと舞、そして特別に『精霊復活の儀式』を行った。
シュトルムスルフトで覚えた、アレだ。
その結果しおれた麦が蘇ったことはあったけれど、一度奪われた収穫を戻すことはできるだろうか?
できないような気がする。
「私が祈りを捧げても多分、完全に失われた作物は復活しませんよ」
「そ、それでも……、民の努力が全て無駄になってしまう状況は打破できるかと……。
なにとぞ、なにとぞ……」
男爵の側には夫人はいない。
大貴族のプライドもかなぐり捨てて頭を下げる場に、連れて来たくなかったのかもしれない。罪を犯した伯父の尻拭いをさせられている彼を気の毒だと思うし、助けたいとは思う けれど……。
「男爵様、どうか顔を上げ……」
「話は分かった」
私が男爵と視線を合せようとするのをお父様の大きな手が封じ止めた。
「とりあえず、盗賊対策にアルケディウスの騎士団を派遣しよう。
収穫期と社交シーズンが終わるまで待機し、村を守る。畑の調査も神殿の司祭立ち合いの元行い、精霊の復活が急務となれば司祭やマリカの派遣も検討する。
それでどうだ?」
「マリカ様のご行幸を賜ることは、やはり難しいでしょうか?」
「マリカは大聖都の大神官だ。様々な仕事がある。ただ盗賊に荒らされた、程度のことで外に出すわけにはいかぬ。解るな?」
「は、はい……。第三皇子の御厚情感謝申し上げます。
聖なる乙女のお耳を汚しましたこと、失礼いたしました」
目いっぱいの威圧感を込めてお父様が圧力をかけたので、男爵もそれ以上食い下がれなかったのだろう。立ち上がり、静かに頭を下げて去って行った。
これで、全貴族の挨拶は終わり。その頃にはもう宴もほぼ終わりに近づいていたので、後はもうやることはない、とおもっている。
でも、どうせなら……
「お母様」
「なんです?」
「リオンと一回、踊って来てもいいですか?」
「いいわよ。楽しんでいらっしゃい。リオン。マリカを頼めるかしら」
「お任せ下さい」
スッと、後ろに付いてくれたリオンが前に出て、私の手を取る。
大神殿では騎士と大神官だから、一緒に踊る機会なんてまずない。
せめてアルケディウスでくらいは。ね。
私とリオンが広間の中央に出ていくと、周囲が騒めいて、慌てたかのように何組かの男女が側にやってくる。
舞踏会、と言っても歓談がメインだから、あんまりダンスは重視されていないのだけれど、私達だけを躍らせる訳にはいかないっていう気づかいかもね。
そして、夏の日差しのような優しい音色の中、ダンスが始まる。
リオンにエスコートされて踊るとこっちの世界に来るまで社交ダンスすらやったことのなかった私も軽く、愉しく踊ることができる。
まるで、足に羽が生えたように気持ちも身体も軽やかになった。
気が付けば、周囲に光の精霊達が集まっているみたい。
少し、力を分けてあげると精霊達も輝きと数を増して一緒に踊ってくれる。
「リオン」
「なんだ?」
舞踏会の中央は誰にも邪魔されない二人だけの場所。
だから、私はそっと囁いた。
「ずっと、側にいてね。一人で、勝手に何処かに行ったりしないで」
「……ああ。側にいる。お前の側が俺の帰る場所だから」
リオンは静かに頷いてくれる。
『嘘』はつかないけど、嘘つきなリオン。
でも、その言葉と、気持ちは本当だと解るから。
私の帰る場所が、お母様や家族の側であるように。
リオンも私達の所に帰って来れるように、私はリオンの帰る場所であり続けようと思う。
「ティラトリーツェ」
「ええ。解っています。やはり、あの子を狙う視線、強まっておりますわね」
「おそらく男爵だけの事では無いぞ。なんだかんだであれを手に入れんと策略して来るものは」
「他の皇子妃達や皇王妃様とも連携して情報を集めて参りますわ。あの子はもうこれ以上、誰にも渡しませんから」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!