【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 獣の変容

公開日時: 2022年7月25日(月) 07:31
文字数:3,144

「いけない。スーダイ王子が貸して下さった肩掛け、お返しするの忘れちゃった」



 麗水殿に戻った私は、肩口に乗ったままの柔らかい布をそっと外した。

 精霊上布、だっけ?

 この世界で最高品質の布の一つだと聞いた。

 ムシの繭から採れると言ってたから、この世界のきっとシルクだね。

 ふんわりと柔らかく、暖かい布はかけていることも忘れるくらいだ。


「もう日も変わってしまいました。

 退去の時にお返しすれば良いのではありませんか?」

「うん、そうする。

 畳んで、忘れない場所に置いておいてくれる?」

「かしこまりました」


 宮の中では随員ほぼ全員が眠らずに待っていてくれたらしい。

 柔らかい声音で、これ以上の外出を諌めるミュールズさんに頷いて、私は肩掛けを渡すと皆の方に向き合った。


「心配かけてごめんなさい。

 ちゃんと理解して頂けたと思っています。

 予定通り、明日、もう今日ですがアルケディウスへ戻ります。

 長旅になるので、今日はゆっくりと休んで下さい」


 私が声をかけると三々五々、随員達は戻っていく。

 護衛も解散。

 ミーティラ様、ミュールズさん、セリーナとノアールに身支度を手伝って貰って私は寝室へと向かった。


「姫君も、今日はゆっくりとお休みになって下さいませ」

「ありがとう。おやすみなさい」




 侍女たちが部屋を出たのを確認して、私はベッドにもぐりこんだ。

 細工の利いた天蓋付きベッド。

 その天井を見つめる。

 オリエンタルで、中華風。

 ちょっと和風が混ざったこの綺麗なベッドで眠るのも今日が最後だ、と思うとなんだか、不思議に目が冴えて眠れなかった。


 エルディランドでの滞在期間も、いろいろあったなあ、って思う。

 なんだかんだでこの国でも精霊神復活を始めとして色々やらかした。

 あと一週間でアルケディウスに帰るけれど、帰ったらまず間違いなくお母様のお説教が待っている。

 帰るのがちょっと怖い。

 



 掛け布団を頭まで被った私は


「え?」


 ベッドの横、感じた気配に慌てて跳び起きた。


「…リオン」


 そこには、私を真っ直ぐに見据える、リオンが立っていたのだ。

 いつもとは、どこか違う、冷たく、固い獣の眼差しで…。


「どうしたの? 何か用?

 皆に、見つかったら………!」


 正直、予想外で身体が固まった。

 心も、同じ。

 ぴくりとも動かず与えられた行為を受け止めるしかない。


 リオンが、ベッドに膝を付くと覆いかぶさるように私の唇を奪ったからだ。

 抵抗は許さないというように、私の手を掴み、肩後ろに手をまわして。

 リオンに触れられたところが、火傷の様にチリつく。


「ん! んっ…ん!」


 身体がぴりぴりと、痺れる。

 今までの甘く優しいだけのそれではない。

 舌こそ入れて来なかったけれど噛みつくように、リオンは私の唇に吸い付き、舐め、蹂躙していく。

 正しく、獣の食事のごとき激しい行為に、私は抗う事もできず、背筋に奔る悪寒にも似た快感にただ、揺さぶられていた。


「…の…ものだ」

「え?」


 やっと解放され、戻ってきた呼吸を噛みしめる頭上に、唐突に思いが降ってくる。


「リオン?」

「ダメだ、誰にも渡さない。

 マリカは、その唇は、俺のものだ!」

「…リオン」


 ぎゅっと、リオンの私をかき抱く。

 身じろぎしても動けない位の強い、強い力だ。

 そのままもう一度唇を貪ってくる。

 なんだろう。いつものリオンと違う気がする。

 不思議な、靄の様な…不思議な気配がリオンを覆っているような…?。


「グランダルフィの時も、思った。

 先生が、マリカに触れた時も、心がヒリヒリした。

 俺は、マリカの幸せを守れればいいと思ってた。…でも、やっぱり駄目だ」


 震える声は不安げに揺れている。

 黒い、露のような瞳には雫さえ浮かんでいて…


「頼む。マリカ!

 他の誰も見ないで、俺だけを、見ていてくれ。

 他の誰にも唇を許さないでくれ。

 でないと、俺は…」



 叩きつけられた思いと声は激しくて、狂おしい程に熱くて、外に聞こえないか心配になるけれど。

 でも、今のリオンには多分そんな事も考えられないのだ。

 何がいつも、冷静でありえないくらい、固い鋼の精神で自分を律するリオンの軛を壊したのだろう。

 と、考えて、気が付いた。


 私だ。


 私が『自分の意志』でスーダイ王子の目の前で目を閉じた事。

 それが、リオンの内側の、何かを切ったのかもしれない。


 私は、私の中の私が微笑むのを感じた。

 そうだね。ちょっと嬉しい。

 だってリオンが、他の人に私がプロポーズされるのを見て、平気な顔をずっとしてたとしたら嫌だもの。

 寂しいもの。


「リオン」

「!」


 もう一度、今度は私から、リオンの唇に吸い付いた。

 やられてばっかりなんて不公平。

 私だってリオンの唇を味わいたい。

 唇に味なんか無いのに、甘く瑞々しく幸せな気分になれる

 私は、恋愛結婚願望強めの、元二十五歳。

 こういうのは大好物なんだもん。


「私がリオンを見捨てるわけないでしょ?

 一体何が不安なの? なんでそんな事思うの?」


 柔らかい唇の味を思うさま堪能した後、おバカリオンに私は言ってやった。

 

「だって…あいつは、大王で…精霊に祝福された者で…。

 俺は…」

「精霊に愛されてる、だったらリオンの方がぶっちぎりでしょ。しっかりして『精霊の獣アルフィリーガ』!」


 思いっきり、背中を叩たら、リオンはけほこほとむせるように息を吐き出した。



「ちゃんと聞いてた?

 私は、断ったんだから。頼りになる婚約者と祖国が一番大事。

 大王妃にはなれませんって」

「あ、…ああ、勿論、聞いてた…」


 大きく深呼吸。

 吐き出された息をもう一度、吐き出し、左右に振られる頭。

 靄のように漂っていたリオンの周囲の何かは消え失せた、

 そして上げられた顔は、我に返ったように優しくて、いつものリオンの表情を取り戻しつつある。


「すまない。俺が…どうかしてた。お前を、信じられないなんて。

 あんなことを…口走るなんて…」


 うん、実際どうかしてたんじゃないかと思う。

 普通じゃなかったもん、リオンの目。

 顔つきも、なんだか怖かったし…。


「俺は…多分、マリカがいないと、ダメなんだ」


 ため息のようにリオンが呟く。

 

「マリカがいなくなるかも、誰かのものになってしまうかも、と思った瞬間、頭が真っ白になった。

 我慢が、効かなくなった。

 前は我慢できていたけれど、今はもうダメなんだ。

 多分、マリカが誰かに奪われてしまったら、俺は俺でなくなってしまう…」

「大丈夫だよ。

 私はどこにもいかない。リオンの側に居るから」


 ぽんぽんと、私はリオンの背中を叩いた。


「お母さん、いかないで」と泣く子どもを慰めるような気分で。



「約束したでしょ。ずっと一緒にいるって。

 だから、変な事考えて、心を揺らさないで。

 私を信じて…」


 ひらりと、リオンの前で返して見せた手の甲で蒼い光が煌めく。

 リオンの守り刀。

 エルーシュウィンがくれた約束の指輪が私の指には填まってる。

 プラーミァでもエルディランドでもずっと肌身離さず付けていた。

 この世界には婚約指輪とか結婚指輪の概念がないのか、あんまり虫よけにはならなかったけど。


「ああ、そうだな…。

 本当に、どうかしてた」

「後は、もうアルケディウスに帰るだけ。

 でも、家に帰りつくまでが遠足。

 しっかり護衛してね。私の護衛騎士」

「ああ、任せておけ」


 よかった。

 もうリオンに変なものは見えない。

 なんだったのかな? さっきの?

  

「落ちついたのなら、早く戻って。

 見つかると大変だよ」

「うん、お休み。マリカ」

「!」


 風切音と共にリオンは消える。

 最後にチュッと、私のおでこにキスを残して。

 

 …リオン、やっぱり負けず嫌いで独占欲強いのかも。

 ご丁寧にスーダイ王子がキスした上にしてった。

 おかげで、おでこに触れたら思い出すのはスーダイ様じゃなくってリオンの顔になる。


 うわー。

 顔が熱い、頭が熱い。

 さっきまでもっと凄いことしてたのになんでいつもこうなるの?


 身体全体がお風呂に入ったよりも熱くなって、私はその後、あっという間に寝付いてしまったのだった。


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