一週間の休暇を終えて、私達はアルケディウスに戻ってきた。
「お帰りなさい。マリカ」
「ただ今戻りました。お母様」
戻ってきた私をお母様はわざわざ玄関まで出てきて、暖かい笑顔で出迎えてくれる。
お父様は皇王陛下と一緒に魔王城の島に来てくださったから顔を合わせたけれど、お母様とは本当に一週間ぶりだ。
リオンに馬車からエスコートされて降りた私は丁寧にお辞儀をする。
「良かった。随分と顔色が良くなったわね。
別れた時は本当に青ざめた様子だったから心配していたのよ」
「ご心配をおかけしました。しっかり休んで、すっかり元気です」
ガッツポーズ、がこの世界で通じるかどうかは解らないけれど、
「それは良かった」
気合は伝わったみたいでニッコリ笑ってお母様は私を館へと促す。
歩きながらお母様は私の様子を伺う様に見つめている。
「病み上がりで悪いのですけれど、知っていますか?
もう夏の戦の出発まであと四日です」
「あ、はい。聞いています」
安息日を挟んであともう数日だと、リオンは言っていた。
確か、安息日明けの木の日が出発だった筈。
「空の日に戦勝を願う皇家の宴。
その前日に、社交シーズンの幕開けとなる大貴族達を招いての舞踏会があります。
戦勝を願う宴ではこの間、半端になった旅の報告をして欲しいの。
アドラクィーレ様が貴女に謝りたいと待っていますし、皇王妃様も気にしておられたわ。
勿論、舞の予行練習もあります。
戻ってきたばかりで大変だけれど、行けますか?」
「大丈夫です」
内々にだけれど話は通っている。
皇家の宴も舞踏会も、食事会も頼まれてメニューはもう作って渡してあるし、ザーフトラク様や皇家の料理人さん達なら安心して任せられるしね。
「料理の差配はザーフトラク達に任せておければ大丈夫でしょう。
貴女はとにかく、二つの宴をまずは無事終える事を考えなさい。
大貴族達の宴は特に、貴女が本格的に皇女に迎えられて最初の宴です。
『新しい味』や化粧品などに興味津々の大貴族達が男も女も貴女にすり寄って来る事でしょう」
「うわっ、やっぱりそうなりますね」
「ええ、なるべく助けますが、上手くあしらって自分の身は自分で守るのですよ」
「はい。頑張ります」
一年前、給仕の娘だった私が今度は立場逆転、上位者になるのだ。
風当りとか色々ありそうで心配。
「それから、シュライフェ商会のプリーツェが来ているわ。
舞の衣装が仕上がっているので合わせて頂戴」
「舞の衣装!?」
「ええ。今日合わせて、もしサイズのずれなどがあったら直して貰わないといけないでしょう?」
「はい。あ、それなら、アレクをこの館に呼んで泊めて貰うことはでますか?
「許可します。舞踏会でもリュートを弾かせるといいわ」
「じゃあ、明日がアレクの正式デビューになりますね。
…馬車をお借りしてアレクをこれから連れて来ても?」
「構いません」
「ありがとうございます。セリーナ。
ゲシュマック商会に行って、事情を説明してアレクを呼んできて貰える?」
「承知しました」
セリーナにアレクを連れに行って貰ったので、ノアールとカマラと共に私は一度自室に戻った。
軽く身支度を整えて、今度は応接室へ。
お母様が言った通り、シュライフェ商会のお針子さん達が用意をして待っていた。
「…プリーツィエ。そしてシュライフェ商会の皆さん。
ステキな衣装をありがとうございました。旅先でも良いドレスだと褒められました」
私から声をかけないと、彼女達は話が出来ない。
まだ慣れない呼び捨てに、呼吸を整えて呼びかけると、代表であるプリーツィエさんが幸せそうに微笑んでくれた。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。
私共こそ、姫君の衣装を誂えるという素晴らしい機会を頂きました事に感謝申し上げます」
「旅の前に採寸を頼んだ楽師の子どもの衣装はできていますか?」
「勿論でございます。姫君の儀式の衣装もシュライフェ商会が全力をもって取り組ませて頂きました。
どうか、ご確認下さいませ」
大事そうに運ばれた包みを開かれると
「うわあ~。キレイ…」
思わずそんな吐息が零れた。
一筋の穢れも無い純白。
降りたての雪の様な真っ白なドレスに小さなガラスビーズが無数に縫い付けられてキラキラとした輝きを放っている。
ヴェールは透き通るように細い糸で編まれたシースルーレース。
アドラクィーレ様に頂いた煌びやかなサークレットととても良く合っている。
女の子なら一度は憧れる花嫁衣裳そのものだ。
…ちょっぴり、あの件以来サークレット恐怖症ではあるのだけれど、流石にこれは大丈夫だよね。
「どうか身に付けてみて下さいませ」
「お願いします」
シュライフェ商会の人達とノアールに着付けを手伝って貰って衣装を身に付ける。
手の込んだ刺繍や装飾が施されている割に、重さは感じない。
軽くて気持ちいい。
舞を妨げない工夫が随所にされているのだと解る。
プラーミァでもエルディランドでも、借り物の衣装だったから、自分の身体に合わせて作って貰ったドレスがこんなに動きやすいとは思わなかった。
「いかがでございますか?」
「凄く動きやすいです。着心地も柔らかくて…」
「もし、宜しければ軽く身体を動かしてみて頂けませんか?
引きつりなどないかどうか確かめたいのです」
「解りました」
私は踊りのスタート、膝を付くところから動きをおさらいしてみた。
うん、どこも動きの邪魔をするところは無い。
踊るのが気持ちいいくらいだ。
夢中になって踊っていると
「マリカ!」
お母様が肩を掴む。
しまった、という表情で私を見るお母様に私は我に帰った。
「あわわっ!」
周囲にキラキラ、小さな光が踊っている。
見覚えある。これは光の精霊…。
ヤバイ。またやっちゃった。
っていうか、なんで来ちゃったの?
私の焦りを他所に
「素晴らしいですわ! 聖なる乙女の舞。
その奇跡の一端をこの目て見る事ができるなんて」
「真実の聖なる乙女がいるんですもの。
今年の夏の戦もアルケディウスの勝利は間違いありませんね!」
妙に熱の籠った目で盛り上がるお針子さん達とプリーツィエさんを見て、私は本気で不安になった。
音楽も無い、ただの振り合わせでこれじゃあ、本番は一体、どうなるんだろうか?
と。
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