【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 それぞれの生きる道

公開日時: 2022年7月23日(土) 06:44
文字数:4,179

 二の夜の刻は、体感で言うのなら夜の十時くらいだろうか?

 十分に遅い。

 いつもだったら、私は寝所にいる時間だ。


 でも、今日は自室に戻らず、応接の間で来客を待っていた。


 やがて人の気配を感じたのだろうか?

 リオンが顔を上げたとほぼ同時、外門番を頼んでいたヴァルさんが玄関の扉を開いた。


「お見えでございます」

「解りました。今、参ります。

 リオン、カマラ、フェイ。お願いします」


 護衛の皆に声をかけて、ゆっくりと外に出ると不思議に薄明るい。

 見れば、小さな光の精霊達が、踊るように周囲を舞っていた。




「こんな深夜に、すまない」


 宮の外に立っていたのは勿論、スーダイ王子だ。

 さっきまでの宴会で着ていた公式正装では無い、エルディランドの民族衣装を身に纏っている。

 随員は護衛のウーシンさんと、灯りを担当しているであろうシュンシ―さんの二人だけ。


「いいえ。

 私も、最後にちゃんとお礼を申し上げたいと思っておりましたので…」


 私の答えに苦さの交じった笑みを浮かべた王子は、私に向けてエスコートするように手を差し伸べて下さった。

 流れるように美しい仕草はやはり王子様だなって思う。


「麗水宮はその名の通り、庭園と流れる水が美しい宮だ。

 一緒に、少し歩かないか?」

「…はい。喜んで」


 私はその手を握り、王子と肩を並べてそっと歩き出した。



 薄明りの庭園を二人で歩く。

 月は十六夜で明るいと言えないけれど、光の精霊達が蛍の様に踊っているので、昏さは感じなかった。

 向こうの世界でも見たことも無い、豪奢な中国庭園を歩くと、やがて紅い屋根の東屋が見えた。

 

「こんなところに、東屋があったんですね?」

「なんだ? 二週間も過ごしていたのに気付かなかったのか?

 散歩くらいすればよかったのに」

「そうですね。でも、そんな余裕も無くて…。

 遊びに来たわけではありませんでしたし、予想外の事も色々ありましたから…」

「まあ、そうだな」


 王子は小さく肩を竦めると、私をその東屋のベンチへと促してくれた。

 お茶の用意や、肩掛け、座布団のようなものまで置いてあるところ見るに、ここに私を連れて来たかったのだろう。

 スーダイ王子は、私を柔らかい座布団の上に座らせると、美しい肩掛けをかけ、優美な仕草でお茶を入れてくれた。

 そういえば、お茶、テアはエルディランドで良く作られていると言っていたっけ。

 調べようと思っていたのに忘れた。


 紅茶や緑茶とは違う、香り高いお茶が小さなカップに注がれる。

 無言で差し出されたそれを受け取ると、鼻孔を甘い、花の香りが擽った。


「花を乾燥させて作ったお茶だ。

 身体と心を安らがせると言われている」

「頂きます」


 深い花の香りは向こうの世界のジャスミンティーによく似ている。

 確かに、身体と心が内側から温まるようだ。


「美味しいです。それにとても良い香りで心が休まります」

「それは良かった…宴でも出してやれば良かったな」

「そうですね。私はお酒が飲めないのでお茶があると確かに嬉しかったかも」

「…まだまだだな、私は」

「でも、宴は大盛況だったじゃないですか? 王子方々も御婦人も、皆大喜びで料理を召し上がっていらっしゃいましたよ」



 ほんのさっきまでの華やかな宴を思い出す。

 私の送別の宴。

 その晩餐の料理は、エルディランドの『新しい味』の集大成として、参加し、食した者達全員から大喝采を受けた。

 みんな目を輝かせて料理に舌鼓をうち、自分達にもレシピを教えて欲しい、と詰め寄って来るくらいに。



 さらに既に告知はされていたけれど、その場で改めて大王陛下が退位と、次期大王をスーダイ王子に譲ることを告げられた。

 新しい大王が主体となって、アルケディウスと技術提携を行い、新時代に導く、と。

 次代の大王である王子は、彼が差配した料理と共に、宴の主役となったのだ。



「あの宴は其方の送別の宴。

 本来なら主役は其方であるべきだったのだ。

 食の発見者。料理の指導者として喝采を浴び、労を労われるべきだったのに…。

 そんな事も気付けないとは私はまだまだ未熟者だ」

「いいえ。十分に労って頂きました」


 申し訳なさそうに唇を噛む王子だけれど、私的には全然問題ない。

 殆ど知らない大貴族…王子達に挨拶を貰っても疲れるだけだし、めんどくさい。


 王子が何かと気にかけてくれて、大王様や大王妃様、グアン様も気遣って、煩い貴族からの防波堤になって下さったのはむしろ助かったし。


「お料理もとっても美味しかったです。

 スーダイ様とグアン王子の力が合わさった、エルディランドの未来そのものの味って感じでした」


 王家の料理人さん達の手で丁寧に作られた料理はお世辞抜きに上手で、美味しかった。

 素材の味を生かす『人が作ってくれた』和食を堪能できたのだ。文句などあろうはずもない。


「それに私も嬉しかったです。王子が皆に認められて輝く姿を見られたのは」

「其方は…優しいな」


 スーダイ様は、そのふくよかで柔らかな手で私の髪にそっと触れると膝をつけて、椅子に座る私と視線を合わせた。

 私の手を騎士の様に恭しく取る。


「…ああ、このぬくもりだ。

 一条の光さえ刺さぬ漆黒の闇中、私を温めてくれたぬくもりは、やはり其方だったのだ」

「私は、何もできませんでした。

 スーダイ様の魔性を追い出したのも倒したのも、私の魔術師や騎士達です」

「それでも、私にとってはこのぬくもりこそが、たった一つの縁であった。

 私と現世を繋ぐぬくもりがあったからこそ、私は戻って来る事ができたのだ」


 微かに手に感じる込められた力。

 縋るようなスーダイ王子の思いが伝わってくるようだ。


「マリカ。

 いや、マリカ姫。これが最後の問いだ」


 彼は顔を上げて私を見据える。

 だから、私も真っ直ぐに視線を合わせた。

「はい」


「実年齢で言えば五百年以上、本当の年齢でさえ親子ほど歳が離れていて、其方には不釣り合いだという事は承知している。

 だが、それでも願いたい。

 どうか、私の妻に、大王妃になって共にエルディランドを支えてはくれないか?」

「申しわけありません。私にはできません」

「………そうか」


 間の開かぬ即答に、スーダイ王子は寂しげに手を離した。


「仕方ないな。私の様な侮男に其方の様な若く、美しく聡明な娘が寄り添ってくれる筈も無い」

「それは、違いますよ」


 私は立ち上がり、寂しげに顔を逸らすスーダイ王子の頭を抱きしめた。


「勘違いしないでください。王子は侮男なんかじゃないです。とっても魅力的で素敵な方ですから」

「…そんなことを言ってくれるのは、言ってくれたのは…其方だけだ」

「皆が知らなかった、気付かなかっただけです。

 王子が見つけ出した野菜たちと同じ。

 これから、きっと王子はエルディランドの人達、皆に好かれて、皆を幸せにするんです。

 私には、解りますから」


 うん、例えは悪いかもしれないけれど、サツマイモのような感じだ。

 土の中で埋もれていて、今まで価値が知られていなかったけれど、一度掘り出され、味が知られれれば、きっと皆が魅了される。

 元々、王子は皆に愛されていたのだし。


「…大王になるから、と言ってすり寄ってくる女など好かん」


 拗ねたように顔を背ける王子。

 そういえば、さっきの宴会でも王子の何人かは自分の娘をどうか、なんて話をしていた。

 今のご時世、独身の女性は殆どいないだろうから養女を取るのか、もう結婚している人を引き裂くつもりなのか。

 どっちにしてもあんまりよくないな、とは思う。

 でも


「きっかけはそれでもいいじゃないですか。段々に王子の魅力が解ってメロメロになりますよ」

「…仮に、私にそんな魅力があったとしても、其方に伝わらなくては意味がない。

 私が妻に欲しいと思ったのは其方なのだから」

 

 王子は強く首をふる。


「私と対等に話、同じものを見て会話できる娘。

 私の孤独を理解し、寄り添ってくれた皇女。

 …其方の料理の知識や、腕が欲しいわけではない、とは言い切らないが、そんなものではない其方自身に私は側に居て欲しかったのだ」

「伝わってない、訳じゃないんです」


 そう、王子の魅力は十分に解ってるし、伝わってる。

 人間としての王子のことが私は大好きだ。

 でも…。


「ただ、私にはずっと支えてくれた大切な婚約者がいて、大切な故郷がある。

 それを捨てて、エルディランドに嫁ぐことはできないんです」


 そこは伝わって欲しい。

 王子が嫌いな訳じゃない。誰が悪いわけでもない。

 ただ、それよりも大事なものの全てがアルケディウスと魔王城にあるだけだ。


「王子だって、全てを捨ててアルケディウスに婿には来れないでしょう?」

「…其方と出会ったばかりであったなら考えられたが、もう、無理だな。

 今の私には王として、精霊神にこの国を託された『七精霊の子』としてこの国に対する責任がある」

「はい」




 微かに身じろぎした王子から手を離し、私は元の場所に戻る。

 王子は小さく息を吐き出すと、真っ直ぐに立った。


「マリカ。最後に一つだけ、思い出をくれないか?」

「なんでしょう?」

「私は、今まで女性と愛欲をもって触れ合った事は無いし、騎士連中の様に唇を捧げたこともない。

 一度でいい。

 その花の顔に唇を寄せる事を、許して欲しい」

「………どうぞ」


 真摯な思いと眼差しを前に、私は目を閉じ、顔を上げる。

 私のファーストキスは、最低最悪のナメクジに奪われた。

 心のファーストキスはリオンのものだから、例え唇に触れられても、それで王子の気持ちにけじめがつけられるなら、いいかな、と思ったのだ。



 でも。


「ありがとう」


 少し逡巡したよう動いた王子の顔と、吐息が寄せられたのは私の額。

 チュッ、と。

 小さな音と共に優しい口づけが落とされ、そして消えた。


「王子…」


 間近に見える王子の瞳に、もう表向き迷いは見えなかった。

 凛々しい王族の目をしている。


「失礼をした。マリカ皇女。

 これからもどうか、エルディランドとアルケディウスの末永い友好を賜らんことを」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。

 スーダイ王子、いいえ。

 大王陛下のご活躍をアルケディウスより心からお祈りしております」


 王子は私の手を取り丁寧にエスコートすると、側で待機していた私の随員達、リオンに視線を向けた。

 駆け寄り、跪いたリオンに私の手を渡す王子は、やはり寂しげで、ちょっと悔し気ではあったけれど。




 リオンの手を取り、私は最後に一礼。

 くるりと王子に背を向け、静かに東屋を後にした。


 後はもう振り返らない。

 真っ直ぐに帰る。

 


 私の生きる場所は、エルディランドでは無いのだから。

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