歓迎の舞踏会終了直前の大騒ぎ。
私とダンスを踊っていた『聖なる乙女』アンヌティーレ様が急に倒れた後始末を、私は投げ出してしまった。
「気を失ったフリをしろ」
と皇子様に言われたからなんだけれども、その後、どうやら目を閉じているうちに寝ちゃったらしい。
気付いた時、というか起きた時はもう翌日の朝だった。
「姫様、お目覚めになりましたか!」
目を開いた時に私が最初に目に映したのは心配そうなミュールズさんの顔。
側にはカマラにミーティラ様。
どうやら、みんなに徹夜させてしまったっぽい。
「あれ? 舞踏会終わりました?」
「はい…いえ、舞踏会の終わりに、アンヌティーレ様と姫様が踊られた後、お二人とも意識を失われたのです。
その後、姫様はこちらに戻されアンヌティーレ様も、館に運ばれたのですわ」
言われて、思い出す。
アンヌティーレ様とのダンスの最中、感じた力を吸い取られるような感覚。
怪しい眼差し。
その後、奇声を上げて倒れたアンヌティーレ様。
一体、何があったというのだろう?
「実は私は、別にあの時身体に支障をきたした訳ではないのです。
ただ、皇子に気を失ったフリをしておくように、と言われたのでその通りにしていたら、眠ってしまったようですね。
ごめんなさい。心配をかけて」
「姫様のお身体に支障がないのであれば、それで良いのです。
ただ、姫君が目覚められたのならすぐに知らせるように、とヴェートリッヒ皇子と皇帝陛下から仰せつかっております。
お知らせしてもよろしいですか?」
「ええ、お願いします。
体調はまったく問題ないので、身支度をお願いできますか?」
私は仕事でアーヴェントルクに来ているのだ。
無駄な一日を過ごすわけにはいかない。
特に皇帝陛下には、今後の予定を聞かないと。
「解りました」
身支度を整えて一階の共有スペースに出ると、みんな心配してくれていたのだろう。
「マリカ様!」「姫様!」「良かった。意識を取り戻されたのですね」
皆、仕事などの手を止めて集まってくれる。
「心配かけてごめんなさい。私はもう平気です。
皆は、それぞれの仕事を進めて下さい。あとリオン…」
「はい」
一番間近にいて、ヴェートリッヒ皇子の声も聴いていたリオンは、多分、あの場の取りまとめをしてくれたのだと思う。
「ヴェートリッヒ皇子と、皇帝陛下に遣いを。
私が意識を取り戻した事をお伝えして、指示を仰いで下さい」
「ヴェートリッヒ皇子からは、マリカ様が意識を取り戻したら、話がしたい。
面会を許してくれるよう伝えてくれ、と伝言されていますが」
説明は後で、と言っていた。
それはつまり説明をして下さる意思がある。という意味で…。
「なら、面会を受け入れるので、良い時間をお知らせ下さいと伝えて貰えますか?」
「かしこまりました」
ヴェートリッヒ皇子の館は、この来訪者の館のすぐ隣でもやっぱり皇子だし。
皇帝陛下は本館の奥だから、面会の手続きをするのにも時間がかかるだろう。
と思っていた。
でも、どうやらどっちもこの騒動を気にかけていたらしい。
皇帝陛下の元に行ったヴァルさんは、二の刻になって直ぐの面会予約を預かって来て、ヴェートリッヒ皇子に至っては
「無礼は承知だが、大丈夫なら直ぐにでも行く。
君達にも情報が必要だろう?
とのことです」
「相変わらず、鋭いんだかそうでないんだか…。
ウルクス。ご案内をお願いします。皆、面会の準備を」
と私が目覚めて一刻も立たないうちの会見と相成った。
そして定型の挨拶を終えたヴェートリッヒ皇子が開口一番告げたのは
「ここだけの話だけどね。アンヌティーレはね、ヴァン・ヴィレーナなのさ」
「へ?」
聞いたことのない言葉だった。
「ヴァン・ヴィレーナ?」
「ヴァンというのは精霊術の呪文にも使われる言葉で、吸い取る、引き寄せると言う意味を持ちます。
古語で言うなら、吸血の女。吸引の姫、そんな感じの意味がある言葉です」
「魔王の事を、ヴァン・レ・ドゥールフと呼んだりする。精霊の力を喰らう者という意味でその名の通りの力を持っていたと言われている。
でも、まさかあの女が?」
「魔王と同じ力って訳ではないと思う。
『神』に仕える巫女が魔王と似てるなんて笑えないよね」
胡乱な目で皇子を見るフェイとリオンにあはは、と笑いながら皇子は手を振るけれど、目は笑ってない。
これはマジな話だ。
「ただ、あの子の趣味で美女や美男子。買い取った美少女や美少年など子どもからも。
割と手あたり次第。見境なく、気に入った人間の気力を吸い取ることがある。
不老不死だし、命を失う事は無いけれど、力を吸い取られると、アンヌティーレは元気になるし、吸い取られた人間は心が弱ってアンヌティーレに心酔しやすくなる」
「え? それって本当に吸血鬼みたいじゃないですか?」
「『神』に授けられた力、というか術らしいよ。
神殿での礼大祭の時は、集まった人間全てが『神』に力と感謝を捧げる儀式がある。『聖なる乙女』は術で人々の力を集め、舞でその力を神に送る。
『聖なる乙女』のみに許された特別ものだって言ってたかな?
で、はた迷惑なことにそれを時々人、国の人間にかけるんだよ。自らの力を高める為にって。
本人曰く凄く気持ちがいいんだってさ。
まったくどこが『聖なる乙女』なんだか…」
性行為が禁止されてるから、欲求不満がたまってるのかもしれないねえ。
とあっさり、とんでもないことを皇子は言ってくれるけれど。
うっわ。
私は顔が引きつるのを隠せない。
いや『神』や『精霊神』が人の力を吸い取る能力があるのは知っているけれど、魔性も人間や精霊から力などを喰らったりするらしいけれど。
人間がそんな『力』をもっていて、自分の趣味と力の保持の為に他人にかけたりするのなら、それはもう完璧な吸血鬼だ。
「あ、でも。それって国の秘密なのでは?
私に言っちゃっていいんですか?」
「うん、父上に知られれば怒られるだろうね。
でも、国の上層部はみんな、知っている事だから。
国の上位で整った容姿の男女は皆、一度はやられているし。側近とかは定期的にやられて心酔させられているっぽいよ。
今のアーヴェントルクの神殿長は父上の愛妾の子で、僕とアンヌティーレの弟だけれど、アンヌティーレに首ったけだ」
ああ、だからか。
私をアンヌティーレ様が舞踏会に連れ出した時、二人の皇子妃様が苦い顔をしていたのも、周囲が止めなかったのも。
「『聖なる乙女』は世界に一人しかいない。だから、ありとあらゆることが許されている。
困ったものだよね」
肩を竦めて見せるヴェートリッヒ皇子の顔には、満足そうな。というかしてやったり感が見える。
この方は…もしかして。
「…ヴェートリッヒ皇子様」
「何かな?」
「ここは、私の宮です。他に聞く者はいません。だから応えて頂けませんか?」
大きく深呼吸。
私はヴェートリッヒ様を真っ直ぐに見据え、ずっと思っていたことを聞いてみた。
「何を?」
「皇子は本当に、私との結婚をお望みで求婚なさったんですか?
私が皇子の事が好きで結婚したいと思っていると、本気でお思いですか?」
「どういう意味かな?」
「もしかしたら、別の願いや思いがあって、それをカモフラージュしようとしているとかではないのですかと思いました」
「別の目的?」
「例えば、アンヌティーレ様の引き落としとか…」
「ふーん。君は面白い事を考え付くんだね」
腕組みしながらニヤリと笑う皇子はけれど
「残念だけど、そうだとしても、あっさりとここでは言ってあげられないなあ」
するりと、私の視線から逃げ出してしまった。
皇子の目は優しく微笑んでいる。
否定しない時点で肯定とほぼ同じだとは思うけれど、
「何せ僕と君は、まだ出会ったばかりだ。信用なんてお互いにできっこないだろう?」
その言葉は正論だ。
まだ出会って一週間も経たない敵国の皇女に、皇帝陛下やアンヌティーレ様に知れたら命取りになることを口にできる訳はない。
「それに君、僕の事嫌いだろ?」
「え?」
「解るさ。こう見えても人の感情や思いには敏感な方なんだ。何せ人の顔をずっと伺いながら生きて来たからね」
「皇子…」
誰もが僕の事を好きになる。
そう言い切った、精霊の祝福を受けたアーヴェントルクの第一皇子から零れたとは思えない程の、それは哀しい吐露だった。
「僕の気持ちは前に言った通りだ。
父皇帝の命令だし、そこに僕の意思や願いが介入する余地はないけれど、君となら結婚してもいいと思っている」
「私、皇子の事、結婚はできませんけど嫌いって訳じゃないですよ」
「…そういう策略家のように見えて情に絆されやすいところはお父上の皇子に似たのかな?」
「お父様?」
微かに目を細めて私を見る皇子は、私ではない何かを見ているように思えた。
「まあ、君は僕の事は良いように利用できる、利用すべき駒だと思うといい。
同様に、僕も君を利用する。昨日のようにね」
「昨日?」
「僕はアンヌティーレが君に吸引の術をかけるだろうという事が解っていた。
明らかに格上の『聖なる乙女』本当の意味で神殿を預けられる『神殿長』の力を吸えば、良くて容が限界を超えて失神。悪くすれば大暴走をひきおこすだろうってね」
「あ…」
皇子の意味深な笑みはそういう意味が…。
空気を読まないウマしか皇子のフリをして国の最重要機密をペラペラ話してくれたのは、彼なりのお詫びなのかもしれない。
「だから、アンヌティーレには今後も気を付けるといい。
多分、これから今までとは違う意味で君を狙ってくる。
皇帝陛下や皇妃様にも、気を許しちゃいけない。勿論、僕にもだ」
「解りました。ご忠告ありがとうございます」
これ以上は聞き出せないと確信して私は頭を下げた。
一つ、手に入れたものがある。
それはヴェートリッヒ皇子がただのウマしか皇子ではないということ。
何か、強い信念をもって動いている、あるいは動こうとしているということ。
皇子からこれ以上を求めるなら、私達もそれに相応しい何かを渡さなければならない。
信頼できる仲間だと思って貰えるように。
因みに、皇帝陛下からの会見ではまったく、本当に、一言たりともアンヌティーレ様の能力についてや性癖についての話はされなかった。
教えて貰えなかった。
ただ
「アンヌティーレの『聖なる乙女』の力が同じ『聖なる乙女』である其方と共鳴し、暴走したのだろう。
暫くアンヌティーレは休息させるので此度の事は秘されよ。
体調が戻られたのなら予定通りの調理指導を願いたい」
とお詫びの言葉も無い日程に関する指示説明があっただけ。
前途多難である。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!