タシュケント伯爵家の奴隷少女達との会見の後、私はお母様の部屋に呼び出された。
即。
もう殆どどこにも寄り道なしで、だ。
「良いですか? マリカ。
其方が治癒の能力を得たことを誰にも口にしてはいけません。
側近達にも口外禁止を命じました。主の私事を簡単に吹聴する時点でそのような者は側近失格ではありますが」
側近も全部追い出され、カマラとミーティラ様を見張りの護衛に置き。
厳重に人払いされた上でのお母様の厳しい言葉に私は少し首を捻る。
「そこまで血眼になる話ですか?
殆どの大人は不老不死ですし、あんまり意味はないのでは?」
私の能力は不老不死を持っていない子どもの治療にしか使えない。故にそんなに大したことではない、と思っていたのだけれど。
「とんでもない!
思い出しなさい。貴女の。皇女マリカの『能力』は『精霊の書物』です。『物の形を変える』ではありませんよ」
「あ、そうでした」
お母様に言われて思い出す。そういう事になってたんだ。
魔王城の秘密を知る者達は本当の『能力』を知っているけれど、ミュールズさんやミリアソリスにはまだ伝えていない。皇王陛下達にもだ。
「貴女の治療の能力から派生して『物の形を変える』が知られるのも良くありませんが、治療の能力そのものも問題です。下手な使い方、知らせ方をすれば子ども達がより不幸になりますし、変な警戒心を持たれますよ」
「不幸? 警戒心?」
「子ども達を死なない程度まで弄び、貴女に治癒させる事で幾度も繰り返して酷い目に遭わせるとか。不老不死やその一部を解除するのではないか、とか」
「私、そんなことしませんけど!」
「する、しないではなく、そういう事ができる、ということが周囲の警戒や恐怖に繋がると言っているのです。
特に貴女は『精霊神』の依り代として二度『神』が与えた不老不死に介入しています。『神』『神殿』の領域であった不老不死を貴女が扱えるとなれば、貴女への見方、関りが麗かなものだけにはならないことが解るでしょう?」
「は、はい」
お母様の危惧は理解できる。不老不死者にとって一番怖いのは不老不死を解除されること。タシュケント伯爵夫人のように不老不変だけ解除されて、不死のままっていうのも恐怖だろう。
「私自身は不老不死に介入できませんよ」
「できないとは限らないでしょう? 子ども達の身体を治したように不老不死も解除できる可能性があるのではありませんか?」
「!」
「それに、もっと危険と感じていることもあります。「治す」ことができるのなら「壊す」こともできるのでは?」
「え? 壊す?」
思いもよらない提案に頭が真っ白になった。
「貴女が普段、包丁、と言って動物の肉を捌いているように。
不老不死者の手足を一時的にでも折ったり、形を変えたり。できないと言い切れますか?」
「嫌ですよ。そんなことやりたくもありません!!!
あれは料理の為に仕方なく!」
「私だってやらせるつもりはありません。でも、そういう可能性があり、そう見る人間がいないとも限らないという事です」
お母様はそう言うと真剣な目で私を見た。
「マリカ。
もし皇王陛下の御命令で、もしくは子どもや大事な存在を人質に取られて『やれ』と命じられた時、貴女はそれを拒否し続けることができますか?」
「あうっ……」
お母様の厳しい指摘に反論できない。
私自身を傷つけるから、という脅しなら引かないつもりではあるけれど、子ども達や大切な人。魔王城の皆やガルフ達、側近達やお父様、お母様を人質にされたら、私は彼らを見捨てて『能力』を使わない。でいられる自信は……ない。
「おそらく『精霊神様』にとっても不老不死の解除や人間の肉体への介入は簡単な事では無いのでしょう。措置を施された時『精霊神』様を依りつかせた貴女の外見が変わっていました」
「外見が、変わっていた?」
「ええ、瞳の色が紫から碧に。髪の毛も金髪に変わっていました。『神』がサークレットによって降臨していた時と同じですね」
「あ、あれはそういう……」
アーレリオス様が、伯爵夫人の措置をしていた時、お母様が驚きの声を上げていた。あれは私の外見が『変わっていた』からなのか。自分の目の色や髪の色なんて鏡でも見ないと解らないもんね。
直前のラス様の証言からして『精霊神』様、もしかしたら『神』も本気を出すと金髪碧眼になる。リオンも、片目だけ碧になることがあって、それは転生前に持っていた予知眼。少し先の未来が解ったり、物の構造を理解したりすることができると言っていた。
「あれ? 夏の大祭の時に神殿長に罰を与えた時には外見変わってました?」
「変わっていなかったように思うけれど、あの時は二柱の『精霊神』が直接貴女の中にいたのです。今回の時よりも力の必要量は少なかったのかもしれませんよ」
「そういう解釈もアリですね」
「ええ、あくまで解釈。実際のところは『精霊神』様にしか解りません」
「教えて下さる気も無いようですし」
『精霊神』様達はとっても優しいけれど、情報に関してはもうきっぱりと、融通が利かない。腹立たしく思うくらいには厳しい制限をかけている。
ご本人達の意思なのか、それ以上の上位存在によって縛られているのかは分からないけれど。
「ですから、当面は皇王陛下達にも『治癒能力』が使えることを口にしてはなりませんよ。
無論、『物の形を変える』貴女の本当の『能力』についてもです」
「はい」
「皇王陛下は紛れもない名君であらせられますが、国の為には冷徹な判断を下すことも平気でできる方です。貴女を魔術の動力炉として使うことと合わせて、真実の『能力』を知った場合、国の道具にすることが必要という場面に出くわしたら躊躇うことはないと思います。さらに広く国外に知られた場合、大聖都を始めとする諸国による貴女の取り合いも必至ですから」
「解りました。注意いたします」
お母様の言葉は一つ一つ、もっともで、私を心配して下さる優しさに満ちている。
反論などできる筈もない。
「マリカ」
「はい」
話の終わり間際、お母様が私を呼んだ。
本当に心配そうな表情で。
「一つ、考えておきなさい」
「なんでしょうか?」
「貴女達は『星』の意思で不老不死世を解除することを目的としていることは知っています」
「はい」
「それが正しき世の理だということも理解していますが、その上で。
貴女は不老不死世が消え失せた時、目の前でガルフや、子ども達、大切な者達が傷つき、死を迎えることを許容できますか?」
「!」
「目の前で死に瀕している十人がいた時、それを大勢の幸せと未来と自分の為に見捨てることができますか?」
心臓が止まるかと思った。
それは、確かに私が、私達が考えないふりをしていた事だ。
「『精霊神』様は貴女を愛して守護して下さる。それを否定するものではありません。ですがあの方は「マリカには大事な役割がある」とおっしゃった。
心配なのです。貴女はいつか、その役割の為に自らを炎にくべてその身を捧げることになるのではないかと」
しません、と言い切ることはできなかった。
私は王様や神様のように、大の為に目の前の小を切り捨てる、なんてきっぱりと切り分けることはできそうにない。自分の全力で、目の前の人を救おうとしてしまうだろう。
勿論、両方を助ける方法を考えるけれど。
そして同様に、不老不死の解除は私達の使命のようなものだけれど。
人に生命の理が戻った時、お父様やお母様、皇王陛下達、ガルフや子ども達が死ぬのを当然の事、と受け入れられるだろうか?
「考えます。真剣に」
「そうして頂戴。貴女が、貴女達が出した結論を、私は尊重します。
貴女が我儘で、自分の目的の為に、周囲に犠牲を強いるくらいの強かさがあるのなら逆に少し安心できるのですけれどね」
苦笑するお母様に見送られ、私は部屋を出た。
自らの変化と『役割』、そして与えられた宿題について真剣に考えながら。
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