うーん、困った。
一度は懲りて更生してくれたかな、と思ったのだけれどまた、元に戻っちゃったのかな?
「エル・トゥルヴィゼクス。お久しぶりでございます。エリクス様」
私はアルケディウスの商人達に、ちょっと待ってねと目線で合図をすると、立ち上がりできるだけ丁寧にお辞儀をした。
「エル・トゥルヴィゼクス。
お会いできる日をずっと待っておりました。マリカ姫。
お話したい事や、聞いて頂きたい事がたくさんあるのです」
「そうですか。でも、今、私は地元の商人達と大事な話をしているのです。
区切りがつくまでもう少しお待ち頂けませんか?」
「僕よりも、商人達の方を優先される、と?」
「順番ですから。当然でございましょう?
せっかくの機会ですから、多くの方とご挨拶はさせて頂きたいと思っておりますのでそろそろ切り上げますので」
他の事をしている人を、自分の方を見て、と無理やり手を引いて引っ張るのは言うまでも無く褒められた話では無い。そんな我が儘が許されるのは5歳くらいまでだ。
いや幼稚園児だって、魔王城の年少児だって話をすればちゃんと解るし、待てる。
「では、我々は失礼いたします。
国に戻り次第、御機嫌伺いをさせて頂きたいと思うのですが宜しいでしょうか?」
私達の会話を聞いて、気を利かせてくれたのだろう。
ギルド長が退去の挨拶をしてくれる。ここは素直に借りておこう。
「解りました。国に帰ったら時間を取りますので、また改めて感想などを聞かせて下さいな」
「喜んで」
アルケディウスの商人達が戻って行った後、私は小さく息を吐きつつエリクス君を見る。
「エリクス様。前にもこのような事がありましたがお忘れですか?
勇者の転生ともあろうお方が、身分を盾に立場の弱い者に圧力をかけるなんてほめられた事ではありませんよ」
頬に手を当て困ったわのポーズ。
それを見て、エリクス君は恥ずかしそうに顔を赤らめながら謝罪してくれる。
「申しわけありません。
ですが、本当に姫君との再会が嬉しくて。あと、早くお伝えしたい事もありまして。
……どうかお許し下さい」
「以後、気を付けて下さいませ。ではどうぞこちらへ」
私はエリクス君をアルケディウスの休憩区画に促した。
本当に他国の人達も挨拶したくて仕方がないだろうから手短に、と。
「まずは姫君。素晴らしい祭事を見せて下さいましてありがとうございます。
大神殿の一員として、感謝申し上げます」
座椅子に戻った私に、彼は満面の笑みを浮かべそう告げた。
「エリクス様も、ご覧になっていたのですか?」
「はい。間近で全て。
昨年、アンヌティーレ皇女が舞を披露して下さいましたが、今年の姫君の舞は遙かに上をいくものだったと、皆が言っていますし、僕もそう思います」
「ありがとうございます。色々と解らない事も多かったですが、お役目を果たせたと思って頂けるなら何よりです」
素直な賛辞はありがたく受け取っておこう。
「それから、ネアをアルケディウスで保護して頂けるとのお話もありがたく思っています」
「え? ネアちゃん?」
「ネアは僕が姫君の面影を見て奴隷商から買い上げた小間使いですが、成人前とは言え男が女の子どもを使っているのは外聞が悪いので、手放すことになっていたのです。
姫君がお気に入りになり、お手元に置いて頂けるならあの子にとってはそれが一番幸せかと存じます」
「……エリクス様は、儀式の後、『聖なる乙女』が引き取らなければネアちゃんが処分されるということをご存知でしたの?」
「神殿のしきたりですから……」
少し、カチンと来た。奴隷商から買い上げたのはまあいいけれど殺されるが解っていて守ろうっていう気は無かったのかな? って。
実際、そんな気は無かったのだと思うけれど。
深く物事を考えない性格が感じ取れる。
考えていたら『勇者の転生』なんて名乗らないと思う。
「あの後、僕は修行を重ね、かなり実力はついたと思います。
勇者の転生として相応しい力を付けて、姫君の婚約者候補として認めて頂ける日もそう遠くは無いと自負しています」
「そうですか。頑張って下さいませ」
「ありがとうございます」
我ながら感情の無い声だけれど、私に励まされたと思ってかエリクスの表情は明るい。
調子に乗ってべらべらとしゃべくり始める。
多分、プレッシャーとか期待とか重いんだろうな、と同情できたのはそこまでだった。
「一刻も早く姫君を守れる男にならないと。
勇者として、どこの誰とも知れない
馬の骨、しかも魔性の手先かもしれない存在に姫君の婚約者を名乗らせてはおけませんから」
「……ちょっと待って下さい。エリクス様」
「何でしょうか? 姫君」
私はエリクスを無表情で睨みつけた。
挑戦的に、でも蔑む様にリオンを見るエリクスはなんだか勝ち誇ったような表情だ。
怒鳴るのはなんとか我慢したけど、頭の中で怒りがふつふつと音を立てて煮え始めた。
「魔性の手先かもしれない馬の骨ってリオンのことですか? 貴方はそんなことをまさか舞踏会や神殿で吹聴なさっておいでなのですか?」
「そんな吹聴、まではしておりませんが、ええ。まあ、あの騎士貴族は姫君の婚約者に相応しくないのでは、とは皆と話しています」
「何故? 私の護衛にそんな非礼をするのですか?」
「姫君。騙されてはいけません。彼はおそらく、魔王の手のものです」
「だから、何故? そんな証拠がどこにあるのです?」
「僕は、聞いたのです。
魔性達に彼が命令するのを。『動くな』『跪け』と命令し、その通りに従っているのを」
ここは舞踏会の場。
自分で言うのもなんだけれど、皇女の席でエリクスにとってはいわば敵陣で注目も浴びているのにそう言う事を、本人の目の前であっさり言っちゃうあたりが信じられない。
しかも
「聞いた? ですか? 見た、ではなく?」
「その時、僕は恥ずかしながら、魔性を倒す為にかけられた能力向上の術の反動でまったく動けなかった上に強力な力によって押しつぶされるような感じで、意識を失ってしまったので……」
「証拠はあるのですか?」
「皇王陛下の魔術師が全てを見ていた筈です。
その場にいたのは僕と、彼と魔術師とネアだけでしたから。
でも彼が復活した魔王の手先であり、だから人外の力を持っているとすればその『勇者の転生』に勝り、各国の戦士とも渡り合う異常な力にも説明が付きますから」
そうしてリオンを見やり、勝ち誇ったように罵倒する。
「お前は魔王の手先なのだろう? だから、同じ子どもでありながら僕に勝れたのだ。
そうでなければ『勇者の転生』である僕が、不老不死者ではない子どもに敗れる筈はない!」
「俺は魔王の手先などではありません。身に覚えのないです」
その罵倒を静かに受け止め、リオンは静かに首を横に振る。
なるほど、エリクスのカードが『自分が聞いた』だけであるのなら、本当にせよ、嘘にせよ、やりようはある。
「どう思いますか? フェイ?」
「僕は、まったくそんな光景など見てはいませんよ」
「なに?」
私が話を向けるとフェイは悠然と首を振った。
今日のフェイは王宮魔術師としてソレルティア様が用意して下さった礼装を身に纏い杖を持っている。周囲の女性だけでなく、商人や貴族達が敬意と羨望をもって見つめる位には凛々しくカッコいい。
子どもが数少ない一人前の存在として認められる『魔術師』
その最高位の一人の言葉はかなり信頼度が高い。
「魔術師はそう言っていますよ?
疲れて夢でも見られたのでは?」
私が静かに言い放つとエリクスは顔を真っ赤にして激怒した。
「何を言っている? お前は絶対に間近で見ていた筈だ。
体調を崩し、動く事さえできず呻いていたそいつの一番近くにいたのだから!」
舞踏会の雰囲気を明らかに壊す激昂に、周囲の目視はさらに集まっている。
人々は明らかに事の動向を伺っている。
「ええ、リオンは体調を崩し、その後、生死の境を彷徨いました。
貴方が毒を盛ったせいではないかと思いますが、それでも必死で戦い僕達を守ってくれたから、なんとか魔性を退ける事ができたのです。変な濡れ衣をかけて貰っては困ります」
「でも! 僕は確かに!!」
「何か、証拠はあるのですか? 貴方の証言以外に?」
「そ、それは……」
冷静かつ、的確なフェイの追及。
エリクスは縋るように私やザーフトラク様の横に立つクレスト君を見るけれど、私は助け舟を出すつもりは無いし、クレスト君は怯えるようにザーフトラク様の後ろに隠れてしまっている。
状況からして確たる証拠は何もない
『勇者の転生』の証言が全てだ。
彼が『勇者の転生』として信用と実績を積み重ねて来たのであれば、あるいは彼の一言で悪い噂が広まってリオンが追い詰められていた、という可能性もあるだろう。
でも……。
「エリクス殿」
肩を震わせて唇を噛むエリクスの前に進み出たリオンは、スッと膝を折り、胸に手を当て忠節の仕草で頭を垂れる。
「勇者の転生におかれましては、どうか冷静な判断をお願いいたしたく。
俺自身を愚弄するのは構いませんが、それは俺を認め引き上げて下ったアルケディウスの皇子ライオット様や皇王陛下、そして側に置いて下さっているマリカ皇女をも愚弄する事です」
「お、お前が偉そうに、皇子を語るな! 皆、お前に騙されているに決まっている!」
「私が、父上が、皇王陛下が。
そんなに簡単に騙されるような存在だと言うのですか?」
「い、いえ、それは……」
「その眼で見れば解るのではありませんか?
彼が貴方の言うような『魔王の手先』かどうか?」
そもそもこの状況を見れば一目瞭然だ。
己の過ちを指摘され、なおかつ罵倒した相手に膝をつかれ、完璧に相手の上段にいるように見えながら、そのエリクスは敗北していた。
狼狽える白衣の『勇者』。静かに揺ぎ無い眼差しで相手を見据える騎士。
二人がその場に立った時点で、気品、態度、行動、言動。
有りとあらゆるものが並べられ、どちらが『本物』か、白日の下に曝け出したのだ。
くすくすくす。
と周囲からさざめきのような笑い声が零れてくる。
「まあ、勇者様ともあろう方が」
「流石『聖なる乙女』の護衛にして婚約者、失礼な相手にも怯まず誠実に対応されるなんて」
「本当、どちらが勇者か解りませんわね」
勝負は、完全に決まっていた。
「少し……気分が優れないので、失礼します」
退去の挨拶もそこそこに、逃げるように踵を返したエリクスの姿が見えなくなると同時、リオンはふう、と息を吐き落しながら立ち上がった。
「リオン、大丈夫?」
「ああ。舞踏会の雰囲気を壊してしまって申し訳なかったな。
なあ、もう一度、踊らせて貰わないか」
「いいの?」
「場の仕切り直しにはちょうどいいだろう?」
リオンが言った通り、私達のダンスが始まると周囲からは険悪な空気は消えていく。
「本当に、可愛らしい一対ですわね」
「お似合いですわ」
朗らかな賛辞と、光の精霊と、まだ熟練にはほど遠いけれど頑張って踊ったダンスは確かに場を仕切り直し、無謀な子どもの浅慮によって壊れかけていた、人々の友好と交流という集会本来の目的を繋ぎ直してくれたのだった。
「結局、器が違い過ぎるのだ。本物と、偽物ではな」
「……はい。よく理解できました」
ザーフトラク様の言葉にクレスト君にそう頷いたという。
舞踏会前、クレスト君とミュールズさんにザーフトラク様は、リオンが勇者の転生であることを伝えた。
大聖都は何らかの理由で、偽物だと解っていてエリクスを勇者として祀り上げているのだとも。
最初は信じられないと言っていたクレスト君も、舞踏会のやりとりで納得した様だ。その後はもうリオンに逆らったり、上から目線を向けたりすることなく、むしろ敬意をもって接するようになった。
エリクスは、私達を表舞台に引き出し、繋ぎとめる為に用意された鎖だと、以前聞いたことがある。
もし、本当に大神殿がエリクスを『勇者』として人々の敬意を集める象徴にしたいのならもう少し教育の仕方とか、使い方があるのではないかと思う。多分、彼は当て馬で、大神殿の本当の目的は……。
「リオン」
「? 何だ?」
「……何でもない。ずっと、側にいてね」
「ああ。ずっと側にいる」
私は、私の隣。
一番近い所にいる筈の彼の手をぎゅっと、強く握りしめた。
近くて遠い彼を、私の勇者を逃がさない様に。
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