王宮の晩餐会から開けた木の日。
私は、フェイと一緒に倉庫を見上げ、
「うーん、どうしようか?」
ため息をついていた。
倉庫に積み上げられた麦の束。
とある大貴族の領地から届いた麦の第二弾なのだけれど、それはもう酷いありさまだった。
乱雑にまとめ上げられたそれは量こそ多いけれども大麦、小麦。
果てはエノコログサや、メシヒバ系の雑草も混ざっている。
ロンバルディア候領はかつての農産地であった為か、ちゃんと綺麗に纏めてくれてあったのだけれど、ここは穀物の種類も扱いも解ってはい無いような感じ。
とりあえず、刈りました。
そして急いで持ってきました。
が解る乱雑さは頭が痛い。
「これは、食用にならない草を外すと相当に量が減りそうですね」
「フェイ、頼める?」
「…やってみますが…、少し下がって下さいね。
面倒なので一気に行きます」
なんとも言いかねない顔つきで杖を掲げたフェイの周りで風が渦を巻く。
「うわっ!」
まるで周囲が巨大な洗濯機になったようだ。
束ねられた麦の束が全部分解されて、倉庫の中でぐるぐるぐるぐると渦を巻く。
埃がむせ返るように巻きあがって、私は慌てて口を押えた。
麦の渦はゆっくりと速度を遅めていくに合せ、渦の中の植物を吐き出していく。
三種類の山に分けて。
大麦の山、小麦の山、そして雑草の山。
けっこう時間はかかったけれども、なんとか三種類、分類された山が出来る。
「ありがとう。フェイ。流石、凄いね」
「この雑草は、返却しましょう。そうでないと、雑草を混ぜて量を嵩増しすることもあり得ますからね」
なんとかやり終えた、と息を吐くフェイを労いながら私は頷く。
「うん。この現物を使者の人に見せて、次からはしっかりとした分類をお願いしないと」
納品の度にこれでは手間がかかりすぎて仕方がない。
「…フェイ。領地の方の対応、任せてもいい?
私、ちょっとやらなきゃならないこと、思い出した」
「かまいませんが、なんです?」
「マニュアルの作成印刷を皇子達に依頼しようと思って」
「マニュアル?」
聞きなれない言葉にフェイが首を捻る。フェイが理解できない以上この世界には多分ない概念なのだろう。
「うん。この種類の麦や、野菜をこういう風に集めて欲しい、っていう納品基準」
食料品図鑑と一緒に各領地に一刻も早く作成して配布した方がいい。
でないと良い品も悪い品も一緒くたに納品されて、分類にとんでもない手間と人手が取られる。
納品書類も書式を作って、纏めて貰った方がいい。
出ないと貴重な羊皮紙に無駄が出るし。
「一度、配布しておけば、返品やクレームが出るときもマニュアルに書いてあるって根拠にできるでしょ?」
「なるほど。解りました」
子どもに対処ができるのか?
と甘く見る者が多い貴族でも魔術師のいう事には多少の耳を傾けてくれるということは、今までで実証済みだ。
正直、貴族関連のクレーム処理はリードさんとフェイ以外難しいのが現状。
少しでも手間を減らさないと。
そうして、私はリードさんとアルに協力して貰って、その日一日かけて、麦と果物、そして主要野菜の図表と納品マニュアルの叩き台を作成した。
明日の勉強の時に、ティラトリーツェ様に、ご相談しよう。
「印刷ギルドに紹介するのは構いません」
翌日、礼儀作法と貴族知識の勉強会を終えた私は、ティラトリーツェ様にマニュアル作成について相談した。
「確かに、しっかりとした基準は必要でしょう。
その配布の必要性も理解します。皇子と相談して早急に印刷ギルドに話を回しておくとしましょう」
「ありがとうございます」
ついでに聞いてみる。
「この国の印刷や本ってどんな感じなんですか?」
中世だからどうしたって本は貴重である。
本が溢れていた向こうの世界とは比べることさえできない。
「エルディランドでね、植物紙と印刷の技術が生まれて、広まって来たのはここ10年くらいのことよ。
神殿が聖典を印刷する為に後押しをして、今では各国に何台か印刷工房がある感じかしら。
植物紙の製法は秘伝とされているので、今の所エルディランドの特産ですけれど」
印刷工房はあるけれども、植物紙が輸入なので高い、ということか。
エルディランド、というのは確か、アルケディウスから水の国 フリュッスカイトを挟んだ向こうの国だった筈だ。
通称地の国。
水牛や蜂の蝋などを使った産品が特産と、大祭で聞いた。
なんとなくだけれど、気候的には中国とか日本のイメージのような気がする。
元はきっと農業国。
「貴族向けに植物紙を使った娯楽モノも出始まっているわ。
退屈している上流階級の女性に人気ね」
今、印刷されている植物紙の本を見せてもらったけれども、絵が入っているものもあった。
「あ、これアルフィリーガ伝説」
「一番、人気のある話ですから。皇子は嫌っておられるけれど…」
そりゃそうだ。
リオンもこれ見たら、きっと悶絶死する。
けっこう美麗な挿絵は自らの命を投げ出す自己犠牲の勇者そのものだ。
こういう話が一般受けするのは理解できるのだけれど。
「でも、こういう絵ができる、ということはガリ版印刷の技術がある、ということなのかな?
だったら植物図表もできるかも」
「? ガリ版?」
挿絵を撫でながら呟く私を見るティラトリーツェ様の目の色が変わった。
「何故、印刷の知識も持たぬ、貴方がそんな専門用語を知っているのですか?」
え。
こっちこそビックリだ。
通じると思わなかった。
「まさか、とは思いますがマリカ。
印刷技術や植物紙の作り方の知識もある、と?」
「どちらも専門の知識や、技術が必要なので簡単に再現はできませんが、知識、だけならば…一応」
学童保育の図書室に寄付寄贈された異世界転生 ビブリオ・ファンタジーは大人気だった。
異世界転生した主人公が、何もない中世世界で本を作るという話。
本好きだったこともあって、私は相当に読み込んだし、和紙工房に体験学習にも行った。
配合その他は試行錯誤が必要だろうけれど、植物紙の作成くらいなら多分できる。
「…まったく、貴方という子は本当に何が出て来るやら。
改めていう事ではありませんが、それを軽々に口に出すことはないように。
皇子と対応を相談します」
「解りました」
呆れたティラトリーツェ様の顔にももう慣れてしまったけれど、植物紙と印刷事情を事前に知れて良かった。
植物紙が製法の知らされていない、国の秘伝技術ということは下手に真似すると国交問題になるだろう。
「ただ、エルディランドの様子は解りませんが、木材が豊富なアルケディウスは植物紙作りに向いてそうな気がするんですよね」
「エルディランドも植物は豊富よ。気候も温暖湿潤。
アルケディウスの木材は固くて丈夫、家具などに向いているのだけれど、エルディランドの木材は柔らかめで加工がしやすいの」
「ああ、そういうことならエルディランドの方が植物紙作りには向いているかもしれませんね」
若い、柔らかい木を使って作るのが植物紙だ。
冬の寒さが厳しいロシア、カナダ気候と思われるアルケディウスでは難しいかも。
「ただ、マニュアルと植物図録には多少高くても植物紙を購入して、一気に大貴族の皆様に同じものを配布できたらと思います」
「いいでしょう。
ただ、大貴族全般に声をかけるなら『新しい味』の主導者であるケントニス皇子への許可と報告が必要です。
理由は解りますね」
「はい」
食品の扱いはアルケディウスの重点産業となっている。
その最終責任者は皇子だ。
どんな食料をどんな基準で求め、どの程度の値段で集めるかを周知しておく必要がある。
ガルフの店、基、ゲシュマック商会の買い取り販売基準が今後の食料品扱いの基準にもなりうる以上、報告は必須というのは当然の話。
「丁度いいでしょう。
貴族への謁見の申し込み方。文書の書き方、周囲への根回しなど今まで教えてきたことを試してみなさい。
大目的は大貴族への文書の配布。
小目的は第一皇子、ケントニス様への会見です。
私は明らかに間違っている所以外は口に出しませんから」
「え?」
ちょっと、待って?
いきなり第一皇子との会見。この国第二のVIPが練習台?
それはあんまりにも怖すぎるんですけど。
でも
「貴女の食の恩恵を受けているので、この国の皇族は貴女とゲシュマック商会には甘い。
第一皇子には、アドラクィーレ様の件で貸しもあります。
多少の失敗を怒られることはありません。私や皇子もサポートしますから、やってみなさい」
そう言われたら、断ることはできないし、今後世界を変えていくつもりなら、それこそエルディランドやプラーミァとか外国との交渉が必要になる時もある。
その為に貴族対応を教えて頂いたのだから、ちゃんと実践しないと孤児院の建設とかにも入れない。
世の中は全て人と人との関係から始まるのだから。
「解りました。やってみます」
そうして申請の手紙を書き、資料を整え、周囲への根回しや実物の用意を開始した。
期日は三日後。場所は第三皇子の館。
リードさんやガルフ、ライオット皇子やフェイとも相談や検討を重ねて、準備を整えて、
調理実習にいらしたアドラクィーレ様にも協力を仰いで。
私はその日を迎えたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!