私の中の封印が解かれて、完全に『能力者』になったからだろうか?
なんとなく、自分に何ができるかできないかがぼんやりと理解できるようになった気がしていた。
「力を貸して?」
『できるのか? マリカ?』
ぴょこん、と私の肩に白い精霊獣が飛び乗ってくる。
火の精霊神、私のお父さん。アーレリオス様だ。
「はっきりとは解りませんが、できる気がします。お父さんが力を貸して下されば。
あと、ご本人の意思が重要ですけれど。……ダーダン様」
「マリカ様? なんでございましょうか?」
「もし、私がダーダン様の外傷、目と足を治癒できるかもしれない、と言ったらどうなさいますか?」
「え?」
「傷の快癒を望まれますか? それとも、傷も自分のこれまでを容造る大切な一要素であるからこのままで、と思われますか?」
「治る……のですか? 父上の、地球とナノマシンウイルスによる培養技術でも無理でしたのに」
「ダーダン様の障がいについては可能性があります。シュンシーさんの記憶に関して確約はできません。ただできる気はします。
加えて『神』からシュンシーさんの子宮内には妊娠させないための防御壁が施されているので、本人が望むならそれを取ってやって欲しいとは頼まれています。
このままでは、シュンシーさんがスーダイ様の御子を妊娠することはありえませんから」
クローン技術による肉体再生は可能。
でも、生体の培養や移植は困難だと星の母神。ステラ様と同期した記憶が教えてくれている。外傷を治すことは時間をかければ不可能ではないらしいけれど。現にアルは『神』に囚われ憑依されていた時、奴隷時代の焼き印や、身体に残った傷を治療されていた。
「う~ん、楽にはなったけど、ちょい余計なお世話?
あの傷が無かったら、オレは今の俺じゃなかったと思うから消したいわけじゃなかったんだよな」
自分の身体を取り戻した後、アルは綺麗になった背中を見ながら、そう少し悔し気にしていたと教えてくれたのはリオンだ。私個人としては痛々しかったアルの傷が治って良かったと思うけれど人の心は単純では無い。
今の私なら問答無用で治してしまうこともできなくはないと思うけれど、他でもない自分の身体と未来の事。決めるのは本人の意思であるべきだ。
「解りました。私は治癒が可能であるならお願いしたいと思っております。シュンシーには全てを話し、自分の意志で決めさせましょう」
「それが、きっと一番ですね。それから、できればスーダイ様にも聞いて頂ければと思うのですが」
「大王様にも?」
「奥様の事です。そして王として『神の子ども達』の話。ダーダン様の悲願についても知る権利、いえ、義務がお有りだと思うのです」
「解りました」
私は、直通の通信鏡をカマラに持たせて、大王様に謁見をお願いした。
大祭や。会議などの最中でお忙しいだろうから日を改めて、とも思ったのだけれどスーダイ様は驚くくらい、速攻で来て下さった。
「申し訳ありません。スーダイ様」
「いや、其方の頼みであり、王妃の事でもある。
むしろ、私を抜きに話を進めないでくれたことをありがたく思う」
勝手にスーダイ様を呼んできてしまったことに、一抹の不安はある。
特にシュンシー様が厳密にはアースガイアの人間ではなく、ダーダン様がそれを隠して王家に嫁がせたことは見る人によっては騙していた、仕組まれていたと取られるかもしれない。
でも
「どうした? マリカ」
「いえ、スーダイ様。できれば、シュンシーさん、そしてダーダン様達が秘密を持っていたことを。
どうか怒らないで頂けますか?」
「怒るかどうかは、話を聞いてから考えるが、ダーダンも、シュンシーも、グアンもユンも。
そして其方もこの国にとっては恩人でありかけがえのない存在だ。
無碍にはしない、と誓おう」
「ありがとうございます」
私は、彼を信じている。王としての器を。人としての大きさを。
彼ならきっと、シュンシーさんを秘密ごと受け止めてくれる筈だ。
スーダイ様がおいで下さり、全員が揃ったのを確かめてダーダン様は、もう一度杖を使ってシュンシーさんに術をかける。
淡い紫の光が彼女を包み込み
「う……あ、あの、私は、一体……」
「シュンシー」
「スーダイ様? え? どうして?」
目を醒ましたシュンシーさんに、スーダイ様は手を取り体を起こさせた。
スーダイ様に包み込まれるようなシュンシーさん。
二人の様子を見て、決意を固めるように頷いたダーダン様はシュンシーさんの名前を呼ぶと
「話がある。大事な、大事な話だ。聞いて貰えるか?」
そう微笑みかける。
まだ、どこかぼんやりとしていたシュンシーさんだけれど、自分の手をしっかりと握ってくれるスーダイ様のぬくもりと眼差しに安堵したのか
「はい。解りました。お父様」
真っすぐな瞳と心で応えてくれた。
「ありがとう。
信じがたいかもしれないけれど、聞いてくれ。
私とお前は、この星の生まれでは無い」
「えっ? 私……も?」
目を見開いたシュンシーさんとその傍らのスーダイ様に、ダーダン様はさっきの話をもう一度語った。
自分たちが地球移民であること。事故でシュンシーさんが記憶を失ったことを。
ただ一つ、彼女が地球時代のからの妹であることは何故か語らなかったけれど。
シュンシーさんはエルディランドの大王妃だ。多分、ステラ様が見せた『星の夢』を見ていたのかもしれない。頭のいい人だし、さっきまでのダーダン様の話を聞いて察していたこともあるのだろう。今度は眼に見えるような驚愕を浮かべることはなく、話を受け止めている様子だった。
「マリカ様とリオン様は、望むならお前の記憶と、子宮の治療を行って下さるという。
子どもが授かるかどうかは、その後のことになるが、今のままでは可能性は0だが、治療を行えば0ではなくなる。どうする? いや、どうしたい?」
「私が、決めるのですか?」
「お前以外には決められない事だ」
迷うように視線を巡らせたシュンシーさんの背後から声が落ちる。
「シュンシー」
「スーダイ様」
「迷う必要は無い。お前の思う通りにすればいい」
それは、夫からの承認。全権委任。
「記憶を取り戻そうと、取り戻すまいと変わらない。
お前は我が王妃。ただ一人の正妃なのだから」
「よろしいのですか? 私はこの星の生まれではなく、異界の者であるかもしれぬのに」
「元は同じ種だというし、神の国の娘なら、尊敬こそすれ忌避する理由は何も無いだろう」
躊躇いのない笑みを浮かべるスーダイ様。
相変わらず身体と同じくらい心も大きい。
彼の言葉を聞き、違う。振り返り視線を合わせた瞬間には、彼女は何かを心に決めたようだった。
「できれば、子を産めなくなっているという件について治療はして欲しいと思う。だが、それも強制はしない。
お前の、選択を私は尊重する」
「子が産めなくても、かまわない、……と?」
「ああ。将来的にはいろいろと考えなくてはならなくなるだろうが、私の子をお前が望まぬのならそれでもいい。
私の弱さ、愚かさ、醜さ。それを知った上で私の手を取ってくれたお前を。
マリカ姫に去られた私を支え、ぬくもりを教えてくれたシュンシーという女を、私は愛し、必要としているのだから」
「スーダイ様……。ありがとうございます」
大王からの告白を胸に刻み込むように心臓の上で、手を組んだシュンシーさんは、一歩前に踏み出し、私達、私とリオン、そして精霊獣様の前で頭を下げる。
「大神殿を統べる大神官にして、星と神の代行者たるマリカ様にお願い申し上げます。
どうか、私の体内にあるとされる子を宿す部屋の障壁を取り除いていただけませんでしょうか?」
「解りました。記憶の方はどうしますか?」
「そちらは、戻さなくて構いません」
「良いのですか? 完全に戻せるとは断言できないのですが」
私の確認に柔らかく微笑むと彼女は頷いた。
自分の傍らにいてくれる愛する人に思いを向けて。
「もし、記憶を取り戻したことで私の中の、この国や家族たる皆さん、そして何よりスーダイ様への思いが薄まったり、消えることが怖いのです。
遠き、神の星の記憶が無くても、私はこれまでやってくることができました。
私を支えて下さった方々のおかげで。そしてこれからもやっていくことができると思います。
スーダイ様と共に……」
「シュンシー……」
「解りました。早速治療を行いましょう。
先にダーダン様。それから、シュンシー様を」
「ありがとうございます。……マリカ様」
もしかしたら。
こうなることをスッ、と跪いたダーダン様は解っていたのかな、と思う。
シュンシーさんが自分の実妹であることは言わなかったのはきっと。
向こうの世界よりも、こちらの世界で大事なものがあるのだと解っていたから。
自分にも、そして彼自身にも。
私達と同じように。
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