【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 それぞれの思い

公開日時: 2022年7月21日(木) 08:01
文字数:4,322

 エルディランドでの滞在期間は二週間。

 プラーミァより一週間も短かったせいか、本当に本当にあっと言う間に過ぎ去ってしまった感じだ。

 密度の濃さはプラーミァにも負けていないと思う。



 今日の安息日、印刷、製紙工場の視察の後。

 スーダイ様も赴いた次期大王立ち合いの場で、正式にアルケディウスとエルディランドは技術提携の契約を交した。

 主としてはエルディランド側からは製紙技術の輸出。

 同じ木材が豊富な国として、木材を材料として使う製紙業を少しずつ広めていく感じだ。

 

「既に作り方の概要はお伝えしてありますが、数か月のうちにエルディランドから技術指導員を派遣いたします。

 製紙技術と印刷機器の製造方法をお伝えできるように」

「指導員の方を待つ間に、こちらも製紙の為の準備を整えておきます。

 また活版印刷の研究も進めておきますね」

「よろしくお願いします。通信鏡のような新技術を開発する頭脳と技術者をお持ちであれば、アルケディウスなら実現可能かもしれません」

「製紙技術とガリ版印刷の機器の製法の購入代金は、通信鏡の代金と相殺ということでいいのでしょうか。

 こちらが、少し安い印象ですが…」

「構いません。製紙技術は木材消費が激しいので扱いが難しくもあります。

 アルケディウスとは今後、様々な面でお世話になりますし…」

「其方らには大きすぎる借りもある。

 本当はタダでも構わんと思うが、国同士の契約だからな、悪いが最初のケジメとして代金は取らせて貰う」

「勿論です。大王陛下もおっしゃったとおり、価値ある仕事には正当な評価と対価を」

「うむ、それでこそ正当かつ対等の関係を結べるというものだ」


 スーダイ様が楽し気に頷く。

 次期大王として契約を取り仕切る姿は、本当に二週間前の宴とは別人のよう。

 カッコいい。


 エルディランドにも、通信鏡の存在をお話して買い取って頂くことになったので、連絡はかなり密にできる。


「食料品の輸出については主に醤油、酒、ソーハにリアでいいのだな? 窓口となる商会はおって連絡する」

「はい。あと、今回の調査で発見された各種の野菜、豆類がこちらで安定生産できるようなったらで構いませんので、苗をお譲り下さい。

 野菜そのものは傷みが早いので輸出は難しいかもしれません。アルケディウスでの栽培を試みたいと思っております」

「いいだろう。そちらからも麦などエルディランドには無い植物の輸出を。

 エルディランドは国全体が農業に向いていて肥沃だ。

 精霊神様も復活されたし、かなりの収穫を見込めると思う」

「農業に従事される一般国民の皆さんにも、新しい味を知って頂ければ、より積極的に働いて貰えるかもしれませんね」

「うむ、検討しよう」


 本当は転移術についても知らせて、醤油や酒、大豆、米の輸入も頻繁に行いたいけれどそっちは流石に許可が降りなかった。

 せっかく、新しい王と友好関係を結べそうなのに警戒させるのは得策ではないと。

 仕方ない。

 今まで無かったものが使えるようになるだけ、まだマシだ。

 七国最大の農業国を味方に付けられれば『新しい食』は一気に広まっていくだろう。



「そうだ。マリカ。

 明日の送別の晩餐会、献立はこのように考えているがどうだ?」


 契約の後、スーダイ様は私に相談がある、と声をかけて来て下さった。

 儀式の後、色々ありすぎてゆっくりと話をしている時間も無かったけれど、儀式前と変わらず。

 まるで妹に接するように明るく笑いかけてくれるのは嬉しいと思う。


「本来なら主賓である其方に献立の相談をするものではないと解っているがな。

 初めて王子達や賓客を招いての宴席を仕切るのだ。失敗は許されない」

「はい。その辺はどうぞお気になさらず。

 メニューや作り方は教えられても、作るのはエルディランドの方々です。

 私も、エルディランドの皆様のおもてなしを楽しみにさせて頂いております」


 見せて貰ったメニューは、私が教えた和食もどきのコース料理。

 前菜はダイコンとキャロ(人参)に生ハムのなます風酢の物にソーハと鶏手羽の煮物。

 食前酒はエルディランドのお酒で。

 パンの代わりに、藁炊きリアのおむすびが入り、サラダはパータトとサツマイモを使ったマヨネーズサラダ。

 スープはコンソメスープ。

 メインに猪の角煮をもってきて、その後米粉ペンネと葱のホワイトソースグラタンがある。

 デザートはサフィーレの氷菓に米粉のパウンドケーキ。


 ちゃんと前菜からメインまで味の組み合わせを考えている上に、エルディランドの物だけで作れるようにしてあるのが解った。


「素晴らしいと思います。

 エルディランドでないとなかなか味わえないものばかりですね」


 そう褒めると、嬉しそうにスーダイ様は胸を張る。


「其方が、私が見つけた新しい野菜を使った料理を色々と作ってくれたからな。

 小麦がまだこの国では重要視されていないが、リアは豊富にある。

 だから国の特産をメインに味を組み立ててみたのだ」

「今まで我が一族を厭い、醤油も酒も殆ど口にしなかったスーダイ様が

『姫君に今できる、最高のエルディランドの味を贈りたい』と相談されまして。

 姫から直接指導を受けた三名の料理人と、一族が総力を挙げて準備しております。

 きっと舌の肥えた姫君にもご満足いただけるかと…」

「あ、こら! グアン。余計な事を言うな!」


 努力をバラされて少し恥ずかしそうなスーダイ様に私は


「流石、次期大王様。

 きっと大王様も王子様達も驚き、喜ばれますよ」


 パチパチ、本心からの喝采を送る。

 エルディランドはスーダイ様が大王になってカリスマと行動力で導き、グアン王子がそれを支えれば、きっと敵なし。

 間違いなく繁栄するだろう。


「…其方は、どうなのだ?」

「へ?」


 貴婦人らしからぬ声が出たけれど、許して欲しい。

 その声は本当に小さなものだったから。

 さっきまで自信満々と言った表情と声だったのが、嘘のように小さい。

 うっかりしていると聞き逃してしまいそうな程に。


「其方は喜ばないのか?

 と聞いている!」


 あ、声は戻った。

 ちょっとイラついているようだったので、私はニッコリ笑み返す。


「勿論、楽しみですし、喜びますよ。

 スーダイ様が頑張って下さった努力の成果を、アルケディウスに戻る、最後の思い出として楽しませて頂きます」

「!?」

 

 やる気をもって貰えるように声をかけたつもりだったのだけれど…あれ?

 スーダイ様の顔は、真っ赤になり、そしてパーッと青ざめた。

 はっきりと目に見えて変わる顔色は、まるで信号機みたい。


「…もう良い!!

 グアン、後は任せた!!!」

「?」

 

 ハッと我に返ったらしいスーダイ様は、結局、また顔を赤らめ帰ってしまった。


「何か…私、スーダイ様のご機嫌を損ねてしまいましたか?」

「…まあ、そうですが。

 姫君はどうか、お気になさらず」

「?」

「王に諌められ、頭では解っていても、やはり王子は諦めきれないのでしょう。

 お気持ちは、よく解りますから、少し一人にさせて差し上げて下さい」

「??」


 扉を乱暴に閉めて去って行った主君を見送るグアン王子の眼差しは、何とも言えない生暖かさを宿していた。


 


 会談後 宮に戻った私達アルケディウスの使節団は、エルディランド退去前の纏めに入っていた。



「醤油と酒、リアとソーハについては定期的に輸入を行う事で話が決まった…決まりました。

 エルディランドの食に関する代理店はシービン商会。

 カイトの一族の直営で十二王子が指揮する店だから、信頼できると思う」

「製紙、印刷に関しても販売を担当するマオシェン商会と、互いに納得のいく契約ができました。

 アルケディウスに戻ったら金属活字のと印刷機の研究開発に早速取り組む予定です」

「マオシェン商会の代表、ダーダン殿はカイト氏を最初に見出した方だそうです。

 先見の明があり、商人として生きたいと断らなければ、グアン様の代わりに第二王子に立っていたとのこと。

 彼が、アルケディウスとの契約は責任を持つと請け負って下さいましたわ」

「シービン商会にはいつも通り、屋台系メニューをお譲りしましょう。手やき煎餅や焼き鳥などは醤油を上手く使えばかなり人気が出るはずです」


 帰国前の報告書の作成、契約書の確認管理。

 エルディランドに残していくレシピの清書など大忙しだ。


「ありがとう。

 アル、フェイ、ミリアソリス。

 モドナック様。戻って直ぐに皇王陛下に報告を行いますので、報告書の様式や内容などについて事前確認をお願いできますか?」

「かしこまりました」


 文官達は大忙しだけれど、他の人達も麗水宮の掃除や荷物纏めなどがあるので、暇をしている人はいない。

 アーサーやアレクっだって文書の枚数確認や片付けなどをしてくれている。

 暇そうなのは、ぴょんこらぴょんこら、床を飛び跳ねるピュールだけだ。


 今日は安息日なのに、働いていくれていくれているのは本当にありがたい。


 明日が送別の晩餐会、明後日が帰国。

 二ケ月の長旅ももうすぐ終わりだ。

 アルケディウスに戻ったら、みんなに特別ボーナス出そう。

 うん。


 と、そんなことを考えながら仕事に励む私の耳に、ノックの音が響く。


「どうぞ」

「お忙しい中、申しわけありません。姫君。

 エルディランドから、手紙が届いております」

「手紙?」

「はい。スーダイ王子より」

「見せて」


 ミュールズさんがお盆に乗せて持ってきてくれたのは、木札ではなく、本当に手紙だった。

 丁寧に梳かれた最上品質と解る紙に、優美な文字が綴られている。


「『…明日、二の夜の刻、麗水宮に参るのをお許し願いたい』

 これって面会予約?」

「そのようですが、指定時刻が指定時刻です。

 お断りしても無礼ではないと思います」

 

 二の夜の刻は日が変わる直前。

 私の体感で言うと夜の十時くらいだ。

 確かに明日は送別の宴、明後日は帰国とはいえ、真夜中に面会なんて普通は在りえない。

 でも…。


「呼び出し、では無く王子がこちらにいらっしゃる、というのであれば無礼を押しても最後にどうしても伝えたい、大事なお話があるのだと思います。

 リオン、カマラ、護衛士達にもしっかりついてもらいますので、お受けしてもいいでしょうか?」

「…解りました。そう返答いたします」


 ミュールズさんは、頷いて下がってくれた。


「姫様…」

「なあに? カマラ」


 側に立つカマラが心配そうに私の顔を伺い見る。


「よろしいのですか?」

「うん、なんとなく解ってる。だから、大丈夫」


 ミュールズさんや、側近たちの何か言いたげな眼差しがなくても、恋愛経験値低めの私であってもこれくらいは解る。というか、気付いた。



「うやむやにしちゃいけないと思う。

 ちゃんと会って、話して終わらせる。そうしないと続かないから」


 今後も長く続く、続かせていきたいエルディランドとの友好な関係の為にも。

 受け入れられないと解っているのだから。

 ちゃんと向き合い、終わらせよう。


 私はそう自分に言い聞かせていた。


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