夏の季節である火の月が終わり、秋の足音が聞こえ始めた風の一月。
私達はフリュッスカイトに出発した。
今回はアーヴァントルクの時と同じ往復一週間、滞在二週間の一カ月コースだ。
最初の二ケ月二国の滞在旅行の時よりは馬車の数も人員も絞られているけれどほぼ全員が何度も私の旅行に同行した生え抜きの随員達。
今回はその中に初参加が二人いる。
「マリカ様の親善旅行に同行させて頂けるなど光栄でございます。
精一杯勤めさせて頂きます」
「よろしくお願いしますね。プリーツィエ。化粧品関連の交渉ができる者をというのはフリュッスカイトからの要望なのです」
アルケディウスの衣料服飾第二位であるシュライフェ商会。
デザイナーでお針子筆頭であるというプリーツィエは今回、シュライフェ商会の準代表として契約関係を任されている。ゲシュマック商会のアルと同じ立場だ。
「こちらこそ。フリュッスカイトは美容、衣料品、宝飾品について比類なく、我が国では真似ることもできません。
そんなフリュッスカイトに対等の契約者として招かれるのは正しく僥倖。
これを機に最先端の服飾技術や化粧品について情報を仕入れて、今後の商いに繋げるきっかけを作ってくるように、というのが商会長からの命にございますれば」
「期待しています。何か困った事が在れば声をかけて下さい。できる範囲で手助けしますから」
「勿体ないお言葉、感謝いたします。
私自身、外国に出るのは初めてなので色々と不手際もあるかと思いますが宜しくご指導下さいますようお願い致します」
プリーツィエ達とその随員は三人だけど色々と荷物も多いので一つの馬車を用意した。
分野は違うけれど、同じ商売をする者としてアルが面倒を見てくれるそうだ。シュライフェ商会から派遣されたのは女性ばかりなので、一緒の馬車と言う訳にはいかないけれど。
そしてもう一人の新人は
「貴女は名目上、私の側仕え見習い兼、護衛見習い、ということになっています」
「は、はい。皇女様」
見よう見まねで膝をつき、挨拶をするのは準騎士貴族であるウルクスの娘プリエラ。
彼女は騎士、戦士を将来の夢としている女の子。
怪力と思しき『能力』をもっている。
今回は『能力』の訓練と職場体験の為に同行することになった。
「孤児院を出て、最初の仕事が他国への訪問ということで緊張していると思いますが、あまり硬くならずに、周囲の者たちの話をよく聞いて仕事に励んで下さい。
宿に着いたら休憩後、リオンの訓練を受けるカマラと一緒にあなたの『能力』や戦士としての適性などをみるということです」
「あ、ありがとうございます」
「カマラ。プリエラのことを見てあげて下さい」
「承知いたしました」
「宜しくお願い致します。カマラ様」
「カマラ、でいいですよ」
「大人を呼び捨てになんてできません」
「だったらせめてカマラさんに」
プリエラは戦士、騎士になりたいといことなので世話役をカマラに頼んだ。
カマラが私の護衛をしている時は側仕え見習いとしてミュールズさんの側で仕事をし貴族に仕える立ち居振るまいを勉強する。
夜に行う予定の訓練の間はカマラと行動を共にして戦士、護衛士としての仕事や『能力』のコントロールを学んでもらう予定だ。
旅行中の間、父ウルクスとの接触は基本的禁止にした。
娘だって言っても知らない人も多いし、本人達の為にも誤解は招かないように男女分離は徹底しないと。
後、私の随員、ではないけれど
「よろしければ私達もヴェーネに戻りますのでご案内がてらご一緒させて頂けないでしょうか?」
断る理由も無いので申し出を了承して、公主様の親書を届けに来た商人 スメーチカ商会のフェリーチェさんが同行してくれることになった。宿の手配とかも済ませてくれているのだそうだ。
手回しがいい、というか有能。
今も使節団を先導するように前を進んで下さっている。
そう言えば
「ミュールズさん。お父様が用意して下さったフリュッスカイトの資料を見せて下さい」
「はい、どうぞ」
私は馬車の中で、資料を再確認した。
フリュッスカイトの王位継承者は公子、とよばれる男性なのだと聞いた。
研究家肌であんまり戦うのはお得意では無い。その代わり博識かつ、研究熱心でクリームや石鹸などを最初に作り、一般に使用できるようにしたのはその公子様なのだそうだ。
「ふーん。公子妃様は一般から迎えられたんだ。え、商家の娘?」
「そうですわね。大貴族からではなく、大店とはいえ商人の家から出たということで当時は話題になったような気がします。
とはいえ、魔王によって世界が闇に覆われていた時代のことなのであまり他国の細かい結婚事情などは存じませんが」
不老不死時代、アルケディウス皇王家では長らく第一皇子トレランス様が独身だったという。貴族の娘などが側室として入ってはいたけれど『妃』の地位は長らく空いてた。
偶然というか巡りが悪く、他国や大貴族達の間に女の子が殆どいなかった時期らしく、王位継承者の婚姻相手には他国皆、苦労していたそうだ。
同じ年頃だったエルディランドのスーダイ様も独身だったしね。
ケントニス皇子は第二皇子と言うことで気楽に気に入った美女を妃にしてしまったけれど。
もし、もう少しアーヴェントルクからの申し出が遅かったら、トレランス様も仕事を補佐する人の中などから結婚相手を選んでいたのだろうという話もあり。
「公子のお名前はメルクーリオ様、公子妃様のお名前は……フェルトレイシア様?
……もしかしたら?」
「どうかなさいましたか? マリカ様。
いいえ、何でもありません」
考え過ぎだろう。多分。
だって、彼女は去年、今回だけでなく、冬の大祭にもいらして店番していたんだもの。
シュライフェ商会はまだスメーチカ商会と取引を始めたばかりで、詳しい内情を知らないという。
ギルド長のオルトザム商会に聞いておけば良かった。
でも、一応注意はした方がいい。
私は頭から考えは振り払ったけれど、心のノートの隅っこにはそう書きこんだ。
アルケディウスを出るまでの宿では、私や私の側近が随員達に食事を作って労うのが定番になっている。フリュッスカイトの国境まで約三日。
初日の宿は商人用の素泊まり宿を貸し切りにして貰ったものだ。
食事を作れるような設備は無いので、携帯、野営用のバーベキューコンロと竃で調理する。
フライパンや鍋、調理道具も持参しているよ。
「今回はピザトーストとパータトの焼き炒め、それから野菜のスティックサラダにトマトの冷製スープにしてみました」
後は串焼きのベーコンやハム。
デザートのピアンを使ったお菓子あれこれ。
こっちは朝、早起きして作って来た。
イタリアと言えばピザだけど、旅先ではオーブンが使えないので食パンをピザ風にしてみる。
フリュッスカイトはイタリアイメージなので勝手にそれっぽく。
食油にも余裕が出来て来たので今回も色々と作れるかもしれない。
海に近い所なら海産物とかも使えないかな?
「フェリーチェさん達もいかがですか?」
「皇女様の手作り料理、見逃せませんので頂きます」
以前、オリーブ、じゃなかったオリーヴァのオイルを持って来て貰った時、ピザとアヒージョ、それからラタトゥイユを振舞った。以降、少しずつだけれどもオリーヴァオイルが輸出されるようになった
今のところは口紅優先で、料理にはあまり使っていないけれど、本場でいいオイルを安く手に入れて料理に仕えそうなら使ってみたい。
後はパスタとかかな。私の貧困なイタリアンのイメージだと。
「お味はいかがですか?」
「素晴らしいです。パンと言えば固焼き、薄焼きの皿代わりと思っていたのが考えを変えさせられます。柔らかさの中に香ばしさがあってとても美味です」
「気に入って頂けて何よりです」
「これは、国の皆もきっと喜ぶことでしょう。
皆が驚くのを見るのが楽しみですわ」
「……」
随員達と何やら話しながら、ピザパンを嬉しそうに頬張るフェリーチェさん。
私はその姿にさっき頭の中で打ち消した、もしやまさかの想像が蘇って来た事を感じていた。
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