夏の行事の潔斎の時に比べると、今回は色々な点で緩やかになっていたように思う。
まず、食べ物が良くなった。
最初にそれか、と言われるかもしれないけれど。
夏の時はホントに中世の激マズスープだったけれど、今回はちゃんと野菜のうまみが引き出されたミネストローネだった。まあ、潔斎期間中な上に、果物野菜の無い時期なのでお肉もないし、ジュースもない。サラダも保存がきくパータトのマッシュだったけど。
前よりはまし。凄く美味しいというわけではないけれど、ホントにずっとまし、だ。
天然酵母のパンにジャムが付いているだけでも幸せだ。食後にテアも出してもらえるし。
「口の肥えた皇女様には物足りないと存じますが、司厨長が丹精込めて用意しておりましたのでご賞味下さい」
私の表情の変化に女官長マイアさんは笑ってたけど重要だよ。美味しいって。
「いえ、夏よりはずっといいです。美味しいと伝えて下さい」
「こちらこそ、またお心遣いを頂き、申し訳ございません」
私が朝食のパンに感激しながらお礼を言うと、マイアさん静かに頭を下げてくれた。
「神殿長には渡していいってちゃんと許可をとったので召し上がって下さいね」
「はい。後で楽しみに頂きます」
マイアさんが言うのは私が渡したお土産用のお菓子の事。
夏の潔斎の時は自分用にもってきたお菓子は廃棄すると取り上げられたので、奥の院の女官さん達にあげたのだけれど。
今回はちゃんとお世話になります、の気持ちを込めて彼女達用に作ってきた。華美なものは拙いかもしれないのでシンプルなクッキー。牛乳、卵抜きのアレルギー対応タイプ。
潔斎しなきゃいけないのは私だけで、女官さん達は大丈夫だと思うし、神官長も普通にお肉食べてたけど念の為ね。でもちゃんとミクルやココナッツファイン入れて工夫してある。
お世話になります。の手土産お菓子は人間関係の潤滑油だと知っている。ちょっとの手間が人の心を動かすのも。
で、女官さん達が味方になってくれたので奥の院での生活も少し過ごしやすくなった。
マイアさんが選んだ大神殿の書庫の本だけれど本も読めるようになったし。あと、ミュールズさんが一日一回外に出てアルケディウスと手紙のやり取りをすることが許されたのも大きい。
「またネアを使うと姫君が雇用されてご負担をおかけするだろう、と」
役割が終わったら使い捨てにされ殺される子ども、なんて絶対に嫌だから廃止してくれるのは凄く嬉しい。ミュールズさんだと詳しい話を通しやすいこともある。
一日一回アルケディウスの皆の生の様子が聞けるのは生きる糧だ。
まあ、食事に何か混ぜられているであろうことも、禊の水も冷たい上に怪しいのも代わりはないのだろうけれど、前に見たいにボーっとすることもないし気持ち悪くなったりもしない。『星』に護られているというのは本当だと感じていた。
『マリカ。大丈夫?』
そして、個室で私が一人になっている時限定だけれども『精霊神』様も時々顔を出して下さる。主にラス様。個室の中以外では姿を現さないので、マイアさん達は気が付いていないだろう。
「あ、はい。今の所は体調不良とか無いみたいです」
『良かった。……『星』との経路が上手く働いているようだね』
「『星』との経路?」
『君はまだあんまり気にしなくていい話。要するに『星』が君を守ってくれているってこと。だから君は安心して『神』との会談に注力するといい。アーレリオスは何かやってるみたいだけれど、君に害が及ばないように動いてくれる筈だ』
「はい」
『前に言ったけれど、今回はあいつを引っ張り出すとか気にしなくていい。様子見。
無事帰ってくるを優先して』
そう。一番の本命が新年の儀式
『神』の元に『聖なる乙女』が行き、祈りを捧げて力を貰ってくる儀式だ。
潔斎二日目、神官長が説明してくれた。
「簡単に説明させて頂きますと、マリカ様には深夜、神殿での礼拝にご参列頂きます。
主に神殿の者だけの儀式ですが一般人も入ってくることが可能ですので、アルケディウスの者が入っても構いません。その後、神殿奥の『神』の間に向かい、祈りを捧げて頂きます。
その際、この聖杖をご持参下さい。祈りの後、神がお力をお与え下さいますので、それをもって戻って来て下されば新年の儀式は終了にございます」
概ねはアンヌティーレ様から伺った通り。でも1つ新情報があった。
「私が戻って、杖を返すまでは儀式は終わらないのですね」
「はい。儀式の間中、神殿は全て消灯されております。『聖なる乙女』がお持ち下さった杖によって、私が最後に光を灯して儀式終了にございますので」
「奥に行った『聖なる乙女』が帰ってこない、とかは無いんですね」
「はい。一刻程でお戻りになられます。それまで我々はお待ちしておりますので」
なら、少しは安心できる。拉致して返さないなんてことはできないだろうからね。
憑依されて身体を乗っ取られるとかは心配が残るけど。
「きっと『神』は今年一年間の『聖なる乙女』の御活躍に大いなる祝福をお与え下さることでしょう。我々も儀式が楽しみでございます」
「アンヌティーレ様の時にそんなことがあったのですか?」
「無くはなかった、というところでしょうか?『神』の祝福を得た後、『聖なる乙女』はより美しさ、輝かしさを増し、漂う色香はあらゆる者を魅了したものでございます」
「『乙女』が色香漂わせてどうするんですか? でも、とりあえずそんなことにならないように気を付けます」
「それは残念」
「私まだ十一歳ですよ」
「確かに成人には今少しありますが、既に世界中に求められる『聖なる乙女』。その輝かしさが増すことに何の不都合がありましょう」
イヤな笑みを浮かべて神官長は私を見ている。
私は誰彼かまわず魅了する色香なんていらない。
好きな人だけが、好きでいてくれればそれでいい。
まあ、人間として嫌われたいわけでは無いけれど。
そんな苛立ちを胸に過ごしているうち長いようで短かった潔斎の時間は終わり、いよいよ大晦日になった。
朝から早く起きて、禊をして儀式用の服に着替える。
午前中の礼拝用は普通の神殿服。誂えた儀式用の服は深夜の時に使うんだってんだって。
一般用の礼拝には神官長と一緒に参加して、参列した者達に祝福を与えた。
新年は国でも忙しいらしくて流石に『聖なる乙女』のおっかけアインカウフもいない。
大聖都の市長とかギルドの人はいたので、知らない顔が全くないではなかったけれど。
午前中の儀式の後は仮眠して、食事の後、もう一度禊と着替え。
今までで一番丁寧に、身体の隅々まで洗われた。
顔には花の化粧水。唇に少し口紅を塗ってフリュッスカイトから貰った白粉をはたけば。
鏡の向こうには我ながら可愛らしいというか神々しい『聖なる乙女』が佇んでいる。
白に金糸の縫い取りの衣。額にはプラーミァのサークレット。リオンからもらったカレドナイトの指輪。他にもジャラジャラ飾りはついているけれど、夜だからか、かえって華やかでいい感じ。
豪華すぎて落ち着かないけれど。
「お美しくていらっしゃいますわ。『神』もきっとお喜びの事でしょう」
マイアさん達は自信満々という顔でそう言ってくれたけれど『神』に褒められてもうれしくは無いんだよね。どうせならリオン達に見て褒めてもらいたかったなあ。
そして深夜。
奥の院の扉が開き、現れた神官長が私に手を差し伸べる。
「マリカ様。ご用意はできましたでしょうか?」
「はい。今、参ります」
私は今年最後にして最大の。
『神』との戦いに一歩を踏み出したのだった。
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