【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

水国 交渉問答の結果

公開日時: 2023年4月3日(月) 09:09
文字数:3,965

「えっと、すみません。交渉問答に負けてしまいました。

 私のお休みの日に一日、公爵様と大貴族さんの為の料理講習会を開く事をお許しいただけないでしょうか?」

「何故、そうなる?」


 フリュッスカイト三日目。

 お休みを頂いてオリーヴァ農園の見学に行ってきた報告の夜。

 私の話を公主様と一緒に聞いていた公子メルクーリオ様は眉根を上げている。


「姫君には大貴族や公達からの交渉は全て断って頂きたいと頼んであった筈だ」

「すみません。でも、お二人の公爵が必死に迫って来られて、断るにも断れない状況で……。

 ねえ? フェリーチェ様」

「確かに良き返事が貰えなければ力づくでも、という思いは見て取れましたが……」

「フェリーチェ! 何の為に其方やルイヴィルを付けたと思っている。

 どうせ、奴らは本気の力づくには出られないのだ。公主家の名を出して命じればすむことだろう?」

「私だけでは無く、随員達もおりましたし、人目もありました。

 あまり騒ぎにはしたくなかったのです」


 メルクーリオ様の剣幕に、公子妃様も苦笑いしている。


「二人の公爵が姫君との直接交渉に出るつもりのようだ、と報告が来たのは今朝、姫君達が視察に出てからの事でした。

 そうやら舞踏会で門前払いをくった大貴族達が、泣きついたようで彼等も退く事ができなかったようですね。男性貴族に待ち伏せてられての交渉などとと姫君には怖い思いをさせてしまい、申しわけありませんでした」


 私を庇う様に公主様が助け舟を出して下さった。

 地位のある男性に迫られれば怖いだろう。だから強気には出られなかったのだろう、と暗に言っているから、メルクーリオ様も更なる文句を噛み潰したようだ。

 実際、お二人の公爵はかなり本気だった。

 周囲には武官も含めて二桁の従者を連れていたし、こっちの随員は子どもが殆どだ。

 ルイヴィル様もいたし、負けて連れ去られる、ことはなかったとしても手荒な騒動になれば色々と傷ついていた可能性がある。

 二方のメンツとか、フリュッスカイトとアルケディウスの商業交渉とか。


「それでなんで交渉問答をする必要がある?」

「すみません。あの場で話を収める良い手段が他に思いつかなくて」

「兄上、すみません。僕が兄上達を止められれば良かったのですけれど、とっさに思いつかなくて……」

「姫君。相手は、仮にもフリュッスカイトの公爵です。

 確実に強いことが解っている相手に、素人が交渉問答を仕掛けてどうするのです?

 ソレイル。お前も何としても止めるべきであったであろう!」


 メルクーリオ様は私にフリュッスカイトの風習、交渉問答を仕掛け、教えた張本人。

 ブーメランだと思います。諦めて欲しい。


「確かに交渉問答は立場の弱い者が、強い相手から譲歩を引き出す意味合いもあります。

 仕掛けた以上二人も引くに引けない状況でしたでしょうから、あの場の判断としては間違っておりませんわ」

「はい。どうやらお二方の方も問題を用意していたようでしたが、私の方が先に提案してしまったのです。流石、フリュッスカイトの公主様の御血筋。あっという間に解かれてしまって……」

「それは、どんな問題を出されましたの? 興味がありますわ」

「オリーヴァの実を使った問題です。生の実を農園から頂いてきたので」


 私は十七粒のオリーヴァを分ける問題の話をした。

 三人の公子で決まった等分に分けるように、というやつ。


「……姫君がその場で考えられたにしては面白い問題だな」

「元となる問題は私が考えたわけではないのですが、丁度いいなあと思って」


 向こうの世界で頭の体操とか、脳内パズルとかはけっこうやり込んだ。

 リアル謎解きゲームなんてのも盛んだったしね。

 その中にあった十七匹のラクダと遺言の話をアレンジさせて貰ったのだ。

 交渉の後、ジョーヴェ公爵は言ってた。

「姫君に問答を仕掛けられて、助かりました。

 こちらから先に仕掛けていたら、負けていたでしょうからね」

 って。


「これは、もう一個の実を足して十八個にしてから分ける、が正解でしょうか?」

「流石お母様」


 少し考えて直ぐ答えに辿り着いた公主様はやはり流石。


「面白いな。その通りに分けてちゃんと最後に足された一個も戻る」


 そのヒントで、メルクーリオ公子もなるほどと頷いていた。

 有名な論理パズル。十七匹のラクダと遺言はそういう問題だ。

 割り切れない十七を割り切れない、二分の一、三分の一、九分の一に分けるには一個足して十八にして割ればいい。二分の一である九個、三分の一である六個、九分の一である二個をとったあと、最後に一個残る。


「だが、厳密には十七の実を指定の割合で分けられてはいない」

「皆が納得する方法で分ける。が指定なので。

 その方法で分けて納得しない方はあまりいませんよね」


 理屈っぽいメルクーリオ様だって、最初に納得して頷いていたのだ。

 反論はできない筈。


「私は公主家の招聘を受けた身ですので、料理レシピを学んだあとの分配方法に口を出せる立場ではございませんが、より多くの人に『新しい食』を楽しんで頂きたく思っております。

 公主家とは別に、御用商会が代理店契約を結び、一般の商会にも普通の人も手が届きやすいレシピを販売する予定です。公爵様達もレシピ代を払う事に異論はない、とおっしゃっておられました。

 もし厨房の広さに余裕があるのなら、一度に多くの料理人を入れた方が一度の指導で多くの人間に知識が伝わるのでは無いかと思いますが」


 私の『敗北』条件にお二人の料理人を指導に入れて貰えるように進言する、というのもあるので伝えておく。

 個人的には料理を上流階級だけの嗜好品にはいつまでもしておきたくない、というのはどこの国でも言っていることだし。


「知識は剣であり、盾だ。使いこなせる人物が正しく使ってこそ力を発揮できる」

「そのお考えを否定するものではありませんが、知識には制限をかけるべきものと、広く伝えるべきものがあると思うのです。

 オリーヴァの油を使った様々な品物も、知識があるだけでは作れないし、販売もできませんでしょう?

 今後食を広く楽しみたいと思うのなら、生産者を育てる意味でもある程度レシピは広げていく方がいいと思います」


 第一次生産者を大事に。これも各国で言っている。

 作って貰えないと食べられないのだ。


「私が、勝手に仕掛けて勝手に負けた問答の結果ですので、判断は公主家にお任せ致します。

 もし不可の場合には、一日頂けるお休みで、調理実習を公爵家ですることをお許し下さい。

 支払われた料理レシピの代金は、公主家にお納め致します」

「あら、姫君が私的な休みに得た収入まで介入するつもりはございませんよ」

「私の派遣の代金は既に頂いておりますので、それ以上に求めて私腹を肥やすことはできません」


 そこはしっかりけじめる。


「……解りました。公主家でレシピを一端束ねるのは、そこから派生する収入についての問題があったからですが、考えてみれば、レシピを購入しあの美味を味わえるようになった時点で十二分に元はとっておりますからね。……メルクーリオ」

「は、はい」


 話を聞き終えた公主様は公子様を見て静かに微笑む。


「二人に『新しい食』に興味があるのなら姫君の指導時に料理人を入れることを許すと伝えなさい。

 ただし、配下の大貴族に伝える時には高額による転売は慎むようにとしっかり釘を刺して」

「…………かしこまりました」

「ソレイル。其方も、自分の料理人を入れたいのなら入れる事を許可します」

「いいんですか? 母上!」

「代金は……そうね、出世払いにしておきましょうか?」

「ありがとうございます!」


 良かった。

 フリュッスカイトでもより多くの人に『食』を楽しんで貰えて、生産の輪も広がっていくだろう。舞踏会で必死に詰め寄って来た人達にも少しは応えることができたかな?



「姫君。貴女は一体何者だ?」

「どういう意味でしょうか? メルクーリオ様?」


 会見を終え、謁見の間を出た廊下、メルクーリオ様が私を睨む。


「貴女は、わざと、負けられたのだろう?」

「交渉問答、というのはそういうものではありませんか?」


 ここまで騒ぎにしてしまった以上取り繕っても仕方がないので、猫マントはちょっと脱ぐ。

 さっきのオリーヴァの実の交渉問答の答え、最初に気付いたのはソレイル君だったけれど公爵お二人も、ちゃんと私が答えを教える前に気付いたし、『その先』も理解して下さった。


「それに多分、公主様はその辺も読んだ上での『行動』だったと思いますよ」

「やはり貴女もそう思うのか?」

「はい。『独断専行』しようとしたメルクーリオ様」


 この時、割とあからさまな敵意と警戒がかけられた自覚がある。

 カマラはマジで怖かったと後て言っていたっけ。


「これも民の為、国の為だ。だが……」

「だが、何です?」

「……やはり、侮れぬな。貴女は。

 面白い」

「ありがとうございます」


 因みにインテリ公子は何故わかる、なんて言質は取らせてくれなかった。

 代わりにお父様のように頭をなでなで。

 この辺の頭の良さはアーヴェントルクのヴェートリッヒ様を思い出す。

 王家の血筋ってみんな保護者の素質をお持ちなのだろうか?

 まあ、国の保護者、だしね。


「約束の違約金は生オリーヴァの灰汁抜き方法で構わない。

 見せて貰えるのだろうな?」

「上手くいけば、フリュッスカイトの新しい名物になります。

 タダではちょっと。

 あと、最初の問答でかけられた問題正解のご褒美、考えたらまだ貰ってない気がするんですが……」

「仕方ない。何がお望みだ?」

「腕のいいガラス工房を紹介して下さい。後、ソーダがもっと欲しいです」

「? 何をする? 何に使う?」

「まあまあ、どちらも成功すれば必ずフリュッスカイトの益になりますから」


 欲しいものの為に利用し、利用される。

 互いを認めあうWinwinの関係を公子とこのフリュッスカイトでも築いていける。


 私は、公子との軽口を楽しみながら、そう信じていた。


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