緞帳が開くと、そこにはアルケディウスの街並みが広がっていた。
勿論、それは書き割りの絵なのだけれど、工夫されているなあ、と私は感心した。
ロールカーテン、というかスクリーン?
布に描いた街並みを垂らしてあるのだけれど、多分、それを引き上げたり、下げたりすることで場面転換をするのだと思う。
今は、アルケディウスの大広場だと解る。
「さあさあ、いらっしゃい! 今日はアルケディウスの大祭だ♪
今年の戦は大勝利!
『精霊神』も蘇り、アルケディウスは栄え有り♪」
「いらっしゃい。いらっしゃい! 『新しい味』を食べておいき。
元気、百倍、いや千倍だ!」
アンサンブルの人達のちょっとミュージカルっぽい歌声が楽し気に響く中、舞台の下手に精霊女王と侍女たちが姿を見せた。
「それで、どうなさるおつもりなのですか? 女王陛下?」
「どうもこうも無いわよ。約束通り、この町で探すわ。輝かしいものを。
陛下に負けるわけにはいかないの」
「本当に意地っ張りなんだから」
「何か言った?」
「いーえ、何にも。あーあ、どうせ祭りに来るのなら、パルと一緒が良かったなあ」
「だったら、戻ってもいいわよ」
「女王陛下、街に来た事おありです? お金で買い物した事は? お金をどうして稼ぎます?」
「……ないわ。ないけど、知ってるわ。ものを売ればいいでしょう?」
「知ってるだけじゃ、ダメなんですよ。
何を一体売るつもり?
ホントに世間知らずな女王様。危なっかしくてほっとけない!」
この精霊女王の侍女さん、侍女だけどなんだか女王陛下に一方的に仕えるって感じじゃないみたい。友達のような感じで、けっこうずけずけとモノを言っている。
「私が売れるものといえば、このドレスしかないかしら?」
「それしか多分、無いですね。
そうでなくても、目立ち過ぎ。ビロードのマントに、繻子のドレス。売って目立たない服に着替えましょうか。
どこかにお店はないかし……わあっ!」
キョロキョロしていた侍女さんが、突然尻もちをついた。
人ごみの中か現れた青年とぶつかったのだけれど、彼はごめんなさい、と謝って侍女さんを立たせてくれたのだけれども。
その隣、女王陛下をまじまじとぐるぐると、回って見つめると突然、二人に跪いた。
「これぞ、きっと運命のお導き! どこの麗しのご婦人。
どこぞの名のある方とお見受けいたします。こんなことを突然お願いするのは失礼と承知の上で、ぜひともお願い申し上げます」
「通りすがりの女二人に、貴方は何をお望みですか?」
「その私にどうか、売って頂けないでしょうか? 具体的には今すぐ脱いで?」
「「はいいっ?」」
その頃、精霊王サイド。
ごろつきに追われる少女を助けた精霊王は、彼女の話を聞いていた。
人の世に慣れてるっぽくて、彼はもう目立たない=『大祭の精霊』の装束を纏っている。
「つまり、其方には思いを寄せる男がいる。けれども親は貧乏な男を嫌って別の婚約者を決めてしまった。と」
「はい。婚約者が用意したものよりも、美しい花嫁衣装をこの祭りが終わるまでに手に入れないと父は結婚を許さないと無理難題をふっかけて。貧しいガラス職人である彼がそんなドレスを手に入れられる筈がありません」
「さっき、君を追いかけていたのは?」
「婚約者の部下だと思います。どうせ無理なのだから諦めて、一刻も早く妻になれと……」
「君は彼の妻になりたいのかね?」
「いいえ、私はお金を積んで、私を飼おうとする男より、優しくて思いやりのある。
そして何よりも働き者の彼が好きなのです」
「どうするんですか? 王様。まさか首を突っこむおつもりで? 女王様を追いかけなくてもいいんですか?」
「妃は妃で大事だが、こちらはこちらで大事だぞ」
涙を必死にこらえる少女に、精霊王は手を取り静かに微笑んだ。
「私に任せておきたまえ。代わりに一つ欲しいものがあるのだが」
そこからは、二組の男女+悪役の婚約者のドタバタ騒ぎで物語はコミカルに進んで行く。
「そういう事情であるのなら、ドレスをお譲りしましょう。ただし、見てのとおり、この服は安くはありませんよ」
「僕が払えるお金は全て差し上げます」
「では、お願いを聞いて下さいませ」
ドレスを譲る代わりに古着屋を紹介して貰って、『大祭の精霊』の衣装を身に着けた精霊女王はご満悦の様子でくるりと可愛らしく回る。
「本当にいいのですか? 古着二枚では絶対に見合わないような……」
「いいのです。私はこういう服が欲しかったの」
「せっかくの祭りなのにもう少し、華やかにすればいいんじゃないですか?」
「では、代わりにこれを。僕が作った試作品ですけれど」
「まあ、ステキ。こんな美しい飾りがアルケディウスで作られているなんて」
「いつか優れたガラス職人になりたいと僕は思っています。
宝石で彼女を飾ってあげる事はできないけれど、美しい輝きがいつも彼女に有るように」
貰った花の髪飾りに触れると彼女には、彼の事情や誠実な思いが感じられた。
そして、彼の恋の悩みを知り、手助けをしてあげようと心に決めて行動し始める。
精霊王も、女王も、二人の恋を手助けしようとするのだけれど、ドレスを手に入れ彼女の所に行こうとした青年は彼女の側に精霊王がいるのを見て彼女が心変わりしたと勘違い。 そして彼女も彼の側にいる精霊女王が彼の本当の恋人ではないかと思って、がっかりすると誤解とすれ違いの応酬。ドキドキハラハラが止まらない。
さらに貴族のドラ息子である婚約者が、精霊女王にも恋慕して、二人共妻にしようとか言いだすあたりには、精霊王の怒りも見えてこの先どうなるのだろうと心配になった。
歌劇形式で、要所要所に美しい歌やダンスもあって飽きさせない工夫もされている。
リュートとフルート、そしてこの世界にもあったっぽい、太鼓の音が上手くBGMになって物語を盛り上げていく。
そして、クライマックス。
精霊女王と、侍女の仲介(こっそり精霊王と従者の手助けもアリ)でやっと祭りのフィナーレ、円舞曲の前に顔を合わせる青年と少女。
頑張りなさい、と母親のように微笑む精霊女王に背を押され、青年は少女にドレスを差し出しながら告白する。
「マリーサ。僕は君を愛している。僕はしがないガラス職人でしかないけれど。
美しい宝石を君に贈ることはできないかもしれないけれど。
ここに誓うよ。君の為に、星を、花を、光を。この世の美しいもの全てを象って君に贈り続けると」
「レオン」
「君は何を信じる? マリーサ? 身勝手な婚約者の戯言か。心で作り出した偽りの彼の恋人か? それとも愛する彼の言葉か?」
「私は……、私は彼を信じます。彼の焼けた指が紡ぐ努力を、彼の想いを、誠実を、愛を信じます」
「マリーサ!」「レオン!」
二人が愛を確かめあった所に、婚約者が部下を引き連れて乱入して来たけれど
「さて、奥方よ。ここは我らの力の見せどころではないか?」
「貴方の方が全てを見通す目をお持ちのようですね。我が王。
ええ、せっかくの祭りと見つけた宝を台無しにするわけにはいきません」
精霊王と従者は戦士として、カッコよく立ち回り敵をバッタバッタと倒していき、女王と侍女は魔法で彼らを拘束して行く。
「貴方達は……一体?」
なんなく全員を倒した彼等に唖然とする青年と少女を見て、精霊王は泰然と笑う。
「それは知らなくていい事だ。
一夜の夢と思って忘れるがいい」
「ええ、この邂逅は一夜の夢。でも私は忘れませんわ。貴方達との出会いと、この町であったことを」
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったら……」
「お礼は十分に頂きましたわ。この髪飾りと」
「ああ、この喜びの美しい涙で十分だ。
美し恋人達に祝福を。緑の大地とそこに生きる者達に称えあれ!」
少女の眦に添えた精霊の指が光を弾くと同時、舞台は暗転。
再び明るくなった時には、彼らの姿は消えていた。
「あれは、あの方達はきっと、人間ではなかったのですね」
「そうだ。我らを愛し、見守って下さる精霊で在らせられたのだろう。
マリーサ。これから先もきっと、困難が待ち受けているだろう。
父上の説得もある。けれど、ずっと共にいてくれるかい?」
「はい。レオン。精霊の祝福を受けた私達に怖いものなどもうありませんわ」
口づけを交わす美しい二人。
それを遠くで見守る精霊の王と女王。
「どうだ? 我が女王よ。見るのと聞くとは大違い。私が言った意味が解ったか?」
「本当に意地悪な方。最初から、何もかも解ったような風でいらして。
でも、ええ、私の負けです。
本当に見ているだけは解らなかった。人の世の美しさも醜さも。
命と思いの熱さもなにもかも。人を守る精霊でありながら、私は人の事を何も理解していなかったのですわ」
そう微笑むと、つっと精霊女王は膝をつく。王にその頭を静かに下げて
「賭けは私の負けです。どうぞ、なんなりとご命令を」
くくっと、従者と顔を見合わせ笑った精霊王は、スッと騎士のようにその手を女王の前に差し出し
「ならば、祭り見物のやり直しと行こう」
立ち上がらせる。
「貴方?」
「私も言葉が足りなかったようだ。私は、君と一緒に祭りに行きたかったのだ。
ヴィエネーラ。一緒に踊ってくれないか?」
戸惑いながらも侍女に背を押され、精霊女王はその手を握りしめる。
「ええ、私も、貴方と共に祭りを楽しみたかったのです。コルドゥーン様
大丈夫。祭りはまだ終わってはいませんわ」
寄り添う二人は、そっと傍らの従者に光を渡す。
「あの街で、もっとも輝かしいもの。人を信じ、思い、愛し、共に生きようとする心」
「あの街で、もっとも輝かしいもの。前を向き、努力し、より良い自分になろうと努力する思い。きっと『精霊神』様もお慶び下さるでしょう」
少女の涙と髪飾りを宝箱に大切に収めると、二人の精霊は
「では、いくとしようか? 我が妃」「行きましょう。我が王よ」
恋人同士のように手を握りしめ、祭りの中に戻って行ったのだった。
物語の幕が閉じると、同時、惜しみない拍手が、エンテシウスに、劇団員達にそして私達に教えてくれた。
『新しい劇』の成功を。
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