正直、またか、と思った。
他に芸風ないのか? と思われちゃう。
この世界の七王国には女の子が本当に殆ど生まれていなくって。
各国の王位継承権の所有者は皆、男なのだと聞いている。
だから、知識を持つ『皇女』をGETするのに一番いい方法は結婚で、各国どこにいっても王族や貴族が手を変え形を変え結婚を申し込んで来る。
まだ11歳なのに。
正直、もううんざりだ。
「ソレイル様。前に申し上げたかと思いますが、私はソレイル様と結婚はできません。
『聖なる乙女』の役割もありますし、アルケディウス皇女としてもやすやす他国に嫁ぐことはできません」
「解っております」
少し厳しめの口調でソレイル様に告げると彼は神妙に頭を下げる。
でも結婚を申し込んで来たということは解っていないとということだし。
「お茶会にお招きしたのも、良きお友達でありたいと願ったからです。申し訳ありませんが結婚相手と考えたことはございません」
「解っております」
「私にはリオンという婚約者もいます。騎士貴族ではありますが、父が選び、認めた相手。
彼を倒す実力の無きものには結婚相手の資格はない、と父は厳しく申しております」
「解っております。僕ではルイヴィルを倒す実力を持つ彼には敵わない事も」
軽くリオンを一瞥するソレイル様。
その眼には確かにリオンを軽視する光は無い。
己の弱力に悔やむそんな思いは見て取れるけれど。
「それに、先程『公主』になって欲しいとおっしゃいましたが、この国には既に立派な『公子』がおいでになるではありませんか?
私がソレイル様に嫁いだとして他国の皇女が『公主』になれるわけがありません。それなのにどうしてそのようなことを……」
「姫君の疑問とお怒りは十分理解しております。
私を友として、一人の人間として見て、こうして誘って下さった皇女に対し、この上ない失礼を申し上げている、ということも」
「ならば、どうして……」
「我が国にはどうしても『精霊の力を持つ長』『聖なる乙女』が必要なのです。早急に」
「え?」
瞬きする私を見つめるソレイル様の目には物悲しさが宿っている。
彼は彼なりに考えた上で私に告げたのかもしれない。
「この求婚は、僕の独断です。兄上、母上も知りません。
母上には、母上が魔術師であるということを伝えるということの許可をとりましたが許可を得たのはそこまで。
多分僕の求婚や、僕が姫君にこの国の裏の事情を話した事が知られたら、怒られると思います」
「なら、どうして……」
「姫君は僕に言って下さった。
何をしたいのか? と。公主の子として僕は何をしたいのかと考えた時、どうしてこの『能力』が発動したのかを考えた時、その理由は一つだと思いあたったのです。
この国を、美しい都を守りたい。その為には、姫君の、アルケディウスのお力が必要だと思ったから、このような手段をとりました」
縋る様な眼差しに胸が詰まる。
何か、本当に思い悩む事が在り、縋る思いでこの選択をしたのだということは解った。
だから膝をつき、ソレイル様の手を私は取った。
「ならば、理由をお聞かせ下さい。
私がソレイル様に嫁ぐことはできませんが、お力になることはできるかもしれません。
この国や都を守る為に、私の力が必要だという理由を教えて下さい」
「はい。
正直に申し上げるなら、この水の都ヴェーネは危機に瀕しているのです」
「え?」
「ソレイル様!!」「それを言っては!!」
ソレイル様の発した言葉に驚嘆したのは二人の随員だった。
けれど彼らが発しようとしたを制止を
「黙っていろ。責任は僕がとる。母上と兄上にもちゃんと自分で告げた上でな」
ぴしゃり、王族の威厳で跳ねのけるとソレイル様は
「ヴェーネはおそらく近いうち。
早くて数年、遅くとも数百年のうちに水に沈むことになるでしょう」
「え?」「どうして?」
静かに、そう告げたのだった。
私とソレイル様がソファに座り直し、随員達も元の場所に戻ってから彼は静かに話し始めた。
「事の始まりは、我が国の建国の伝説に始まります。
この星を作った七人の『精霊神』は人々が暮らせる大地を作った後、大陸に散り七つの国を作ったとされています。
各国の王城と街の基礎は『精霊神』が作ったものなのだそうです」
「そう、なのですか?」
「ええ。聖典ではない、各国に伝わる伝承はそう伝えています」
どこか向こうの世界の雰囲気が漂うお城や街並みを『精霊神』が作ったというのは驚きだけれど、今は話の邪魔をしちゃいけないと思う。
だから、私は黙ってソレイル様を見た。
「フリュッスカイトは水の国。精霊神はこの干潟に街の土台を立て城を築き、人々は城に寄り添うように街を作りました。
時折、大波で街が水に浸ることもありますが、その流れによって近くの浜にガラスの元となる砂などが運ばれ、作物を栽培して疲れた土が水に流され肥沃な土が運ばれるなどフリュッスカイトに恵みを齎していたのです」
ガラスの元となる砂、珪砂の産地が近くに在るのか、と思いつつ私は首を横に振る。今聞くべき話はそこじゃない。
「フリュッスカイトは代々、『魔術師』の才能を持つ者が長の地位についていました。公子になる為の試練も、その一環であったと聞いています」
「では、公主様も?」
「はい。水の魔術を得意とする魔術師でした。王杓が魔術師の杖と同じ力を持っていて、その水の力で高波の浸水や大きな被害から国を守っていたのです。
ですが不老不死後、その力は弱まる一方で、前回の高波の時には殆ど力が発揮されず、危うく流されるところでした。
兄上がギリギリで救出しましたが、次の時にはもう国を守る力を発揮できないのではないかと見られていますし、僕もそう思います。
力なく、国を守れない王族は侮られる。大貴族達が母上を尊重しなくなったのはその辺にも原因があるのです」
どうやらソレイル様の『計算』はただの数字計算に留まらず、本当に状況や行動の分析やシミュレーションまで可能としているのかもしれない。
ただの計算能力と思ってどこか安心していたけれど、本人の力の大きさ、重さはやっぱり他人には解らない。かなり辛そうだ。
「王族魔術師の力が無ければ、ヴェーネは近い将来波に沈む。
その日はもしかしたら明日かも知れない。
兄上は魔術師の資格を持った『公子』ですが不老不死者のせいか、王杓を使う事はできないと言っています。魔術師たちも王杓は力が強すぎて使えないそうです。
フリュッスカイトには新しい王族魔術師が必要なのです!」
「それで、何故、私が『公主』になる必要があるのですか?」
「アルケディウスの『聖なる乙女』は『神』と『星』の祝福を授けられた者。
各国の『精霊神』を復活させた万能の力の持ち主だと聞いています。
貴女なら、『公主』と同じ力を発揮できる。そう思った、いえ、解ったから……」
ソレイル様はフェイやアルとは違う計算の目で、私の中にある『精霊』の力を感じ取ったのかもしれない。
付け焼刃の簡単な術しか覚えていないけど、私は確かに精霊魔術が使える。
お願いすれば多分、できるのだろうとも思う。
でも……
「ならば、ソレイル様が公子となり、王族魔術師として国を治めるのはできないのですか?」
「僕には無理です! 兄上に資質も能力もまるで及ばない。
ましてや母上のように杖の力を使って術を行使するなんて不可能です!」
「やってみなければわからないでは無いですか?」
「解るんです。僕には。僕では無理だという事が……」
「ソレイル様……」
悔しさにソレイル様が唇を噛みしめているのが解った。
「姫君は、僕が何をしたいか。したいことをすればいい。とおっしゃって下さいましたね。
僕がしたいのはフリュッスカイト。この美しい水の都ヴェーネを守る事です。
長になりたい訳では無い。兄上や母上を助けてこの国を支えたい。
でも僕にはその力が足りないんのです……。どうか、どうかお願いします……」
涙ながらに膝をつき懇願するソレイル様。
彼の気持ちは解るけれども、
「ソレイル様。
今のお話は、聞かなかったことにさせて下さいませ」
イエスと言ってあげる事はできない。
跪くソレイル様の前に私は膝をついて震えるその手を握りしめた。
「マリカ様……」
「とても、とても大きな、フリュッスカイトの根源を揺るがす大事な話。
ソレイル様の一存で決めていい事ではないと存じます」
「ですが……」
「ソレイル様が公主の一族として国の事を真剣に憂いておられるのは解ります。でもその心配を公主陛下や公子様にお話したことはお有りですか?」
「い、いえ」
「でしたら、まず公主様や兄公子様、そして兄上達とも相談してみてはいかがでしょうか?」
「皆様で相談し、良い方法を考え、その上で私の力が必要であるのなら嫁ぐことはできませんがお手伝いいたします」
唇を噛みしめるソレイル様にふと、別方向から助言の声が降る。
「ソレイル公は魔術師を目指す志はお有りになりませんか?」
「フェイ?」
「僕が、魔術師?」
「はい、ソレイル公はまだ不老不死を得ていない子どもです。王杓の精霊石との契約は難しくても、魔術師として普通の精霊石との契約は可能かもしれません。
そうすれば術を行使される公主様をお手伝いする事はできるのではないでしょうか?」
「本当に? そんな事が?」
「不可能ではないと存じます。
それにマリカ皇女は公主家より『精霊神復活の儀式』を依頼されております。
現在封印されている『精霊神』が復活すれば、公主様の王族魔術師としての力が取り戻されたり、公子様が魔術師として精霊石と契約したりする事が可能になるのではないでしょうか?」
「リオン……」
今まで黙って話を聞いていた専門家の助言に公子からの返事は無い。
でも、目をつぶって思案する様子は私の言葉、フェイの助言、リオンの提案それを受け入れた後の結果を計算しているのかもしれない。
「何より、結婚というものはそういう打算や国の為にするものではないと存じます。
ソレイル様だって、選ぶ権利がお有りですよ」
いや、王族皇族の結婚は政略結婚が当たり前だというのは解っているけれど、ここはあえて流す。冗談のように軽口と笑いで。
「一人で悩まず、ご家族や周囲と相談してみて下さい。
その上で、私がこの国の為にできることがあるのなら、お手伝いします。
結婚以外で」
「結婚以外で、ですか?」
「はい。結婚以外で。ソレイル様は、私の大事なお友達ですから」
クスッと小さく零れたのは自嘲の笑み、だろうか。
ソレイル様は黙って立ち上がると、私達に深く頭を下げた。
「確かに、僕一人で決められる事でも、決めていい事でもありませんでした。
失礼な先走りを、どうかお許し下さい」
「いえ、ソレイル様のこの国を思う気持ちはよく解りました。
とても素晴らしい事だと思います。
先ほども申し上げた通り、私もできることはお手伝いいたしますので必要な時はお声かけ下さい」
「兄上や母上と話をして参ります。その上で改めてまたご相談させて下さい。」
「解りました。お茶が冷めてしまいましたね。入れ直しましょう。
そして今度こそ、楽しい話を致しませんか?」
「ありがとうございます」
その後は普通のお茶会らしく、アルケディウスとフリュッスカイトの特産品の話や、城の話、家族の話など楽しい、でも当たり障りのない話をしてお開きとなった。
ソレイル様を見送る。
真面目で優しい、精霊に好かれるステキな王子様だ。
彼の為に、この国の為に私は何ができるだろう。
そう考えながら。
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