不老不死解除後の世界については、各国でも色々と対策や話し合いがなされていたらしい。
私を生贄に捧げることについて、各国が反対しなかった裏にはステラ様がおっしゃった意図に一部の方達は気付いて、同じ意図を持っていたからというのもあったと、お父様は話して下さる。
「『国全体』の意図は解らんが、少なくとも義兄上、ヴェートリッヒは気付いていた。あと、フリュッスカイトの大公は『精霊神』に教えられたか、聞いた節があるな」
「マリカを『精霊神』が生贄することなぞ許す筈もない。となれば、あれは我々への試し。
不老不死世を存続させるか否かの試練であろう」
それを看破した上で、プラーミァの国王陛下もアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子も、私を生贄にする=不老不死を捨て去る方向で動いた。
「不老不死にはもう飽いた。俺がいつまでも居座っていてはグランダルフィやガルディヤーンも目を出せぬからな」
「僕は父皇帝に反対する振りをしつつ、裏からは焚きつけていくつもりだ。
勿論、本当にマリカを死なせるような流れになったら反対するけれど」
最終的にお二人は自国の『精霊神』様から真実を知らされ、最後、私の生贄に反対するように立ち上がっていた。『精霊神』様達が大丈夫だと、止めなければ儀式に乱入しても止めて下さるおつもりだったようだ。
一方でエルディランドのスーダイ様は、そのことには気付かなかったけれど、大王であるとかそういう立場抜きで、私を案じて下さった。
ステラ様があの時、おっしゃった私を生贄にするのは反対だと表してくだった方達。全世界で600人弱だけれど、ステラ様はちゃんと把握していた。
アルケディウスの孤児院のみんなや、ゲシュマック商会、グローブ一座。儀式には来なかったフリュッスカイトやプラーミァ王家、私の側近達の他にもたくさん。
そう言う方達が、少しでもいたことは、私にとって救いであり、誇りでもある。
『彼らには、少しボーナスを付けておいたわ。私からの感謝を込めて』
ステラ様は嬉しそうにそう言って下さっていた。ボーナスといっても他の不老不死者より怪我が治りやすいとか、精霊に好かれやすい、術が使いやすいとからしいけれど。
「僕には、そんな資格はないんですけれどね」
「ラールさん……」
大人の話になってから少しバツの悪そうな顔をしていたラールさんが、私の横、テーブルの上に座すステラ様に丁寧なお辞儀をする。
「偉大なる守護母神にして『星』たるステラ。お噂はかねがね」
『貴方は『神の船の子』でしたね。ラール・スチュワート』
子猫だから人間ほどはっきりと表情が解るわけでは無いけれど、明らかに慈愛に満ちた表情で名前を呼ばれてラールさんの目が驚きに開く。
「覚えていて下さったんですか。いえ、僕達全てを守り地球から導いた偉大なる『能力者達』
星の全てを預かる貴方達にとっては当然なのかもしれませんが」
「チキュウから導いた能力者? 船の子、どういうことなんだ。ラール?」
「あー。それについては……言っていいんですかね。ステラ様。マリカちゃん」
ラールさんは、アル救出作戦の前に、自分から元『神』に保護されていた子どもであることを告白していた。自分は彼と袂を分かっているが、本質的なところで逆らえない。
だから時間を稼ぐ為に最初に彼と話がしたい。
もしかしたらガルフとリードさんに危害を加えることになるかもしれないと。
その時点で私はラールさんが初代の地球移民の一人であることに気付いたけど、精霊と魔王城関係者以外は、この世界の真実についてまだ知らない筈だ。
私達がいるアースガイアは遠い、銀河系第三惑星地球からの移民と精霊の力、基ナノマシンウイルスを自在に操る『精霊神』によって作られたのだということは。
『それがマリカに最も近い者である貴方達をここに呼んだ理由です』
「ステラ様」
『貴方達が望むなら、星の創生以前に関わる秘密を知ることができます。
各国王家の者たちにも、その資格があると見込んだ者達には夢を通して伝えるつもりです。
どうします? 知りますか?』
「それは、マリカが生まれる前にいたという『神の国』に纏わる話ですか?」
お父様の質問にステラ様の精霊獣は頷くようにぴょん、とテーブルから私の頭に飛び乗って顔を向けた。
自然と、皆の視線が私に集まる。
『……まあ、そうです。私達、『精霊神』の故郷という意味では『神の国』と言えるかしらね。貴方達、この星に生きる子ども達全ての、命の起源に纏わる話です。マリカがこの世界とは異なる世界の知識を持っている、とは知っていてもその理由などを知る者はいないでしょう。
アルフィリーガ、クラージュ。転生者である貴方達もあやふやである筈です』
「はい」「確かに」
『ですから、何故『精霊神』がこの大地に降りて国を作ったか。それを知りなさい。
そして、さっきも言った通り、この星で生きる『子ども達を守る』マリカの使命に力を貸してやって欲しいのです。かなり、理解しづらい、難しい話になるでしょうけれど』
「望むところですわ!」
「お母様……」
ステラ様の言葉に最初に頷いたのはお母様だった。
お母様の射るような視線が、ステラ様、じゃない。私に向かう。
「ステラ様は大陸の民。子ども達を守り導くのが精霊の使命、とおっしゃいましたが、それは本来、この世界の人間、特に我ら王族が負うべきものです。
なのに、この子はいつもいつも一人で抱えこんでしまいます。
私達がどれほど心配しているか、知りもしないで」
「十分に、甘えさせて頂いていると思ってますけれど」
「お黙りなさい!」
強い、叩くような口調に首が竦んだ。頭の上のステラ様は器用にバランスをとっているけれど。
「こういうことを言いたくはありませんが、母になったことのない貴女には解らないでしょう? 自分の娘が目の前で死ぬのを見させられる母親の気持ちが!」
「あ……」
私は口を噤んだ。うん、反論する権利は私にはない。
「何度言っても、何度言っても、他者の為に自分の身をくべる貴女の性質は治らない。
『精霊の使命』だと解っていても、腹立たしいのです。私は。
代われるものなら代わってやりたいのに、ただ見ているしかないのですから」
「お母様」
「ですから、貴女の起源を知り、抱えているモノを知り、少しでもその負担を軽減できるのなら本当に、望むところです」
『皆も同じ意見?』
白い精霊獣が顔を上げると、皆、それぞれにでも、確かに頷いている。
「俺は、もう二度と知らない事でおいて行かれるのは御免です。
あの時、最初のアルフィリーガとの別れの時も。もし、俺に知識があったなら別のことができたのではないかと、今も思っていますから」
「あの時、お前まで死なれていたら、俺達は正真正銘詰んでいた……。
お前は俺達の希望、だったんだ」
「勝手な希望を押し付けるな。俺がどれほど苦しんだか解らないで!」
お父様の言葉にリオンも押し黙る。
確かに先に行く者にはおいて行かれるものの気持ちは解らない、と言われればその通りですと頭を下げるしかない。
ガルフ、リードさん達、カマラ、セリーナも頷いてくれたし
「オレはある意味、当事者だからな。母さんや、父さんの故郷であるチキュウとかいう所の事を良く知りたい」
「僕も二人を助ける為に、知らなければならない知識があるのなら、逃げるつもりはありません」
『……そう。いい、家族、仲間、共に恵まれたわね。マリカ。アルフィリーガ』
「はい」「心からそう思います」
私達に柔らかい眼差しを向けると、精霊獣はぴょんと、私の頭から飛び降り、宙に浮いた。
『では、これから皆、寝室に戻り、眠りにつきなさい。
そして真実を知るのです。長い夢は文字通りの悪夢でしかないけれど、全ての起源。
その先に、このアースガイアがあるのだと、心して見るのですよ』
「はい」
大人の集まりが解散。
皆が自室に戻った後。
「マリカ様はどうぞこちらへ」
私はエルフィリーネに促され、一人三階に向かった。
豪奢で美しい作りの女王の部屋。
最上階の秘密部屋と四階の王子の部屋への秘密の入り口がある。
何度か入ったことはあるけれど、ここで寝たことは無かったなと思い出す。
『マリカ。寝台の上に上がって、そこで横になりなさい』
「はい」
私がふかふかの布団に背をつけると同時、ぶわん、と空気が揺れたみたいに感じた。
例えて言うなら、エレベーター? 宙に浮いた感じ。
そして気がついて見れば、私の周囲は完全に様相を変えていた。
ファンタジーから、SFへ?
全体の印象は、どこかメタリック。私の知識ではよく解らない、機械のような鋼と光の溢れた部屋。
その中央に、培養槽とでも呼ぶしかない、不思議な水槽があり、中に、一人の少女が浮かんでいる。白い、レオタードドレスを身に着けた長い黒髪のティーンエイジャー。
この顔には覚えがある。
「ステラ様? いえ、星子さん?」
「そう。これは、オリジナルの私です。
他の皆は、もう地球での身体は失っているのだけれど、私だけはどうしても、その性質から肉体を失う事は出来ないし、許されなかった。
だから、数千年の間、ずっとここで一人、星を守り続けてきました」
いつの間にか、精霊獣は消えてステラ様の声だけが頭に響いてくる。
「マリカ。貴女にはこれから、正式に私と同期してこの星と城の管理者代行になってもらいます」
「正式登録には時間がかかるって言ってたアレですね」
「そう。それが終わってしまうと、貴女は本当の意味で、私の後継者として星を動かす力を預かることになる。不老不死後の世界を導き、そして、いつか……」
「星子様の代わりに、ここに浮かぶことになる?」
「ええ。それが十年先か、百年先かは解らないけれど。
私の命と力が続く限りは、貴女に責務を押し付けるつもりはないけれど。その時が来たら
……お願いしなくてはならないわ」
頭の中に、一瞬、ティラトリーツェお母様の顔が過る。
でも、その姿があるからこそ、私の答えは決まっている。
「解りました。私に何ができるか解りませんが」
「では、服を脱いで、サークレットを被って、その寝台に横になって」
「はい」
言われるままに服を脱いでエルフィリーネに渡すと私は寝台に横になった。
さっきより少し硬い、手術台の上のような感覚。
と同時、身体に星子様が身に着けているようなレオタードドレスが張り付き、周囲から触手めいた金の糸が、私の全身に絡みついてくる。触手の何本かは、皮膚を突き抜けて私の中に入り込んでいる感じだ。
痛くはないけれど、私の中をまさぐっているようで違和感が凄い。
「私はね。さっきのティラトリーツェではないけれど、親の気持ちは解っていないと思うわ。自分が毒親である自覚もあるの」
私が完全に身動きが取れなくなったのを見計らうように、そんな声が聞こえた。
「ステラ様……」
「自分の目的の為に子どもを作り、その意思も構わず、望む未来の為の道具を強要する。
本当に酷い親。
だから、恨んでくれてもいいのよ」
「ステラ様は、私に強要なんてしていませんよ。私が自分で選んだことですから」
「でも、そう思うように仕向け、逆らえないようにするのが毒親というものよ。マジシャンズセレクトのように、貴女には選択肢など殆ど与えられていないのですから」
「優しいんですね。ステラ様」
「ううん。極悪非道よ。最初の精霊の貴人たちのように道具として、人格を与えていなかった方がきっと、彼女達には楽だし、幸せだった。
貴女が今の貴女になったのは、私の我儘。多分、体内に我が子を宿すこともできないし、その腕に抱くこともできない。
これから、貴女には人一倍、辛い思いをさせるわ。いつか『星』に繋がれることも含めて」
星の母の悲しい吐露。
ふと、触手が熱を帯びた気がした。まるで、ステラ様の思いに抱きしめられているよう。
本当に、優しい。ステラ様。
「大丈夫です」
「マリカ」
「親にはなれなくても、保育士として子ども達を愛することはできます。
子ども達が、皆が、幸せであれば。
私は、それでいいと思っていますから。元々、生まれてくることができなかった筈の私ですし」
「……ありがとう。そしてごめんなさい」
「では、始めます。経路接続。同期開始」
エルフィリーネの静かな声と共に触手が淡い光を帯び、私の身体の中に何かを注ぎ込み始める。
ドクン、ドクン。と心臓の音と同期して体中に広がっていくのを感じた。
情報、記憶、ナノマシンウイルス。私を作り替えるモノ達が。
無邪気な異世界転生者マリカの物語は、ここで終わり。
ここから先は、きっと、違う私の話になる。
そんな確信と共に目を閉じた私の前に、気が付けば二十一世紀、懐かしい地球の風景が広がっていた。
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