『舞に精霊が誘われてやってきた? …まあ、そういうこともあるかもしれないわね』
舞踏会が終わった直後、私は通信鏡で舞踏会であったことをアルケディウスに報告した。
踊っていた私達は気付かなかったけれど、私達が踊り始めて間もなく、周囲に不思議な光が集まり、輝いたのだという。
「本当に、神聖で美しい光景でしたわ。
私、子どもの頃、オルジュが荘園で麦や大地の精霊を見せてくれたことを今も憶えているのですが、それ以上の感動でした!」
とはカマラの弁だけれど、どうやら普段は人には見えない光の精霊が半実体化して光っていたらしい。
「光の精霊など、その辺のどこにでもいますが、マリカとリオンから力を供給されたのか、それとも自ら力を高めたのか…。
どうしてあんなことになったのか、僕にもよく解りません」
魔術師でさえ疑問符を浮かべる謎事案。
流石に今、シュルーストラムを呼び出して聞く訳にもいかない。
でも、あっさりと、お母様、ティラトリーツェ様は納得したように頷いたのだ。
「どういうことです?」
『『聖なる乙女』というのが精霊に愛され、力を伝えやすい存在だというのは、前にも話しましたね?』
「あ、はい」
「聖なる乙女」は神に舞で祈りと力を奉納する巫女、というか聖女。
各王家の未婚の女性、なのだそうだ。
『その為か、真実の『聖なる乙女』が舞うと精霊が集まって来る事があるの。
大抵は光? 時に風とか水とかのこともあるかしら?
私も凄くいいことがあって、嬉しい気分の時に一度花園で舞ったら、風の精霊らしきモノが集まって花びらを散らせて…、楽しかったけれどとんでもないことなったことがあったわ』
「それって、普通のダンスでも、ですか?」
『私は普通の舞踏会でのダンスに集まったことは無かったわね。
大抵は城の奉納舞の練習の時。
神殿での舞の時は、精霊が出てこない代わりに奥の間に安置された精霊石が光を帯びました』
「あ、プラーミァの神殿にもあるんですね。『七精霊』の巨大精霊石」
『ええ。七国全てにあるはずよ。私は逆にアルケディウスの精霊石を見たことはありませんが。
聖なる乙女が舞う事で、精霊石が力を帯びる。それにより国が栄える、と伝えられています』
私は新年に一度、アルケディウスの精霊石を見て、触れた事がある。
国の始祖たる精霊の亡骸が変じたという『精霊石』
私が降れたことで精霊石が不思議な光を宿したのだ。
それを見て、神殿長と皇王陛下は、私がアルケディウス王家の血を引く者と信じて下さったっぽいけど、実際は私はアルケディウス王家の血は引いてないんだよね。
ということは『精霊の貴人』の力のせいか…。
『やっかいなことになったな。
衆人環視の前で、国王一家の眼前でことが起きた、ということがやっかいだ』
「皇王陛下…」
ティラトリーツェ様が皇王陛下に場を譲る。
『マリカはアルケディウスの『聖なる乙女』であるのと等しく、プラーミァの『聖なる乙女』でもある。
今年の大祭で、奉納の舞を舞わせた時、何が起きるか楽しみにしていたのだが、プラーミァにもマリカの『聖なる乙女』の存在が意識されたら、まず間違いなく…』
皇王陛下が続きを告げようとするより早く、外で見張りをしていたヴァルさんが駆け込んで来る。
「隊長! マリカ様! 国王陛下がお見えです。王太后様もご一緒で。
アルケディウスと通信をしているのなら丁度いい。
皇王陛下に繋げろと仰せで…」
『やはり来たな…』
「どうしますか? 皇王陛下?」
『お前達では断りきれまい。入れて私に繋ぐがいい。説得しきれるかどうかは解らぬが…』
「はい」
リオンの合図で外に出たヴァルさんは程なく、最低限の部下のみを連れたお二人、国王陛下と王太后様を伴い戻ってきた。
「皇王陛下。挨拶も先ぶれも無く、強引な面会、お許し下さい。
ですが、それ程にこの件はプラーミァにとって重大事であることを御理解頂きたい」
『それは理解している。貴国の願いもまた。
だから、先んじて申し上げる。了承致しかねる、と』
「そう言われるのは解っております。でもあえてお願い申し上げます。マリカ皇女をプラーミァの儀式に借り受けたい」
やっぱり言葉に出されてしまったか、と指を眉間に当てて押し黙る皇王陛下。
「私を儀式に借り受けたい…と言うのは大祭前の舞の奉納、ですか? それを私にやれ、と」
「そうだ。プラーミァは『聖なる乙女』ティラトリーツェを嫁がせて以降、正しい儀式が行えなくなってしまっていた。
それを復活させたい」
『聖なる乙女』は未婚の王族の姫。
まだ踊るどころでは無い生後六か月のレヴィ―ナちゃん以外には該当するのは私と、アーヴェントルクのアンヌティーレ様だけの筈だ。
でも、間違いなく二つの王家の血を引いていて、しかもプラーミァの血の濃いレヴィ―ナちゃんと違って、私はホントの所プラーミァの血を継いではいない。
どうなるか解らない以上、できればやりたいくない。
けれど…。
「皇王陛下」
ゆっくりと進み出たのは王太后様だ。
今まで、私の滞在中も王太后様は奥の院に籠られてて、滅多な事では外に出て来なかった。
次代に王位を譲った以上、先王の関係者が口を出すことはいけない、と本当に自制しておられるらしい。
でもその王太后様が今は、譲らぬという様に真剣な眼差しで皇王陛下を見つめている
「これは今まで、他国に明かした事の無い秘中の秘でございますが。
神殿に安置された『七精霊』の精霊石。あれは死しているわけではないのです。力を失い、眠っているだけ。
精霊石に姫が舞を通して力を送る事で弱力ながら目覚め、国を守護する力を間違いなく発揮します」
「それは…誠ですか?」
「ええ。ティラトリーツェがいて舞を納めていた時代と、いなくなってからは国全体の収穫量などは段違いでした。
不老不死時代になって食が必要とされなくなってからは、そこまで収穫量が求められなくなりましたし、厳密に言うなら『聖なる乙女』が不老不死になった時点で何かが生じるようで明らかに効率は落ちたのですが」
国の為を想うなら『聖なる乙女』を国から出さないのが第一。現にアーヴェントルクはそうしている。
それでもプラーミァはティラトリーツェ様の意志を尊重して、アルケディウスに嫁に出した。
『…マリカをそちらの戦まで置く訳にはいかない。エルディランドも喉手で訪問を待っているでしょうし、それを聞けばマリカにはなおの事こちらで奉納舞を舞わせなければいけない』
「理解しております。
なれば、戦の儀式ではなく、普通の舞の奉納、でどうでしょうか?
ただ一度、プラーミァの精霊石の前で舞って欲しいのです。
不老不死時代五百年、どの国でもただの一度も無かった真実の『聖なる乙女』の舞によって精霊石に何が起きるか、確かめたく思います」
『…ですが…』
皇王陛下の歯切れは悪い。すこぶる。
王として王太后様の願いはよく解る。
けれど、未知の儀式を、しかも他国で皇女にやらせる危険性。
儀式を行う事でプラーミァが被るメリット、デメリット。
それらを全て鑑みておられるのだろう。
「…私自身、王家の傍流で他に踊る者がいなかった時代、幾度か舞を納めました」
そんな皇王陛下に王太后様は告げる。
遠い昔を思い返すように。
「魔王が世を支配した暗黒の時代、けれどその時、微かに見たことがあるのです。始祖たる『七精霊』その輝かしきお姿が石に浮かぶのを…。
叶うなら、もう一度そのお姿を拝謁したい。
私が生涯かけて願う夢でございます」
「王太后様…」
『………』
どれほどの思いを語られても、是と認める事が出来ず、口をつぐむ皇王陛下を見つめた王太后様は大きくため息をつくと
「では、仕方ありません。
皇王陛下。
アルケディウスに、プラーミァは負債の返済を請求します」
キッと強い眼差しを浮かべ、皇王陛下を睨む様にそう告げた。
「負債?」
プラーミァからアルケディウスに、ではなく、アルケディウスがプラーミァに負う負債?
首を傾げる私と違って。皇王陛下の顔が青ざめる。
『王太后様、それは…』
「できれば、こんなことを言いたくはありませんでしたが。
五百年前の、ティラトリーツェの流産、プラーミァ王族の殺害。
我々を心底悲嘆せしめたあの事件の負債を、今ここにご返済頂きたく。
願いはマリカ姫を、ただ一度精霊石の前にて舞わせること。
それが叶えば、以降、二度とプラーミァはあの事件について口に出し、アルケディウスを責める事はしないと、お約束いたします」
「…あっ」
今まで、本当に、本当に自制してティラトリーツェ様の顔と立場を立てていたであろう王太后様のなりふり構わない願いは、この件がプラーミァにとって本当に譲れない事案なのだと知らしめる。
『解りました…』
「皇王陛下?」
『プラーミァ滞在を一日伸ばし、明日、マリカに舞を舞わせましょう。
エルディランドへの遅参連絡はプラーミァからお願いしたい』
「ありがとうございます」
本当に苦渋の選択、と言った様子で頷く皇王陛下に、王太后様は深く頭を下げ、国王陛下は無論と頷いて見せた。
「了承した。無理をお願いし申し訳ない」
『いえ、プラーミァの思い、解らぬでもありません。
事が済みましたら、マリカが舞った結果、何が起きたかの共有をお願いしたい』
「はい、一切の口止め無く、アルケディウスに結果の報告を行う事をここにお約束いたします」
『マリカ。旅行中も練習は怠っていないな。舞えるな?』
「はい…ですが…」
拒否できないのは解る。
でも正直、怖い。震えがくる。
遠い異国で、私が舞いという形で『精霊』の力を発揮したらどうなるのか?
私の震えの意味を本当には理解していないながらも皇王陛下は静かに宥めるように微笑まれた。
『怯える必要は無い。何が起きようと全ての責任は我らがとる。
お前はただ、真摯に舞えば良い』
「皇王陛下…」
「無理をお願いしてごめんなさいね。リュゼ・フィーヤ。
でも、本当に王家の…いいえ、私の夢なのです。
国の始祖たる『七精霊』
そのお姿をもう一度…」
「王太后様…」
今まで、本当に裏に徹していた王太后様の揺るがぬ思いに、私はもうそれ以上を反論を紡ぐ事はできない。
私は静かに膝を折り二人の王と王太后様に応えた。
「解りました。精一杯、務めさせて頂きます」
気が付けばもう日も変わっていた。
プラーミァ滞在の最終日。
私達にとって一番長い一日が始まろうとしている。
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