二日目、午後からは公的エリアの会議室をお借りしての素材知識の交換会だ。
南国には南国ならではの香辛料などがあると思う。
ナツメグと多分、丁子と思われるものはあった。
他にもあれば料理に幅が広がる。
『新しい味』を左右するのは素材そのもの以上に調味料なのだ。
「いかがでしょう。姫君?
古老や文献をあたり、数百年前珍重されていたとされる植物などを集めてみました。
あと、今は初夏なので生り始めた実なども」
テーブルの上にずらりと並んだ植物を見ながら、私は頭の中で、昔、学童保育時代に見た生活科の図鑑を思い出す。
その中の一つは、珍しいくらいに香辛料や米や野菜、香辛料などについて加工前のものが一緒に描かれていた。
不思議なもので、あの頃読んだ本の内容などは転生してもけっこうはっきりと思い出せる。
そのおかげで、料理のレシピなどを今、使う事ができているのだけれど。
「この実はレンブ、甘みが薄いですがさっぱりして食べやすいです。
こっちはランブータン。柔らかいですが独特の食感で美味しいですよ。
ああ、マンゴスチンもあるのですね。これはふんわりと甘くて果物としては最高級に美味です」
ランブータンは棘というには柔らかいけれど、実が独特な形をしている。
マンゴスチンは皮がかなり固いし厚い。
中を開ければふんわりとした白い実が現れて見ていた人たちが中の味と共に目を向いた。
「これは…爽やかで蕩けるようですね」
「この固い皮の下にこれほどの美味が隠れていたとは…」
王様も、どうして知っているとは聞かないでくれる。
「あとはこれ、コーヒーの木、じゃないかと思うんですよね」
紅い粒のついた木の枝を私は指し示す。
「コーヒー?」
「実も甘くておいしいんですけれど、中の種に火を通して粉にしてお湯をかけると眠気を覚ます飲み物になるんです。
苦みは強いですがなかなかなれれば美味しくて…」
家での夜なべ仕事で良くお世話になった。
「ほう? 眠気を覚ます飲み物か。戦などで役に立ちそうだな?
集めさせるからやってみせよ」
「解りました」
サイフォン方式ができればいいのだけれど、とりあえずは布ドリップかな?
「後は…これ…トウガラシかなって思います。
料理に使ってみてもいいでしょうか? かなり辛いんですけれど」
「辛い? 胡椒のような香辛料か?」
「胡椒とは、ちょっと違う種類の辛さです。慣れれば美味しいのですが…」
実際に生えているところを見るのは初めてだけれども。朱くて細い、鳥の爪のような実がついている草は多分赤唐辛子のような気がする。
食育で育てていた茄子とかピーマンと雰囲気が似ている。
今まで辛みをつける香辛料は胡椒だけだった。
トウガラシが使えれば味のバリエーションはさらに広がるだろう。
「それに、この間頂いたグローブ、ナツメグはどちらも肉料理などの味を良くします。
特にナツメグは既にご存知の通り、ハンバーグとの相性が抜群です。ソーセージなどにも使えるのでぜひ、栽培されることをお勧めします」
「アルケディウスでも必要か?」
「お譲り頂けるならぜひ」
「解った。代わりに使い方を料理人に教えていくように」
「かしこまりました」
ナツメグは欲しい。本当に欲しい。
ニクズクの名で昔からかなり珍重されていた筈だ。
「あとは、ちょっと解りません。
実際に生えているところを見たりしないと…」
正直に言っちゃえば私の知る「香辛料」は瓶詰の粉末とかが主。
マスタードとか、シナモンとか、レモングラスとか葉っぱだけ、種だけポンと出されても解らない。
昔の人は、ホント。
この葉っぱが美味しいとか、魚の臭みを取るとかどうやって見つけ出したんだろうね。
「これだけでも、かなりの収穫だ。
ココの実、カカオと合わせて収穫、研究、栽培をしてみよう。今のところは自生しているものを集めてみただけだからな」
「宜しくお願いします」
テーブルの上に並ぶ植物を見やる兄王様。
今まで使い道の無かった植物が、お金になるかもしれないと解ってご満悦の様子。
「あと、本当にヤシ…じゃなくってココの実は捨てるところがないと言われています」
取って来てもらった完熟果を私は開いて見せた。
「明日はココの実を使って色々やってみますね。
この白い部分からミルクを作ったり油をとったり、乾燥させて料理に使ったりできるので」
ジュースとして楽しめるココナッツの果汁は料理にミルク代わりとして使うには少し薄い。
果肉を水で煮出して成分を抽出させて使うのだ。
ミルクと乾燥させた果肉を乾燥させたココナッツファインが私には一番馴染み深かったけれど、オイルが採れることは解っているので抽出方法を考えてみたい。
フェイは最近、オルジュさんに教わって温度管理とかも得意になってきているから、発酵促進とか遠心分離お願いできないだろうか?
確かココナッツミルクからナタデココもできた筈だけど、あれは加工が難しいから作ることは難しいだろうな。
「実が茶色くなった完熟果と、緑色の未成熟果を集めて頂けますか?」
「よかろう。命じておく」
「あと、樹皮はご存知かもしれませんが、洗って編むとマットや鍋洗いなどに使えます。
樹皮を剥いだ後の皮も色々と使い道があるのであまり注目されていないようなら改めて研究されてみてもいいかもしれません」
「確かに、プラーミァならどこにでもあるが故に重要視されていなかったココの実が有効利用できるならその価値は計り知れない。
やってみるとするか」
「ココの木は枝が無いから登って取るのも大変ですよね。こういう輪と紐を使ってやるとやりやすいかもです」
ミーティラ様にお願いした時のやりかたもお教えした。
長いベルトを腰にひっかけ、足は縛るようにして真っ直ぐに、踏ん張りながら登るのだ。
腕の力がいるので私には難しいけれど、戦士として身体を鍛えているミーティラ様はコツを掴むと直ぐにそれほど困りもせずに登ってくれた。
プラーミァは暑い国なので金属加工とかはあまり盛んではないようだ。
こういう植物加工を特産にしていくと差別化も図れると思う。
「…不思議なものだな」
「陛下?」
机の上の植物に触れながら兄王様が呟いた。
厚顔不遜の兄王様とは思えない静かで、深い声だ。
「今、思うと不思議な程だ。
何故、こんなすぐ側に当たり前にあるものを使おうと思わなかったのか。
俺達は『神』の術中にまんまと嵌っていたのか?
プラーミァを七国で一番豊かな国にする。
即位した時の思いを、いつのまに俺は忘れていたのか?」
その神妙な表情を見て、私も本当に不思議に思う。
どうして、五百年、ここまで世界は停滞し続けたのだろう。
前に進もうと、何かを変えようと、どうして誰も思わなかったのだろう。
「今まで『もっと良くしよう』とか『これをこう使ったら新しいものが出来るのではないか』とか、思う事は滅多に無かった。
思って働きかけても何も変わらなかったから?
何もしないでも生きていける。世界は変わらずに在り続ける。
そんな奇妙な安心感が、知らずに我らを蝕んでいたのか?」
唇を噛みしめる兄王様。
その表情には不思議な悔しさが滲んで見えた。
でも、それは一瞬の事。
「まあいい。終ったことはどうしようもない事だからな」
何かを振り払った兄王様はいつもと変わらぬ不敵な笑顔を浮かべて私と、部下を見る。
「『思い出した』以上はもう後戻りするつもりも、止めるつもりも無い。
私とプラーミァは先に進むぞ。ついて参れ」
「はっ!」
ざざっと、部屋にいたプラーミァ人全てが『王』の威光と意志に跪く。
皇王陛下とは似て非なる圧倒的なカリスマ。
戦士国を率いる若き王の強さに圧倒されそうだ。
「ぼさっとしているな。マリカ。
とりあえず、その草を使って今日は料理をするのだろう?
どんな味になるか楽しみにしているぞ」
「あ、そうでした。うーん、鶏肉をご用意願えますか?」
ボンと背中を叩かれ、戻った私は、今日の料理を考える。
私まで王様に圧倒されてどうする。
期待に目を輝かせる王様を驚かせる料理を、その意志を支えるのが私の仕事だ。
トウガラシを使う定番は中華料理。豆板醤とか独特な調味料が無くても確かできる辣子鶏とかいう料理を昔マンガで見て作ったっけ。
花椒は無いけど胡椒はあるし、醤油、酒もある。
片栗粉もできてるし、なんとかなるでしょ。
新しい味と未来に目覚めた人たちを、さらに目覚めさせる激辛料理をプレゼントしよう。
私は、やる気を込めて腕をまくりあげたのだった。
ちなみに香辛料の辛さに慣れているせいか。驚く程あっさりトウガラシの辛さは王家の方達に受け入れられた。汗をかくような辛さが熱いプラーミァには好まれるようだ。
国ごとに、気候ごとに好まれる味がある。
私も勉強になった。
いつかカレーも作ってみたいけど、流石に香辛料調合ののカレー粉は難しいかなあ。
でも研究してみよう。うん。
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