大聖都での礼大祭。
その準備の為に奥の院とやらに連れてこられた第一日が過ぎて。
「マリカ様、マリカ様。
どうか、お目覚めになって下さいませ」
与えられた部屋の布団で爆睡していた私は、心配そうに私を呼ぶ声に、意識を覚醒させる。
「あ……、ミュールズさん。
おはようございます」
「マリカ様、お身体の具合はいかがですか?」
母よりも年上の心配そうな女官長の声に、私は小首を傾げながら思い出す。
えーっと、昨日は確か、大聖都に到着して直ぐに、儀式の為の『聖別』だとかなんとかで皆と引き離され大神殿の奥に連れてこられた。
そこで服を脱がされて、みんなに裸を見られて、冷たい泉に入らされた。
今、思い返すと、結構恥ずかしい。
その後、寝ろと部屋に押し込められて、鍵かけられたんだった。
疲れてたし、他にすることもないしで、そのまま寝ちゃった。
「大丈夫ですよ。
頭はスッキリ、体の疲れも取れたみたいです」
仕事でいつも夜の刻くらいまで起きているのは平気。
むしろいい寝台でいつもより早く寝たからか目覚めはすこぶるいい。
「良かった。
いきなり何の説明もなく『聖禊』だとか言ってマリカ様を冷泉に入れた時や、部屋に押し込めて鍵までかけた時にはどうしようかと思いました」
「抗議したのですが、必要な儀式だと言われれば、我等に止める権利はなく。
本当に、申し訳ありません」
「ううん、気にしないで。儀式の前に体を清める禊、そのものは儀式の度にいつもやってたし」
しょんぼりと顔を下げるミュールズさんとカマラに私は首を横に振って見せる。
「説明がいろいろと足りないですよね。
今日、改めてちゃんと聞きましょう」
「ええ。儀式に口出しできないのは仕方ないとしても、何から何まであちらのいいように進められるのは困りますからね」
ベッドから立ち上がろうとした私は左右にもこっ、とした柔らか暖かい感触を感じて慌てて首を動かす。
「ピュールとローシャ……いつの間に、心配して付いててくれたのかな?」
部屋に閉じ込められた時にはいなかった筈だけれど、この子達は『精霊神』様達の分身だ。
人間がどうこうできる存在じゃないし。
私の目覚めを察したのか、布団からもこもこと起きだし身震いする様子は普通のウサギそのもの。
今は自動操縦中らしい。
そっと二匹を撫でて、私は改めてふかふかで高い、良いベッドからぴょん、と飛び降りた。
寝巻から部屋着に着替えさせて貰った私は、することもなくベッドに腰かけ、ぼんやりしている。
ちなみにこの部屋着も用意されたもの。
私が着てきた服は儀式が終わるまで必要ないと言われて洗濯を頼んだあと、ミュールズさんが預かることになっている。
儀式用の服はアルケディウスで作ったものを送ったから、それを使うのだろうけれど、部屋着や外出着も全て準備してあるのが至れり尽くせりすぎてなんか嫌。
しかもサイズがほぼほぼ合っているのはアルケディウスで作ったものを調べたのか。
気持ち悪いくらいだ。
私の部屋として用意されているこの『奥の院』とやらは私がいるこの寝室が一番奥にあって他にリビングのような部屋も二つあるらしい。身の回りの世話をする従者の部屋も中にある。
ただ潔斎の場であるだけに怪しい人物が出入りしないように、全ての出口に外からも中からも鍵がかかるようになっている。
ミュールズさんはあれから交渉の末、中の鍵は手に入れたけれど、奥の院から外に出る為の鍵は潔斎の儀式を司るマイアさんが持っているのだそうだ。
今、私達は奥の院に閉じ込められている感じ。
感じ、じゃないな。潔斎と言えば聞こえはいいけれど、ほぼほぼ軟禁だ。
「賓客であるマリカ様に朝食も出さないなんて……」
「ははは、潔斎中は食事なし、なんてならないといいね」
結構豪華な時計は枕元にあった。
今は地の刻を少し過ぎたところ。朝6時~7時くらいかな。
退屈。本も無いし、暇を潰せるような遊具、道具は何もない。
「カマラ。筆記用具と木板、持ってきてる?」
「私物は殆ど取り上げられてしまいました。
手紙や書きもの用の筆記用具は用意してあるそうです」
そういってカマラはリビングから筆記用具を運んできてくれた。
「何をなさるのですか?」
「一日一回、御用聞きが来ると言っていたでしょう?
その人にリオン達に文を届けてもらおうと思って」
私から直筆の文が届けばきっとみんなも安心すると思う。
とりあえず、元気でいることと儀式の内容について書き綴り始めた時。
「おはようございます。姫君。
お身体の具合はいかがですか?」
軽いノックのあと、マイアさんが入ってきた。
数名の女性も一緒。カートのようなものを押してきているから、あれ、食事だといいなあ、と思う。
「おはようございます。マイア様。
とてもよく寝たのですっきり快調です」
「そう……でございますか」
なんだか解せないような表情を浮かべ私を見るマイアさん。
まるで私が元気なのが変だ、と言わんばかりだ。
なので聞いてみた。
「? 何か元気だとおかしいんですか?」
「いいえ。やはりお若い方は体力が御有りなのかな、と思っただけですわ。
アンヌティーレ様はいつも、最初の『聖禊の儀』の後は体調を崩されておいででしたから」
「そうなのですか?」
「ええ、と言っても悪いことではございません。
俗世と切り離され、穢れを洗い流されることで『精霊』の世界に近づき『神』のお声が届きやすくなるとおっしゃっていました。
禊を受ける度に全身の感覚が研ぎ澄まされ『神』の慈愛を感じていたそうですわ」
「禊って、何回もやるんです?」
「潔斎の間は朝夜必ず。
そういうわけで、姫様、どうぞ泉へ……」
「え¨」
そうしてまた、私は泉に連れ出され、朝も早くから全身びしゃびしゃにされたのだった。
香油は今回はつけられなかったけれど。
禊の後は朝ごはん。
用意された食事はいかにも『精進潔斎中の料理です』って感じだった。
薄味だけの穀物粥に野菜の味も姿も見えない野菜スープに水。
果汁100パーセントのブドウジュースだけが心の支えだった。
「もしかして、潔斎の間、ずっとこんな料理です?」
「はい。肉類は申し訳ありませんがお出しできません。
朝と夜の一日二回。今日と同じ料理になるかと」
まあ、生臭物がダメなのは想定の範囲内。
でも、不味い。雑な中世料理の中でも最低ランクだ。
「自分で作るのはダメです?」
「勿論ダメです。儀式前『聖なる乙女』の体に傷などついては大変ですから」
「私物は持ち込み禁止と言われたらしいですが、自分で作ってきたお菓子を食べるのは?」
「菓子? 『新しい食』の? 姫君が手ずから御作りに?」
「はい。ご存じかと思いますが、私『新しい食』の料理法を教えている身なので」
「……そちらについては、後で神官長に確認してまいります」
「お願いします。ぜひ!」
ここ三年、頑張って美味しいものを作ってきてそれに慣れてきただけにここで、後戻りはちょっと辛い。まして閉じ込められている身にとっては食事って数少ない楽しみなんだから。
「とりあえず、今日はこの奥の院から出ずに静かにお過ごし下さい。
いつもアンヌティーレ様は体調を崩されるので、その為の日で予定は入れられていないのです。
儀式の下見は神官長と共に、明日と伺っています」
「解りました。ここで舞の練習をしたり、手紙を書いたりするのはかまいませんか?」
「はい。でも、ゆっくりお身体を休められたほうがいいかと存じます」
まあ、体を休めろと言われても、あんまりベッドにいすぎても夜眠れなくなるので適当に舞や歌の練習でもしておこう。
「私は、所用で外出する場合を除き、奥の院近辺におりますので、何か御用があればお呼び下さい」
「解りました」
常に監視されているってことで、万が一にも外に出ないように見張っているってことか。
仕方ない。
「それから、外への連絡役をご紹介します。何か手紙等を渡したい時には朝と夜、この娘にご用命ください」
「娘?」
「うるわしのほし。
アルケディウスの『せいなるおとめ』にははじめてのごあいさつとなります。
わたしのような、いやしきものが、おかおをはいしますことを、どうかおゆるしください」
今までマイアさんや、他の侍女たちの陰に隠れて見えなかったけれど、押し出されるように前に出てきた女の子が一生懸命に頭を下げる。
息が止まる。
そこにいたのは痩せこけて、どこか怯えたような眼差しをした、小さな……5歳くらいの女の子だったのだ。
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