タブレットの電源を入れるとゆっくりと、人間の像が結ばれた。
私達の良く知る青年の姿。
金髪、碧眼。不機嫌な顔つきの『神』レルギディオスだ。
「久しぶりね。レルギディオス。少しは頭が冷えた?」
『こんな悪夢の中に私を投げ込んでおいて良くもそんなことが言えたものだ。ステラ。
だが……まあ、先生と昔の自分に、色々と諫められ、考える所があったのも事実。
それで? 私を出してくれる気になったのか?』
「あら、随分と上から目線ね。簡単に出して貰えると思ってるの?」
『出す為に私と話し合いに来たのではないのか?』
どこか強気。
負けてたまるか、って感じのレルギディオスにステラ様はどこか呆れたように息を吐く。
「出す、出さないを検討する前に、色々と事情聴取と、確認ね。
喧嘩の場合、一方的にどちらが悪と決めつけてしまうのは良くないって、先生はいつも言ってたから。
貴方がしでかしてきた事について言い分を聞いて。
第三者の意見も聞いて、貴方を出すか出さないかはその後考えます」
『良いだろう。私もお前に言いたいことは山ほどある。私は何も信念に反することはしていないのだしな』
「その言葉、この子達の前でも言えるの?」
タブレットの中から外の様子がどの程度見えているのかは解らない。通信鏡みたいに鏡に映る範囲、中のカメラ?が捕らえている範囲かな?
ステラ様は解っているようで、ぴょぴょん、とジャンプ。
床の上に置いたタブレットの前に少し離れた所で様子を窺っていたフェデリクス。レオ君を招き寄せた。
「父上……」
『フェデリクス! 良かった! 無事でいたのだな!!』
怒りや不満を顔色に隠さなかったレルギディオスの顔が喜色に輝く。
『心配していたのだ。お前をアルケディウスに送り込んで以来、連絡の取りようが無くなっていたからな』
「僕の事を……案じていて、下さったのですか?」
『当たり前だ。アルフィリーガにお前を殺され、最短で再生させたはいいものの、どこに託したらいいのか、悩んだのだ。
肉体の成長培養には現実で生きると同じかそれ以上の時間がかかる。
加えて外で育つことがアルフィリーガのように成長を促すのであれば、と熟考の末、お前をアルケディウスで一番子どもが良く育つであろう環境に落としたが、間もなく『星』の結界に隠され手出しも会話もできなくなってしまった。
ステラがお前を害すようなことはしないと信じてはいたが、ああ、それでも心配していた』
「……ありがとうございます」
俯いたフェデリクスの眦には雫が見える。
『神』レルギディオスが我が子を道具扱いし、さらには使い捨てるような存在では無かったことにはちょっと、私もホッとした。
「ふーん、神殿や己が城が子どもの育成には悪条件だ、ってことは理解していたのね」
『ステラ……』
でも、それはそれでステラ様の逆鱗には触れたようだ。
可愛い子猫の姿をしているのに、彼女からは燃え上がるような怒りのオーラが見える。
「だったら! なんで我が子を、道具として使うような真似をしたのよ!」
『道具って……』
「ここにはリオンもいるわよ。あの時の再開ね。
子ども達と、立会人の前で、貴方の言い分を利かせて貰いましょうか!」
まるでDV夫と妻の離婚交渉のようだと、少し思った。
妻はこの機に夫に溜まり積もった不満を吐き出す気満々の様子。
私達は口を挟む余裕もないまま、二人の話を見ているしかなかった。
「『精霊神』様の封印や、星の力の乗っ取り、子ども達の不老不死。
私が怒っていることは沢山あるけれど、一番はこの子達の待遇よ。
なんで、我が子にあんな酷いことができるの!
しかも、自分のクローン。人造人間だなんて嘘までついて! 絶対逆らえないように意識まで書き換えてたでしょ!」
『べ、別に嘘なんてついてない! 自分の分身、複製だ。って言っただけだ。
子どもは、親にとって、ある意味そういう存在なんだか……ら』
「へ~、子は親の複製、分身。それを貴方が私に言う訳……」
パチン。
小さな音が聞こえたのは幻聴、だろうか?
レルギディオスの言い訳を聞いた途端、ステラ様の頭の中で何かが弾けたっぽい。
怒りの箍?
「ふざけんな! バカ神矢! そんなことを本気で思っているようなら、このタブレット叩き割って、永遠に外に出られないようにしてやるわ!」
『あ! お、落ち着け。星子。そう言う意味で言ったんじゃない!』
怒声を叩きつけたステラ様、それを必死で受け止めるレルギディオス。
いや違う。星子ちゃんと神矢君。
互いに、地球での名前を呼び合った通り、どっちも神様、超越存在を脱ぎ捨てて一人の人間として譲れないものがあるのだと思う。
「子どもは、親の道具じゃない! 親の人生二周目でもない!
子どもには、生まれた時から自分の人生を生きる自由と権利があるのよ!」
「ステラ様……」
そう画面に向けて言い放つステラ様の顔を、フェデリクスは伺うような眼差しで仰ぎ見る。彼は『星の夢』を見ていないからピンと来ないのかもしれない。けれど、夢の中で確かにステラ様は地球にいた頃、彼女は毒親とも言える母親の元で悩み、苦しんでいたということが伺える話があった。
だから、きっと人一倍、そういう意味での人権侵害に敏感なのだ。
『解ってる。解ってるけど、それでも! 俺にはあの子達が必要だったんだ! 託された使命と子ども達を守る為に、どうしても、どうしても……信頼できる助け手が必要だった!』
「だったら! ちゃんとそう言いなさいよ! 我が子として愛して、誠実に向き合って。
その上で、子ども達の選択に委ねるのが筋っていうものでしょ!」
『俺には! この子達に選択を委ねる余裕さえなかったんだ! マリクに、フェデリクスに。拒否されたらその時点で詰む! 子ども達を守れなくなる! 我が子として愛して、教育を与えてやる余裕さえなかった。
今すぐに、自分の全てを託すに値する分身が必要だった……。だから』
「我が子に、お前は自分の言うことを聞かなければならない。その為の存在だって植え付けたわけ? サイテー」
『……星子』
必死なレルギディオスの反論と、思いは解らなくもない。
けれど、夫の言い分を聞く妻の視線は冷ややかだ。
「自分は悪くない。従わない妻が悪いんだってフェデリクスに吹き込んでたこともそうだけど、子どもに選択する余地さえ与えず絶対的な力で、押し付けて自分の思い通りに動かす……。神矢。あんた、それ。自分が嫌ってたDV夫の言い分そのものだって解ってる?」
『…………』
「たった一人で、逸れた所に弾き飛ばされて、苦労してきたことは解ってるわ。その過程でそういう選択をしなければならなかったであろうことも、否定はしない。
でも、だったらなおの事、全てを打ち明けて協力を仰いで、共に苦難を乗り切るべきでしょう?」
『だから! さっきも言っただろう? マリクとフェデリクス。
二人に裏切られたらその時点で、俺は詰んでた。選択を許して、待つ余裕さえなかった。
だったら……最初から裏切られないようにするしかないだろう?
俺は……あの子達を親として、愛してやることさえ、できないのだから……』
「どうしてできないって言い切るのよ。過酷な運命を与える分、せめて親としての愛を与えてやることくらいしてあげたっていいじゃない?」
『じゃあ……聞くけど。親としての愛って……何をしてやればいいんだよ』
「え?」
DV夫に圧倒的優位で詰め寄っていた妻は、吐き出すように呟かれた問いに、目を見開く。
画面上、一方的に責められていたレルギディオス、いや神矢君はどこか涙目だ。
『身体もない。助け手もいない。助言してくれる人も、諫めてくれる先生も誰一人いない閉鎖された宇宙空間。
孤独の中でのワンオペ育児。
そんな中で、何をしてやれば我が子に親としての愛情を与えてやれたってことになるんだよ!』
『神』と呼ばれた人物の、一人の人間、親としての叫び。
横を見ればレオ君とリオン。
二人の兄弟は、それを無言で、驚くほど静かな眼差しで見つめていた。
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