【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 人型精霊の事情

公開日時: 2024年5月6日(月) 07:58
文字数:3,832

「基本的にご心配はありません。

『星』がマリカ様の意識を書き換えるようなことはありえませんから」


 魔王城に戻った私に、魔王城の守護精霊、エルフィリーネはそう言って初めて会った時から変わらない笑顔を見せた。

 彼女は本当に変わらない。

 最初に異空間に迷い込んで、契約した時から同じ笑顔で私を見ている。



「魔王も随分と焦っているようですね。ここまで強硬な手段を取るとは思っていませんでした」


 魔王城に戻ったのは子ども達が寝付いた深夜だった。

 戻って直ぐ、私の気配に気づいて出て来てくれたエルフィリーネは苦笑する。

 どうやら、私が知らせるよりリオンの変化に纏わる有る程度の情報を有しているようだった。どこか、困ったような寂しそうな表情で何か遠いモノを見ている感じ。きっと、今、ここにはいないリオンのことを見ているのだろう。


「エルフィリーネ。エルフィリーネは最初から、リオンが『神』の端末。魔王の転生だって知っていた?」

「知っておりました。というより『精霊の獣アルフィリーガ』の誕生に立ち会い、ある意味助けた唯一の『精霊』にございます」


『精霊』達は情報の多くにセキュリティがかかっていて自分から話すことはできないけれど、私達が回答を得たことに対してはその限りではない。

 教えて良い事は教えてくれる。

 精霊との駆け引きのコツが解ってきた気がする。


「唯一の『精霊』? 誕生を手掛けたって、何をしたの?

 クラージュさんが『精霊の長』が命を捧げて初めて『精霊の獣アルフィリーガ』を作れたから他の『精霊』には内緒にした、って言ってたけれど……」


 アルは『エルフィリーネがリオンの治療をしていた』と言っていた。今まで、私の力を封印したり、魔王城に戻ってくると体調が良くなったりすることから鑑みると、エルフィリーネは私とリオン。

『人型精霊』のメンテナンスをこっそりしてたんじゃないかなって思う。

 メンテナンスができるっていうことは、構造を熟知している。もっと言えば人造生命体として作った、とか……。


「私が『精霊の獣アルフィリーガ』誕生に伴い行ったのは、プレオダーク。先代の精霊長の現世に用意された『人型精霊』の肉体を『精霊の獣アルフィリーガ』の為に書き換え、作り直した事でございます」

「作り直した?」

「はい。肉体と魂、精神は密接に繋がっております。人の肉体を切断し、他人に考えなく移植しても腐れ落ちるように、他人の肉体に、本人でない者の魂が入っても完全な制御権を有することはできません。追い出されるか、肉体が耐えきれず崩壊するか。

 ですので、初期化された魔王の魂。新たなる『星』の精霊の肉体はその為に、新しく作りらなけばなりませんでした」

「全く、新しい『人型精霊』を作る事ってできなかったの?」

「『人型精霊』を作り出す事そのものが、秘技であり奇跡に近いのです。膨大な力を必要とし、作り出す為の素材も有限でございます」


 そう言えば『精霊神』様は自分の分身、一回しか作ってない。

『神』はリオンを盗られた後、新しい『人型精霊』をレオ君以外作れなかった。

『人型精霊』が疑似生命体だと聞いて、私の向こうの世界の記憶はクローンのようなものを想像しているけれど、工場大量生産されるようSF的なそれとは違って本当に特別なものなのだろうか。


「『星』の側からすれば、マリカ様とクラージュ。

 クラージュも少々特殊な形ですが。

 それに『精霊の獣アルフィリーガ』の三人で精一杯。

 これ以上の増加は現状不可能です。『神』の側もおそらく同様でしょう」


 なるほど。だからチェスや将棋よろしく相手の駒を寝返られる可能性があったとしても奪いたがっているのか。

 魔王エリクスは現世の人間を基礎にしたので人型精霊、ではない。


「ただ、秘密にされた本当の理由はクラージュの思っているのと少し異なります」

「?」

「『星』は精霊達が自らの存在を投げうって、『子ども達』に力を与えるようなことが横行しないように、その実例を秘したのですわ」

「精霊達が自らの存在を投げうつ?」

「はい。詳しくは申せませんが、上位の精霊の中には『変生』と言って、人間に力を与え、『精霊』に近い存在に変えることができる者が存在します」

「あ、ああ。そうだね。シュルーストラムとか」


 シュルーストラムがかけた『変生』によって、フェイが『魔術師』になったのは、私が目覚めて本当に間もなくの事だ。


「あれは、人間の体内に『精霊の力』を混ぜ、精霊の力を使いやすくするように加工するものですが、さらに『精霊』が変生を受けた人間と我が身を投げうち同化することで、人型精霊に近い存在にすることも可能になるのです」

「精霊が、我が身を投げうち?」

「ええ、自己の能力と人格を人間に譲渡する。そうすると人間の容をした精霊になって人型精霊と同格の『精霊への影響力』を手に入れることが可能になるでしょう」

「そんなことができるんだ」

「魔王エリクスと、ノアールと呼ばれる偽魔王がかなり近いでしょうか? あれは『神』が造った精霊に準じる強大な力を人間と融合させたものなので」


 思わず、背筋がゾワッてきた。

 向こうのSF風に言えばサイボーグとかそんな感じ?

 でも、そうすることでリオンの役に立てるなら、とフェイとかだったら、許されれば躊躇わずにやりそうな怖さがある。


「精霊の方も、自分が消失や眠りの危機に陥った時、子どもの為にと望まれれば自分の力を譲渡する可能性があります。強要されるなどの危険性も含めて。

 また、融合は人間の肉体は勿論、魂と精神をも著しく傷つけるものです。

 精霊自身も一度本体から離れて同化すれば元には戻れません。

 なので、現在、その方法は七精霊の杖に宿る『王の精霊』も含め、精霊達には知らされていない極秘事項となっています。マリカ様もどうか、口外なきよう」

「勿論、言ったりしないけど……」


 ここまでの話を聞いて、今が聞くチャンスかな。と思った。


「精霊と人間の融合が可能。だったら、そうなった場合の主導権はどうなるの? 精霊? それとも人間?」

「基本的には人間でございますね。『精霊』の方が力は強いので『精霊』が望めば人間の身体を乗っ取った『精霊』になることも可能ですが、先ほども申しました通り長持ちしませんし、そもそういうことを『精霊』は望みませんから」

「そういうこと、って『人間の身体を乗っ取る』?」

「はい。『精霊』は人間のより良い生活の為の道具。

 人を導き、助けるのが喜び……」


 話を聞くたび、感心してしまう。

 なんだかんだ言って『精霊』は優しい存在なんだよね。

 自分自身が幸せになりたいとは思わない。

 皆の幸せの為に、全てを投げうって役目を果たそうとする……。

 私とは大違いだ。私はなんだかんだ言って自分の欲の為に生きている。

 子ども達が笑顔で生きられる世界を作りたい。



 ふと、マリクの顔と言葉が頭を過った。

 リオンではなく魔王の方。

 魔王もきっと、自分の使命に忠実すぎるくらい忠実で不器用な精霊なだけなんだよね。



「ですから、ご心配には及びませんわ。マリカ様」

「え? 何? 何が?」


 ぼんやりとそんなことを思っていたせいで、エルフィリーネに声をかけられたことも。

 その理由も一瞬、気付きそびれた。


「マリカ様が『精霊の貴人』になっても、『星』がマリカ様の意識が書き換えられることは基本的にありえません」

「え? 私、その話したっけ?」

「いえ、でもご不安を宿したお顔をされていましたから」


 直球ストレートで先手を許してしまった。

 鎌をかけて聞こうと思っていた私の悩みや質問内容などはエルフィリーネにはお見通しだったようだ。


「『精霊の貴人』の即位は意識と知識の継承です。

 マリカ様は特別なお方ですので、今までの『精霊の貴人』と方法は異なりますが、基本的にはサークレットを身につけ『星』に願う事で、星の知識を受け取る形になります」

「知識を受け取ったことで、前の記憶や、私自身が消えてしまうとかはない?」

「今のマリカ様でしたら大丈夫です。魂も精神も、それを受け止める肉体も十分に育ってきておりますから」


 なるへそ。インストール系か。どうしてもSF思考が抜けないけど。


「精神が未熟であった時には知識や記憶に押しつぶされる可能性もございましたが、今のマリカ様は十分に己の精神を育ててきた。知識や記憶を制御することが可能であると思っております」

「本当に、できると思う?」


 はい。となんの躊躇もなく頷くエルフィリーネ。

 私にはそこまでの自信はちょっと持てないけれど。


「今までの常識とは異なる知識を得て物の考え方などは多少変わるかもしれませんが、マリカ様はマリカ様。それが大きく変わることは無いと信じております」

「ありがとう」


 そうか。そう信じて貰えるのなら。頑張ってみよう。

 子ども達が大好きで、この星の人達が大好きな気持ちを失わないまま、この星を守り導く力が得られるのなら。いつか、その時が来て、今の私と変わってしまったとしても。

 リオンや皆が、側にいてくれるなら大丈夫な気がするから。


「アルフィリーガも大丈夫だったのですから、心配いりませんわ」

「え? リオンも記憶が戻ってたの? っていうか。忘れる所だった。

 本題はそこなの。リオンを魔王から取り戻す方法はない?」


 つい、自分の事ばかり考えてしまった。

 慌ててた私に小さく頷いて


「ございます。魔王にも、アルフィリーガにも少しお仕置きが必要でございますわね」


 エルフィリーネは微笑する。

 その氷の宿った微笑みが怖くって、私はちょっと呻いたけれどでも、同時に安堵した。

 やっぱり彼女は頼もしい。

 どちらも失わずお仕置きする方法があるというのだから。


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