その後、成功したナノマシンウイルスと人間の融合、バイオコンピューター化を軸に移民船団出発の最終準備は進められた。
『よっし、成功。俺は俺だ』
「バイオコンピューター、ハジャルヤハール、起動確認。これで七基の第一世代が、全員の成立を確認しました」
「やはり、能力者の適性はずば抜けているな。人格と記憶を残せたのは彼らだけか」
「しかし、ナノマシンと適合したコンピューターとしての演算能力は、失敗した者達も驚異的な数値を弾き出しています。適切なAIをインストールすることで、能力者達の補助や、地球でのコスモプランダー対策の演算など有効活用が可能かと思われます」
コスモプランダーの支配から逃れる為に、自分から進んで第一世代が七人はバイオコンピューターにその身を化した。唯一、その肉体機能がナノマシンウイルス精製の鍵となる星子ちゃん、ステラ様以外は、起動実験の後、それぞれの移民船に組み込まれ船の掌握を始めている。
元々、第一世代がが操縦する前提で、移民船には軌道計算など最新鋭のコンピューターが組み込まれていたが彼らがコンピューター化し直接高次元の演算を行う事で、より安定した航空が可能になると見られているそうだ。
彼らには他にサブコンピューターとして、七基のバイオコンピューターが搭載されている。彼らは志願して自らナノマシンウイルスとの融合を果たした人間達。
肉体の変化に普通の人の精神は堪えられないと解っていても、七人の第一世代がを助けたい、と志願した人がいた。
「シュリア様。お久しぶりです」
「ハルドゥーク。お前、生きていたのか?」
「第一次襲撃の際、所用でアメリカにおりましたので。シュリア様がご生存となかなか知ることができず、参じるのが遅くなりました。申し訳ありません」
「シュリア。彼、誰?」
「俺の父の、部下だ」
「シュリア様は、マハラジャの末裔であらせられるのです。
先祖代々、我が家はシュリア様の一族に仕えてきました。……どうか、お供させて頂けませんか」
「自分の言っている意味が解っているのか?」
「無論」
他にも、このまま死ぬのならせめて未来に向けて役に立ちたい、と何人もの人が志願したそうだ。彼らは事前に人格データを疑似クラウドにコピーして、融合に望み、予想通り記憶や意識を失ったけれど、第一世代が後から人格データを元に人工知能をインストールしてサポートシステムとして自分の船に組み込んだ。地球に残り、ティエイラの下についたコンピューターもいる。
確証は無いけれど、第一世代のサポートに付いた彼らは多分、王の精霊石じゃないかなって思う。
ラス様のサポートに入ったのは女性で、ジャハール様は男性で、どっちも精霊石として出会った人格となんとなくイメージが似ていたし。
「私はいいです。エルフィリーネがいますから」
星子ちゃん、ステラ様は特殊な水溶液の中に肉体を保持してナノマシン精製を行うことになった。バイオコンピューターとしての能力は、他のメンバーより一段落ちるけれど、水溶液の中にいれば疑似クラウドへの接続などは問題無くできるそうだ。
で、星子ちゃんを真理香先生のスマホ。AIがサポートする。
実はエルフィリーネも真理香先生のバイオコンピューター化に大反対だったらしい。
勿論、地球に彼女一人が残ることも。
『私は、マリカ様の健康と幸福を守る為のサポートAIです。それが……こんな……』
「他に、方法が無いし。エルフィリーネなら、星子ちゃんを安心して任せられるから。
お願いよ」
『……解りました。それが、マリカ様の心の平安に繋がるのであれば……、全力でステラ様をサポートします。
ですが、私は、マリカ様が健康に、その努力報われ、輝くお姿を見たかったです』
「ありがとう」
AIなのに、悔しいとはっきり解るような口調と態度を見せた彼女。
エルフィリーネは本当の意味での進化したAIになっていた。
コスモプランダーのデータをハッキングし、地球の人々を助けたその原動力はきっと、主への忠誠心。
真理香先生の事、本当に好きだったんだね。
バイオコンピューター化する少し前。
真理香先生との最後の会話を終えて戻ってきた神矢君に、シュリアさんは真剣な眼差しでこう告げた。
「移民船団の指揮はお前が取れ。神矢。いや、レルギディオス」
「いいのか?」
「お前達、第二世代はコスモプランダーの影響力が低い。それに、長い旅路において新型ナノマシンウイルスのコントロールを行うお前が旅の要になるだろう」
「解った」
「我ら、七人は第第二世代、レルギディオスとステラの指揮下に入り、その命令に従う事をここに誓う」
七人の第一世代は全員が神矢君の前に、膝を折った。
彼をトップに据え、命令系統をはっきりと確立させることで神矢君の自覚を促したのかもしれない。
移民船団のコードネームはノアと名付けられた。
旧約聖書に出て来る、大洪水から生物を守った方舟の長の名前。
それに倣ったわけでは無いけれど、移民船には地球上において採取できる限りの動物の遺伝子や、植物の種も積み込まれている。
正に新世紀の未来を繋ぐ方舟と言えるだろう。
その後、第一世代は、全員、その肉体をナノマシンウイルスと同化。バイオコンピューター化し、船に精霊石となったその身を接続させたけれど。
「神矢? 貴方はそのまま行くつもり?」
出発の準備が全て終わった朝、まだ、神矢君は人間の身体で、空を見上げていた。学生服で外に佇む姿は、金髪であっても気だるげな中学生のようだ。
星子ちゃんが心配そうに声をかけている。
『まだ、我が儘言うつもりじゃないだろうね?』
『そうだ。おめーがいないと旅が始まらねえんだぞ』
「うるせー、そうじゃない」
せっつくような仲間達の思考波に悪態をついて、神矢君は首を横に振る。
「そうじゃない。マシン化の覚悟はできてるし、準備もしてある。
ただ……どうしても確かめたいんだ」
「何を?」
「俺達から、全てを奪ったコスモプランダーを、情報、ではなくこの目で」
碧に変色した瞳を押さえて、神矢君は空に視線を向ける。
そう言えば、ナノマシンウイルスの力を使えば使う程、髪や瞳に影響が出るとラス様やアーレリオス様が言っていた。
彼らは仲間以外に、その姿を見せることは無かったけれど、汚染地域での能力発動などの時は、金髪と碧の瞳に姿が変わっていたっけ。
コスモプランダーの原種のナノマシンウイルスは銀。星子ちゃん、ステラの精製する新種のナノマシンは金ベースなのかな、とちょっと思った。
その辺はさておき。
コスモプランダーは今日、降下してくるだろう、というのが真理香先生、いやバイオコンピューターティエイラの演算。
『私がシールドを解除すれば彼らは直ぐに降下を開始して来るでしょう。
指定着陸ポイントはユーラシア大陸インド近辺。
私達に出迎えを要求しています』
「既に第一世代が、肉体を捨てていることは気付かれていないのか?」
『魔性を通じてモニターを行っている可能性はありますが、本来であれば彼らに従い進捗状況を伝える我々第一世代がが抵抗していた為、彼らは地球の現状や移民計画は察知していないと思われます』
「では、出迎えは……」
『ワクチン接種を行った方にお願いできないでしょうか? 私が端末と共に同行し防御壁を展開。サポートを行います。ただ……』
「解っている。『計画』の実行、コスモプランダーとの戦闘や怒りを考えると確実に死への片道切符になりますな」
『はい。コスモプランダーの降下を確認、可能な限りの情報収集を行った後、宇宙船の破壊を実行いたします。計画に参加される方は、生存できる可能性は殆ど無いと言わざるを得ません。
無論、彼らを怒らせてしまえば、その後地球に残る人々の平安も失われるので同じことと言えばそうなのですが、脱出した移民船を追わせないために、宇宙船の破壊と防御シールドの展開はなんとしてでも、コスモプランダーの間近で行いたいのです』
「ティエイラ。貴方は端末が破壊されても本体が無事であればシールド展開は可能ですか?」
『はい。コスモプランダーと会話を成立させる為にも、シールドを的確に展開させる為にも私の端末を連れてどなたかが現地に行って頂かなくてはなりません。その後、私は端末が破壊されたら戻ってきますが、同行された方々を助けることはできないでしょう』
「了解しました。その旨を伝え、軍部を中心に志願兵を募ります」
『お願い致します。各国の指導者の方は参加する必要はありません。
失礼ながらコスモプランダーにとっては地球の代表者と話し合う、などという思考は無いのでその後の抵抗活動などの指揮を執って頂ければ』
「彼らにとって、我々など地面の下のアリに過ぎないのかもしれませんな。
ですが、軍隊アリも群れを為せば象をも倒す力を持つ。我らの抵抗を見せつけ、子ども達が避難するまでの時間を稼ぐと致しましょう」
『ありがとうございます』
「ティエイラ。貴女には最後までご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします」
『いいえ、プレジデンテ。子ども達の未来を守り、導くのが保育士の、そして、私の務めです。
最後まで共に全力を尽くしましょう』
子ども達を守る為にはある意味冷徹なコンピューター思考をするティエイラこと真理香先生。
そんな会話を神矢君は知る由もない筈だけれど、彼女の別れのキスは、彼に端末との同期能力を与えていた。
『行く前に、コスモプランダーを、見せてあげる。しっかりと確かめて、覚悟を決めるのよ』
「俺達から、全てを奪った、コスモプランダー。
この目に、焼き付けてやるんだ……。
そして本当に倒せないか、確かめる」
彼が、宙を仰いだその瞬間、
「え?」「な、なんだ?」
地球から、全ての灯りが消えた。
一瞬で、電気も、蝋燭も、太陽の光さえ。
「え?! な、何?」
「星子! 船に戻って出発の準備をしてろ! 奴らが、来る……」
一瞬前まで美しい青に染まっていた空が、どす黒い雲に覆われ闇色に包まれる。
太陽はその姿を隠し、天から悪夢が降り注いだ。
空を埋め尽くす、昏き箒星。地球に生きる全ての人々が終わりの始まりとなったあの日を思い出したことだろう。
けれど、今日のそれは、終わりの終わりを告げるものだと、誰もが理解する。
コスモプランダー、降下。
次元の違う圧倒的上位存在というものを、彼らはこの日、初めて目の当たりにしたのだった。
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