冬の魔王の島は一面の雪に覆われる。
多い時の積雪は私達の身長を遙かに超えるほど積もる為、外には勿論出られないのだけれど、夏は忙しくて後回しにしていたいろいろなこと。
遊び、勉強、戦闘訓練、礼儀作法、調べ物。
DIYに、料理、精霊術の勉強。
その他もろもろetc。
退屈している暇は全くない。
「ふう、やっと読み終わりましたよ。
魔王城の蔵書は、本当に手強かった」
そう言って、フェイが私達の前で息を吐いたのは、夜の二月ももう終わろうとするある日の事。
夜の勉強会の最中だった。
「読み終わった…って、まさか、全部? 本当に??」
あ、夜の勉強会、というのは、私と、リオン、フェイ、そしてアルで子ども達が寝静まった後にしている特別な勉強の時間のこと。
いつか魔王城の外に出た時に通用する知識を、と思ってほぼ毎日、魔王城の蔵書や、地理、精霊術などを勉強しているのだ。
「思ってたより遅かったな。流石のお前も、ここの本には手こずったか」
「読み終わった、とは…フェイ様は、書庫の蔵書を全て読まれたのですか?」
フェイの言葉にリオンは楽し気だけど、ティーナは、私と一緒。驚きに目を丸くしている。
最近、リグの夜泣きも収まって来たので夜の勉強会に礼儀作法の講師兼、外の勉強のオブザーバーとして参加して貰っているティーナだけど、彼女は二階以上には上がらない。
だから、ティーナが言う書庫とは一階にある小部屋の事を言っていると思うんだけど…。
小部屋でも本棚が六面以上あって、数百冊では足りない程の本があるんだけれど…。
「…あのね。ティーナ」
私は息を吐く。
ティーナはフェイのギフトの事もそう言えば知らなかった筈。
ちゃんと説明しておいた方がいいかもしれない。
「魔王城の二階と三階と四階はね、前の王族のプライベートルームでね。
調べたら千冊以上の本があったの」
「は? 千冊…ですか?」
「千冊以上」
以上、だから。本当に。
数えきれないくらい本当にたくさんの本が魔王城にはある。
小国とはいえ、一国の女王の執務室には精霊関係の本や法律の本があったし、文官とかが作業していた部屋には、鉱山管理や島の作付、外交関連の書物がぎっしりだった。
騎士長の部屋には戦術書や、武芸の本。
魔術師の部屋には当然、魔術、精霊術の本があって…。
「しかも歴史書とか、魔術とかはもう、とんでも難しい貴書、稀覯本ばっかり!
私なんか、一冊読むのに何日かかるか、ってくらいのむっっっずかしい本。
フェイ兄のギフトは完璧な記憶力なんだけど、パラパラって読むだけで、私がじっくり読むよりもしっかり本の内容も理解してて!
一階の書庫の本なんかはフェイ兄、去年のうちに読み終えちゃってて、三階、四階の本を読始めたのはリグが生まれてからだっていうのに!!」
ぜーはーぜーはー。
呼吸を整える。
いけない。少しマジになりすぎた。
「そ、それは…」
ティーナは唖然と言う顔で私を見ている。
彼女が呆然としている理由が、フェイの才能なのか、それとも私の荒れ荒れの様子なのかは解らないけど。
あ~。でもなんだか自分で言ってて腹がたってきた。
どうして、才能というのはこうも残酷なのだろうか…。
「お褒めにあずかり光栄」
でも、フェイはそんな私の苛立ちなんかホント、どこ吹く風、という顔で笑っている。
あー。ホント。
天才ってキライ。フェイは大好きだけど、何でも解ってますって顔の天才はキライ。
「まあ、苦労はしましたが、その価値は十分にありました。
マリカにも、喜んでもらえそうな情報も見つけましたしね」
「えー、私の喜びそうな情報~?」
なんだかやる気が無くなって、ぐでっと力の抜けて伏せた私の目の前のテーブルに、フェイは大きな羊皮紙を広げる。
「転移門の新設、ですよ」
「えっ!!」
私は飛び起きて羊皮紙を見る。
我ながらゲンキンだ。
気が付けばリオンやアルも近寄ってきていた。
私には解らない記号や、文字が丸を基調とした図形にみっちりと詰めこまれていて、私には見慣れたものだった。
向こうの世界のゲームやマンガ、アニメなどで良く見た所謂「魔方陣」。
「カレドナイトを液体化して、陣を描く。必ず同じ図形を二つ、別々の場所へ。
入り口と出口がセットでなくてはいけません。
そこに風の精霊の力を借りて道を通すのです。
そうすれば、魔術師、精霊術士で無い者でも移動可能な転移門が完成する、というわけです」
ここのこの文字が行く場所、こっちが帰る場所を表す文字で…とフェイは説明してくれるけれど、精霊古語と呼ばれる古い文字らしくてよく解らない。
「つまり? 結論から言うと?」
「王都と魔王城を繋ぐ転移門は作れます。危険はありますが」
「ホント!」
島の外に行きたい。
苦しんでいる子ども達を助けたい。
でも、城の子ども達を置いて行きたくはない。
できるだけこまめに城に戻ってきたい。
私の願いを叶える為にはどうしても、島の隅っこの、しかも人里離れた場所に出口があるという今の転移門では無理で、転移門の新設という無理難題をフェイはかなり頑張って調べてくれたようだった。
「ありがとう、フェイ兄!
嬉しい、凄い。天才。大好き」
…我ながら本当に現金だと思うけど。
「あ、危険、っていうのは? 行き来に事故とかが起こるってこと?」
「いや、敵に見つかって奪われると一気に島に乗り込まれるってことだろ?」
「はい」
リオンの言葉にフェイは真顔で頷く。
そうか。利便性を追求すればどうしてもセキュリティが甘くなる。
万が一、外から攻められた時の防衛性を考えて、多分外の世界に繋がる転移の門は城から離れた所に設置されたのだろう。
「ちなみに、今の転移門って王都のどこにあるの?」
「王都から徒歩で1日程離れた山奥の滝の中です。
今世で滝を見に行くなどという酔狂な者は殆どおりませんから。
ただ、意外に近くて、まさかこのような所に、と私も驚いたものです」
「今、向こうの世界で転移門の場所を知って、出入りができて生きているのはガルフとライオだけの筈だ。
口止めの魔術がかかっているとはいえ、ライオはよく500年も隠し通してくれたものだと正直、驚く」
以前、聞いた時にも思ったけれど、皇子ライオットという人は凄い人なのだと思う。
たった一人、全てを知った上で敵地とも言える神の影響下で生き残り、命を賭けて魔王城の島を500年守ってくれているのだから。
「あれ? でも、二人?
もう一人いなかった? おじい…って」
疑問に首を傾げる。
私達が魔王城にいる理由。
それはおじいと呼ばれる人物が、虐げられた子ども達を保護し、ここに集めたからだ。
彼はこの島に出入りが出来ている筈で…
私の問いに、リオンが目を細めたのが解った。
すました顔に、でもどこか嬉しそうな優しさを帯びた眼差しで小さく一度だけ頷いて見せる。
それは、リオンが彼の人に寄せる全幅の信頼の証。
「…僕達が『おじい』と呼んだ人物、僕達をここに連れて来た人物こそが、ライオット皇子なんですよ。
僕がそれを知ったのは魔術師になってからのことですが…」
それを受けて、フェイが語る。
私達の始まり。その真実を。
「「ええっ!」」
思わず声が出てしまう。
私は顔も覚えていないけれどこの島に連れてきてくれた『おじい』は命の恩人。
それがリオンの仲間。
今を生きる英雄の一人だったとは…
「でも『おじい』、リオン兄の友達の皇子って感じじゃなかったぜ!
ひげもじゃで、けっこう歳くってて…」
「ライオット皇子がアルフィリーガと旅をしたのは、十代後半と伺っています。
ですが、不老不死を得られたのは五十歳を過ぎてから。
王都でも謎とされていることの一つです」
あわあわとアルが、思い出しながら手を動かす。
アルは覚えているのだろう。皇子の顔を。
アルとティーナの言葉が正しいなら、ライオット皇子の外見は五十代の髭を生やした男性。
十歳に満たない子どもから見れば五十代の髭付き男性は確かにおじいさんに見えるだろうが…。
「三十年以上の間、不老不死を得ない理由があったということ。
そして三十年後、その決意を変える何かがあったということ…」
「…リオン、前に死んだ後の最初の転生、三十年後だった、って言ってたよね?
まさか…?」
「その時に会えた訳じゃなかったけどな。
俺の転生を知って…待つ気になってくれたって、ことだろうと思う」
律儀な奴だ。小さな、小さな吐息のような感嘆が零れたのが確かに聞こえた。
ああ、本当に凄い人だ。
皇子ライオットという人は。
いつ蘇るか解らない友を待つ為に、500年、たった一人敵地で生きてきた覚悟を思うと胸が痛くなる。
「今にして思えば、なのですが皇子ライオットはアルを、勇者の生まれ変わりかも、と思っていたフシがあります。予知眼に金髪碧の瞳。
あの時点で勇者の生まれ変わりを一番想像させるのはアルだったでしょう。
貴族の家で厳重に閉じ込められていたアルを救い出すのに、リオンが能力を使ったことを差し引いても子どもだけでは有りえない程に上手くいった。
追手から僕らを救い、この島に連れてきてくれたことも含め、彼が影から手引きしてくれた可能性は否定できません」
「…転生して姿も変わっていた上にこの姿だ。あいつが俺に気付かなくても無理はない。気が付かれても困るしな」
「ああ、だからあの時リオンはおじいと一言もしゃべらなかったのですか?」
「声、では無理でも、一言話したら、あいつにはバレる気がする」
静かな笑みでリオンは肯定を綴る。
「それから間もなく、彼は魔王城の島に出入りしなくなりました。
彼の身に異変が起きた可能性は高いですが、こちらから確かめる術はありません」
「ティーナ、何か知らない?」
「私のような下級の者は皇子と拝謁することなどありませんでしたが、特に亡くなられたなどという噂は聞いておりません。
皇子は民にとても慕われておりますので何かあれば伝わるかと」
「そうか、なら少しは安心できる」
良かった、とリオンは安堵の息を溢した。
「いつか、会えるといいね」
「ああ。だが下手に会わない方がいい。ただでさえ危うい奴の身がさらに危険になる」
確かにそういうことなら今の状況でも危険度は多そうだ。
人里離れた山奥に、大商人が皇子が、荷物や子どもと一緒に出入りするなど誰かに見られたら確実に怪しまれるだろう。
うーん。
「フェイ兄、門を壊したり新設するのにかかる時間ってどのくらい?」
「壊すだけなら一瞬ですね。新設するのは…こっちに出口ができていてカレドナイトの準備ができていれば、シュルーストラムの力を借りて…僕なら半日、というところでしょうか?」
「つまり、フェイ兄がどうしても一度は王都にいかないといけないってこと、だね」
「ええ、でも僕一人なら最悪、転移術で戻って来れますから」
「カレドナイトの確保などは、大丈夫なのですか?」
「あー、それは大丈夫なんだ。この島にはカレドナイトの鉱山があるんだぜ」
「まあ!」
みんなの話を聞きながら頭の中で色々と考える。
皇子とガルフの安全。
これからの利便性と島を守る為のセキュリティ。
その他もろもろ考えると
「うん。その転移門壊そう」
「「「え?」」」
これが一番ベターな気がする。
勿論、フェイが新しい転移門を設置できることが大前提だけど。
「勝負は春、できるだけ早い方がいいね。
ガルフが来てくれたら、直ぐに行動に移せるように…」
私はみんなに計画を説明する。
「みんな、力を貸して…」
城の子ども達の安全を守りつつ、外の子ども達も一刻も早く助ける。
仲間の安全の確保も含めて、世界の環境を整備する。
その為には私は何も躊躇うつもりはない。
子ども達の幸せは、みんなは、絶対に私が護るのだ。
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