マリカ様を失ったら『星』が滅ぶ?
あまりの話の大きさに、そして責任に、私は震えが止まりませんでした。
「それは、どういう意味なのか、伺っても?」
フェイ様やソレルティア様も、驚いたのでしょう。真剣な眼差しでリオン様に問いかけます。
「詳しくは、話すことはできない。ただ、マリカを奪われ後継者を『星』が失った場合、遠からずこの世界の『精霊の力』が枯渇する可能性がある」
「『精霊の力』が枯渇?」
精霊の術を操る魔術師お二人の顔から血の気が引いていきます。
この世界は万物に『精霊』の力が宿っていると私達は教えられていました。
便利な術や魔術道具で生活を助けて貰っている事もありますが、ごく普通に生活しているだけでも身体を健康に保ち……今は不老不死だからあまり関係ありませんが……植物の成長を助けたり、私達が暮らしやすいように環境を整えていると。
「正確には新しく作られなくなる。だな。人の体内にあるものも、自然に宿っているものも在る程度循環し、形を取ったり、存在として固定されているもの以外は消費されたり摩耗したりして『星』に帰る。
そして『星』により、新しい力としてまた生み出されるんだ。
この星の創造神にして守護神『星』は、その生産を司り、必要とする場所に精霊の力を生み出し送っている」
「正しく星の『母』ですね」
「ああ。生み出された無色の精霊の力は、そのまま放っておけば近くの自然や、人間に取り込まれていく。そうでない時は『精霊神』が方向性を与えて自然の力を強化させる」
「『精霊神』様の役割分担はそういう事なのですか」
「であれば、七国が侵略戦争を厳に禁止されていた事も理解できます。『精霊神』様がいれば簡単に滅ぶようなことは無いにしても、万が一、どの国かが欠け『精霊神』様の御力が働かなくなったら、その自然の力が丸ごと失われる可能性もあるということ……」
「ああ。だから『神』も『精霊神』を滅ぼすことはしないし、できない。
精霊の力を横取りして、自分の力を貯めるのが精一杯なんだ」
リオン様の精霊についての話は、基礎知識の乏しい私には解らない事もあります。でもそんな『神』や『精霊神』の事よりももっと大事な事を聞かなくてはならない事は理解できます。
「それでは……マリカ様は、いずれ『星』の後継者になる、と?
精霊の力を生み出す超常の存在に?」
必死に振り絞るような声で発した私の問いを
「ああ。俺達はその為に作られた。時が来るまで星の子ども達を支え、時が来たら『星』に還り役目を果たす。人型精霊はそういう存在だ」
少し寂しげな眼差しで、リオン様は肯定なさいます。
「作られた。前にも感じていましたが、人型精霊というのは人間と何が違うのですか?
人間と何かが違うのですか?」
「人の卵と種子によって生まれたという意味であるなら人間と同じだ。素材も同一、見た通り切れば血もでるし、負荷が超えれば生命活動を停止する。
ただ、役目を果たす為に生まれる前から強化され、調整されている。精神も、肉体も。
人の胎では無い所から生まれている、という意味も含めれば、最初から人外。『神々』の道具として作られているんだ。俺達は」
どこか、自嘲するような哀れむような笑みはご自身の事を言っているのか、それともマリカ様を思ってなのか。私には解りません。
「幼生体、子どもの時は身体と、心に負担をかけない為か、星の慈悲か。
魔王はその最初から大人の身体で生み出され、全ての知識が刷り込まれていたけれど。
今の俺達は記憶や知識、使命は体内に最初から与えられているが、何重にも封じられて思い出せなくなっていた。
マリカは、今も自覚は無いし、うっすら感じてはいても、確証はもっていない筈だ。
その方がいい。使命や役割に縛られず自由に生きられる」
「……子どもの時は封じられている、とおっしゃっていましたよね。リオン様の封印が解かれご自覚されたのはいつなのですか?」
マリカ様とリオン様は魔王城で一緒にお過ごしになられた。
でも、マリカ様は封印が解かれず、リオン様は完全に封印が解けている。
その差はなんだろう、と私は思いました。
「本来なら、大人になるに従って少しずつ解けていくものだ。
肉体の成熟や、精神の成長だな。
ただ、俺の場合はほぼ『神』の介入が原因だ。『神』の力が体内に入って、後からは入れられて覚醒することになった。最終的には、魔王が全部封印を吹き飛ばしていったので、俺は『星』にかけられていた制限が解けて、自分達のことに関しては記憶を取り戻しこうして話せるようになった」
「肉体の成熟と、精神の成長、ですか?」
「ああ。肉体や精神が大人になるに従って、封印が解けていく。繰り返し行った成長の『変生』、お互いを男女として認め合う接触、そして互いの体液が、覚醒の最終的な鍵になりうる」
「体液……」
「はっきり言ってしまえば、俺とマリカが性的な行為で肉体を交わせば、マリカの封印は『星』の望み、用意した手順を全て吹き飛ばして解ける。相手が俺であれば『星の精霊』に魔王であれば『神の精霊』になるだろう」
「え?」
「俺とマリカの身体の中には『星』と『神』の最高純度の力が混ぜ込まれているんだ。
さっき、魔王の血液をマリカは浴びた。
『神の精霊』の血液が体内に侵入し、マリカに悪影響を与える可能性があったと思う。『星』の力を『俺』が包んで飲ませたから、多分、介入は最小限で済んでいると思うけれど」
私は、さっきの光景を思い出しました。
返り血をふき取り、丸薬を飲ませたあの行為も、マリカ様を守る為のもの……。
「一刻も早く俺達を成長させて、自分の駒にしたい『神』と違い、『星』は少しでも覚醒を遅らせたいと考えて下さっている。
その時が来てしまったら、もう戻ることはできないのだから、と。
俺も、同意見だ」
「待って下さい。それなら逆に、マリカとリオンが結ばれれば、リオンは『魔王』に奪われること無く『星の精霊』に固定されるのでは?」
この場にいないマリカ様を思うリオン様の瞳はとても優しく感じます。
けれど、穏やかな空気を割るようにフェイ様が真顔で問いかけるのです。
「多分そうなる。元々、俺達に限らず、マリカを抱いた男は『星』の全権委任を受けるんだ。
ただ、その為にはもう一段、マリカの肉体が成長しないといけないけれど」
「もう一段?」
「今のマリカの身体は子どもで『女の力』を有していない。
マリカの身体が、女性として成熟して初めて効果を発揮する」
「成熟って……何をもってそれを判断……」
「「あ……」」
私には、解りました。ソレルティア様も解ったと思いますが、フェイ様は解らないようです。男の子には知りにくい話。多分、当然ですね。
後で教えるからとソレルティア様が囁くのが聞こえました。
「子どもの身体のまま、強引にマリカを犯せば行為に耐え切れず、心と肉体が崩壊するだろう。
『星』が新しい『精霊の貴人』を作れるかどうかは解らないが、作れたとしてもそれは今のマリカじゃない。
大人になってからも、マリカの意思の伴わない強引な行為で肉体を奪われた場合、多分、精神が壊れて、相手の操り人形になる。二年前『神』に精神を奪われた時と一緒だ。
『神』はそれを狙い、望んでいる節もあるけれど。
だから、カマラ」
「は、はい!」
「お前の責任は重大だ。なんとしてでもマリカを守って欲しい。心も、身体も……」
リオン様の言葉に、私は直ぐに頷く事ができませんでした。
もし、私が護衛に失敗し、マリカ様を守り切れなかったらマリカ様の苦しませるだけではなく『星』が滅びるかもしれないのだということを自覚させられたのですから。
私を見つめるリオン様の瞳は決して厳しいモノでも、命じるモノでもありません。
むしろ優しく思いやりと信頼に満ちていて。
だからこそ、私はこの時、自分が望んだ『精霊の騎士』『マリカ様の騎士』その役割と責任の重さを改めて自覚させられたのでした。
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