【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 フェイの結婚式 8

公開日時: 2025年1月26日(日) 16:22
文字数:3,802

「マリカ様、皇王陛下。

 お招きいただき、ありがとうございました。

 可愛い、たった一人の甥の結婚式に私は祝福を与えることもできないのかと少し残念に思っていたのです」


 風の精霊神、ハジャルヤハール様のたっての願いで連れてきた風国シュトルムスルフトの女王アマリィヤ様は、優雅に微笑むと私達にそうお礼を言って下さった。

 私がハジャルヤハール様。と、長いからここからはジャハール様で。

 の御命令でこっそり、部屋に忍び込んで仕事があるから、暫く入るな、と部下に命令したアマリィヤ様を国境越え転移術で連れてきた。

 術を使ったのはジャハール様だけど、身体の操縦権を渡してもいても感じる、ハードな術式。

 いや、もう。

 数百kmを超える国境越え、風の精霊神様の転移術は突風の中に放り出されたかのような、ヘルメット無しバイクで疾走するような。エキサイティングなフライトだった。

 ホント。息が止まるかと思ったよ。アマリィヤ様も口に出さないけど顔色、ちょっと白い。


『爽快爽快。久しぶりに風を感じたぜ。

 やっぱり人の身体がある方が、転移術は安定するな~。疑似クラウドを通しての移動は便利なようでそうでもないし』


 当のジャハール様は楽しそうで、お気楽に笑って言っておられたけどちょっと疑問符。


「疑似クラウドを通してなら、結界とか気にしなくても良くていいんじゃないですか?」

『ナノマシンウイルスが空中に浮かぶ、この星ならどこでも俺は移動できる。

 結界とか、精霊神俺らにとってはあんまり意味無いし。

 他の国に入る時には、一応マナーで許可取ってるけどいざとなれば結界なんてぶっちぎって跳べるぞ。結界破りの術式、あっただろう?』

「そうなんですか?」

『まあ、国に括られてからは好きに術も使えなくなったけど』

「どこでも、ってジャハール様は、座標確認とかイメージとかいらないんです?」

『いる。

 ただ、必ずしもそこに行く必要はないかな? 

 写真を見たり、知り合いや血縁がいたり、地図で場所を確認できれば平気だ。地球にいた時も、名所旧跡とかの座標で跳んでたし』


 要するにアレだ。ど〇てもドア。


「座標による移動ができるのは、多分、風の精霊神ジャハール様の他は俺だけだった筈だ。

『神』に精霊神様が教えて下さった転移術の術式を俺は引き継いでいるから……」


 そう教えてくれたのはリオンだ。

 なる。だから座標式の転移術が使えたんだ。


『宇宙空間ではナノマシンウイルスの補助が期待できなかったからくれてやったんだけど。

 ただ、座標式の転移術も口で言う程簡単でも無いんだ。度胸と瞬時の判断力がいる』

「度胸?」

『行った先がどうなっているか解らないだろう? 座標がずれれば壁の中とか、水の上とかもありうるし、下手したらその先にいる人間とぶつかったりすることもある。上手く発動しなかったり歪められたりすると、レルギディオスみたいに変な所に飛ばされたりするしな』

「それは怖い……」

『向こうの研究者は、俺が転移術を使う時、無意識下で転移後の場所について予測演算し、安全を確認して跳んでいるようだと言ってた。精霊術として与えた転移術はそのリスクを最小限にし、陣で移動場所を固定することで安定させてやったダウングレード版だ。

 俺に鳥頭とかいう奴もいたけど、俺の転移術は強固な精神力と、判断力があって初めて可能になる複合能力なんだ。崇めろ!』

「はい。本当に凄いと思います」


 ジャハール様の精霊獣が私の頭の上で(多分)胸を貼った。ちょっと可愛い。って言ったら失礼かもだけど。

 ジャハール様の元となったティムール君はラス様や、神矢君達と同じティーンエイジャーっぽかった。言葉よりも身体が先に動くタイプで格闘家になる為の勉強中だったとか。

 その辺の瞬発力や、 空間認識力、戦闘考察力とかが転移術を始めとする風、所謂、空間を司るのに向いてたのかもしれないね。


 それはさておき、異国の女王陛下の来訪にまず応えたのは皇王陛下だ。


「ようこそ。アマリィヤ様。

 大事な甥御をお預かりしているのに、その大事についてのご報告もせず申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。シュヴェールヴァッフェ皇王陛下。

 事情その他は解っているつもりですし正式な招待を受けていたら、それはそれで困っていたことでしょう。未だ私に子はありませんのでフェイが神官長として優秀な能力を発揮しているのを見るにつけ、国の一部の者達は、彼をシュトルムスルフトに連れ戻せないか。

 次期王にできないかと思っているようですから」


 皇王陛下の謝罪をアマリィヤ様は静かに笑って許して下さる。

 元々酷い男尊女卑の国だったシュトルムスルフト。アマリィヤ様の即位後かなり変わってきたようではあるけれどまだ、そういう考え方があるらしい。


「失礼ですが、王配殿下はまだいらっしゃらないのですか?」

「不老不死世で妻のいない大貴族の男などまずおりません。

 母が選び付けてくれていた騎士団長を迎える計画で今、準備や周囲の説得を続けています」


 苦笑するアマリィヤ様は未だ公式には独身。

 確かに男性として育てられてきた人物が女性として急に立ち位置を変えることに成ったら色々大変だとは思う。奥様はいたけれど、彼女達はあくまで協力者だった。

 私が最初に出会った時は男装されていたけれど今はもっぱら女性の服装。

 今も華やかな民族衣装を着ておられる。

 女性としての自分を卑下せず、でも男性にも負けない強さで、国を治めるこの方を支える夫。

 王配となる人にはそれだけの器が必要になるだろうし。


「本当は、私も君を養子にしてシュトルムスルフトの王位を継いで貰いたいと思っているけれど……」


 ぴくっと、周囲に緊張が走る。特にソレルティア様が身を竦めたの見て微笑み首を振るアマリィヤ様。


「心配しないで。かつて約束した通りフェイの意志を伴わない形で無理強いはしないよ。勿論、子についても。貴女は私の義理の姪になる。

 そんなに身構えず、仲良くしてくれると嬉しいな。風に愛されたお嬢さん」

「きょ、恐縮です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 こういところ、アマリィヤ様は誠実だから助かる。

 だから、フェイも慕っているのだろうし。


「さて、今の私は夢の住人。この場にいない者。精霊神様からの贈り物。

 王族としてではなく、一人の血縁者。家族としてお祝いに来ただけだから要件を果たそう。

 改めて、おめでとう。フェイ。

 妹の愛の形見が、こうして命と血を繋いでくれたことを心から嬉しく思う」

「ありがとうございます。アマリィヤ様、いえ……伯母上」


 シュトルムスルフトを出た時の言葉を思い出したのだろう。

 伯母上、と呼び直したことで、アマリィヤ様は破顔する。


「うん、やっぱり、それはいいなあ。なんだかとっても楽しい気分になる。

 やっぱりこれが、家族ってやつだね」


 嬉しそうにそう言うと、フェイに抱えてきた包みを差し出した。


「これは、私からの結婚祝い。

 まあ、結婚していなくても、次に会えたら渡そうと思っていたのだけれど、いい機会だから贈らせて貰うよ」

「これは?」


 なんだか、固い板っぽいものが包みの中には入っている様子。


「開けてもいいですか?」

「どうぞ」


 両手で大事そうに受け取って、包みを開くフェイ。


「まあ!」


 驚きの声を上げたのはソレルティア様だった。フェイは板を見つめたまま、身動き一つしない。


「これは……フェイのお母さん?」

「マリカ!」


 お母様にはお行儀悪いと怒られたけれど、つい、後ろに回って見ちゃった。

 木の板に、白い布が貼られた簡易カンバスのようなそれに描かれていたのは、男女の肖像画だったのだ。

 男の人はだれか解らないけれど、女の人はアマリィヤ様やフェイにそっくりだから、多分フェイのお母さん、ファイルーズ様だと思うんだよね。

 フェイと、アマリィヤ様は拡大コピーと縮小コピーのようで本当によく似ているし。

 ということは、多分、もうお一人は。


「そう。その絵は私の妹、ファイルーズとその夫の肖像画。

 二人を知っている者達はよく似ている、と言っていたよ」

「母上、と……父上?」

「ファイルーズの絵は見たことがあっても、父親の顔は見たこと無かっただろう?」

「はい……」


 フェイのお母さんのものと思しき御守りの中に、彼女の肖像画が入っていたのを見たことがある。この世界では、あんまり肖像画とか、人物画は描かれることがないのだけれど恋人同士が互いの絵を持ったりすることは無くはないそうだ。

 後日でアマリィヤ様に聞いた話だけれど、駆け落ちしたフェイのお父さんとお母さんは御守りの中に、多分、互いの絵を入れて持ち歩いていたのではないかという。

 追手に追われ母子を逃がした時、おそらく父親は自分が持っていた御守りをアマリィヤ様に渡した。そして、アマリィヤ様は夫の肖像画と御守りを身に着け、自分のお守りを世話になった葡萄酒蔵の者に渡したのではないか、と。

 後日調査したファイルーズ様の亡骸の側には朽ちた御守りがあったそうだから。


「母上は彼の事を嫌っていたから、こっそりと作って貰った。

 君の今後の支えになれば嬉しいと思う」

「あ、ありがとうございます」

「フェイを愛し、守り抜いて下さったお父様とお母様。

 私にとっても義理のお父様とお母様で、子どもにとってはお祖父様とお祖母様ですね」

「国に戻っておいで、とは言わないよ。

 ただ、私達は、遠く離れていても家族だから。それは忘れないで欲しい」

「はい」



 フェイは震える手で、両親の肖像をそっとなぞり、胸に抱きしめていた。

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