皇王様と皇王妃様のお茶会。
最初は穏やかな雑談だったけれど、私の『能力(偽)』がバレて、上位皇族の一人として国王会議に行くことが決まってからは、その打ちあわせなどが主になっている。
お茶菓子も、会議の席で出す為の味見兼用。
とりあえず、プラーミァ国王にも評価が高いミクル、アヴェンドラ、マーロの実のプラリネ。
チョコレートにガナッシュを包んだものを入れたトリュフ。ブラウニーは採用が決まっている。
チョコレートは貴重なので後は、ゲシュマック商会の得意のノーマルなパウンドケーキやビスコッティなどを合わせて使うことにしている。
季節がらアイス類は避けて、向こうでオーブンや保冷庫が使えるか解らないので、ゼリープリン系も今回は使わない。
作って直ぐに食べる分には大好評なんだけれどね。
「儂的には今回の会議はベフェルティルングとのカカオ豆と砂糖の輸入交渉が一番の山場だな。
今は豆の五割が手数料であったか?
だが、手間もかかるし、砂糖もこちらの持ち出しだ。こちら七割、あちら三割くらいまでにできればいいのだがな?」
「本当に。マリカが来て料理や菓子を食べるようになって、陛下も随分とお元気になられたこと」
「孫達に無様な姿は見せられんからな。久しぶりに腕が鳴る」
やる気満々、と言った様子の皇王陛下にどこか呆れたように微笑んでおられる皇王妃様。
「不老不死の世界は退屈なもの。
特に皇子達に政務の多くを任せてからは、王宮奥で植物の研究や読書をするくらいしかやることが無かった。
何をやろうと世界は変わらぬと思っていたが、ここ暫くは本気で毎日が楽しい。
…お前のおかげだな。マリカ」
「私、でございますか?」
小首を傾げる私にああ、と皇王陛下は頷いて下さる。
「この国を変えたきっかけはゲシュマック商会の『新しい食』
庶民が食べていたそれをライオットとティラトリーツェが王宮と会議に持ち込み、国の政策にしたい、と言い出したのが始まりだ。
『新しい食』のレシピの発案者が其方、というのであれば、全てのきっかけはやはり其方であろう?」
「私はただ、夢で見たものを書き留めているだけで、生み出した訳ではございませんので。神か、精霊か、それとも遠い別世界か。
最初に考えた方の知識を預かっているだけだと思うのですが…」
「それでも、食の絶滅したこの世界で、材料を集めレシピを再現し、そして周知した功績は其方のものです。
ですから、私も、この国や皇子達。そして陛下が元気になったきっかけは貴方だと思うのです。
本当に感謝しているのですよ」
皇王妃様にまでお褒めの言葉を賜ると、私にはもう頭を下げるしかない。
「勿体ないお言葉です…」
自分が食べたい&子ども達を元気にしたい、で始めた『食事』がここまで国を元気にするとは正直思わなかった。
正直借り物の知識で褒めて貰うのは申し訳ないけれど、その分、大事に使っていこうと思う。
「出立の準備は整っているか?」
「はい。お母様が衣装その他を整えて下さいまして。
…荷物類がかなり多くなって申し訳ないですけど」
「その辺は気にする必要はありません。其方は小さくでも女なのですから当然です。
足りないものなどはありませんか?」
「大丈夫だと思います。侍女とミーティラ様が差配して下さっているので、私はあまりよく解りませんが…」
「侍女も厳選しなくてはならないから大変でしょう?」
皇王妃様は心配そうに気遣って下さる。
参賀は毎年の事なので、途中に取る宿の手配などはしっかりされているけれど、揺れが結構酷い馬車に何日も揺られる上に、不自由の多い旅はあまり好きではないそうだ。
「元々、私の専属の侍女は一人なので厳選という程の事は。今回はティラトリーツェ様がミーティラ様をお貸し下さいましたのでいつもより多いくらいです」
「侍女が一人? それで身の回りのことがやっていけるのですか? 衣服の支度など何人も必要でしょう?」
驚いた、という顔で目を見開く皇王妃様。
ドレスの着付けも数人がかりのこの世界だと侍女が一人って問題なのかな?
でも、ティラトリーツェ様も侍女というか身の回りのことはほぼミーティラ様がやってるし。
部屋の掃除とか洗濯とかで使用人は多いけど。
「私は野育ちなので自分で一通りのことはできますから。今回は部屋の掃除があるわけで無し二人で十分かと…。」
私は人に服を着せてもらうのも慣れないくらいだ。
着るのが難しい異世界ドレスだって一人で二〇分もあれば着れると思う。
髪だってポニテかサラストメインだからそんなに手間もかからない。
お風呂だってお湯さえ張ってあれば自分で入れるけど…。と言ったら
「マリカ。皇女になる以上それではいけませんよ」
皇王妃様に怒られた。
ここまできっぱりはっきり怒られたのは、孤児院を作りたいと、考え無しに口にしたとき以来だ。
「今まで平民として、一人で何でもやる生活をしてきたのだから仕方ないかもしれませんが、主が使用人を頼らず仕事をする、という事は使用人の仕事を奪い顔を潰す事です。
彼らは、主の為に、主を上回る考えをもって仕事に望んでいるのですから…」
「あ、はい…」
教え諭すように言う皇王妃様の言葉の意味は解る。
向こうの世界で、私だって自分の任される筈だった仕事を上司が『自分でできるから』と言って取り上げたら良い気分にはならない。。
本人は例え良かれと思ってのことであっても、部下が成長できないし意欲も出て来なくなってしまう。
「其方の侍女は一人、と言いましたか?」
「はい。あまり歳が離れていると色々頼み辛いだろうと、お母様が成人前の女性を付けて下さいました。
別の仕事をしていたのでまだ侍女の仕事には不慣れですが、ミーティラ様が指導していますし、努力してくれています。
新年になって、私が館に移動するまえには一通りの事ができるようになるだろう、と言って貰っています」
「一通りのこと…ですか。
その程度でアルケディウス皇族の侍女が良い、と思って貰っては困るのですよね…。
この子は嫁ではなくアルケディウスの娘、なのですから…」
「はい?」
ぷるぷつと、小さく独り言を言う様に溢す皇王妃様の言葉には細やかな棘がある。
細やかすぎて刺さったことも気付かないかもしれないけれど、放置しておくと間違いなく化膿してヤバくなりそうな奴だ。
「この子も皇族として、基本的な所が解っていない様子。立ち居振る舞いは合格点でもいざという時の対応が心配ですね。
とはいえティラトリーツェも身の回りのことを、ほぼ護衛騎士兼侍女のミーティラに任せる大雑把な、基、おおらかなプラーミァの子ですから…。
今まで放置していましたが、ここは孫の為に私がおせっかいを焼くべきでしょうか…」
「あ、あの、皇王妃様? 一体何を?」
ぷつぷつ、からぶつぶつへ…なんだか本気で考え悩み始めたっぽい皇王妃様。
さりげに聞こえたティラトリーツェ様への本音も含めて、少し不安になって手を伸ばしかけて。
「…少し黙っていた方が良いぞ。マリカ」
「皇王陛下…」
首を横に振る皇王陛下の手に止められた。
「なんだかんだで、リディアトォーラは生粋の貴族だ。
プライドも高く、一度言い出したら聞かぬところがある。
少し放っておいてやれ」
「でも、お母様に御迷惑がかかっては…」
「…儂を元気になった、と言うがあれも、急に諦めていた孫が出来て嬉しいのだ。
いろいろ構ってやりたいのだろう」
「でも…」
暫く見ていると、どうやら結論が出たようだ。
前に麦酒のプレゼンテーションの時に、三皇子同席のパーティを提案した時のように晴れ晴れとした顔をしている。
「マリカ!」
「はい! 何でしょうか?」
皇王妃様は顔を上げて私の方を見られた。
「参拝の旅の間、其方に私の筆頭女官を貴女に貸し与えます。」
「え?」
「ミュルーズと言ってケントニスとトレランスの教育係でもあった者です。
ミュルーズから其方は、世話を受けながら皇族としての振る舞いを。
其方の侍女は王宮の女官としての知識や技術を学びなさい。
皇子とはいえ、独立した皇族の家に私が求められない使用人を送るのは差し出口ですが、旅の間侍女を共有する、という形であれば問題はないでしょう」
「…それは…あまりにも…申し訳なく」
問題ないでしょう、と軽く言って下さるけれど、ありまくりだ。
私にとって側に仕える侍女の一番の必要資質は信用できるかどうか。
特に『神』と対峙しなくてはならない今回の旅、リオンやフェイと神に対する傾向や対策も話し合わないといけないこともきっとある。
ミーティラ様はともかく、皇王妃様の女官が側にいられたら色々と困る事も…。
でも、皇王妃様はそんな思いは、まったく読んで下さらないどころか、さらに爆弾を追加投下してきた。
「遠慮する必要はありません。
私も貴女と行動を共にしますから」
「いっ!」
「驚きや動揺を顔に出さない」
思わず引きつった声を上げてしまった私だけど、皇王妃様と…一緒?
「其方はアルケディウスの皇族になるのです。皇族としての立ち居振る舞いや行動、人との対し方。
ティラトリーツェが教育しているだけあって、基本は十分にできていますが、まだまだ基本だけ。何より自覚が足りません。
皇子達と同格の皇族として寓せられる事になる以上、そこで満足せず上を目指さなくてはなりませんよ」
「…は、はい」
「ミュルーズや私の侍女に傅かれ、命令する事。任せる事を覚えるのです」
間違ったことはおっしゃっていないだけに反論はできない。
でも、旅の間、ずっと皇王妃様の監視付き?
「旅の間は其方の細かい日常の立ち居仕草などを見る良い機会です。
今まで給仕を受けた事はあっても一緒に食事をしたことも無かったですものね。
普段の立ち居振る舞いを私が確認して、ミュルーズからも報告を受けて、あまりにも其方が皇女として考えや行動に不足があるようなら、今後、其方の教育に私も加わります。
其方はこれからアルケディウスの食を始めとする新産業の顔となっていかねばならないのですから」
「解りました」
肩を落とす私の背中を、お祖父様が軽く叩いて慰めてくれた。
元々、神との対峙で気が進まなかった旅行がさらに気が重いものになる。
「いきなり重責を負わされた幼子をあまり苛めてやるなよ」
庇う様にそう言っても下さったけれど、こちらは逆効果だ。
「苛めるなど人聞きの悪い。
ここまでこの子が成長を急がねばならなくなったのは陛下のせいてもあるのですよ。
ただの平民の子として育った子が、皇家の事業に関わり、皇女になり、あげくの果てに諸外国との最初の関係がいきなり国王会議です。
最低でも旅の間に、皇王家の皇女として広められるかどうか確認しなくてはなりませんもの。
そして問題があるところは矯正を。
本当は出発までに確かめられれば良かったのですが、仕草や言動がしっかりしている分、私も気が付きませんでしたし会議と出立の準備で事前にはもう時間が取れないでしょうから」
眉を上げる皇王妃様は、これでも私を気遣ってくれているようだ。
確かに新年&出立まであと十日余り。
その前に立ち居振る舞いや生活を確認するから時間を空けろと言われていたら私、死んでた。
「あ、はい。安息日を除いて、予定はいっぱいで…」
「其方のような子どもに仕事がどれほどある? いや、ゲシュマック商会の仕事や調理実習をしているのは知っていたが…?」
「調理実習は現在お休みを頂いておりますが、準備が遅れたので年明けより開始される大貴族の料理人達の調理実習店の開店準備と、ザーフトラク様との向こうで出す料理の打ちあわせ。
材料の手配と、こちらで作って持って行くチョコレートや菓子の準備などが。
あとゲシュマック商会での引継ぎと、引っ越しの準備も…。
会議の事前知識と新年の儀式の段取りも憶えて置くように言われておりまして…」
「確かに何一つ、他人が変わってやれぬ仕事だな」
「ケントニスやトレランスよりもよほど真摯に仕事をしておりますのよ。この子は」
私が指折り数えた内容にお祖父様は息を吐き出す。
皇王陛下達には毎年恒例の参拝なのだろうけれど、私にとっては全てが0スタートなので時間がかかるのだ。
ある意味、今日が一番余裕があったくらい。
ここに来る前も戻ってからも会議に向かう前に覚えておかなければならないとティラトリーツェ様に出された課題がみっちりあるし。
「気付けばこの子なら、旅の間に直せると信頼してのことです。
もし言っても解らない子なら予定を削らせても、安息日に出て来させても確認し、時間をかけて直させましたから」
「儂が孫可愛さに会議に連れて行くなど言い出したせいか。今、気が付いた。すまぬな」
「いえ。平民の娘に、これほどまでにご期待をかけて頂き感謝の言葉もございません。
全力で努めますので、どうかお見捨てなく」
お辞儀をした私に向けられるお二人の視線はとても優しい。
本当に私に期待し、可愛いと思ってくれるからこその課題なのだと思う。
だから、本当に文句は言えない。
プレッシャーがキッツいけど。
思わず零れてしまった言葉は、昨日セリーナが私に言ってくれた言葉と同じだと気付いた。
つまり私も彼女にプレッシャーかけてしまったということだ。
反省しながら私は静かに心を込めて頭を下げた。
館に戻ってから、きっと怒るであろうティラトリーツェ様の顔に、背筋を震わせながら。
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