心配だったことがある。
中世には日本外国問わず、人と違うモノを怖れ排除しようという風潮があった。
まあ、それは今も無くなったとは言い切らないけれど。
通常、一人しか入らない女性のお腹に二人、もしくはそれ以上の数が入っているということは紛れもなく人とは違う、普通ではない事。
向こうの世界では双子は忌むべき者とされて、片方が殺されるとか、里子に出されるとかそういう伝説や小説には枚挙が尽きない。
逆に、子宝が一度に多く授かったと喜ぶ事例もあるけれど。
この世界はどうなのだろう、と思った。
真剣に心配だった。
まして妊婦ティラトリーツェ様は皇族、いわば王族の一員だ。
双子は忌むべきもの、なんて伝承が残っていたりしたらどうしよう?
と本気でドキドキしていた。
「双子? 本当に?」
目を見開き問いかけるティラトリーツェ様に顔を上げたアルが頷いて見せる。
「オレは、妊娠した女性って、…ティー、一人しかしらないけれど、その時とは間違いなく違う。ティラトリーツェ様のお腹の中の子どもはその頃と、全然違う。
こうしてみるとはっきり解る。中にいる生き物の気配は二つ、だ」
「お腹の中の、赤ちゃんは言葉とか解らないけど、気持ちは多分できてるの。
ワクワク。生まれて来るのが楽しみ、って思いが二つ、聞こえてくる…」
「この二人は、目に見えないモノを見て、声にならないモノを聞ける能力者です。子どもには成人するまで、こういう能力者が生まれる事があります。根拠はありませんので信じて頂けるかどうかはわかりませんが、もし双子でも出産されるのであれば、双子用の準備が必要だと思うのです」
「産むに決まっています」
どうなさいますか? と私が問うより早くティラトリーツェ様ははっきりとそう宣言した。
その眼には一切の迷い、惑いは見えない。
「我が子は必ず産む。その決意に代わり在りません。
一度に二人、皇子の子を産めるなど僥倖。
最初の子が帰って来てくれた、というのは感傷に過ぎないでしょうが、私には嬉しいという気持ちしかありませんよ」
むしろ、難敵に立ち向かう戦士のように爛々と燃え上がっている。
「双子が生まれる事で、国に忌まれるなどということはありませんか?」
「ここ五百年慶事として出産は、どの国でも無かったのが実情です。
単子であろうと双子であろうと同じ。国が慶事として公表すればこの上の無い慶事として受け入れられる事でしょう」
そうおっしゃったのはミーティラ様だ。
彼女の目にも忌避は見えない。
良かった、と思う。心から。
「なら、コリーヌさんや皇王妃様、他にも侍女の方などに協力を仰いで、急いで双子出産の準備を整えた方がいいと思います」
私の提案に、ミーティラ様は素直に頷いてくれる。
準備や身の回りの事を一手に引き受けているのは彼女だから。
「解りました。母さんと貴女に言われて最低限必要なものは用意しているつもりだけれど、もう一人分、大至急準備するようにします」
「双子の場合、早産になる可能性がかなり高いので、概算の予定日が星の一月半ばでしたが、もう空の二月に入っている事からいつ生まれても不思議はない、とお考え下さい」
妊娠出産の仕組みと、その関連については向こうの世界でみっちり学んだ。
予定日が全く分からなかったティーナの時に比べると最終月経日も解っている今回の事に絞るなら多少の誤差はあっても、今月末から来月にかけて臨月になることは間違いない、
空の二月に入ったばかりの今は多分妊娠35週前後。
双子は早産が多いと聞くから本当に、もう生まれても不思議はない。
できるだけお腹の中にいて大きくなってくれから生まれた方が、産まれた後の成長はいいけれど、出産時の妊婦のリスクも高まるし、帝王切開も、異常の確認もできない中世異世界。今月中の出産がむしろ望ましいくらいかも。
「ティラトリーツェ様はとにかく、お心を休めて無理はなさらず。
もう臨月ですから、公務はお休みになっても理解して頂けると思います。
そしてもし、体調不良や異常、陣痛が始まったらすぐにどなたかに教えて下さい」
「解りました」
コリーヌさんと話をして、皇子様達の自室の一角に出産用のスペースは作ってある。
今回はこの世界の出産を何度か体験しているコリーヌさんがいるので基本的なところはお任せしているけれど、そんなには大きな違いは無さそうだ。
分娩台になる大きな机もどきを用意し、後はベッドや座椅子で身体を休ませながら様子を見る等々。私が魔王城でティーナの出産を助けた時とほぼ同じだ。
ティラトリーツェ様の前から辞した後は、コリーヌさんと打ち合わせをする。
「双子? 本当ですか?」
「ほぼ、間違いありません。ですからコリーヌさんにはその上で心づもりして頂ければと」
「私も双子の出産を介助した経験はありません。これは…厳しい出産になりそうですね」
「はい。でも、ここまで知られなかったということは逆にお腹の中で順調に育っているということだと思います。後は、無事に外に出してあげられるように私達が手助けしていければ…」
未熟児で生まれたりするのが一番怖かった。
この世界には保育器も無いから助けられる可能性がぐっと減る。
でも最低でも三十五週を過ぎた今なら最悪、ある程度身体が整っている筈だ。
「随分と妊娠、出産、母体や胎児の様子や知識に詳しいのですね。貴女は…」
「一度、出産する女性の手助けをいたしましたし…」
ニッコリ笑顔で押し切る。
コリーヌさんには少し怪しい目で見られている気がするけれど、今は誤魔化している余裕も無い。
ティラトリーツェ様を無事出産させるのが最優先だから。
「私はお母様の出産を全力でサポートする為にここにいます。
そこに一切の偽りはございません。だから、どうか私に手伝わせて下さい。
お願いいたします」
真っ直ぐに怯まず立って頭を下げ、願う。
大きく諦めたような息を吐くとコリーヌさんは頷いてくれた。
「…貴女は『ティラトリーツェ様の出産を助ける為に神が遣わされた小精霊。』
陛下はそうおっしゃっていました。それを、私も信じると致しましょう」
「そこは、神ではなく、星と…」
とツッコミたかったけれど今は我慢。
「ありがとうございます」
「もし、貴女が双子の妊娠出産について知っている事があるのなら、注意点その他について知る限り教えて下さい。…知識の出自は一切問いませんし、他言も致しません」
私に向けるコリーヌさんの目は真剣だ。
「そう言って頂けると助かります。コリーヌさんには知っておいて頂きたいこともあるのです」
出産の現場で助産婦を差し置いて子どもが場を仕切るなんて許されない。
ただ、出産医療については専門とまでは言わないけれど、最新の方法論やデータに基づいた知識が子どもの専門家として学んできた私にはある。
それをできる限りお話して、理解を仰いだ。
あと、まだこの時期、プラス不老不死で在るが故に無頓着になりがちな、衛生面や感染症についても。ティラトリーツェ様は不老不死だから産褥熱とかの心配はないかもしれないけれど、生まれて来る子どもは解らない。清潔、消毒の概念は徹底してほしいのだ。
「…なるほど。調理を学んで発酵の仕組みを理解しましたから、この世界には目に見えない生き物がたくさんいて、良くも悪くも我々に影響している、ということは理解できるようになりました」
「生まれたばかりの赤ちゃんは、抵抗力…病気や悪影響に対抗する力が弱いので、とにかく 周囲の理解と協力が必要なのです」
コリーヌさんに、できる限りの出産についての知識を知らせ、皇王妃様や周囲にも伝達。
出産体制を整えたり、必要な道具を整えたり。
私は空の二月、ティラトリーツェ様の出産準備と手配に奔走した。
時々、アルやエリセにも来てもらって、子どもの様子を見て貰う。
苦しんでいる様子がないか。命の気配に変化はないか?
この世界には超音波もエコーも無いから、それだけでも知れると助かる。
調理実習や、店については一時棚上げになったけれど、大領地からの派遣料理人はザーフトラク様や、皇家の料理人さん達が指導にあたってくれたので、表向き文句を言う人はいなかった。
そんなこんなで、ドタバタしているうちに空の二月は終わろうとしていた。
ティラトリーツェ様の子ども達は、まだ生まれて来る気配はない。
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