【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 商業ギルドの会議 前編

公開日時: 2021年9月5日(日) 08:59
文字数:4,213

 今更、なのだけれど。

 騎士試験と、文官採用試験が終わった後、ゲシュマック商会の名前はアルケディウスに前にも増して轟いた。

 何せその数少ない合格者、その両方がゲシュマック商会に所属する子ども、であったから。

 文官採用試験の方はそこまで一般に告知されてはいないけれど、騎士試験の方はもう驚くというか、こっちが引くくらい御前試合を通じた宣伝効果絶大。


「リオンは、もう護衛任務に付ける訳にはいきませんが、多分屋台店舗を狙うような輩は居なくなるでしょう」


 リードさんは嬉しそうな顔でそう分析していた。

 現在屋台店舗の護衛役は、子どもの一人であるグレンと、その後採用した大人数名がローテーションを組んで行っている。

 リオンが指導、訓練していたのでグレンも最初はちょっとだけ運動神経のいい一般人レベルだったのが、今はちょっとした護民兵くらいには戦えるようになってきた。

 加えてリオンが皇国の市民区画、治安維持部隊の実質トップになったので、治安はぐっと良くなったという。

 流石、リオン。



 現在、ゲシュマック商会の直営店は四店。

 私達がアルケディウスに来てから変わらない。

 これはガルフが


「自分がしっかりと目を光らせて管理できるのはここまでが限度です。

 後は協力店などを増やしていった方がいいかと思います」


 と言ったからだ。


 協力店としてアルケディウスの豪商の数名が出資して作った肉料理メインの協力店が三店舗。

 それからパンを作って専門に販売する所謂パン屋が二店舗。

 

 現在はそれがアルケディウスの食料販売の店の全てだ。

 当然ながら日々高まる需要にはまったく追いついていない。

 だから、だろう。



「マリカ様、一度、商業ギルドの方の会合に足をお運び頂く事は可能でしょうか?」

 

 風の二月のある日、私はガルフにそう切り出された。

 

「今なら、多少は時間があるから、大丈夫ですよ」

 

 私は頭の中で計画を考えながら答える。

 風の二月は比較的時間がある方だ。

 月末に小麦の畑の種まきを収穫の時のように人を雇って大々的に行うつもりだけれども、それ以外は特に予定はない。

 逆に来月、空の一月に入ると、秋の戦があるので、今回の戦の主催である第二皇子のお妃。

 メリーディエーラ様から宴の手伝いを依頼されているし、秋の新酒がもう少しでできるというエクトール様のところからビールを貰って来ないといけないし、リオンは秋の戦が初陣になりそうだし、戦が終われば大祭だしで大忙しになる。


 今も週三で王宮に通っているし、忙しくはあるけれどまだマシだ。


「商業ギルド長を始めとする大店が、秋の大祭を前に、本格的に食料品扱いを始めたいのだそうです。

 その為のガイドライン作りと、レシピの販売についてマリカ様のお知恵をお借りしたく」

「基本的にはガルフが思う通りにしてくれて構いません。

 私はガルフの腕を信じていますから」


 商売関係において私は、ガルフの指示提案、意見を断ったことは基本ない。

 ガルフが店の為、と思って動いてくれたことに間違いがあった試しはないし。

 照れたように頭を掻きながらも、ガルフの顔にいつもの冴えはない。

  

「信頼はありがたいのですが、ギルド長や他の大店は俺が闇に沈んでいた五百年の間、この世界で商売を続けていた百戦錬磨の魔性達ですから。

 彼らを押さえ、こちらに有利に事を運ぶには、どうしてもマリカ様のお力が必要なのです」


 …できれば、私や子ども達をギルド長の矢面には立たせたくなかったのだけれど…今なら…。


 剛腕のガルフがこれだけ言うのだから、商業ギルド長とか、よっぽどの相手なのだろう。


「何ができるか解りませんが、必要としてくれるのなら行きます。

 皇家の仕事とかち合わないように調整だけおねがいできますか?」

「解りました」


 怖いもの見たさでどんな相手なのか見たくなってきたかも。

 まあ、見たら絶対に後悔するのは明らかだけれど。

 

「あ、あと、この間頼まれていた直営店と亜種の店の区別についてなんですけれど、良いアイデアを思いつきました」

「どんなアイデアでしょうか?」 


 その後、リードさんを交えて、私達は食料品販売の為のガイドラインの概略を纏めた。

 資料を用意し、提供するレシピや値段について確認し、私は当日を迎えたのだった。



「お初にお目にかかる。

 私はこの街の商業を預かるアインカウフ。長き付き合いになるだろうから、よろしくお願いする」


 うわー、見事な禿だ。

 悪いけれど最初の印象は、そんな感じだった。

 ガルフに案内され、向かった商業ギルド。

 一階、二階は一般商人の手続き区画で、三階が大店の者達だけが入れるVIPエリアなのだと教えて貰った。

 そのVIPエリアの会議室で、初めて会ったギルド長に、私は思ったよりは丁寧なあいさつを貰った。


 VIPエリアはそう言うだけあって、お金のかかった作りをしている。

 じゅうたんや装飾も…王宮や魔王城を基準にしてはいけないけれど…立派なものだ。

 良質の蝋燭がふんだんに使われた明るい部屋で、その灯りを映す様にギルド長の禿げ頭が輝いている。


 でっぷりと太った体形。豪奢な装飾や刺繍が施された、トーガっぽい服装をしている。

 外見は四十代から五十代、といったところだろうか?

 テーブルの上に組まれた両指にはいくつもの大きな宝石のついた指輪がいくつも付けられていて、正直趣味悪いなあとは思うけど。

 大きな口ひげを撫でる姿は、割とファンタジーの定型商人と言った感じだ。


「噂に名高きゲシュマック商会の少女料理人。

 ガルフが秘蔵する、値千金の娘。すっと前から会いたいと思っていたのだが、ガルフがなかなか首を縦に振ってくれなくてね。

 念願かなってやっと会う事ができた。嬉しいよ」


 …! なんだかゾワッときた。


 言葉は優しげだけれど、私を見る視線は値踏みするよう、いや違う、舐めるようでギルド長であるこの人が、私を狙っているのが簡単に解る。

 もし、ガルフの店がまだまだ立場が出来ていない頃に、圧力をかけられていたら力任せに奪い取られていたかもしれない。

 無意識にガルフの後ろに回り込んだ。

 一生懸命に庇ってくれていたであろうガルフには、感謝の気持ちしかない。

 マジで。


「今日の議題は食品部門の拡大についてだ。

 商業ギルドの中でも、食品扱いに携わる事を望む大店しか参加しない予定だ。気軽にするがいい」


 とギルド長は言ったけれど、会議が始まる時間が近づくにつれて私の顔は引きつる。

 一人、一人とまた入って来る店主は十人以上、二十人に近付いていた。


 私の知っている商人はガルフ以外には、以前服を作って貰った事があるザックさんと、ティラトリーツェ様お抱えのシュライフェ商会の方達しかいない。

 どちらもいないから、知らない人ばかりだ。


「では、時間になったので始めるとしよう。

 本日の臨時会議の議題は既に伝えた通り、秋の大祭に向けた食料品扱い部門の拡充についてだ」


 時計が定刻を知らせると容赦なく会議が開始され、進んでいく。

 大事な会議に遅刻するような商人はいないということなのだろう。

 時は金なり、は異世界でも通じるようだ。

 

「皆も夏の大祭の時の事は記憶に新しいだろう。

 ガルフの店、今はゲシュマック商会の食品店舗に三日間で三千人が集まり、用意された品物は二刻を持たず完売した。

 敗戦であったのに、他国からの来客数も、売り上げも記録的なものであった。

 これは食品扱いが世界的に注目を集めつつあるという証拠である。

 何より食料品は消耗品。

 次回の大祭でも確実に同規模、もしくはそれ以上の売り上げが見込める。」


 議長を兼ねるらしいギルド長が概略を説明していく。

 話を聞くに従い商店主達の目は一様にギラギラと油膜を流した水のような光を宿す。

 儲け話に乗りたい、この機を逃すものか、という思いが目に見えるようだ。


「ゲシュマック商会は、今後直営店を増やす予定は無いという。

 皇族、貴族、大貴族の間に食が流行し始め、そちらの対応に忙しいということだからだ。

 故に、希望の店にレシピと材料を譲り、食品販売を委託する事は可能であると、既に言質は得ている。

 そうだな? ガルフ?」


「ああ」


 視線を向けられてガルフは立ち上がる。

 横にはリードさんと私を従えて、会場中の視線を集めながらも臆することない背中が頼もしい。


「現在、ゲシュマック商会は各領地からの食品素材の買い取りと、流通経路の適正化で手いっぱいの状態だ。

 街から店舗を増やしてくれとの声が高まっているのは承知だが、対応するのは難しい。

 元より、食品扱いというかつては世界全てを覆っていたシェアを一つの商会で抱えるのは不可能だ。

 だから、できるだけ多くの商会に食品扱いに加わって欲しいと願っている」


 会場内がざわつく。

 本来なら、確実な儲けの出る独占商圏を手放すのは悪手だ。

 でも、この場合は、いつまでも一つの商会で抱え込んでいる方が色々と問題が出る。

 顧客の不満がゲシュマック商会一つに集中し、爆発しないうちに、分散させてしまう方がいいのだ。


「無論、ゲシュマック商会が今まで作ってきた『新しい食』の信用を守る為にいくつかの条件は付けさせてもらう。

 …マリカ」


 後ろを振り返り、ガルフが目で合図したので、私は数枚の木板を持って一歩前に進み出た。

 会場が微かに騒めく。ギルド長も目を見開いているところを見ると、私が実際にこの会議で発言するとは思わなかったのだろう。


「アルケディウスを支える商業主の皆様にはお初にお目にかかります。

 マリカと申します。ゲシュマック商会で『新しい食』の作成、運用に携わっております。

 子どもの身ではありますが、どうか皆様の前でご説明をさせて頂く事をお許し下さい」


 深くお辞儀をして、許可を求める。

 ここで、番頭であるリードさんではなく、私が出るのは演出だ。

 ふるい分け、でもある。


 説明するのが子ども、と侮るようならその時点で新事業への参加の権利は失う。

 私が皇王家に出入りしている…自分で言うのもなんだが…信頼熱い料理人であること、くらいは調べればすぐに解る。

 正式な受勲を受けている訳ではないが、準貴族に等しい立場を貰っている存在に文句を言ったり、不満はあってもそれを隠して利益を追求できないようでは商人失格だ。


 情報収集は商人の基本。

 流石にあからさまな批判や反論、反対は見えなかった。

 反対が無いのならそれは肯定。そう取らせて貰う。


「では、店主ガルフに代わり、アルケディウスの食品扱い事業者へのガイドラインをお知らせ致します」


 私は息を大きく飲み込むと、獣のような視線を向ける商業主に達に向けて説明を開始した。

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