翌日、朝早く、私達は馬車で麗水宮を出て、王都ディプレースク郊外の森というか山にやって来ていた。
「近年、植物紙作成の為に伐採の後の植林、植樹は進められています。
植物紙作成には若い木が特に重要なので、森の奥の樹齢が大きい木などは、挿し木などの親としてあまり手を触れないようにしています」
「森の入り口付近は木材加工の連中が入るので、雑草などは取り払われている事が多い。
私が採取したものも、少し入った中ほどにあったな」
ユン君とスーダイ様が説明してくれたけど人の手があまり入っていない、道も殆どない森の中を進んでいくのはかなり大変だ。
前に調査に来た時、スーダイ様(の多分お付きの人)が作ってくれた道があってかなり助かった。
それをユン君とその配下の人達、あと私とスーダイ様の護衛の騎士達で広げて歩いて、体感三十分ほど。
ほぼ人の手の入っていない、森だけど、ちょっと開けた場所に、私達は荷物を置く拠点を作った。
「私がこの前、植物を採取したのはこの近辺だ。
もっと奥に入ったりすればまた別のものがあるかもしれんが…」
「とりあえず調べられるだけ、調べてみましょう。
皆様、とにかく色々な植物を採取して来て下さい。
実がついているもの、花がついているもの優先で」
リオン、ミーティラ様を除く私の護衛にも、採取をお願いして早速調査に入る。
時間が惜しい。
「スーダイ様、この間の蔓はどちらにありましたか?」
「確か、こっちだな。…シュンシ―?」
「は、はい。あの木の根元だったと存じます」
シュンシ―と王子に答えて返事をしたのは、まだ若い女の子だった。
年齢的にはカマラとどっこいに見える。
手には精霊石の杖。
ということは、この子はお城か、王子お抱えの魔術師、なのかもしれない。
シュンシ―さんが覚えていてくれたとおりの場所にこんもりと一塊になった緑の蔓がある。
「フェイ、お願いしてもいい?」
「解りました」
フェイが小さく呪文を唱えると蔓の一角がみるみる青みを増し、やがて色を失っていく。
確か、植物を促進させる精霊術、なのだ。
「ほわ~。姫君の魔術師様は凄いですね~」
シュンシ―さんは、驚きに目を瞬かせている。
「貴女にもこれくらいのことはできませんか? 貴女の石は大地の力が強いように感じるのですが…」
フェイの問いかけに彼女は大慌ててで杖と顔と手を横に振った。
「わ、私なんてとてもとても。
私、魔術師としての修業とか勉強、したことないんです。
スーダイ様に路地裏でいたのを拾われて、王宮で下働きしてて、前魔術師様のお世話をしていたら、精霊石が輝いたんで魔術師ってことになったばっかりで…」
「前魔術師は気難しい男でな。
能力寿命だったろうに地位にしがみ付いていて、シュンシ―が杖を輝かせたら怒ってそのまま城を退去してしまった。
ろくに引継ぎも教育もしないで去ってしまったので、シュンシ―は今、城の魔術師に着いて勉強しているところなのだ。
呑み込みも頭も良いから、良い魔術師になると城の魔術師は言っている」
「でも、まだ、大した術は使えないんです」
としょんぼりするシュンシ―さんに、フェイはにっこりと笑って首を横に振った。
「大丈夫ですよ。貴方はまだ不老不死を得ていないし、術士としての才能も有りそうです。
良ければ僕の知っている術もお教えしますから。
大地系の術は僕よりも上手く使えそうな気がします」
「あ、ありがとうございます。スーダイ様のご許可が出たら、ぜひお願いします!」
「構わん。教えて貰え。皆の役に立てる術士になるのがお前の夢だろう?」
あっさり許可を出してくれるスーダイ様。
うーん。
私の中でスーダイ様の株価がどんどん上がっていく。
つまりは路地裏から女の子を救い出し、手も出さずに王宮で仕事を与え、精霊術士としての才能を発揮したら勉強もさせていて、彼女の夢を理解して応援している、ってことでしょ。
良い人だ。惚れてしまいそう。
「マリカ様、このくらいでいいと思います。
可食部分は根と言っていましたよね。ご確認下さい」
「そうですね。リオン」
いけない、いけない。とりあえずは今は植物採集が先。
私は黄色くなった蔓をリオンに掘りかえし引っぱって貰った。
予想通り、赤紫の大きな塊がゴロゴロ出て来る。
「やっぱりサツマイモ、です。
この赤紫の部分が可食部で、茹でてよし、焼いてよし、甘くてとても美味しいのです」
「解った。とりあえず、この森を後で調査させて同じものを確認しておこう」
「お願いします。本来の収穫時期は秋…。風の月の終わりころがいいと思います。その頃には自然にこのくらいの大きさになると思いますので」
「解った」
サツマイモを確保した後、フェイは早速シュンシ―さんに色々と呪文を教え始めたようだ。
「成長の術は精霊に負担をかけるので、あまり多用は禁物です。
終わった後、大地の力を回復させる術を使っておくといいかもしれませんね」
「解りました」
「シュンシ―。この花にさっきの術をかけて見ろ。
ソーハの花となんとなく似た感じだ、食える豆かもしれん」
「はい。スーダイ様」
スーダイ様が別の一角にあった黄色の花を指さした。
確かにちょっとスイートピーっぽくて豆の花のようだ。
嬉しそうにシュンシ―さんは頷くと杖を掲げた。
「…エル・アグレスト…」
杖が淡い光を放ち、彼女の呼びかけに答えるように花は育って、枯れていく。
細い莢をいくつも残して…。
「やった。できた!」
「よくやったな。シュンシ―」
シュンシ―さんの頭をポンポン、柔らかく撫でるとスーダイ様は豆の側に膝を付いた。
「やっぱり豆だな。マリカ…。どう思う?」
「凄いです。コレ、小豆ですよ。ソーハとは使い方が違いますけど、とっても美味しい豆です」
カリカリと音を立てる莢を割って見ると小さな実がコロコロと手の中に零れ落ちる。
小豆の花って黄色かったのか、知らなかった。
あんこの元になる美味しいお豆。
まさか、こんな森に自生しているなんて。
「このお豆は甘味に向いているんです。砂糖と一緒に炊いて使うと本当に美味しいですよ」
「そうなのか!」
「でも、本当の収穫期はこれも秋なので。まだ我慢ですね」
「残念だな。早く食べてみたかったのに」
「ちょっと味見くらいならできると思いますので、どうぞお楽しみになさって下さい。
でも、スーダイ様、本当に凄いですね。この森の中から的確に食材を見つけ出すなんて」
「カン、というかなんとなく、だがな。植物の声が聞こえるような気がするのだ」
各王家の人間は精霊の末裔で、古くは魔術師として精霊と人を繋ぐ役目があった。
と、前に皇王陛下が話していたことを思い出す。
ならスーダイ様や王家の人達にも精霊術士とは別種の才能があるのかもしれない。
私は真面目な、王子の顔で森の中、植物を優しい目で見つめるスーダイ様にちょっと見惚れた。
じっくり見れば愛嬌のある顔をしているし、痩せれば本人が言う侮男じゃないと思う。
痩せなくても真面目に仕事をしていれば、カッコいい王子として皆に慕われるんじゃないかな?
現にシュンシ―さんは王子の事を凄く慕ってるし、部下さん達も嫌ってはいないようだ。
彼の命令に嫌な顔せずに従っている。
スーダイ様も形を変えた不老不死の被害者。
第一印象の悪さは嘘のように消えて、頑張ってほしいな。
活躍してほしいな。
そう思えるのだ。
お昼ご飯に、用意したおむすびをみんなで食べて、まるっと四刻。
体感八時間くらい調査に費やした結果、色々な野菜類を見つける事ができた。
スーダイ様が先に見つけてくれたものの他に、ワラビにフキ、竹の林もあったからタイミングを見計らえばタケノコも採れそうな気がする。
後は、アルケディウスにもあった茄子やキュウリによく似た野菜もあった。
木も色々。私は木材の見分けは着かないけれど梅だけじゃなくって、魔王城やアルケディウスにもあったミクル、つまりクルミの木。
多分、マーロ。栗と思われる木も。
サフィーレ、ピアンもあるというから季節には果物も楽しめるだろう。
エルディランドは魔王城に負けないくらい豊かな土地なんだなと、心から思う。
「夏から秋にかけて継続的に人を派遣して生育を確認し、来年は平地に畑を作って移植だな。
浮浪民達に仕事を与えるのにいいかもしれん」
「リアやソーハの畑の側に、野菜の畑を作りグアン様の一族に指導を仰いではどうでしょうか?」
「奴らになるべく借りは作りたくないのだが…農業のやり方を知らぬ者も多かろうからな…仕方ないか」
一区切りついて、採取した標本を纏め、帰り支度を始めた時。
「皆、動くな!」「一か所に集まって下さい! 急いで!!」
急に強い、声が響いた。
声の主はリオンと、ユン君。
二人の視線の先を見て、私達は息を呑む。
楽しい森のピクニック気分は一瞬で霧散した。
「ま、魔性?」
「なんでこんなに、たくさん?」
気が付けば空に、そして木々の合間に黒い靄を纏った獣たちが私達を見つめ、うなりを上げていたのだから。
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