アルケディウス、とある安息日の昼下がり。
「さーて、と。始めますか」
一人、誰もいない厨房で、気合を入れるようにラール・スチュワートは服の袖をまくっていた。
アルケディウスきっての大店にして料理店、ゲシュマック商会の貴族街実習店舗を預かる彼の趣味は、店休日の料理研究。最新の機材の整った厨房で、貴重な材料を自由に使って自分なりのレシピを考え、試すのは彼にとって至福の時間であった。
ほぼワンオペで、各国から選ばれた国費留学生を指導するストレスを彼はここで発散している。
「えーっと、なになに?」
調理台の上にある一冊の冊子をパラパラとめくる。
タイトルに書かれているのは謎の文字。
この世界の文字ではなく、精霊古語と一般に呼ばれているものとも違う不思議で難解な文字は知らない者が見れば、一体どんな秘密が書かれているのかと思う事だろう。
「えーっと、まずは鳥ガラを綺麗に洗って、ニンニクとショーガを入れて煮る。
チスノークと、インクヴェリアだよな……。
鍋を火にかけながら、中華めんの準備。かん水の代わりに……炭酸カリウムを混ぜて」
だが、スラスラと謎の文字を読み解き、彼は料理を進めていく。
因みにタイトルにはこう書かれてあった。
『誰でも簡単! 本格ラーメン。日本語版』
彼の主にして上司、アルケディウス皇女マリカがくれた新作レシピ集だ。
どこから、入手したのかと聞いたら、答えを濁されてしまった。
内容がしっかりしている割にどこかチープな作りの冊子は、まだ本や紙が貴重品のこの世界製ではない気がする。まあ、気にするのは止めておこう。
実は彼は日本語が読める。
父も母も純粋なアメリカ人である彼であったが、俗にいう日本オタク。
特に日本のマンガが好きだった彼は、独学で日本語を習得したのだ。
ニンジャ、サムライ、恋愛、スポーツ。
うさぎ少女、猫娘、エルフ、馬娘。
巨大ロボットに戦艦娘に、異世界転生。
日本のマンガには、アメリカのそれとは異次元の夢があると思っていた。
彼がこの世界で料理人の道を選んだのも、実は日本の料理マンガの影響が大きい。
レシピまでは覚えていなかったけれど細かいコツや下ごしらえの工夫などが役にたっている。
しゃべることは得意ではない。
書く事も。あくまで読むだけであるけれど必死に彼は日本語を習得した。
その理由を彼に問うと、彼はこう応えるだろう。
「日本語のマンガのニュアンスは日本語でないと解んないんですよ。
英語版だと絵が反転されちゃってるし、オトマトペとか微妙な言い回しとかが下手な翻訳に当たると全然違うし」
日本のマンガを日本語で読みたい。そしていつか、日本で思いっきり最新版のマンガに浸りたい。そんなごく普通の少年の、ごく普通の夢は宇宙人の来襲という下手なSFマンガのような事態によって砕かれてしまった。
大好きだった日本がほぼ滅亡した時には泣いた。
そんな事を気にしている時では無いと解ってはいたけれど、夢が潰えたこと以上に、日本人が何千年も積み上げてきた文化、歴史が全て消えてしまった事がどうしようもなく哀しかったのだ。
だからというわけではないが、冷凍睡眠による宇宙旅行の果て、この地にたどり着いた時、彼は他の兄弟達程悲観はしなかった。要するに異世界転生だ。
と思えば大したことは無い。むしろ、マンガの主人公になった気分で、新しい世界をとことん楽しもうと決めたのだ。
この世界を否定する『父』に逆らい、城を飛び出し。
彼はこの世界を飄々と生き抜いてきた。
残念ながら彼には、マンガの主人公達のようなチートな能力も特別な知識も無かったけれど、彼らが教えてくれた諦めない心だけは宿っていたから、失うまいと努力していたから。
そして、この世界を変える少女と出会った。
皇女マリカ。憧れの地、日本の面影を持つ少女。
彼女は正しく、マンガの主人公のようにチートな知識と立場と能力で、世界を動かし変えていく。
自分もそうありたかった、という思いは消えないけれど、彼女を助ける重要なネームド脇役という今の立ち場にはそこそこ満足している。
「よし、試作品。ベースの鳥ガラ白湯ラーメン完成!
味も……この世界にしては上出来かな。マリカちゃん達に連絡しよっと」
彼はテーブルの上の黒い鏡を手に取った。
ふと、映る自分の姿に苦笑する。
500年、全く進歩が無かったこの世界で、電話ができるようになっただけでもたいしたものだけれど、遠い地球では同じくらいの端末一つで、いくらでもマンガやアニメを楽しむことができたのだ。
あの頃を取り戻したい気持ちは、彼でさえある。
でも、失われたものは取り戻せないと、彼の愛する主人公達は教えてくれている。
だから、彼は前を向く。
今を、未来を楽しんで生きる為に。
「もしもし、マリカちゃん? ラーメンの試作品ができたからどう?」
その後、皇女マリカの味見と改良を経て、認可された異世界ラーメンはゲシュマック商会の新商品として実験的に屋台で売り出された。
貰って来た冊子のレシピにあった醤油、塩、味噌、鳥ガラなど色々工夫を加えてある。
地球と異世界とアースガイアのコラボラーメンだ。
結果はかなり好評。がっつりからあっさりまで味が選べ、野菜、肉、卵も海産物も取れるラーメンはある意味、総合食。
お手軽に食べられるということもあり、最近増えた農作業従事者や工業職にも人気らしい。
「ところ変われば品代わる、ですね」
メニューには可愛らしい赤毛の少女のウエイトレス絵を添えてある。
「ラールさんって、絵も描けたんですか?」
「まあ、人並みにね。因みにモデルはマリカちゃんが話してくれたケモミミ少女」
「でも、これってどう見ても萌え……」
「ケモミミお姉さんはロマンだよ。残念ながらこの世界にはいないけれど、いつか会ってみたいな~」
「アセナさんには、可愛い弟分がいますから、無理じゃないですか?」
「オレは別に自分が推しと一緒になりたいタイプのオタクじゃないから。推しが幸せになってくれるなら問題なし。オネショタOK。バッチコイ」
「…………」
彼がこの星で目覚めて約500年。
結婚もしなかったのは、地球から持ってきてしまった性癖が理由なのではないかと思ったマリカなのであった。
コラボ御礼
ショタパン!【ショタのスチームパンク恋愛喜劇 〜無口系ショタで蒸気世界の貴族なボクが、領地内でお忍び探検ラブコメをする〜】
作者 カオス饅頭様
異世界に行ったマリカが持ってきたレシピ集のその後 ①
心からの感謝を込めて
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