ガルフとの面会を終えた日の夜。
魔王城へと帰って来た。
どうしても、どうしても確かめなければならないことがある。
と気付いたからだ。
時刻は空の刻の半ばを過ぎて、もうすぐ夜の刻。
体感、夜の十時くらいだろうか?
お母様には魔王城に用事がある、と告げて来たけれど、他の使用人には出発までに仕上げなければならない仕事があるから、貴族街店舗に泊ると誤魔化して来た。
だから、ノアールとセリーナ、カマラは留守番だ。
私が戻るまでの間、留守がバレないようにしてと頼んで来た。
ノアールにとっては、影武者の初仕事だね。
っと、冗談で誤魔化している暇はないんだった。
もう寝床についているであろう皆を起こさない様に、私は深夜にやってきたのだけれど、昼間の醜聞をみんな、見ていたからね。
転移陣から出て、魔王城の扉を開けてみれば
「来たな。マリカ」
「お帰りなさいませ。マリカ様」
エントランスには、リオンとフェイ。アル。
そして、城の守護精霊が待っていてくれた。
「うん。ただいま。皆」
三人がエルフィリーネと一緒にいて、待っていてくれたのなら話は通じているだろうけれど。
「エルフィリーネ。
教えて良い範囲で構わない。教えて欲しい。
今まで、なあなあにしてきてしまったけれど私の持っている『力』について」
私は三階。女王の執務室で改めてエルフィリーネと向かい合った。
「私は、外の世界で『精霊神』や『神』に力を捧げる『聖なる乙女』の役割を担う事になったの。
それはもう、ちょっと、抜け出したりできないレベルで私に課せられている仕事で、避けられそうにはなくって……」
今まで、折に触れエルフィリーネには外での事情は説明してきた。
『神』と『大神殿』に所在を知られていること。
リオンが『大神官』を倒した為、『大神官』の帰還まで明確な敵対行動は取らないと宣言されている事。
それでも『大神殿』側は私の確保に向けて、あの手この手を使っている事、などなど。
「『精霊神』様がおっしゃっていたのだけれど、『神』は欠片を身体に入れる事で人を思いのまま操ることができるんだって」
「そう、ですね。『神』にはそれが可能であると思います」
「それは、『精霊の貴人』でもそうなのかな?」
「マリカ様が完全に『精霊の貴人』として立たれれば『神』の介入を弾く事は可能です。
ただ、今のように身体も精神も完全に成熟していない状況であれば、『中』に入り込まれて作り変えられてしまうと、意識を失い『神』の傀儡にされてしまうことは在りうることかと存じます」
「やっぱり、そんな感じなのか……」
私は慎重に事実だけを確認する。
城の守護精霊にはこの『星』や『精霊』の根幹に位置する最重要情報は教えることができないというロックがかけられているのは、魔王城に転生して来て数年。
身に染みて解っている事だ。
「もし、私が『神』の傀儡になってしまったら『星』としてはどんな感じ?」
「それは……世界が『神』のものになるのと同意です。
『星』にとって『精霊の貴人』マリカ様は愛し子にして、己が権能を預けし存在。
それを『神』に奪われればこの大地における『星』の力の大半を奪われてしまうことになるでしょう」
だから聞くのは、確かめるのは事実関係のみ。
これなら、彼女は可能な範囲内で応えてくれる。
「今迄、ちゃんと聞いたことが無かったけれど、私やリオンの『精霊の力』って何?
『能力』とは別のモノなの?」
「……別のものです。明確に」
これはちょっと綱渡りな質問であったけれど、エルフィリーネは少し考えて答えてくれる。
多分に、前に『精霊神』様が言っていたけれど、エルフィリーネや『精霊神』『精霊』達は私達に事態を本当に秘密にしたい訳ではないのだ。
物理的に言えない様に制限がかけられている。
だから、制限の範囲内で、私達が知るべき事、知っておいた方がいいことはちゃんと教えてくれる、と思う。
「この星は万物に『精霊』の力が宿っています。
人の魔術師が『精霊』の力を使うには特に使用されるものはありませんが『精霊』が『精霊』の力を使うには消費されるものがあります。
それが『気力』と呼ばれる無色の力です」
「無色? 力に色があるの?」
「目に見えて色が付いている訳ではありませんが。
言ってみれば属性です。方向性、と言っていいかもしれません。
精霊達は火の精霊は火の力を、水の精霊は水の力をもっています。
属性に合った力であれば、効率よく力を使う事ができますが、属性が違うと無駄が多く発生します。
属性が違っているとまったく力が使えない、という訳ではありませんが」
そういえば、アーヴェントルクで夜の精霊神様に木の精霊神様が力を供給していたっけ。
「精霊はある程度、自分の中で力を製錬できるので『核』となるものがあれば、『星』在る限り永劫不滅で存在できます。
ただ、精霊が己の力を行使して何かをしようとすると『力』が必要になるのです。
それが人や生き物の生きる意志、思いの力『気力』と呼ばれています」
「その『気力』を使って、精霊は力を行使するの?」
「はい。日常生活などに使われる量は、本当に微々たるものですが。
火を付けようと火打石を叩く。風を作ろうと手を動かす。植物を育てようと世話をする。
そういう行動が『精霊』に力を送り現象を生み出すのです」
なんとなく、イメージはできる。
例えば、火を使いたい、と思う。火打石を打つという行動でその意思を示す。
そうすると火の精霊に力が与えられ、火が付くという訳だ。
「人や動物、特に人間は強い意思の力をもっています。
精霊も勿論気力を所持していますが、基本、精霊は自身で何かをする存在ではありませんし、己の属性に偏ります。
人の持つ気力は多少の相性もありますが、基本は無色。
どんな精霊にも、力を与え、また力を発揮させることができるのです」
「私の力も無色だって言ってたけど、普通の人の持つものと同じ?」
「同じですが、量と質がまったく違います。
普通の人の『気力』が川から分かたれ流れる川の分流だとすれば、マリカ様やアルフィリーガのそれは大きな湖から直接水を預かる大河の流れのようなもの。
汚れなく、多く、強い。
と言えばお解りになりますか?」
「あ、うん。解りやすい」
自分では自覚が全くないけれど、私の中にある力は大きいらしい。
『精霊神』様や『神』がこぞって欲しがるくらいには。
「人、一人の器に貯まる『気力』など、たかが知れている。というのは語弊がありますが僅かなモノ。
ですがそれを集め、束ねる事で『神』や『精霊神』様は配下の精霊を動かしたり、お力を発揮したりすることができるようになるのです」
今まで、なんとなくで使ったりしていたけれど、こうして説明されると『精霊』と『人間』。
『神』と『精霊神』。
そして『精霊の貴人』の力関係がよく解る。
「あ、聞いておいてなんだけど、これは教えてもいいことなの?」
「問題ない事です。魔術師や精霊術士にとっては基本のようなことですから」
「あ。じゃあ、フェイは知ってた?」
「知っています。通信鏡などの魔術道具を作る時にも必要な事です」
「リオンも?」
「基本だからな。知っている」
なんだ。
もっと早く、ちゃんと聞いて把握しておけば良かった。
ちなみに、通信鏡を作る為に必要な『気力』を人間から補給しようと思うと何十人分も必要なんだって。
「『能力』」はこの地に生きる子ども達に与えられた精霊の祝福です。
子ども達が『能力』を使う為にも『気力』を消費しています。
不老不死者は体内にある『神の力の欠片』において不老不死を授けられる代わりに常に『気力』を奪われていますの『能力』が発揮できないのですわ」
人間が通常生み出せる『気力』の量を10だとすれば、不老不死者は不老不死の維持と『神』からの徴収で、常に9以上を奪われている。
で、『気力』5を必要とする『能力』が仕えなくなるとか。
大雑把な例えだけど。
「マリカ様やアルフィリーガは体内に、大量の力を抱えていますが、それを使いこなす身体が、まだできていない状態です。
『精霊神』様方は身体に負担をかけないように、自分の領域にマリカ様を招いて身体を介せず力を使わせることで、封印を解かれているのですわ」
「『聖域』に呼び出されている時って、身体と精神が分離されてるの?」
「分離されている訳じゃなく、直接精神が繋がってると思った方がいい」
私の力は大きなダムのようなもので、大量の水を蓄えているし、使えるけどその水を出す為の水門が貧弱で大きな力が使えない。
聖域に招かれたり、身体の中に入られたりするのは、その貯水池に直接ホースを入れて水をくみ上げているような感じな訳だ。
前に『精霊の力を封じた』って時は多分、貯水池の水を全抜きして、別の所に保管して鍵をかけたのだろう。
今はその鍵も壊れ、貯水池は前と同じかそれ以上の水量を保っている……。
「なんとなく『精霊』と『気力』の仕組みは解った。
じゃあ、本題。
私は、来週から『大神殿』に行って、外に設えられた式場で、奉納の舞を踊らなきゃならないの。
今は詳しい事を教えて貰っていないけれど、見物人から力を集めて送る様な儀式なんだって。
私がやったら、どういうことになると思う?
影響を、最小限に抑える為にはどうしたらいいか、教えてくれない?」
私が今、一番気になっている点はそこだ。
自分がどうしてそんな力を持っているのかとかは、どうせ教えて貰えないし、今はまだ後でいい。
間近に迫った『神』との直接対決。
私は、どう対処したらいいのか。
知りたいのはそこ。
全ての疑問の答えを知る『魔王城の守護精霊』は静かに目を閉じ、暫く逡巡すると。
「マリカ様の御心のままに……」
ふんわりと、優しい笑みを浮かべたのだった。
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