冬に入る前に、絶対にやっておかなくてはならないことがいくつかある。
いわば、宿題。
面倒だけれど、将来の為に、絶対、やっておかなくてはならないこと。
その一つが、来年に向けた麦の種まきと食料確保だ。
「今年はもう一枚、畑を増やしておきたいんだよね」
「? 倍作れたら? と言っていませんでしたか?」
フェイが首を捻る。彼は割とやる気だったらしいけれど
「それができればいいけど、子どもだけで畑を何枚も管理して育てるのはちょっと無理だよ」
何せ、この島にいるのは基本、子どもだけなのだ。
唯一の大人であるティーナは『お母さん』
まだ産後二か月、農作業には駆り出せない。
無理はできない。
美味しいパンケーキの為に頑張ってくれているけれど、今でもけっこう小さい子にも働かせている。
本当に無理はさせられない。
だから、今年は大きな畑、もう一枚分を増やすに留めるにした。
「フェイ兄、パンケーキの為に力を貸して。
フェイ兄の魔術がないと、子どもだけで畑の準備なんて、絶対…本当に! 無理だから」
「解っていますよ」
真剣な私の眼に、フェイは苦笑しながらも頷いてくれた。
この世界にはコンバインも、草刈り機も無い。
だから、基本手作業。
空耕地の枯れかけた雑草は、私がギフトで刈り取って、フェイが集める。
それを子ども達に集めて貰った。細かい根っこもできるだけ掘り起こして取っておく。
「大地の術は、シュルーストラムが苦手ですからね。
基本はマリカにお願いしますよ」
活躍したのは最近、自分でも成長していると思う私のギフトだ。
手に触れたモノの形を変える、だけだけど、地面に手を当てて頑張れば少しの範囲の土を動かすことが出来る。
半径5mくらい。畑だと表面の土を動かすだけだけれど。
それで、根っこを掘り起こして子ども達に集めて貰う。
ついでに麦を植える用の畝も作った。
「雑草の茎とか麦の根っこは集めて魔王城に運んで。
細かくして畑に撒いたり、冬のヤギとかのエサにするから」
この世界には化学肥料も堆肥も無い、作り方も解らない。
連作障害とかもしかしたらあるのかもしれないけれど、その辺の知識は正直ない。
「大地の精霊が、久しぶりの仕事に喜んでるから、大丈夫だとは思うけどな」
リオンがそう言ってくれたのでとりあえず、去年までの畑と、もう一つの畑を整えて、種をまく事にする。
小麦粉にしないで大事に取っておいた、収穫した麦の中でも良い実をみんなで丁寧に撒いていった。
「大変だね。これ…」
畝に穴を開け、少しずつ種をまいて埋めていくのは結構大変。
「マリカ姉、ギフトつかえないの?」
エリセが恨めしそうに言ったけど。
「無理。土をへこます事はなんとかできても、穴に種を入れるとかできないから」
「魔術は?」
「穴に種を入れるのはできても、土をかけたり確認したりはできません。
結局、人の手でやるのが一番早くて確実なんですよ」
ずるをしちゃいけない、ってことですね。
解ってます。
約三日かけて畑の準備は終わった。
後は来年の春まで放置となる。
本当は冬に麦踏みとかした方がいいらしいけれど、雪に埋もれて物理的に不可能なので。
「やっと終わったあ」
「本当に、疲れましたね」
全部終わってぐったりしていた私とフェイを
「お疲れさん。こういう時には、戦士ってのは役立たずだな。すまない」
リオンは苦笑交じりで労ってくれた。
あと、やっておくのは食肉の備蓄確保。
具体的には狩りなんだけれど、狩りとなればリオンの独壇場だ。
戦士職の本領発揮、適材適所。
「すっげえんだよ。リオン兄! バシーッって大イノシシ一発でしとめちゃうんだ」
「大鹿のにげみちにまわりこんで、たおしちゃうのもすごかった!」
アーサーとクリスの興奮が活躍を物語る。
リオンはちなみに、思いっきり照れていた。
でも、おかげで肉は相当量、確保できたのである程度は保冷庫に保管し、あとは燻製機をフル活用で、ベーコン、ハム、スモークチキンなどにする。
長い冬の間、少しでも目先を変えてあげたいから、頑張らないと。
私が中庭で、スモーカー三台をフル活用しながら薫製作り。
「マリカ姉。これ、どこに置けばいい~」
「ご苦労様、アーサー。それは中庭の端に置いておいて、後で腑分けするから~」
狩りで狩って来た獲物を運ぶのは、今はアーサーの役目だ。
今もリオンが狩ってくれたイノシシを運んできてくれた。
腕に何時も付けているラウンドシールドを上手に皿代わりに活用しているらしい。
重さ制御のギフトには最近ホントに助けられている。
ただ、
「マリカ姉。おれにも、なにかてつだわせて! アーサー兄にまけたくないんだ」
最近、アーサーがみんなに頼りにされるのが、どうやらクリスは面白くないらしい。
クリスは最初の頃は、控えめで、人の顔色を伺うようなところがあった。
だんだん、自分の意志を持って動けるようになってきて、自己主張もできるようになってきたのだけれど、今度は自分を認めて欲しい、という思いや兄弟へのライバル心を剥きだしにしはじめた。
流石に年の離れたリオンや、フェイ、アルはライバルというより崇拝対象だが、ギフトが目覚めた同年齢のヨハン、そして一つ上のアーサーには本当に闘志を燃やしているのが解る。
武器が持ちたい。リオンやアルのように戦いたい、とよく口にする。
自分という存在を認めて欲しい。
自分も、特別な力が欲しい。
去年のエリセやアーサーもそうだったけれど、そんな5~6歳というのは自己承認欲求が出てくるころでもある。
「じゃあ、このお弁当、リオン兄とフェイ兄たちと、アル兄達に届けて。
リオン兄達は狩場、アル兄は森でミルカやエリセにキノコの採取教えてくれてる筈だから」
「りょーかい! いってきます!!」
バスケットを両手に持って走り出すクリス。
実は、私的にはもうクリスのギフトが何かは、なんとなく解っているのだ。
本人は気付いていないけれど、多分、フェイやリオンも察している。
後はそれをどう伝え、どう伸ばしていくか。
これも、冬になる前に片付けておいた方がいい案件かな。
私はそんなことを考えながら、スモーカーから立ち上る、真っ直ぐな煙を見ていた。
「クリス、ちょっとここに来て、アーサーと、リオン兄と並んで」
「なになに? マリカ姉?」
午前中の仕事終わり、私はクリスを中庭に呼び出した。
リオンと、アーサー、そしてフェイにも付き合って貰う。
「ここから、向こうの端っこまで競争、かけっこね。やったことあるでしょ?
ただ、まっすぐ走るだけ」
「うん」
「え? クリスとかけっこ?」
「いいから、やるぞ」
「よーし、アーサー兄にまけない! かつ!」
意味が分からず首をかしげるアーサーを、リオンが宥めて位置につく。
「よーい、ドン!!」
合図で一斉に走り出した。
アーサーは、元から走るのはあんまり得意じゃない。
力と守りの方に、全振りしている印象がある。
でも一気にスピード上げたクリスは、アーサーは勿論、おそらく本気で走ってくれたリオンより、なお早くゴールに辿り着く。
「うわっ! 早っ! なんで?」
アーサーの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。
「あれ? リオン兄?」
クリスも首を傾げる。まさかリオンに勝てるとは思っていなかったのだろう。
リオンだって相当早いのだ。
例えばアーサーが100mを20秒、リオンが11秒で走っているとするなら、クリスは100mを6秒で走る。
そんなイメージだ。
人間の足が速い、レベルではない。
「やっぱり、ですね。
足が速い、早く走れる。それがクリスのギフト、なのではないかと思いますよ」
「え? おれのギフト?」
冷静に分析するフェイの言葉にクリスが破顔する。
ティーナの出産のあたりから感じていた。
本人の自信であった、足の速さを補強する形で多分、能力が発現したのだと思う。
「やったい! これでアーサー兄にも負けない! おれにも、たたかい方とか教えてくれる?
ぶき、もってもいい?」
「それとこれとは、話が別。クリス」
私は、クリスをしっかりと見据えた。
「これは、盾の時にもアーサーも考えた事。
クリスは、どうして武器を持ちたい? 何の為に、戦うの?」
意味が分からない、というようにクリスは眼を瞬かせる。
「なんのため? リオン兄みたいに、つよくなってみんなをまもりたい。アーサー兄よりつよくなって、やくにたちたい。
じゃ、ダメ?」
「ダメ、じゃないけど、誰かと比べて、じゃないクリスの理由が聞きたい。
クリスは、どんな自分になりたいのか。その為に何が必要なのか。
答えが出たら、教えて。
そしたら、リオン兄やフェイ兄と一緒にクリスに一番いい方法を考えるの手伝うから」
「おれの…りゆう?」
これは、クリスが自分で解かなければならない宿題だ。
誰も力を貸せない。
「中に入ろう。焦らなくていいさ」
ポンと、リオンに背を叩かれて、促されてクリスは中に入っても、ずっとずっと考えていた。
自分の目指すものを。
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