正直、こういう反応は予想していた。
「アルケディウスを出て、大神殿にお戻りください」
前にも言われた。解っている。
大神殿は私を巫女として取り込みたいのだ。
でも私は御免。神殿になんか入りたくない。
だから、きっぱりはっきり、全力で拒否する。
「イヤです。お断りいたします」
他の席に着く司祭達が騒めき揺れる。
この問答を食事の席でするのは初めてじゃない。
七国訪問の最初。プラーミァとエルディランドからの帰国の時にも同じことを言われたことを思い出す。
「前にも申しましたよね。私はアルケディウスの皇女で、家族と責務と責任、大切なもの全てがある。離れるわけにはいかないと」
「ですが、あの頃とはさらに状況が違います。
姫君は大神殿での礼大祭をやり遂げ『神の巫女』としての力を全世界に示した。
七国全ての『精霊神』も復活させ、精霊の知識によって諸国に『新しい食』のみならず様々な新しい産業の種を蒔いておられる。
正しく『星』の宝を一国に抱える事は、他国からの妬み、嫉みをかいましょう」
「そういう国同士の問題については皇王陛下が考えて下さっています。七国訪問も今年のみで終わらせず、来年以降も継続して行うという話も出ていますし、誠実に対処すれば諸国も理解して下さると信じています」
「諸国訪問も大神殿の転移陣を使えばご負担が少なく、移動が叶います。
勿論、特例ではありますが姫君の随員、従者達も大神殿に属することを許可いたしますから」
「勝手に許可しないで下さい。彼ら、彼女達はアルケディウスに家族もあり、立場もある。
私一人のモノではないのですよ」
「何より『魔王』が乙女を狙っているという事実があるのです。御身を守るには『神』の膝元が一番かと存じます」
「私には頼もしい騎士達がついていますし国には最強の戦士にして父、ライオットがいます。心配無用です。
大神殿に私の騎士やライオットに適う戦士はいるのですか?」
「そ、それは……」
私は相手のペースに乗らないように気を付けて拒絶の意思を崩さないことに全力集中。
立場上はこっちが上なのだ。
大神殿は私が頷かない限りは強行することができない筈。
「仕方ありません」
ため息とともに神官長が息を吐きだした。
でも諦めた、という声では無いのが解る。
「間もなく、新年。
国王会議と『神』に祈りと力を捧げる儀式がございます。
そこで、今後について話し合うと致しましょう」
「へんな脅迫とかしても無駄ですよ。前にも言いましたが、随員や国を人質にとって、私に言うことを聞かせようとするのは、私を怒らせるだけですから」
「承知しております。各国王達も姫君の去就については思う所が御有りでしょうし、何より新年は年に一度。『神』が大神殿に降臨しお姿を現されます。
諸国の熱意や『神』の御心をお知りになれば姫君もお考えを変えられるやもしれませぬ故」
「諸国の熱意はともかく、私は『神』の言葉になんか惑わされるつもりはありませんが……」
「『神』は姫君を惑わしたりなどなさいません。
ただ、御身を愛しみ、加護と祝福を与えるだけでございます」
要するに、新年の国王会議の時に各国を焚きつけて私の所属をアルケディウスから大神殿に移そうって魂胆だ。
『神』がまた欠片を体の中に入れようとしたり、催眠暗示をかけて可能きたりする可能性もある。
注意が必要だね。
その後は各国の様子などを聞かれ、私も世間話くらいの感じで状況を伝え夕食会は終わった。料理はとっても美味しい和洋食だったのに楽しめなかったのが残念だ。
「相変わらず疲れた~」
「お疲れ様でございました」
部屋に戻ったミュールズさんが暖かいテアを入れて労ってくれる。
「やっぱり来ましたよ。大聖都の取り込み作戦」
「仕方ないでしょうね。マリカ様のお力とお知恵を手に入れたものが、大陸の導き手となる」
「な、ちょっとなんですか? それ?」
「色々な所で呟かれているそうでございます。
アルケディウスでは、だから姫君を手放してはならぬ。他国ではなんとしても手に入れろ、と」
私達、使節団の下支え。色々と騒ぎを起こす私達をフォローやサポートしてくれる女官長ミュールズさん。各国で密かに情報収集などもしてくれているようだ。
頼りになる。
っていうか、そんなこと言われてたんだ。
「料理の知識と腕に『精霊の書物』の知識。
加えて魔王の封印を解き、諸国の『精霊神』様さえもお救いできる力の持ち主。
皇王陛下や神官長ではありませんが、今後マリカ様の奪い合いが激化するのは避けられないと存じます」
「奪い合いって……私はアルケディウス以外どこにも行きませんよ」
「基本的には各国どこもマリカ様の御不興を買う事は避けたいでしょうから、マリカ様を無理にアルケディウスから連れ出すようなことはしないと思います。
ですが、その分、あの手この手を使ってマリカ様と縁を作ろうとするのではないでしょうか」
「あの手この手」
「はい。ヒンメルヴェルエクトのように子どもを使ったり、シュトルムスルフトのように王族を側に付けたり」
「シュトルムスルフトの王族って、フェイ?」
「本人の思いや、マリカ様の希望に沿う、という点も確かにあったでしょう。
しかしシュトルムスルフトとしてはフェイを無理に国に留め置くよりはマリカ様の側に置き、好を繋いだ方がいいという考えがあったのではないかと私は思っています」
「随分、あっさりフェイのアルケディウス所属を許してくれたな、と思ったけれど」
なるほど、そういう思惑もあったのか。
「各国とも、今後マリカ様の側に自分の手のものを置き、情報収集兼、マリカ様と近辺の懐柔を目論む可能性が高いと思います。
お気を付け下さい。
勿論、ヒンメルヴェルエクトのヤール少年にも気を許してはなりません。
エルディランドのユン様は、アルケディウス籍を取られましたしそれよりは信用しても良いとは思いますが……、ネアなどは私は少々心配でした」
国家公務員として仕事をする貴族の見方。視野の広さは流石だなと思う。
どうしても私は目先の事に気を取られて突っ走ってしまいがちだから。
「今後もマリカ様の周囲には力や、ものや人が集まるでしょう。
マリカ様はあらゆるものを引き寄せ、惹きつける力があると思います。良きにつけ悪しきにつけ」
「そうでしょうか……。自分では解りませんが」
「『精霊神』と会話する時点で、普通ではありえないことでございます。
ご自覚下さい。そして自重をお願いできれば幸いです。
何よりもまず御身の安全をお考え頂きたく。我々随員の事より、子どもの事よりも何よりも先に……」
「……それって、シュトルムスルフトでの事を言ってますか?」
「シュトルムスルフトのことも、です」
「はい」
各国ではごたごたしていて、そういえばミュールズさんにちゃんと騒ぎを起こしたお詫びとか言ってなかった事を思い出す。
シュトルムスルフトでの騒ぎは、ミュールズさんのいないところで吶喊しちゃったし、ヒンメルヴェルエクトでの子ども達の救出も、私が先に決め、周囲の意見はあまり聞かなかった。
「我々は不老不死ですから、命の危険などそうありませんし、そうであってもマリカ様に替えられるものでもございません。
シュトルムスルフトでも、我々の事を気にせず、フェイを差し向けなければもっと早い対応が可能だったでしょう。
ティラトリーツェ様もよくおっしゃっておりますが、ご自分の事をもっと大事にして行動なさって下さい」
「ありがとう。そして……ごめんなさい」
ミュールズさんには、まだ私の素性や魔王城でのこととか、何も話していない。
だから、言えない事、隠し事は多いと自覚している。
戻ったら、ちゃんと話をした方がいいかもしれない。
私にとってこの方は欠かすことができない人だから。
「ミュールズさん」
「なんでしょう」
「仮に、来年も七国を回ったり、私が大聖都に閉じ込められることになったとしたら、着いてきて下さいますか?」
「そのような事にならないのが一番ですが、はい。
皇王陛下のお許しが頂ければ喜んで」
ミュールズさんは静かに頷き、微笑んでくれた。
「皇王妃様から賜りました私の仕事は、マリカ様のお手伝いをすること。侍女達の教育をすること。
そして、どこにも、他国に出しても恥ずかしくない淑女にすること。
マリカ様は礼儀作法などは身について参りましたが淑女としては失礼ながらまだ、学ぶべきことが多いと存じます」
「はい」
「それに、セリーナやノアールもまだ後任を任せるには頼りないですし、私自身、姫君から出産の知識を含め、教えて頂きたいことも多くございます。
どうか、もう暫くお側に」
「ありがとうございます。
……あと、帰国まで少し。今後ともよろしくお願いします」
翌日、私達は大聖都を出てアルケディウスへと帰国した。
「『聖なる乙女の帰還』を心よりお待ちしています」
神官長の言葉は無視だ。無視!
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