【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の大祭 三日目 一貴族視点 変わりゆく皇王家と蘇った『伝説』 後編

公開日時: 2023年7月20日(木) 09:17
文字数:3,845

 大祭終わりの晩餐会。


 年に二度、大貴族達に納税と統治の報酬の一部として。皇族が供するこの食事も二年間の間に劇的な進化を遂げた。

 鳥の丸焼きとスープ、サラダにパータトの代り映えのしない宴会料理にシャーベットと呼ばれる氷菓が供せられたのは二年前の夏の大祭の時の事。

 汗ばむ初夏に口の中でひんやり甘く溶けたピアンの感触は、まだ忘れられないがその年の秋には料理全体が変化を遂げ、回を追うごとに成長しているのがはっきりと解る。


「今回はアルケディウスを取り巻く諸外国の食材を使用して、融和と協調を表現することを目指しましたの」


 そう、第二皇子妃に説明された料理には残念ながらビエイリークの海産物の出る幕は無かったようだが、一つ一つの料理は磨かれ、研磨された宝石のように光輝き、我々を魅了した。

 前菜の後に続いたコンソメスープ、パータトにフリュッスカイトのオリーヴァの塩漬けを刻みいれたサラダは一見単純な調理に見せかけて、新鮮で深みのある味わいをしていた。

 パンの代わりとして出されたのは、秋の戦の影の立役者と噂に高い『リアのおむすび』

一口サイズで見目麗しく花のように具材で飾られたそれらは、口の中に魚産物の独特な風味を運ぶ。

 確かこれはサーマンの燻製だ。赤い粒は同じ魚の魚卵、だったろうか?

 川をさかのぼり産卵するので、河口ではあまり捕らないようにと姫君から通告されていたが、これほどの美味になるとは思わなかった。

 とにかく美味で、これだけで腹をいっぱいにさせたいと思うほどだ。

 けれど何より驚いたのは主菜。

各夫婦ごとに供せられた小鍋の下で、魔法石の炎が燃えている。火を特別な道具なしで着けるこの道具は安くはないが一般にも使用されているものだ。

 でもこのように長く火が持つようにして、料理の温めに使うのは初めて見る。


「チーズ、いえチューロスのフォンデュと言います。鉄串にパンやハム、パータト、腸詰などを刺して鍋の中の溶けたチューロスにつけて食べてみてください」

 

 皇女が説明し、やってみせる。

 口に含んだ瞬間に浮かんだ蕩けるような笑みに、続々と皆試しはじめ、同じような笑顔を咲かせた。


「なんと!」「これはこれは」「正しく蕩けるような味わい……」「このような美味が隣国にあったとは」


 必死になって用意された食材を食べつくす頃には、少し肌寒くなった秋。体の芯まで暖かくなるようだった。新しい蔵の麦酒も飲み放題。

 女達は果物の汁で甘みと風味をつけた炭酸水と呼ばれる水が気に入った様子で色々な味わいを楽しんでいた。

 デザートはピアンのタルト、と呼ばれるもの。

 固く焼いた下地に甘い香りのクリームがたっぷりと詰められている。そして薄紅色のピアンの薄切りがクリームが見えなくなるほどに敷かれ、プラーミァのヴェリココで象られたロッサの花が咲く様子は正しく、夢を見ているようだった。

 味わいももちろん最高で添えられた氷菓との相性も最高。

 爽やかなくちどけは幸せ以外の言葉が見つからなかった。


 最後に噂に名高くプラーミァとアルケディウスでしか作れないという「チョコレート」のほろ苦さを、香気高いテアで流し終えるまで、美味を感じない時は無かったのだ。

 今年もまた、皇族は我々の胃袋を掴むことに成功したな、と思う。

 料理人をなかなか受け入れられて貰えず、新しい味が大貴族には行き届いていない現状、この美味を味わいたかったら皇族に逆らう事はできないのだから。


「今年の料理も楽しんでいただけたようで何よりです。

 マリカが諸外国との交流で手に入れた調味料や食材をふんだんに使いました。

 今までは自分の国だけ良ければ、という考えが大きかったようですが、他国の良いところを認め取り入れればこれだけの新しい感動に出会えるのです」

「今後は広い視野を持って自領のみならず、国全体が発展していく方法を考えていきたいものだな」


 最後にそう〆た今回の料理の責任者第二皇子夫妻に、そして陰で支えたであろうマリカ皇女に惜しみない拍手が贈られたのはいうまでもない。


 

 食後の舞踏会は皆、かなり殺気立っていた。

 なんとしてでもマリカ皇女と好を繋ぎ、来年以降の自領の発展に繋げたいと思う者が多かった筈だ。私を含め。

 けれど、場を移した大広間には怪しい設備と、椅子にテーブルが並べられている。

 ダンスはちょっとできない雰囲気だ。


「今年の舞踏会は、少し趣向を変えてみた。

 交流のとはいえ、ダンスなどは皆、飽いているであろう?」


 皇王陛下が王勺を掌でポンポンと弄びながら微笑する。


「庶民の楽しむ劇、と呼ばれるものを招聘してみた。良くある勇者伝説の劇はもしかしたら其方らも見たことがあるかもしれんが、今年、マリカが作った『劇団』は閉塞したこの不老不死世界に『新しい物語』を生み出した。存分に楽しむがいい」


 程なく始まった舞台劇。

『精霊の夢祭り』と題された舞台劇は、大貴族に新鮮な感動を齎した。

そもそも大貴族は庶民の祭りなどに顔を出すことも殆どないから、一般庶民よりも『劇』を見る機会は少ない。趣味人は特別に城に招いたりもしていると聞くが、残念ながらビエイリークにはそんな余裕はなかった。

 だから、私は『劇』を見るのが正真正銘初めてだったのだ。

 舞台、そこはまぎれもなく夢の空間だった。

 幕があがったと同時、いやその前から我々は夢の空間に招き入れられ物語の世界に誘われた。見たこともないアルケディウスの大祭に入り込み、優しい『大祭の精霊』と人の思いや愛の尊さに触れたのだ。


 幸せだった。

 正しく、幸せな時間を過ごすことができたと実感した。

 気が付けば舞台が終わっていたと感じるほどに。

 約一刻、いつもなら歓談と舞踏で潰すだけの時間が飛ぶように過ぎ去ったことを名残惜しく思うほどに。


「劇とは、このように素晴らしいものであったのですね」


 隣の席で同じように身動き一つせずに集中していた妻が陶然の眼差しで幕の閉じた舞台を見つめている。


「ああ、郷の者達にも見せたいものだな」


 今は、領地にも少し余裕が出てきた。民の為に劇団を招聘してみるのも悪くはないと真剣に思う程度には良い出し物を見れた、と思える。

 他の者達も同様のようで各席ごとに感動冷めやらぬ声が続く中、舞台の幕が再び上がった。


「え?」「皇王陛下?」


 幕の向こうから現れたのは追加の終幕の挨拶を行う劇団員では無く皇王陛下であったのだ。

 傍らに皇女マリカを伴って。


「楽しい時間は瞬く間に過ぎ去るものだ」


 皇王陛下の深く静かな声が会場中に響き渡る。

 はたと、時計を見ればもう夜の刻も終わりに近い。

 最後の御挨拶の時間になっていたのか。

 劇に夢中になっていたせいで、もう大祭の終わりが近づいていることにも気づかなかった。


「其方達も記憶にまだ残っているだろう。

 一年前のこの日、この時。アルケディウスに幸せを運ぶ小精霊が舞い降りたことを。

 あれからたった一年。けれどアルケディウスはそれまでの五百年と比較できないほどに変化し躍進を遂げた」


 美しい水色のドレスを優雅に持ち上げてお辞儀をすると皇女はふわりと膝を落とした。

 手を祈るように組んで。


「『精霊神』が復活され、アルケディウスの大地には再び力が戻っている。

 そして皇王家にも第三皇子家の双子、間もなく生まれる第一皇子の子と祝福が続いている。

 約束しよう。今年より来年、来年よりさらに次の年とアルケディウスは飛躍を続ける。

『精霊神』より力を賜りし皇王家の名にかけて。

 その証を今、ここに示さん。

 レ・エル・リピスロストーク!」


 皇王陛下が、呪文と思しき言葉と共に王勺を掲げる。

 王勺が碧の光を発したと同時風が吹き抜けた。閉鎖された王宮の大広間だというのに確かな風を感じた次の瞬間、我々は奇跡を目の当たりする。


「うわあっ!」「花の雨?」


 空中から花が溢れ舞い降りたのだ。

 何もなく見えた空間から次々と生まれ落下する花は、テーブルや我々の周囲を鮮やかな色彩で彩る。

 コスモス、カモミール、レヴェンダ、スカビオサ、ダリア、プリムラ、フィアールカ。

 アルケディウスの大地に根付き、人々の心を癒す花々が一面に溢れているのだ。

 それが私にはアルケディウスの未来を示しているように見えた。


「王族……魔術師?」


 古き伝承は伝える。かつて王族と魔術師は同じ存在であった。と。

 王族は『精霊神』から賜った力によって精霊と人と『星』を繋ぐ存在であった。と。

 今、その伝承が真実であったと実感する。

微笑む皇女の左横。皇王陛下と真ん中に、流麗なる貴婦人の影が見える。


「『精霊神』復活によりアルケディウス皇王家は国の守護精霊『木の王』の再臨を賜った」


 皇王陛下が語るまでもなく、陛下と皇女、お二人を護るように立つ女性の影が精霊。

『木の王』であることを疑う者はいないだろう。


「『精霊神』と『木の王』の御名にかけて、アルケディウス皇王が祝福する。

 良き冬を、良き新年を、そして良き春を。

 我が国に精霊の祝福と、『聖なる乙女』、そして皆の協力ある限りアルケディウスの輝きは続く。それを約してここに大祭の終わりを宣言する」


 大祭の終わりを告げる一番大きな鐘が鳴り響き、我らはハッと我に返った。

 見れば、碧の貴婦人の姿はなく、舞台上には皇王陛下と皇女が佇み微笑むのみ。

 劇から続く『精霊の夢』に迷い込んだのかと思うほどのそれは奇跡で、一瞬夢かと思ったけれど。

 我々の目の前には、手の中には、証拠が今も残っている。


 アルケディウスの大祭は終わりを告げた。

 けれど、伝説は、躍進は、輝きはまだまだ終わることはないと。


 花の香りは我々に無言で、でも確かに告げていたのだった。

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